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テレビ逆襲の「武器」はビッグデータ-挽回を図る世界中のプレミアム・メディアを支えるStreamhub [インタビュー]

YouTubeを始めとする動画共有サービスが著しい成長を遂げたことで、テレビ局やビデオ・オン・デマンド(VOD)のプラットフォームといったいわゆるプレミアム・メディアのマーケティング戦略が大きな転換を迫られている。こうしたプレミアム・メディア向けに特化したビッグデータを提供するのが、英国で創立されたStreamhub社だ。自らの事業を「メディアに戦うための武器を供給する」と形容する同社代表取締役の土屋昭洋氏に話を聞いた。

(聞き手:ExchangeWire Japan 長野雅俊)

主要顧客は世界的なプレミアム・メディア

― 自己紹介をお願いします。

2006年にSkypeの創立者たちと共にロンドンでJoostという映像ストリーミング配信事業を立ち上げました。現在ではNetflixなどが存在感を持つようになりましたが、当時は時期尚早。テレビ業界から「デジタルにカニバライズされてしまう」という反発を引き起こしてしまい、優良コンテンツが集まらなかったのです。結局、この事業は他社へと売却されました。やがてNetflixが地域限定でストリーミング配信を始めて、さらにはHuluもサービス提供を開始します。ただいずれも米国限定のサービスだったことから、映像配信プラットフォームのグローバルな拠点つまりハブを構築したいという思いで、再びロンドンでStreamhubを立ち上げたのです。当初はエンコーダ-、CMS、CDN、プレイヤー、レポーティングといった動画配信に関するエンド・ツー・エンドの専門技術プラットフォームを自社開発して、やがてNHKの国際配信などに利用されるようになりました。東日本大震災が発生して他の配信システムは軒並み機能しなくなったにも関わらず、弊社のシステムは稼動し続けたことで日本のお客様からも信頼を得ることができました。

一方で、顧客が増えるにつれて新たな課題も生まれてきました。お客様の要望に応じれば応じるほど、全く汎用性のない動画配信プラットフォームが出来上がってしまうのです。そうなると行き着く先は価格競争になるのは明らかでした。だからメディア業界の将来を考え、動画配信のプラットフォームより、データを活用するインテリジェンスこそ様々な分野の底上げに繋がるという結論に達したのです。そこで今までのコンサルティング業務を打ち切り、レポーティング及び分析に業務を特化することにしました。ピボット後の今は、プレミアム動画配信に関するビッグデータ分析とそのデータ活用の2つを専門とする会社として運営しています。

― 顧客層について教えてください。

写真1

プレミアム・メディアやオウンド・メディアを持つ企業が主な対象です。Brightcove、Comcast Technology Solution、Kalturaという世界3大OVP (オンライン・ビデオ・プラットフォーム) を主要パートナーとしており、このプラットフォーム上で動画配信を行なうViacom、Scripps Networks、Sony Televisionなどが主な顧客となります。eコマースではライブ配信を行なうショッピング・サイトのQVCなどがいます。いずれも自分たちのウェブ・サービスに顧客を呼び寄せようとしている方々ばかりです。逆に言うと、他社のソーシャル・プラットフォーム上に自分たちのプレゼンスをつくってマネタイズしようとする会社は顧客には含まれません。他社のプラットフォーム上にユーザーを集めると、短期的にはその規模を生かして認知度を上げることができるかもしれませんが、結局のところ肝心の顧客データが取れないから、パラサイト的なビジネス・モデルしか生むことができない。我々は、自社のウェブサイトやアプリを通じてユーザーと直接向き合っている企業を応援しています。

視聴コンテンツを軸にしたデータ展開

― 分析及び活用するデータは、動画配信プラットフォーム上で閲覧されるコンテンツと広告の両方を対象としているということですか。

その通りです。業界全体がアドテクだけに走りがちという印象を受けますが、それでは全く意味がありません。視聴者が見たいのは、広告ではなくてコンテンツ。だから弊社はコンテンツを軸にしたデータ展開を行なっています。広告に関しても、コンテンツとの関連性を重視します。コンテンツ内容がシリアの難民の惨状を伝えるニュースと、ニューヨークの暮らしを描いたドラマでは、合わせて流れるべき広告の種類が変わるというのは自明でしょう。ユーザーをきちんと理解できていないままアドテクに特化しても意味はない。エコシステム全体を理解することが大事という思いでこの事業を行なっています。

― 人的に判断を下す材料となるデータをプログラマティックに提供しているということでしょうか。

結果的にそのような使われ方をしています。というのも、弊社はいわゆるプレミアム・コンテンツに特化しているからです。だからAdVOD(広告モデルのオンデマンド動画配信)、SVOD(同定額制)、TVOD(同都度課金制)といった各種の動画配信プラットフォームや、大手メディアのライブサイマル配信またはオウンド・メディアの中で展開するOTT(オーバー・ザ・トップ)などに利用される場合が多い。そしてこれだけ動画のプログラマティック取引が普及している中で、プレミアム・コンテンツに関してだけは今でも手売りが主流です。だから例えばテレビ局の編成・マーケティング担当者が自社の戦略作りに生かしたり、広告主に対して提供する資料として使われたりことが多いです。

― レポーティングではどのような指標を重視していますか。

写真2

何よりも大事なのはロイヤリティー計測。端的に言うと、時間帯別の趣味嗜好と消費パターンを注視しています。例えば、動画を見る本数、一回の閲覧時間の平均値、視聴完了率、ジャンル、出演者、などですね。ユーザー毎のロイヤリティー内容が理解できれば、このユーザーに対してこの広告を流すとコンバージョン率がX%プラスになる、といったことが分かります。

視聴者のプロファイリングについては、デモグラフィックとサイコグラフィックの2種類。性別や年齢を主とする前者よりも、各人の趣味嗜好を表す後者の方が圧倒的に有用です。つまり、各視聴者がどのようなコンテンツまたは広告を好んで見たかという履歴ですよね。それぞれのコンテンツや広告に付随するメタデータを使う方法と、あとは自然言語処理をかけて共通したキーワードのコンセプトを編み出してクラスターを見つけていくというパターンがあります。

全数データに基づいたプロファイリングに強み

― そうしたデータは具体的にはどのように利用されるのでしょうか。

弊社サービスの利用者は、ダッシュボードを通じて、「ビンジャー」つまり一気に全シリーズを視聴してしまう人や新規・リピーター・離脱ユーザーの動向などが把握できます。また顧客が詳しいメタデータを入れれば、例えば出演者ごとにデータを切り分けるといったこともできます。このデータを見ながら、編成担当は例えばオンデマンドにおいてそもそもどんなコンテンツを購入すべきか。マーケティング側としては、どういう番組をどう宣伝すればどのセグメントに刺さるか。このマーケティング業務も複数に分かれており、一つはリテンション。属性で分類したセグメントとサイコグラフィックを掛け合わせることで見えてくるパターンに基づいて、例えばこのセグメントには特定のお勧めコンテンツのメルマガをどのタイミングで配信しようという判断ができます。

あとは離脱したユーザーのリマーケティング。一旦離脱してしまったある人は、大のスポーツ観戦好きだとする。例えば来期から野球コンテンツを新規でストリーミングすることになった際に、そのユーザーのクッキー情報を用い、再ターゲティングすれば、効率的なマーケティングができます。

また予めDSPに様々なデータを送り込んでおいて、弊社のデータベースを使って取引が行なわれた場合にコミッションをいただくという仕組みもあります。言い換えれば、各調査会社の情報に代わって、弊社のデータをご利用いただくという形です。弊社は全数データ主体ででプレミアム動画の環境に特化したプロファイリングをつくっているのですが、そういう企業は他ではあまりないと思います。例えばニールセンなどが提供しているデータはパネルベースでそれはそれで強みがあるのですが、弊社のように全数データを蓄積することで出来上がるプロファイリングはかなり使えると思います。

【Streamhub提供サービス利用者のダッシュボード】

図1図2

メディアはデータを使いきれていない

― 今後の展望についてお聞かせください。

とにかくひたすらプレミアム・コンテンツに注力して、全体のエコシステムに役立つDMP的なデータをどんどん提供していきたいです。プレミアム・コンテンツは、きちんとしたスポンサーがつくコンテンツなので、きちんとしたデータを提供する責任があるのです。世界中のプレミアム・マーケットの中に食い込んでいくために、既存の3大OVPパートナーとの連携を深め、そして米国ではニールセン、英国ではKantar Media、日本ではビデオリサーチといった代表的な調査会社系の企業と良いパートナーシップを組んで、良質なデータを提供していけるのが理想的です。

実は私自身がテレビ畑の出身です。現状ではプレミアム・メディアの多くがNetflixやYouTubeの技術力と市場規模に圧倒されています。でも、YouTubeで閲覧されている動画の大半はプレミアム・メディアから持ってきた違法動画が多いです。なのに、プレミアム・メディアは言わば武器がないからネット上で戦えていない。弊社は技術の基盤が変わったことにより苦戦している従来のメディアやストーリーテラーたちをサポートするツールやプラットフォーム作りをしていきたいのです。

弊社のシステムはSaaSモデルなので、テレビ局やVODプラットフォームを始めとするお客様が常にフィードバックをしながら機能がどんどん新しくなって全員がそれを使えるようになっていきます。お客様は全員メディア企業なので、つまり、メディア業界用にどんどん最適化されていきます。そして、クラウド・ベースで提供しているので、世界中どこからでもアクセスできますし、半日以内で導入が可能です。Brightcove、Comcast、Kalturaといった大手プラットフォームをご利用しているお客様であれば、約10分で導入ができるんですよ。

やや乱暴な言い方をすれば、視聴者にとっての良いコンテンツとは、詰まるところ、自分とつながりの強いコンテンツです。つながりの強いものを提供するには、プロフィールやデータがないと勝負できない。それをプレミアム動画においてはNetflixやAmazonを除き、メディア側が使いきれていないというのが現状かと思います。だからビッグデータを簡単且つ、業界に特化した形で提供することで、プレミアム・メディアを支援していきたいです。

Streamhub社ウェブサイト: www.streamhub.co.uk

ABOUT 長野 雅俊

長野 雅俊

ExchangeWireJAPAN 副編集長
ウェストミンスター大学大学院ジャーナリズム学科修士課程修了。 ロンドンを拠点とする在欧邦人向けメディアの編集長を経て、2016年に調査・コンサルティング会社シード・プランニングに入社。 日本や東南アジアを中心としたデジタル広告市場の調査などを担当している。