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「アドテクの理想と現実」にパブリッシャーはどう向き合うべきか?-大手経済メディア担当者が語る課題と未来 [インタビュー]

プログラマティックが普及して以降、メディアを取り巻く広告ビジネス環境が変わったといわれているが、日本におけるその実態や実務を担う関係者による現場の声は、実はあまり多くが取り上げられているわけではない。

パブリッシャー・トレーディングデスクとして日頃メディアを近くで支援しているbrainyが、メディアのプログラマティック広告実務担当者へのインタビューを通じて、日本のメディアが置かれているビジネス環境や、昨今のアドテクノロジー界隈のトレンドについて率直に感じていることなどをお伝えするシリーズ。

第三弾は、東洋経済新報社のデジタル広告部門責任者及び担当者へのインタビューをお届けする。

★インタビュー対象

東洋経済新報社 ビジネスプロモーション局 デジタル広告部

部長 佐藤 朋裕 氏 (写真二列目左)

他社で2つのビジネスメディアを経験後、2013年の4月から東洋経済新報社オンライン広告事業に従事。

アドテクノロジー・スペシャリスト 新津 尚男 氏 (写真二列目右)

入社以来一貫して、東洋経済新報社のWEBサイト業務を担当。現在は運用型広告全般を管掌。

進藤 貴史 氏 (写真二列目真ん中)

今年の1月より、東洋経済にてオンライン広告の仕事に従事。前職では、データをマネタイズする立場で、アドネットワークやDSPの仕事に携わっていた。

★聞き手

株式会社brainy

2017年3月、株式会社オプトから会社分割により設立。様々なアドテクノロジーを駆使することでネット広告収益の最適化を支援する「パブリッシャー・トレーディングデスク」を、国内プレミアムメディアを中心に展開している。

株式会社brainy 代表取締役社長CEO 山岡 真士 氏 (写真一列目 右)

同社 パートナーブレイン戦略部 塚本 くるみ 氏 (写真一列目 左)

専門性を武器に高水準のマネタイズを目指す「東洋経済オンライン」

写真2

山岡氏(brainy): 運営されているメディアと所属部門のミッションについて教えていただけますか?

佐藤氏(東洋経済): 2003年6月にスタートした「東洋経済オンライン」は、東洋経済の強みを活かしたビジネス、政治・経済、マーケットに関する記事に加えキャリア・教育、ライフスタイルに関する記事も多数掲載しています。若い世代から経営者層まで幅広い層に支持されています。
所属する東洋経済新報社のデジタル広告部はメディアのマーケティング的な立ち位置にあり、アカウント営業とコンテンツ広告の制作以外の部分を担っています。その中でもプログラマティック広告の部分に関わっています。

山岡氏(brainy): ニュースメディアとしてセグメントした場合、その中でどのような特徴がありますか?

佐藤氏(東洋経済): まず、新聞社のサイトとは明確に違う「経済・ビジネス専門メディア」です。我々の場合は社内に記者を100人ほど抱えていますが、いわゆる新聞報道のようなスピードは出せませんので、かわりに「きちんと分析して出す」というスタイルでやっています。記事本数にも限りがあって、1日あたり20本くらいです。ただ、1本当たりのPVが大きく、これが特徴だといえます。

記事も広告も、同じ手間をかけて仕上げるのが東洋経済流

塚本氏(brainy): ニュースメディアとして一括りにされることが多いですが、新聞社と「経済・ビジネスメディア」などぞれぞれで異なるわけですね。そのことによって、ほかのメディアとマネタイズの方法で異なるのはどのような点でしょうか?

写真3

佐藤氏(東洋経済): 専門性が高ければ高いほど、単価は高くできると言われています。しかし、「東洋経済オンライン」はユーザー体験を阻害しないよう会員制等は戦略的に採用していません。これを「オープン戦略」と呼んでいます。そういう環境で専門性の高い経済やビジネスの情報をわかりやすく提供しているところに大きな特徴があります。しかしながら、ユーザーを把握する努力を怠っているわけではありません。一人ひとりのユーザーの顔をはっきり見せることによって、広告主にとって出稿していただきやすい環境を整備していこうと思っています。

新津氏(東洋経済): ここで言う「オープン戦略」とは、多くの方が"無料"でいつでもどこでも記事が読めることを意味しています。

佐藤氏(東洋経済): 純広告に関しては、ディスプレイ広告よりも、記事広告、ブランデッドコンテンツの売上構成が大きいのが特徴です。
はるか昔に『週刊東洋経済』で、記事広告を活性化させようとした時に作ったのが「広告制作部」です。それくらい、広告コンテンツの制作に関しても力を入れています。競合他社では外の編集プロダクションに記事広告の制作をお願いすることがあるようですが、当社では原則としてありません。記事も広告も同じくらい手間をかけて作っています。

山岡氏(brainy): 経済・ビジネス専門メディアならではのマネタイズに合わせて組織も編成されているということですね。現在の広告マネタイズはどのような方針ですか?

佐藤氏(東洋経済): 純広告については動画広告リッチアドに注目しています。ビルボードや動画のアウトストリームの広告フォーマットを用意しています。動画広告の需要は今後も大きくなり続けると思っています。広告主に対して、純広告もプログラマティックも同じように使えるテクノロジーを最大限利用して提案できるような環境を整えたいです。

新津氏(東洋経済): プログラマティックではテクノロジーで解決できる部分と人が介在する部分のバランスが大事だと思っています。

佐藤氏(東洋経済): また、優先取引や保証型優先取引の割合を増やしていきたいと思っております。純広告とプログラマティックでは健全な売り上げ構成を築けています。純広告もプログラマティックもバランス良く成長させていきたいですね。

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新津氏(東洋経済): プログラマティックは、広告主や代理店が日々のデータを取れるメリットがあります。また、メディアを越えた取り組みも可能です。これらの理由から、高単価の案件をPMPで配信する動きは今後も続くと考えます。メディアはそうした動きに対応できるよう、体制を整えておくことが重要です。

進藤氏(東洋経済): アドテクは一つの手段に過ぎません。プログラマティックと純広告を分けて考えるというよりも、我々の強みである記事広告とプログラマティックの取引を組み合わせた広告主の目的に沿った提案ができ、幅広くカバーできるような体制を整える準備を進めています。

新津氏(東洋経済): 記事広告でも、ユーザーの行動履歴や、態度変容は大切な指標です。データは、よりシームレス化していくと考えます。

PVの成長が、プログラマティックの位置付けを変えた

塚本氏(brainy): 近年好調にPVが推移しているそうですね。それはどのようなきっかけで増えたのでしょうか?

佐藤氏(東洋経済): 2017年6月時点で東洋経済オンラインはPVが2億2000万PV、3200万UBまで成長しました。東洋経済オンラインがスタートしたのが2003年、力を蓄えてリニューアルを行ったのが2012年11月。基本は「オープン戦略」で、外部のプラットフォームにも積極的に記事を配信しました。日々の改善を積み重ね、月間3~4000万PVを2億2000万PVにまで引き上げました。
自分事として読むことができて、かつ信頼できる経済・ビジネスメディアというコンセプトが世の中に受け入れられたのだと考えています。本来、経済やビジネスの情報は生活の向上や仕事の発展には欠かせないものです。

新津氏(東洋経済): 「幅広い対象をファクトとエビデンスにもとづいて正確に報じていく」という方針のもと、幅広い記事を継続的に発信したことがPV増の要因と考えています。

塚本氏(brainy): PV拡大に頭を悩ませるメディアが多い中、ここまでの急成長はまれな成功例ですね。PVが急激に増えたことは広告マネタイズの方法に影響を与えましたか?

佐藤氏(東洋経済): PVが増えたことによって、プログラマティック広告についての社内での見方やポジションが変わりました。今まではどちらかというと純広告を売った残りの在庫をプログラマティックでマネタイズするといった考え方でしたが、いまでは安定して売上が見込めるプログラマティック広告がベースになり、そこに純広告でどのくらい売上を足せるかというように、発想の転換をしました。

アドテクが作ったデマンドとサプライの距離感

写真5

塚本氏(brainy): では次に、少し俯瞰したお話をお伺いしたいのですが、メディアから見た「アドテクの理想と現実」を教えて下さい。

山岡氏(brainy): デマンドサイドとサプライサイドで捉え方や考え方も異なると思いますので、そのあたりも交えてお伺いできたらと思います。

進藤氏(東洋経済): デマンドサイドにとって広告は、「コスト」ですが、サプライサイドに回ってみると広告は「収入」です。そもそもお金を使う側ともらう側で、全然考え方が違います。

佐藤氏(東洋経済): 近年、デマンドとサプライとの間に少し距離感が出てきてしまったと感じております。かつて紙媒体が広告の中心だった頃は、広告主との距離が近くて、直接話をすることも多かったのですが、メディアも広告主もデジタルの知識が不足している部分があって、直接、お話しする機会が減ってきていると感じています。これはお互いにとっての理解が不足するということに直結しますので危機感を持っています。

進藤氏(東洋経済): このあたりが、昨今の「ブランドセーフティ」に関連する課題につながってきています。話し合う機会が減ると、思っていることのすれ違いが起きてしまいます。

佐藤氏(東洋経済): 適切な価格での取引が実現できていないというのも、そのあたりに原因があるのかなと思っています。一次情報メディアを継続的に続けていくためには、ある程度の収入が必要です。ですが、プログラマティックの収入のみで賄うのは現状においては難しいです。

メディアもプログラマティックの情報発信を

塚本氏(brainy): 佐藤さんのおっしゃる「距離感」はアドテクによって生じたものということでしょうか?

佐藤氏(東洋経済): そうでしょうね。昔はもっとシンプルで、会話自体も難しくなかったし、本質的な話ができていましたが、いまはテクニカルに走りすぎている感があります。ですので、今はデマンドサイドとのコンタクトを増やすようにしています。

新津氏(東洋経済): これまでは、メディアからの情報発信もあまりありませんでした。メディアの媒体資料には、プログラマティック広告のことはほとんど載っていません。今後は、それを「できます」と表明することによって、少しは変わってくるのではないでしょうか。

佐藤氏(東洋経済):海外発のニュースでメディア側からのプログラマティックへの取り組みに関するニュースをしばしば目にしますが、日本のメディアによるそのような情報を目にすることはあまりありません。我々は体制を作り、情報発信をしていきたいと思っています。

進藤氏(東洋経済): 以前はプログラマティックで買い付けをする時は、面は二の次で、人を優先するオーディエンスターゲティングの発想が主流でした。しかしながら、掲載面も重要だという流れで出てきたのがPMPです。しかし、PMPでも、面だけではなく、枠と、人、掲載タイミングという様々な要素で選択できる環境が求められてくると考えます。ブランドセーフティ等が問題になっている今だからこそ、我々はメディアとしての発信力を強めていきたいと思っています。

山岡氏(brainy): 海外ではアドテクの新しい潮流に対してメディアの見解がとりあげられることもありますよね。国内でもメディアの主張をもっと認知させるにはどのようにすべきでしょうか?

佐藤氏(東洋経済): それはやはりデマンドサイドとサプライサイドとが平等な関係が築けて、はじめてできるものです。我々も最終的にはそこを目指したいですね。メディア同士のプログラマティック広告の集まりはありますが、広告主と対話することができる場を積極的に作っていきたいと考えています。

進藤氏(東洋経済): 話がかみ合うようになるためには、我々も「考えていること」を発信していかなければなりません。以前は、メディアはパーツとしての掲載枠を提供し、それを組み立てる人がいればよかったのですが、だんだんメディア側がパーツだけ提供しても厳しい状況になってきました。ですから我々の方でも自動車のように各パーツで組み立てたものを見せて総合的に広告主の課題を解決する商品を準備していきたいです。

新津氏(東洋経済): メディアは、毎日、自社のサイトを見て、データを確認しています。どこにどのようなクリエイティブを出せば効果的かを一番知っています。そういう知見を広告主と共有できれば、より良いお取り組みができるのではないかと思います。

塚本氏(brainy): 佐藤様、新津様、進藤様、本日はありがとうございました。アドテクによって広告主との距離感が広がる中、広告主にとって買い付けやすい環境整備に注力されていくお考えが非常によくわかりました。最後に、今後も発展を続けるアドテクに貴社としてはどのように向き合っていかれるか、コメントいただけますか?

佐藤氏(東洋経済): いま、メディアがアドテクを完全に使いこなせているかというと、これから本格化するという段階だと思います。テクノロジーの進歩は止まりませんから、それを最大限に活用したいと考えています。

ABOUT 野下 智之

野下 智之

ExchangeWire Japan 編集長   慶応義塾大学経済学部卒。 外資系消費財メーカーを経て、2006年に調査・コンサルティング会社シード・プランニングに入社。 国内外のインターネット広告業界をはじめとするデジタル領域の市場・サービスの調査研究を担当し、関連する調査レポートを多数企画・発刊。 2016年4月にデジタル領域を対象とする市場・サービス評価をおこなう調査会社 株式会社デジタルインファクトを設立。 2021年1月に、行政DXをテーマにしたWeb情報媒体「デジタル行政」の立ち上げをリード。