広告の未来を再定義する一日— ATS Tokyo 2025 総括

過去最多となる468名が一つの会場に集った「ATS Tokyo 2025」。
広告業界が直面するシグナルロス、AI、データコラボレーション、アテンション、リテールメディア、透明性、規制、そして広告文化の原点まで、1日を通じて多層的な議論が行われた。本稿では、全セッションの主要発言と示唆をもとに、ATS Tokyo 2025が提示した業界の潮流と課題を総括する。
シグナルロスとデータ主権:広告基盤の再構築が始まる

オープニングでは、IAB Tech Lab Anthony Katsur 氏が、現在のデジタル広告を揺るがす4つの構造課題を提示した。同氏は「ブラウザやOSの制限により、広告シグナルは過去にない規模で失われている」と語り、AI・LLMの普及により「検索エンジンを経由した従来の送客モデルが崩れつつある」と警鐘を鳴らした。
その解決策として提示したのが、コンテンツ単位でアクセスと利用を管理する COMP(LLM Content Monetization Protocol) である。さらに、ライブイベント広告向けの LEAP、CTV透明性を向上させる OMSDK、そして広告処理をブラウザからサーバー側に移す Trusted Server Initiative を紹介し、「広告基盤を国際標準に合わせて再構築する時代に入った」と締めくくった。
続く「次世代エージェンシー論」では、Timers 栗城良規氏 が「代理店の専門性と速度は依然として重要だが、それを失えば外部依頼の意義は薄れる」と述べた。メルカリ 千葉久義氏 は「生成AIとインハウス運用の進展が代理店の役割を再定義する」と語り、両氏は「広告運用ではなく、事業構造に踏み込む伴走型支援こそ代理店の未来」である点で一致した。
OOHの再評価とパフォーマンス疲弊からの脱却

OOHセッションでは、ohpner 土井健氏 が「ターゲティングが効きすぎ、同じ池の魚ばかり取り合うラットレースが続いている」と指摘し、街中OOHがもつ“偶然の出会い”の価値を強調した。電通 櫻井順氏 は「OOHは公共空間に開かれているからこそ嫌われにくく、セレンディピティを生む点がデジタルにない価値だ」と述べ、加えて人流データや計測基盤の整備が進んだことで DOOHの計画・評価精度が高まりつつある と説明した。さらに櫻井氏は、「業界横断で 効果指標を整備する動きが進んでおり、OOHの測定環境が透明性の高いものへと近づきつつある」と語った。
パフォーマンスマーケティングのセッションでは、SUBARU 安室敦史氏 が「購買サイクルの長い自動車では、短期獲得だけでは市場形成は不可能」と述べ、心理的蓄積と行動指標を同時に追うKPI設計を紹介。電通デジタル 青木亮氏 は「獲得偏重から脱却し、上流接点を可視化することこそ代理店の価値」と語り、StackAdapt 山口武氏 は「ブランドと獲得の50:50が最も効率的」と説明した。
データコラボレーションとアテンション:広告指標の再定義

電通 前川駿氏 は「AIによる広告運用の自動最適化に依存しすぎると、計測できるユーザーの特性が偏ってしまう」と述べ、企業同士の1stパーティデータをデータクリーンルームでユーザープライバシーに配慮した環境で連携し、調査パネル・購買データ・キャリアデータを掛け合わせることで、より明確な顧客のインサイトを把握することができると強調した。
アテンション指標のセッションでは、KDDI 高村真介氏 が「テレビでは注視と認知が明確に相関するが、デジタルでは媒体差が大きく再現性が低い」と説明。サイバーエージェント 會澤佑介氏 は「アテンションは万能ではなく“見られない枠を除外する”概念として重要」と語り、両氏はアテンション指標の実務的効用について一致した。
オープンインターネット、○○Ads、リテールメディアの現在地
「オープンインターネット再考」では、資生堂ジャパン 平池綾子氏 が「ブランドセーフティ対応は企業の社会的責任レベルまで拡大し、広告主負担は増え続けている」と発言。APTI(Advertisers and Publishers Transparency Initiative )共同代表 宮一良彦氏 は「媒体側もads.txtやsellers.jsonなど透明性基準の維持に追いつけていない」と指摘し、双方の基準ギャップが信頼を損ねていると語った。
両氏の結論は、「透明性回復には、広告主と媒体の基準を合わせる対話の仕組みが不可欠」であるという点であった。
「○○Adsのつくり方」では、メルカリ 赤星大偉氏 が「数千万MAUの行動データを最大化するために自前広告基盤を構築した」と説明。アソビュー 四方田朋紀氏 は「リソース制約の中ではOEM方式が最適だった」と語った。アイモバイル 折出敏明氏 は「クッキー規制により媒体が自ら広告予算を獲りに行く流れは不可避」と述べ、OEMの有効性を整理した。
「「商品がメディアになる日。」—リテールメディアが変えるブランド体験の新常識」では、セブン‐イレブン・ジャパン 杉浦克樹氏 が「効果測定が購買時点に偏重しており、店舗以外の動きが掴み切れていない」としつつ、店舗・アプリ双方の利用データを基点に「日常的な接点を持つ小売ならではの商品展開や検証の広がりがたくさんある」と述べ、店頭メディアが持つ基礎的価値に言及した。一方、八代目儀兵衛 神徳昭裕氏 は、セブンイレブンのおにぎり監修の取り組みを例に「商品パッケージが広告面として機能し、販売や認知に確かな変化が見られた」と語り、店頭起点のブランド接触の実効性を示した。

IntentIQ とインタースペースによる”3rd Party Cookie継続の決定後のパブリッシャーのとるべき方向性”をテーマにしたセッションでは、IntentIQ Tamir Shub 氏 が「シグナルが制限され、プライバシー保護が強化されていく一方の状況下においては、IDソリューションの重要性は今後さらに高まっていく」と述べ、インタースペース 長谷川達也氏 はSNSや生成AIとトラフィックを奪い合う立場にある媒体社にとってはIDソリューションが「広告在庫の質向上の一助となる」と語った。
広告主はどこに投資するのか:「メディアの終焉」か「復活」か
パーソルテンプスタッフ 友澤大輔氏 は「AIでコンテンツとタッチポイントが爆発的に増え、どこでアイボールを取るべきか判断が難しくなっている」と述べ、CPA競争がメディア価値を毀損してきたと指摘した。小林製薬 大槻開氏 は、P&G時代の“リーチ至上主義”を例に、「同じリーチでも文脈やプラットフォームで価値はまったく異なる」と説明した。
両氏は「広告主がオープンインターネットを避けているのでなく、理解・確信・社内説得の材料が不足しているだけ」と語り、媒体側には“上司を動かす資料”と“事業課題に結びつくストーリー設計”を求める点で一致した。
AI、OpenX、そして広告文化の原点へ

「AI広告運用の真実」では、電通デジタル CAIO 山本覚氏 が「AIはクリエイティブ生成だけでなく、対話型AIによるマーケティングまで進化している」と述べた。エージェントAIがプランニングまで担う最前線を語りつつ、「AIを使いこなす重要性」「人間が生活者の視点を見つめる大切さ」を強調した。
続く「AIが切り拓く広告の未来」では、OpenX 目黒圭祐氏 が「AIが広告主の意思決定速度を劇的に変えている」と説明。CNNインターナショナル 長屋海咲氏 は「国際ニュースメディアでもAIは編集・広告双方に影響を与えている」と語った。Uber / Uber Eats Allison Doube 氏 は「生活導線と広告導線をAIが統合する世界が近づいている」と述べ、VML & Ogilvy Japan Soumya Bardhan (Rahul)氏 は「AIは効率化ツールではなく、ブランド表現の質を押し上げる存在になる」と発言した。
規制と広告の役割:市場の健全性を取り戻すために

「インターネット広告に「規制」は必要か否か。」では、UNICORN 山田翔氏 が「過激表現や詐欺広告はすでに社会問題であり、放置すれば市場は縮小する」と強調。「4マス媒体などのリアル空間では厳格な審査があるが、インターネット空間では事前審査がほぼ存在しない」と指摘し、インターネット広告業界で一律に基準を引き上げていくことの必要性を紹介した。「利益よりユーザー保護を優先することが、未来のインターネット広告や市場への投資になる」と語った。
最終セッション「広告の役割、再考」では、同志社大学 高広伯彦氏 が、広告の歴史と社会性を縦軸に語った。高広氏は「広告は生活者の得になる情報を届ける利他的装置として始まった」と述べ、江戸期の引札、明治の新聞広告、戦後の商業文化を紹介。一方で「最適化偏重のデジタル時代は、広告が持つ公共性や文化を弱めてしまった」と警鐘を鳴らし、「広告を愛する人を再生産することが未来の広告を取り戻す」と締めくくった。
広告は“技術”と“文化”の両輪で未来を拓く

ATS Tokyo 2025が示したのは、デジタル広告はいま根本的な転換点にあり、技術進化だけでは健全な未来を築けないという事実である。AI、データ、透明性、規制、媒体価値、広告文化──これらを両輪として捉え直すことこそ、広告が生活者に選ばれ続ける条件だ。
468名が集った一日は、広告の未来を再構築するための共通認識を深める場となった。
ABOUT 野下 智之
ExchangeWire Japan 編集長
慶応義塾大学経済学部卒。
外資系消費財メーカーを経て、2006年に調査・コンサルティング会社シード・プランニングに入社。
国内外のインターネット広告業界をはじめとするデジタル領域の市場・サービスの調査研究を担当し、関連する調査レポートを多数企画・発刊。
2016年4月にデジタル領域を対象とする市場・サービス評価をおこなう調査会社 株式会社デジタルインファクトを設立。
2021年1月に、行政DXをテーマにしたWeb情報媒体「デジタル行政」の立ち上げをリード。




