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Interview:『DSP/RTBオーディエンスターゲティング入門』著者インタビュー

Yahoo!Japanのリターゲティング広告開始、海外ベンダーの日本市場参入と、新たなブームを迎えようとしている広告テクノロジー業界。しかしながら、どんなに高度でインテリジェンスなテクノロジーが市場に出そろったとしても、ツールを使いこなす人材が育たなければ、本当の意味で企業はこれら技術の発展から恩恵を受けることはできない。

インターネット創成期に、日本のインターネット広告の仕組みを作り上げた功労者のひとり、 (株)デジタルインテリジェンス 代表取締役の横山隆治氏 。業界啓蒙のための執筆も数多く、またアタラ社とのマス広告を含む「トータルアトリビューション分析手法」開発への取り組みや、TATEITO社のデジタルマーケティング人材育成ビジネスへの出資、自ら『DSP/RTB講座』の講師を務めるなど、人材育成と業界の成熟化にむけて精力的な活動を行っている。

その横山氏の最新著書が今話題の『DSP/RTBオーディエンスターゲティング入門』である。本書執筆に至った背景と、業界をとりまく状況についてお話を伺った。

 

Q:デジタルインテリジェンス社のサービス概要を教えてください。

一言で言うと、総合デジタルマーケティング・コンサルティングを提供しています。デジタルマーケティングと言うとすごく幅が広いのですが、大きく分けると『組織コンサルティング』と『テクノロジーコンサルティング』を行っています。

『組織コンサルティング』は、大手のクライアントの経営企画系から入って行く仕事です。

新しいデジタルマーケティングの分野では、日本の今までのたて割りな組織では機能しないので、デジタルに対応していくためには組織をどうすればいいか、人材をどうするべきか、というレベルからコンサルティングに入って行きます。

例えば、一般の大手企業が(Adobeの)SiteCatalystのようなマーケティングROIを測定する仕組みを導入しようとすると、マーケティング担当者はテクノロジーの理解が乏しかったり、また情報システム担当者はマーケティングに疎かったりします。そこで、クライアントのマーケティング課題を整理し、ベンダーからソリューションのプレゼンをしてもらい、クライアント側の立場で導入判断のサポートをします。また導入後の活用段階では、今までのたて割り組織から”横断プロジェクト“にするために、特殊な会議体を作り、キーマンを集めて意思決定のフローを作ったり、ナレッジ共有のための研修を月1回行うといった新組織を作る視点でコンサルティングを行っています。

『テクノロジーコンサルティング』では、DSPの導入コンサルなど、実際にツールをトライアルなどで導入し、データをもとにパフォーマンスの予測や、運用の方法、コスト削減など、経営判断やマーケティング戦略の決定に必要なコンサルティングを行っています。

例えば、DSPの導入では、実際のDSPバイイングを行った上でデータを出し、その後の戦略を提案します。例えばあるメーカーさんの場合、今までは卒業・入学式のシーズンが最もニーズが高いと考えられ、そのキャンペーン期間のみ広告を入札していたけれど、実はデータを見てみると年間を通してニーズがあることが見えてきた。そこで、広告を通年対応したほうが安い時期に入札ができるから、トータルのROIを考えてトライしてみましょう、といった感じです。

 

Q:『DSP/RTBオーディエンスターゲティング入門』の執筆に至った背景を教えてください。

私は、96年からインフォシークの立ち上げやメディアレップの設立など、恐らく日本のネット広告を一番古くからやっている人の1人なのですね。今までのマスメディアの広告のモデルの延長で、“縦横のこのサイズで1週間の掲載ではいくらです”といった、セルサイド(売る側)の都合でインターネットの広告枠を作ってきたわけです。

その視点からすると、DSPは1インプレッション、1配信ずつ「入札」する、デマンドサイド(買う側)の仕組みなのです。15、6年このインターネット広告業界でやってきた自分のマインドすら、がらっと変えてしまうぐらい、画期的な仕組みでした。このDSPが『何が画期的なのか』ということを、きちんと整理したかったのです。

今はコンサルティングビジネスで、特定のDSPの技術を担いでいるわけではなく、中立的に各社のDSPの技術に対してアドバイスしてきた立場だったので、各社に取材しやすい状況にもありました。

また、去年の10月からデジタルインテリジェンスでDSPの研究会を立ち上げ、14〜5社の大手ナショナルクライアントさんと各DSPを訪問して、その技術についてレクチャーしてもらう『キャラバン研修会』をやってきました。そこで、結構分かってきたこともいろいろあったので、まとめてみたという訳です。

出版のタイミング的にも、ちょうどAmazonの『プリント・オン・デマンド(POD)』で作る企画が出版社のインプレスさんからありまして。PODだと、電子書籍版と一緒に発行できるのです。

PODという受注がきてから印刷する仕組みであれば、改訂も簡単にできますし、電子書籍版であれば、どんどん変更を加えられるわけです。DSPの世界では新しいことが次々に起きているので、改定版が必要だろうと考えました。今回の本も、スマホのDSPのことをあまり書いていませんが、もうすでに市場には出てきているのです。

この本は教本であり、勉強してもらうための専門書なのです。電子書籍版に興味があったのは、テキストと図だけではなく、アニメーションとナレーションで説明することで、複雑なDSPの関係図を簡単に理解できるようになると言う点です。人材育成という視点でも、教本はとても大切です。ウェブ上にもたくさんコンテンツはありますが、ウェブのコンテンツでは、受け取る側の努力も必要となってくるのです。

教本という視点でいうと、DSPは管理画面を実際に動かしてみるなど、オペレーションもカリキュラムのひとつなので、動画で見せてあげたほうが口で説明するよりはるかにわかりやすいのです。やはりデジタル業界は早いですし、いろいろなツールが出てきているので、それらを勉強する上でも、操作手順のようなものは、目で見て解説のナレーションを聞いて覚えるっていうのは、非常に早いかなと思います。

 

Q: DSPの出現によって、今後の代理店のビジネスはどのように変化していくと思いますか?

まずは営業マンの役割が変わるでしょう。今までの枠で考える広告ですと、営業マンが週に2、3回来て紙のレポートをもとに次の広告枠を決めるというPDCAをまわしてきたわけです。ここで言う最適化というのは、「この広告メニューをやめてこっちにしましょう」という単純なものです。

DSPを導入するというのは、DSPの運用そのものがPDCAなので、週に2、3回来て広告について話し合うのではなくて、常にオペレーションする人が社内にいて、広告主の担当者と横に並んで同じ画面を見ながら、「こういう入札をしてみたら、この程度の結果でしたが、入札価格を上げると結構効果が取れたので、このように変更してみましたよ」と、入札オペレーションそのものの流れの中に、色々な発見があるはずで、それを共有して広告を買うという流れになると思うのです。

もう一つ言える事は、実は社内運用したほうがいいというのは、現在のようにブランド別やメディア別に複数の広告代理店に発注するプロセスだと、広告主のデメリットが大きいということです。

リスティング広告やDSPといった『入札』ものに共通する問題なのですが。例えばリスティング広告ですと、花王さんのような広告主が異なるブランド事業部ごとに『美肌』といったキーワードに入札をかけてしまうと、自社内でキーワードの価格を上げてしまう結果になります。DSPも全く同じで、例えばトヨタさんが、車種ごとに自分のサイトに来たユーザーにリターゲティングしたとします。それぞれのブランド事業部がDSPを買ってしまうと、クッキーの値段を上げてしまうわけですよね。これでは、すごくナンセンスです。

大手広告主がDSPを活用するのであれば、車種オーダーやブランドオーダーという形で入札管理すべきなのです。そうすると、社内に入札オペレーターを置くことが自然というか、うまく回るはずなのですが、実際の問題として現段階ではこのようなオペレーションができる人材がいないという理由で、アウトソースしてしまっているのが現実です。

当然DSP はまだ新しい分野なので、広告代理店の営業にも、メディアプランナーと呼ばれているメディアのバイイングセクション(購買担当)の人間にも、まだまだ知見はありません。DSPは実際にオペレーションをしてみないと、知見やノウハウがたまらないのです。また、広告主もトレーダーと直接コミュニケーションを取らないとPDCAがまわせなくなります。

ということは、いまの代理店の営業マンはディスプレイ広告を売れなくなるだけではなく、バイイング担当者を含め代理店の中の中間の機能というのは、むしろ邪魔なだけになってしまうので、組織そのものが変わらざるを得ないのではないでしょうか。まさに今までのセルサイドの理屈でできた広告メディアを売る体制だったものを、DSPによって完全にバイサイドの理屈で買い付ける、入札モデルにあわせた組織体制への変更が必要なのです。

 

Q: 昨年からRTBなど広告テクノロジーが日本市場にも出そろってきました。日本の広告主が、これらテクノロジーから恩恵を受けるためには、業界としてあとは何が必要だと思いますか?

そういう意味では、難しいところがまだ沢山ありますが、まずひとつ上げるとすると、きちんと効果測定と分析ができるかどうかですね。稚拙な評価と言ったら失礼なのですが、今はDSP含めリスティング広告やその他いろいろな広告メニューを並べて、CPCやCPAベースで評価をつけたりしていますが、それらは最終流入の評価にしかしていなかったりします。

広告評価としては、全ての広告に第三者配信を使って、広告に接触したユーザーはユニークなクッキーで統合管理し、トータルなアトリビューションの評価をしないと、本当の意味で広告テクノロジーを使ったことにならないと思うのですね。

また、複数のテクノロジーを使う際の運用にも工夫が必要です。DSPは何社もあるのですが、それぞれ思想が違っていて、入札方法のテクニックも異なります。DSPはいくつか並列させ、入札そのものはそれぞれのDSPの管理画面上で行うけれど、配信時のクッキーやレポートを統一化させるといった具合です。テクノロジーをきちんと使いこなせば、自然検索なども含めて全ての流入に対し、コンバージョンのパスが見えてきて正しく評価をすることまでできる世界です。あとは、それを取り込んで使いこなせるかどうかが問題ですね。

 

Q: デジタル広告のパラダイムシフトが発生している現状、広告主が抱えている課題は何ですか?

1つは、運用するための人材ですね。マス広告もネット広告も基本的には同じ部署でバイイングを行っている大手クライアントさんは多く、そのためネット系の担当者の採用を一生懸命かけています。ただ、マス広告系の方々は、やはりネットに関する知見がないので、採用するにも判断ができない。そこで、一定のスキルや知見を持つために、勉強されている担当者さんは多いです。

今までマス広告をメインに行ってきた企業も、今ではデジタルをやらなくてはいけないという認識はとても高いのです。特にテレビで100億単位の予算を使っているクライアントさんは、効果についてはいろいろ検証したいと思われています。ものすごい金額ですので、削減効果も大きいですし。ただ、それを実証するのはものすごく勇気がいることで、「それで売り上げが落ちたらどうするんだ」というプレッシャーは常にあるようです。

逆にテレビの効果を、もっと増幅させられないか、もっと検証できないかということも、常に考えられているので、それをネットでどのように補足するのかということは重要なポイントです。

例えば、TVというプッシュメディアと、Webのプルメディアを紐付けるとこんなストーリーが考えられます。

DSPでは入札リクエストの中に、ある掲載面に、ある人がアクセスした瞬間「こういうクッキーが来たので、この掲載面に入札しませんか?」というリクエストが掛かります。DSPの中には、そのユーザーが、その広告掲載面に来る直前が検索結果画面だとすると、検索キーワードも一緒に付いてリクエストが来るものがあります。「この人は直前で、○○と検索した人ですけど、この枠を買いますか?」というリクエストが掛かるので、テレビとの連動、例えばCMキャラクターの名前とか出演女優の名前を検索している人は、恐らくこのCMを見たであろうと予測ができるので、その『人』をターゲットにディスプレイ広告で二の矢を放ってみる。このように、テレビの効果をもっと増幅させるためのネット広告を打つという仕掛けが、可能になるのです。

もうひとつの課題は、デジタルを実行させるための経営判断、あるいは経営判断をさせるための社内ブレインの不足が挙げられます。どうしても日本の場合、IT投資は基盤系のような守りの部分には十分やってきていますが、攻めのマーケティングの部分でのIT投資は、今まで行われてきていないのです。

マーケティングにITの要素をしっかり入れて、攻めの部分にテクノロジー投資をしていくという経営判断がしっかりあり、「現場で判断してやりなさい」と社長からのミッションが下りてきて、現場からのボトムアップでもデジタルマーケティングをやらなくてはいけないという気運が高まっていく。このような流れがあって、やっとできるところではあるのですけど。

恐らく今までは、宣伝費とかマーケティング費というものが何十億円かあり、とりあえず広告代理店と称している所にアウトソースすれば大体似たようなものが出てきて、大体同じぐらいのコストを使えば、同じぐらいのパフォーマンスが買えたと思うのですが、今やなかなかそこまでのコストが出せない時代になってしまったと思うのですよ。

やはり、企業の中でデジタルマーケティングを機能させる必要があります。そうすると、いくらお金を持っていても、自社内でそういう機能をさせる会社とそうでない会社の差が、著しくついてしまう時代になったと思います。デジタルへの対応力の差がつき出してから、どの企業もみな慌てふためくと思うので、早くやったほうがいいなとは思います。

デジタルへの対応を始めて成果を上げる企業は、この1年でかなりの数が出てくると思います。その時点で、やっていない企業との差はかなり大きな開きがでますし、やはり先んずれば人を制すで、今やり始めて得た新たなノウハウを次のステージに持っていけるので、出遅れると結構大変だとは思います。

想像してみていただきたいのですが、DSPを使う事により今まで広告に10億円使っている企業が1億円ぐらいコスト削減できるのであれば、追加で発生するDSP配信料の1,000万円やそこらは安いものです。しかし最初の第一歩として、まずは検証として1,000万円を先行投資しないと、1億円削減できるかどうか分からない状況では、それは「えいや!」とやってみるしかないのです。そういう決断・判断ができるかどうかというところも含めて、今の日本企業の経営体制で実行ボタンを押すのは、そう簡単ではないですよね。

 

Q: 広告テクノロジー業界のオピニオンリーダーとして、次に注目されているテクノロジー、またはサービスは何ですか?

キーワードとしては、『スマホ』、『リッチメディア』そして『オフラインの購買データとの融合』ですね。

現在DSPはPCベースが主ですが、インプレッションがスマホに流れ始めてはいます。スマホにインプレッションが流れる分、PCは動画DSP などリッチメディア化すると思います。

また、スマホは一気にリッチメディア化する可能性が高いと思っています。マス広告に大きな予算を持っている企業さんは、今のスマホに出てくるようなバナー広告には興味がない。それよりも、動画を含めたリッチメディアの可能性を検討してくるのです。

実際にオーディエンスデータを使った中で言うと、リアルな購買データが蓄積されるもの、例えばポイントカードなどの仕組みとクッキー情報を掛け合わせることで新しい可能性がでてくると思います。例えば、ネット上のコンバージョンということが、あまり直接的なビジネスの目的ではない、ビールや飲料といった企業は、ポイントカードにひも付いたクッキーに対してビールのすごい『しずる』がアワワワって出てくるような訴求のリッチメディア広告を配信して、その人がコンビニでビールを購入したかどうかを検証する。

クッキーにデータを統合して広告配信してみて、それがリアル店舗での販売にどういう影響が期待できるかというのは、サンプルデータではありますがある程度分かってくると思います。実は、僕はこれをやりたいのですね。

Yahoo!JapanとTポイントの提携などにみられるように、POSデータやポイントカードといったリアル店舗の情報とネットとの提携がこれからますます増えてくると思います。ビッグデータの分析というのは、恐らく、今後このようなプロモーションをやる側に義務付けられていくような時代になると思います。

現在インターネットの広告を活用している広告主は、コンバージョンを目的にする企業が多くを占めていますが、リアルな購買がビジネスゴールである企業が一気にデジタルの世界に来ると、ディスプレイ広告マーケットが盛り上がって行くと考えられます。

今まで購買過程のプロセスを組む時に、どうしても認知の段階は、ノンターゲットでプロモーションを行うしかなかった部分があると思うのですが、この世代では、コンバージョンした人のデータから類推すると、新規顧客を獲得するための広告も、セグメントやターゲティングが効くわけです。そういう意味では、コストの使い方などが変わってくるでしょう。

そうすると、本当にデータというものを、きちんと読み解いて戦略的に活用するという方向性になると思います。リッチメディア広告が普及してくると、恐らく広告の1配信あたりの単価は高くなると思います。しかしながら、配信単価が高くなっても、購買可能性の高い消費者にターゲティングしているので、ターゲティングをしてリッチな訴求をしたほうが、実は認知度としての効果が良いのではないかという仮説につながってくる。キャンペーン実行後また、データで検証もできますしね。

インフォシークやDACでインターネットの広告に関わる前は、私はずっとマス広告ばかりやっていたので、これからやっとマスの世界にインターネットを少しつないでいくことができるかな、という気がします。

ABOUT 大山 忍

大山 忍

ExchangeWire Japan 編集長 米国大学卒業。外資系企業を経て2000年にネット広告効果測定ツールを提供するベンチャーに創業メンバーとして参画。その後、バリューコマース株式会社と合併。 2007年1月にオムニチュア株式会社(現Adobe)に参加、コンサルティングサービスを立ち上げる。ビジネスコンサルタントとして米国のベスト プラクティスを日本の課題やニーズに合わせて提供、ウェブ解析やガバナンス(データ主導の組織・仕組化)に関する執筆・講演を行う。