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「ユーザーレベルデータから脱却せよ」-AppsFlyerが説くプライバシー時代のマーケティング[インタビュー]

これまでユーザーの特徴や行動を把握するために活用されてきたIDFAが、プライバシー保護を理由に利用制限が課せられたことで、アプリマーケティングは変革を余儀なくされている。アプリマーケターはこの新しい環境にいかに対応すべきなのか。約9万アプリにデータを提供するモバイルアトリビューション企業のAppsFlyerに見解を尋ねた。
(聞き手:ExchangeWire JAPAN 長野 雅俊)

 

プライバシー重視のソリューションで差別化

 

―自己紹介をお願いします。

 

AppsFlyerのAPACプレジデント&マネージングディレクターを務めるローネン・メンスと申します。過去20年にわたり、コンテンツやマーケティングを含むモバイル事業に従事してきました。これまでのキャリアの中で様々な環境変化に直面してきましたが、プライバシーに関連した近年の規制や制度の変更の影響の大きさはとりわけ甚大であると実感しています。

 

―貴社の事業紹介をお願いします。

 

世界の市場シェアが6割、アジア市場に限定すると7割に達するモバイル広告効果計測プラットフォームです。世界20拠点で活動する千数百名の社員が、約9万アプリに対してサービスを提供しています。

 

またアジア地域における社員の過半数が女性であることも特徴的です。男性が圧倒的に多いとされるこの業界には珍しく、真の意味での多様性を実現したチームを運営しています。

 

―モバイルアトリビューション企業としての差別化ポイントをお聞かせください。

 

まずはプライバシーとセキュリティを最大限に尊重したソリューションを開発していることが挙げられます。IDFAの利用制限などが課されるようになった現状においては、より大きな強みとなりました。

 

次に媒体社やアドネットワークから独立した運営体であることも大きな差別化ポイントです。アトリビューション計測とは、いわばサッカーの試合における審判。どちらのチームも贔屓することなく、公平で正しい判定を下さなければなりません。そのためには、少なくとも各チームの関係者つまり媒体社やアドネットワークまたはその傘下企業は審判を務めてはならないはず。当社はこの最低条件を満たした数少ないモバイル広告効果計測プラットフォームです。

 

さらには顧客第一主義においても差別化しています。どの企業も顧客第一主義を目標としては掲げていると思いますが、当社の違いはこの理想を実現するべく、カスタマーサクセスやサポートエンジニアに相当な人員を割くことを始めとして多大な投資を行っている点にあります。

 

―日本市場に対する印象をお聞かせください。

 

日本市場を担当することになって、幼いころに抱いていた日本への憧憬が一気に蘇りました。と言うのも、実は私の両親が日本で出会ったという経緯から、私の実家には日本画がたくさん飾られていたのです。コロナ禍で訪日が叶っていないことだけが心残りです。

 

ただオンライン上のやり取りだけを通じても、日本チームのメンバーがお互いに対して敬意を示す様子に感銘を受けています。円滑なコミュニケーションを通じて連携を図った上でそれぞれの目標を達成できるように支援することが私の信条でもあり、この理想を日本チームが既に体現しているのです。

 

従来のマーケティングは「木を見て森を見ず」

 

―アプリ広告市場の現状をどう捉えていますか。

 

当社はコロナ禍以前の段階で総計200億ドル規模の広告支出データを計測していました。その後、コロナ禍への突入と同期して各領域でDXが加速したことで、アプリマーケティングへの投資額は2020年に50%増となる310億ドルへと急増。消費者が外食を控えて食事のデリバリーアプリを、銀行に赴く代わりにアプリ決済を、友人と外出ではなくソーシャルゲームアプリを利用するようになった結果です。

 

中でも注目すべきは、当社の計測対象として、フィンテック系のアプリが一気に約200も加わったこと。ゲームやソーシャル系のアプリは以前から大きな存在感を発揮していましたが、これまでユーザーとの接点として各支店及び店舗の窓口業務を重視してきた銀行がアプリ運営に注力するようになったのは驚くべき事実です。私たちが今大きな変革期の真っ只中にあることの証左と言えるでしょう。

 

―主な業界課題をお聞かせください。

 

モバイルマーケティング業界は主に二つの大きな課題を抱えています。一つ目はユーザー理解。とりわけ現代においてはソーシャルメディア、アプリ検索、QRコード、Eメールといった具合に、ユーザーが新たなアプリを発見するまでのチャネルはあまりに多様です。いずれのチャネルを通じてどのアプリ広告と接触し、インストールをしてからどんなユーザー行動を取るかを把握しなければ、どのようなマーケティング施策が効果的で課題をいかに解決すべきかを判断できません。つまり、ディスカバリーとエンゲージメントをつなげてマーケティング戦略を策定することができないのです。

 

もう一つの課題は、先に述べたようなマーケティングに必要な情報や知見を、ユーザーのプライバシーを最大限に尊重した上で得るということです。プライバシー強化が推進されている現状においては、その重要性がより高まっています。

 

―つまりユーザーに満足してもらうためにはユーザー理解が必要だが、ユーザーの理解に必要な情報を取得しようとするとプライバシーを侵害しかねないということですか。

 

いいえ、ユーザー体験の最適化とプライバシー保護は両立します。実際に当社は創業以来、各種の規制に先行してプライバシー保護に取り組んできました。プライバシー強化はユーザーの保護だけでなく、マーケターにとっても前向きな変化であると捉えています。

 

従来のマーケターは、マーケティングファネルの最下部に高い関心を払ってきました。つまりまずは最も購入に至りそうなユーザーを狙い定めた上で、そのユーザーと関係を構築する手段を検討するという順番だったのです。「木を見て森を見ず」の状態だったとも言えます。しかしながら、プライバシー規制が強化された環境下では、ファネルのより上位に位置する利用層をもう少し幅広く想定した上で、個々のユーザーを特定しないままで彼らに最適なサービスやユーザー体験を届ける手法に置き換わりつつあります。

 

―具体的にはどのような対応が求められているのでしょうか。

 

ユーザーのプライバシーを保護したままでそれらユーザーに関するインサイトを得るためのツールとして、当社ではPrivacy Cloudというソリューションの提供を開始しました。この仕組みにおいては、いわゆるデータクリーンルーム環境の整備や、リバースエンジニアリングの阻止を目的にデータにノイズを追加するなどすることで、マーケターとメディアがユーザーレベルの個人データを互いに共有せずにマーケティングの意思決定に不可欠なインサイトのみを得ることが可能です。

 

そもそもユーザー個人を特定したいと考えるマーケターはいません。マーケティングに活用できるデータが個人情報しかないから使っていただけに過ぎず、別の有用なデータがあればそれで事足りるのです。Privacy Cloudがプライバシーを重視する時代における本質的なソリューションになると信じています。

 

過去10年間で最も大きな変革期

 

―つまりIDFAやサードパーティーCookieとは全く異なるデータ活用法になるのですね。

 

AppleのATTフレームワークやGoogleのプライバシーサンドボックスといったプライバシー関連の技術や規制が次々と打ち出されている現在のアドテク業界は、過去10年間で最も大きな変革の時期を迎えています。現状にきちんと向き合うマーケターほど、データ精度の低下とユーザー獲得単価の上昇に直面しているはずです。マーケターはこの状況を新しい現実として受け止めなければなりません。その上で、新しい環境下でどのような施策が効果的であるかを判断していく必要があります。

 

尚、将来的にはプライバシー関連規制はさらに強化されるはずです。当社はPrivacy Cloudのほかにも、プライバシーがより強化された環境下でマーケターを支援するためのツール開発を引き続き進めていきます。

 

―マーケター自身にはどのような変化が求められますか。

 

マーケターはユーザーレベルデータの活用から脱却する必要があるでしょう。今後はユーザーを特定しない統合的なデータの活用が求められます。

 

また現在利用中の各種マーケティングプラットフォームの機能や利便性だけでなく周辺事業者との利害関係を改めて精査する必要があります。市場環境が急激に変化するときには、これまで効果的であったプラットフォームが機能しなくなる可能性が十二分にあるからです。とりわけマーケターとメディアの間にはいくつもの中間業者が存在しています。自社の広告事業と関わる関連事業者すべてとどのような対策が機能するかを議論する必要があります。

 

―各種のプライバシー規制に対する日本市場全体としての対応についてお聞かせください。

 

残念ながら、日本市場はやや出遅れているとの感は否めません。不確実な見通しに対して慎重な姿勢を見せる傾向があり、多くが競合社の出方を伺っている状況にあると理解しています。一方でアーリーアダプターに位置づけられるマーケターは現時点でこそ痛みを強いられているものの、早期に課題解決に至ると見込んでいます。まさに「危機こそ好機なり」です。

 

プライバシーを保護したデータの精度では当社が抜きんでるという絶対的な自信があります。日本のマーケターの皆様と一緒に新しい環境への対応に取り組んでいきたいです。

ABOUT 長野 雅俊

長野 雅俊

ExchangeWireJAPAN 副編集長
ウェストミンスター大学大学院ジャーナリズム学科修士課程修了。 ロンドンを拠点とする在欧邦人向けメディアの編集長を経て、2016年に調査・コンサルティング会社シード・プランニングに入社。 日本や東南アジアを中心としたデジタル広告市場の調査などを担当している。