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アドテク業界の若きリーダーが語るトレーディングデスクの未来 -ターゲットを”絞る“から”創る”へ [インタビュー]

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欧米で普及が先行しているトレーディングデスク。日本では、その立ち位置が明確でないという声も聞かれたが、徐々に役割が明確化し定着しつつある。
日本におけるトレーディングデスクのこれまで、そして多様化しつつあるその現状の役割と今後について、スケールアウトでトレーディングデスク事業を統括する 取締役 CMO (最高マーケティング責任者)菅原 健一氏に聞いた。

 

 

ブランド広告主のデジタル広告への本格参入を支援、他社とは戦略を異にするスケールアウトのトレーディングデスク事業

 
-多くの読者の方はご存じだと思いますが、改めて菅原さんの自己紹介と貴社における役割についてphoto2お教えください。

私はスケールアウトという会社でCMOという立場で業務をしております。スケールアウトは、アドプラットフォームとして、DSPとSSPの広告配信の仕組みを広告主様、広告代理店様、媒体社様向けに提供しています。また、当社はエージェンシートレーディングデスク事業として、2014年にアドトレーディングディスクの仕組みを作りました。私はその部門を統括しています。

 

-貴社がトレーディングデスクを開始した背景と、広告代理店の広告運用部門とトレーディングデスクとの相違点についてお教えください。

広告代理店のビジネスは、メディアの買い付けと制作という2点が主な業務ですが、われわれは制作をほとんど行わず、メディアの買い付けに特化しています。広告代理店が大手ナショナルクライアントのキャンペーンを実施する場合、まずペルソナを設定し、リサーチをもとにターゲットを定めます。その後、設計したコミュニケーションプランをもとに、広告クリエイティブや制作物に落とし込んだ上でメディアを買いつけるという流れです。われわれは、 “このペルソナをターゲットにするには、どんなオーディエンスデータやメディアが最適か”をプランニングして、その後メディアの買い付けのPDCAを回していく組織です。

 

-スケールアウトがなぜトレーディングデスクの機能を持った理由についてお聞かせください。

これは業界が抱える大きな課題ですが、ブランド広告主がまだデジタル広告にあまり参入していません。その課題を突き詰めると、ブランド広告主の広告予算規模で予算を投下しても、パフォーマンスを担保し切れていないことにあります。

DSPやFacebook、Twitterなどは、それぞれ単体で月間500万円規模までの広告出稿には適していますが、それ以上の規模を各媒体に投資すると途端にパフォーマンスが悪くなります。そして、取り扱いが容易でないため、運用型広告自体がまだ普及していないというのが現状です。

これまでブランド広告主のデジタル広告への予算投下は、大手メディアに純広告を出稿して終わりというような状況でした。当社ではこの点に課題を感じておりましたが、スケールアウトDSP単体でできることは限られてしまいます。より広告主側に歩み寄り、ナショナルクライアントが、運用型広告を活用して適したターゲットに対してコミュニケーションができる仕組みを作りたいという想いのもと、エージェンシートレーディングデスクを立ち上げました。

 

-数年前からプログラマティックが普及し始め、日本でもトレーディングデスクが存在していますが、現状の動向をどのように認識されていますか。

われわれと他社のトレーディングデスクとは特徴が異なります。われわれは、広告予算をデジタルに持ってくるということを目指しており、実際の運用は、テレビなどのマスメディアと組み合わせて行うという考えがベースになっています。そのため、われわれの月間の運用予算は1キャンペーン辺り数千万円規模となります。月間で、1000万円~5000万円規模の広告運用をさせていただいています。

photo3一方、既存のトレーディングデスクは、どちらかというと獲得をメインとした運用です。月間数十万円〜数百万円規模の予算で、チューニングをしながら獲得効率を上げていくというのが主なスタンスです。われわれも効率化は目指しますが、1キャンペーンの予算規模や本質的な目標設定が異なります。

またわれわれのように、5社ぐらいのDSP、Facebook、Twitterなどの商品を一度に運用しているトレーディングデスクは少ないでしょう。これは予算と目標にも紐付きます。月額予算規模が500万であれば、DSPは1社か2社のもので十分効果的に回すことが出来ます。その場合、あまり多くのDSPを束ねる必要はありませんが、われわれのように複数社のDSPを束ねて運用するトレーディングデスクは少ないと思います。

 

-現在取引されているブランド広告主は何社くらいでしょうか。

常時10社から20社ほどのブランド広告主様のデジタル広告運用をさせていただいています。

 

-広告の運用は、広告代理店と協力して実施されているのでしょうか?

はい、われわれのトレーディングデスクは少し特殊でして、テレビと組み合わせたりしての運用になります。したがって、総合代理店様と一緒に取り組みます。マスマーケティングの領域を総合代理店様が担当し、デジタル領域の運用は主にスケールアウトが行う。専業代理店1社、あるいは総合代理店1社でキャンペーンに対応するケースが一般的ですが、マスメディアとクリエイティブは総合代理店様、デジタルメディアの運用の部分はスケールアウトにお任せいただくというケースが増えています。

 

-そこが他社のトレーディングデスクとも違うのでしょうか。

photo4はい。われわれの広告運用は、日次でパフォーマンスを上げるDSP単体の運用を行いますが、週次でDSPへの予算分配とクリエイティブの見直しも行っています。この点は、総合代理店と密に連携する必要があります。特に予算配分はDSPやFacebook、Twitterなど複数を行っていないと発生しない業務ですが、ここが非常に重要と考えております。

 

-米国のトレーディングデスクは現状どのような状況にあるのでしょうか?

米国ではWPPとオムニコムとピュブリシス、この大手広告代理店3社が抱えているエージェンシートレーディングデスクが大手になります。例えば、WPPのXAXISは日本にも参入しています。

トレーディングデスクには、2つのサービス形態があります。一つはトレーディングデスクが1つのDSPを使い、多くのSSPと連携し、そこからすべてのメディアの買い付けをするという形態。そして、われわれのように、複数のDSPを使いメディアの買い付けをするという形態です。われわれの仕組みは、米国またグローバルに近いサービス形態であると認識しています。つまり大手ナショナルクライアント向けのトレーディングデスクという立ち居地にあります。トレーディングデスクはまた、買い付けるメディアに関してブラックボックス型とオープン型とに分かれますが、当社はオープン型のスタンスをとっています。
 

 

ブランドマーケッターに寄り添った投資環境を作ること

 
-貴社がトレーディングデスクの運営を開始されて約1年が経ちました。広告主の変化として、何か気付かれたことはありますか?

大きく変化していますね。広告主様が、徐々にデジタル広告について理解してくださるようになってきています。例えば、今まではマスメディアへの出稿でPOSデータへの好影響を考えていらしたような大手メーカーのブランドマーケッターの方が、デジタル広告への関心を高めています。各バナー広告のクリエイティブがどんな年代や性別からの反応が大きいかなど、デジタル広告はそれがクリック率などの数値に明確に表れます。数値で確かめられることに慣れているデジタル業界のマーケッターよりも、オフラインチャネル事業者の方が、これらの数値を面白がって見てくださっている印象です。われわれのレポートで、総合代理店やブランドマーケッターの方に良いフィードバックを返せるような取り組みが進みつつあります。

マス広告のペルソナ設定は、デモグラフィックです。FacebookやスケールアウトのDSPは、ユーザーの年代や性別に関するデータを膨大に保有しています。このデータをレポートに反映させることで、マス広告を打っているマーケッターにとって、マスメディアと同じ感覚で出稿するイメージに近くなります。よりイメージしやすくなることで、われわれのデジタルでの施策やレポートにピンとくるようです。

デジタルマーケティングに登場する「オーディエンスターゲティング」という言葉は、ブランドマーケッターには馴染みが薄いのです。彼らがテレビ広告を出稿する際に使うプロトコルに沿ったレポートにして差し上げることで、デジタル施策によって得たフィードバックを、マスを含むマーケティング施策全体の改善に活かすことができます。これにより、マーケッターの情報や知見の価値が高まり、ひいてはマーケティング施策におけるデジタルの相対的価値を高めることにもつながるのです。

 

 

データドリブンマーケティングの一翼を担う:ターゲットを“絞る”から“創る”へ

 
-今後、トレーディングデスクの機能や業界における位置づけはどのように変わっていくと思われますか?

トレーディングデスクというレイヤーの上に、データドリブンマーケティングという大きな取り組みや思想のようなものが入り込んでくるでしょう。先ほど申し上げた、ユーザーのペルソナをデータで見ていくという取り組みは、まさにデータドリブンマーケティングの一つです。その中では、トレーディングデスクはメディアを買い付けるための一機能に過ぎません。今後、データドリブンマーケティングが普及・発展していくなかで、「最適なターゲットとの最適なコミュニケーション」はその大きなお題目です。トレーディングデスクのPDCAを日次・週次で回していく事で、よりデータや仮説が洗練されていくと思っています。

これまでのトレーディングデスクは獲得効率を高めるために、ユーザーを絞って絞って、無駄を排除していくような運用が主流でした。しかし、われわれのようにマスマーケティングを中心に行ってきたブランド広告主は、より広くターゲットを設計し、広くコミュニケーションをしていきたいのです。無論、最終的には効率化させていきますが、この場合の運用における大きな目的は、ユーザー層の中からターゲットを絞るのではなく、ターゲットを創ることです。このような取り組みには色々な会社がチャレンジすると思われますが、そこには仮説やアイデアが求められます。

トレーディングデスクはデジタルの広告運用に機能が限定されますが、データドリブンマーケティングの運用対象は広告だけではありません。マス広告、メールマーケティング、オウンドメディアとトレーディングデスクなど、デジタル広告以外の施策も合わせて指標を見ていくことが必要となります。メールマーケティングの施策・効果と関連して、トレーディングデスクでデジタルの広告買い付けをどう運営し、最適化させるかなど、運用技術が高度化していくでしょう。そのために、トレーディングデスクと、その他の施策で得た指標との連携も進んでいくはずです。この点については、現在われわれもダッシュボードの準備を進めています。

 

-今後の御社の戦略とか方向性について、教えてください。

冒頭にもお伝えしましたが、まだ日本ではブランド企業が大きな予算をデジタルで安心して効果的に運用するためのサービスインフラが構築していません。この点については、われわれの取り組みもまだ道半ばであると認識しています。われわれは、この領域においてお役にたつことで、デジタルマーケティング業界の発展に貢献していきたいと考えています。

よく誤解されますが、われわれはテレビの予算を完全にデジタルに移行させようとしているわけではありません。テレビとデジタル、それぞれの予算の中で、広告主様の予算の最適な配分の決定を支援していきたいのです。われわれはデジタルの中でもFacebook、Twitter、DSP、複数社を組み合わせて最適な解を得ようと、予算の投資ポートフォリオを組んで運用しています。そこにテレビやメールが加わるという発想です。広告主様が持たれている予算の中で、最適な予算配分が日々適切に行える状態を作るというのがわれわれの使命であると考えています。

(編集:三橋 ゆか里)

 

 

 

ABOUT 野下 智之

野下 智之

ExchangeWire Japan 編集長   慶応義塾大学経済学部卒。 外資系消費財メーカーを経て、2006年に調査・コンサルティング会社シード・プランニングに入社。 国内外のインターネット広告業界をはじめとするデジタル領域の市場・サービスの調査研究を担当し、関連する調査レポートを多数企画・発刊。 2016年4月にデジタル領域を対象とする市場・サービス評価をおこなう調査会社 株式会社デジタルインファクトを設立。 2021年1月に、行政DXをテーマにしたWeb情報媒体「デジタル行政」の立ち上げをリード。