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Interview: 「Yahoo! JAPANが変わることで、日本のデジタル広告市場は進化できる」−Yahoo! JAPAN、マーケティングイノベーション室室長 友澤大輔氏

Yahoo! JAPANは7月、マーケティングソリューションカンパニー内に、「マーケティングイノベーション室」を設置した。室長に就任したのは、ニフティ、リクルート、楽天といった企業において、一貫してデジタルマーケティング分野にかかわってきた友澤大輔氏だ。「日本のデジタルマーケティングを進化させるためには、Yahoo! JAPANがリスクをとって新しいことをやらなければいけないと感じていた」と語る友澤氏が、日本で圧倒的なユーザーベースを誇るYahoo! JAPANで行う新たなチャレンジは何か。ExchangeWire Japan編集長の大山忍が聞いた。

(ライター:柴田克己)

 

●自らリスクをとってデジタル広告の可能性を広げていきたい

 

−−まず最初に「マーケティングイノベーション室」が、どういった組織なのかについて聞かせて下さい。

 

友澤 Yahoo! JAPANは、企業として「媒体」を持ち、「広告主」でもあり、さらに「営業部隊」を持つという独特なスタンスにあります。その中で、広告主としては、主に自社の媒体を活用してリスクをとりながら、チャレンジングなことをやり、そこで得られた知識やノウハウを、ショーケースを作って商品化し、営業が売るという体制を、Yahoo! JAPANの中で作りたかったのです。

Yahoo! JAPANには、媒体社としての顔もあり、マーケティングソリューションの提供プロバイダーとしての顔もありますが、ただ商品を作って売っているだけではお客様の気持ちが分かりません。それを自ら使いこなし、結果として成功しても、失敗しても、それをケーススタディとして蓄積し、それを元にお客様に情報やノウハウを提供していきたいと考えています。

 

−−こうした組織を作るにあたっては、どういった市場における課題や問題意識があったのでしょうか。

 

友澤 今の日本の広告市場においては「4マス(新聞・雑誌・テレビ・ラジオ)」と「デジタル」が明確に分かれて認知されています。この中で、デジタルのシェアは、現状のままで続けていっても、今後大きく伸びることはないのではないかという危惧がありました。

今後さらに、この市場を広げ、進化させていくためには、大きな影響力を持っているYahoo! JAPAN自身がリスクをとって新しいことをやらなければいけないという思いが個人的にもあり、こうした思いは現社長の宮坂(学)、副社長の川邊(健太郎)も同じでした。

市場において、デジタルメディアは新しい試みを多く取り入れている一方で、デジタル広告は昔ながらのディスプレイ広告やリスティング広告といったものが中心という状況があります。

その中で、Yahoo! JAPAN自らが広告主となって、新しい技術や方法論を徹底的に使ってみて、成功と失敗を体験することで、初めてお客様に対してイノベーションを提供できるのではないか。むしろそうしなければ、市場は大きくなっていかないのではないか。そういった思いで、今回、マーケティングイノベーション室を損益が付く部分と別に設置したという経緯があります。

具体的な陣容については、プロジェクト型で組織していこうとしています。以前、リクルートでは「インターネット・マーケティング・オフィス」という横断型の組織があって、各事業に対してコンサルティングを行っていたのですが、それに近い動き方をイメージしています。

 

 

●重要性も難易度も高い「ブランディング」への挑戦

 

−−今後、具体的に「こういうことをやっていきたい」というビジョンがあれば聞かせて下さい。

 

友澤 デジタル広告には「ダイレクトレスポンス広告」と「ブランディング広告」の大きな2つの流れがあります。

「ダイレクトレスポンス」については、ショッピングやオークションといったコンシューマー系の市場をどう拡大していくのか考える際に、現在のアドテクノロジー、リッチアドなどを、今以上にどう活用できるかといった点に注目しています。

(Yahoo! JAPANが2012年8月に提携した)仏Criteoが持っているような、クリエイティブの中味をお客様に応じて臨機応変に変化させることでコンバージョンレートを上げていくような仕掛けなど、リッチアドが持っている潜在的な可能性は非常に高いと感じています。既にお客様にも使っていただいていますが、我々自身も、その仕組みを独自に進化させながら、新たな活用方法を模索していく必要があると思っています。

一方の「ブランディング」については、海外では、リッチアドや動画といった形で、小さなレクタングルの枠を飛び越えて、さまざまな方法論にチャレンジしています。この分野についても、日本の広告主にチャレンジを促すだけでなく、Yahoo! JAPAN自らがリッチなものを率先してやっていくことが重要だと考えています。先鋭的なことをやろうとすると、ユーザーから批判が出るリスクももちろんあるのですが、そこはYahoo! JAPANがリスクをとって実践し、実際の反応を確かめていきたいですね。

 

−−「ダイレクトレスポンス」と「ブランディング」のそれぞれへの取り組みについて、重要性はどちらが高いと見ていますか。

 

友澤 重要性としては「ブランディング」のほうだと考えています。個人的には、デジタルマーケティングにおけるブランディングの分野は、まだまだ「白地」だと感じています。特にナショナルクライアントにおいて、ブランディングに投入する予算は、海外においてはデジタルが約20%の比率を占めていますが、日本では数パーセントに留まっている状況です。一方でダイレクトレスポンスは、2ケタ台を占めるという状況になっています。

この状況を見ても、まだわれわれは、デジタルによるブランディングを十分に行えていないクライアントに対して、ソリューションを提供できていないわけです。ただ、ブランディングについては、米国でも、その「正攻法」は見つかっていない状況です。「重要度は高いが、難易度も高い」分野なので、しっかりと長期的に取り組んでいきたいと思っています。

一方の「ダイレクトレスポンス」は、非常に分かりやすく、やりやすい分野ではあります。しかし、その反面、メディアがこれに傾倒しすぎると、メディア自体が「送客装置」として認知されてしまうという危険性もあります。

 

−−メディアが持つコンテンツの価値との相乗効果を図る意味でも、ブランディングの重要性は増しているということですね。

 

友澤 広告がコンテンツ化していく流れはグローバルでも起こっている現象なので、それを「ブランディング」というお客様の目的にどうフィードバックしていくのかは、すごく大きなチャレンジだと思っています。もちろん、先ほども述べたように戦略的な重要性が高いと同時に、難易度も高いのですが。

 

 

●圧倒的「数」を持つYahoo! JAPANのすべてを使い尽くす意味

 

−−Yahoo! JAPANが広告主の立場でチャレンジをするという中で、他社の媒体の広告を買うといった可能性もあるんでしょうか?

 

友澤 Yahoo! JAPANの広告を徹底的に使い尽くすというのが最優先です。今、Yahoo! JAPANを、最も自由自在に使える立場にあるのは、われわれだと思うんです。まずはわれわれが、Yahoo! JAPANの枠を徹底的に使いこなし、リスクやコストを担保した上で、お客様に対して「こういう価値が提供できます」と示すのが第一の意義です。

もちろん、Yahoo! JAPANだけではできないこともたくさんあると思います。他の媒体と連携することで、まったく新しいものが出てくる可能性があるのであれば、それもありだろうと思います。あまり、その部分にはこだわっていないんですよ。

例えばテレビと組むというのであれば、ちょっと状況が違ってきますが、オンラインの分野では、まずYahoo! JAPANにあるものをすべて使いこなせないと、他社と組んでもあまり意味がないだろうとは思っています。

RTBやDSPといったアドテクノロジーが注目を集めていますが、テクノロジー主体の視点ではなく、「目的に合わせたターゲティング」や「対象に応じたクリエイティブの変更」という視点は、デジタル広告の本質です。Yahoo! JAPANには、そうした本質を実現するための技術は、既にあるんですね。さらにリーチ率は87%以上におよびます。つまり、Yahoo! JAPANの中に存在するさまざまなドメインを横断して見ることは、アドネットワーク全体を見ることと、ほぼ変わらないでしょう。

だからこそ「Yahoo! JAPANでできることを、すべて徹底的にやり尽くす」ことに、意味があるんです。

 

−−提携したCriteoやBrightTagといった企業が持っているアドテクノロジーについても、お客様へサービスとして提供する前にこの組織で全て検証をしていくのでしょうか。

 

友澤 Yahoo! JAPANとしては、実証と提供を同時進行で進めていきます。Criteoのように既に安定したサービスについては、そのまま提供を開始します。BrightTagなどは、難しいところもあるので我々のほうで検証を先に進めます。様々なテクノロジーを、どう使っていくべきかについて、われわれが実践をするだけではなく、その結果を事例としてためていき、きちんと発信していきたいと考えています。

やはり、経験として使い尽くしていないと「評論家」になってしまいますからね。実際にいろいろと試した上で、「これはやりすぎ」「これはマスト」といったノウハウを体験談として語れるような状況を早く作っていきたいです。

 

−−検証において、特に注力していきたい分野などはありますか。

 

友澤 MediaMindとの提携に関連して、リッチアドの可能性はきちんと見極めていきたいですね。

デジタル広告の売上は、「量」「質」「単価」から構成されています。「量」については、Yahoo! JAPANは圧倒的に強いですよね。「質」はクリエイティブやターゲティングといった要素に分かれますが、ターゲティングについては「行動ターゲティング」があります。

しかしながら「クリエイティブ」については、さまざまなユーザーに受け入れられるために、リテラシーの低い方を基準としてやってきたというのが、正直なところだと思います。

先日のアドテックでは、あるお客様から「リテラシーの低いところに合わせた結果、Yahoo! JAPANは、メディアとしての進化が遅れてしまったのではないか」との指摘も受けたりもしたのですが、では、Yahoo! JAPANがその枠を壊したときに、一体どうなるのかという部分に積極的にチャレンジしていきたいと思っています。

 

 

●米国を反面教師にできる日本にはチャンスがある

 

−−先ほど、広告市場については、デジタルの比率が海外と日本で大きく違うという話がありました。友澤さんの目から見て、その違いを生んでいる要因は何だと思いますか。

 

友澤 デジタル広告市場には、「広告主」「アドテクノロジープロバイダー」「媒体社」「エージェンシー」など、様々なプレイヤーがいます。日本でのアドテックの集客状況をみてみると、広告主の参加も増えて、徐々に盛り上がりを見せてきているようです。

米国で言えば、ちょうど3〜4年前のような、ようやくアーリーマジョリティ的な人が関心を向け始めた状態ではないかと。その段階にある広告主への啓蒙は、これから重要になってくると思います。

こう言うと、米国は非常に先進的に聞こえるのですが、個人的には「テクノロジー」が進みすぎて、大きな壁に当たっているようにも感じているのです。

ある人が米国のアドテックで発言した「もうメディアなんてこの世にはなくて、すべてはデリバリーだ」という言葉が象徴的なのですが、プレイヤーがテクノロジーを盲信し、媒体がパフォーマンスを追求しすぎたあまり「送客装置」になり果ててしまったという現実があるのです。これは、メディアにとっても、それにかかわるプレイヤーにとっても、あまりハッピーな状況ではないと思います。

日本はようやくデジタル広告の市場が立ち上がってきた段階です。米国での現在の行き詰まりを反面教師として、それと同じ轍をふまないように進んでいく必要があると思います。

 

−−むしろ、後進である日本には、市場が良い方向へ進むチャンスがあるということでしょうか。

 

友澤 そうだと思います。特に「ブランディング」分野では、MediaMindとの提携以降、大きな反応をもらっています。そのあたりを盛り上げていくことを考えたいですね。

その際は、現状、広告主がデジタル分野の「クリエイティブ」にお金を出したがらないという傾向も変えていく必要があると思います。今まで、クリエイターの足かせになっていた容量の制限や、媒体のレギュレーションを変えていくことで、彼らが自分たちのクリエイティブをデジタルの分野に生かしていくことを「面白い」と思える環境を作ることが重要です。そうすることで、クリエイティブの質を高め、ブランディングにも生かせるようなデジタル広告の活用の仕方を、日本から盛り上げていける可能性もあると思います。

デジタル広告に大きな潮目が来ている中で、今私がいる「Yahoo! JAPAN」には大きな責任が課せられていると感じています。Yahoo! JAPANが変わらなければ、業界は変わらないという思いは、われわれの中にも強くあります。

今、幸いなことに「爆速」というキャッチフレーズの下で、社内全体もチャレンジングな雰囲気になっており、会社全体が見ている方向性もひとつに定まっているように感じます。その空気の中で、われわれも可能な限りオープンに、さまざまな実験をやっていきたいと思っています。ぜひ、一緒に失敗する覚悟があるチャレンジングな広告主の方とも、コラボレーションさせていただきたいですね(笑)。

ABOUT 大山 忍

大山 忍

ExchangeWire Japan 編集長 米国大学卒業。外資系企業を経て2000年にネット広告効果測定ツールを提供するベンチャーに創業メンバーとして参画。その後、バリューコマース株式会社と合併。 2007年1月にオムニチュア株式会社(現Adobe)に参加、コンサルティングサービスを立ち上げる。ビジネスコンサルタントとして米国のベスト プラクティスを日本の課題やニーズに合わせて提供、ウェブ解析やガバナンス(データ主導の組織・仕組化)に関する執筆・講演を行う。