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生成AIとシグナル損失に立ち向かうIAB Tech Labの4つの処方箋-ATS Tokyo 2025 セッションレポート

ATS Tokyo 2025 の開幕セッション「IAB Tech Lab の実践:フレームワーク、プレイブック、そしてパブリッシャー支援」では、IAB Tech Lab CEO Anthony Katsur氏が登壇し、ブラウザによるシグナル損失と生成AIによるトラフィック減少という二重の圧力にさらされるパブリッシャーの現状と、それに対抗するために同団体が策定を進める技術標準を解説した。

 

セッションでは、LLMコンテンツ収益化プロトコル(Content Monetization Protocols:CoMP)、オープンソースの「信頼サーバー(Trusted Server)」、ライブイベント広告プレイブック(LEAP)、そしてCTV向けのオープン測定SDK(OM SDK)という4つの取り組みが、実装イメージや今後のロードマップとともに紹介された。

 

セッション登壇者

  • IAB Tech Lab/CEO/Anthony Katsur 氏

 
 

パブリッシャーを挟み撃ちにするシグナル損失と生成AI

 
Katsur氏は、Bob Dylanの歌詞「The Times They Are A-Changin’」を引用しつつ、デジタル広告のエコシステムが「これまで経験したことのないほどの変化と混乱」にあると口火を切った。

パブリッシャーは現在、二つの大きな圧力の間に立たされているという。一つは、SafariなどのブラウザやモバイルOSによるサードパーティCookieやIPアドレスなどの識別情報の制限・削除である。これにより、ターゲティングや計測に必要なシグナルが失われ、従来の広告収益モデルそのものが揺らぎ始めている。

 

もう一つの圧力が、生成AIと大規模言語モデル(LLM)の台頭である。Katsur氏は、ウェブトラフィックの約51%がすでにボットやクローラーなど非人間トラフィックで占められているとの調査を引用した上で、検索エンジンやAIエージェントによるクローリングと引き換えに得られてきた「トラフィックとの交換条件」が崩れつつあると指摘した。

 

検索エンジン経由のトラフィックについても、かつては「2ページクロールされるごとに1ビジットが返ってきた」が、現在はLLM等では数百〜数千ページのクロールに対して1ビジットに満たない水準まで低下していると説明した。

米国ではAIを組み込んだ検索機能の導入後、パブリッシャーによってはオーガニック検索トラフィックが20〜60%減少している事例も共有され、欧州やオーストラリアでも同様の傾向が出始めていると述べた。

 

 

こうした環境変化は、コンテンツの供給とマネタイズの両方に直撃し、「オープンインターネット上で良質なコンテンツを継続的に提供するための経済的基盤そのものを脅かす」状況であるとKatsur氏は強調した。

 
 

LLMコンテンツ収益化プロトコルと信頼サーバーという二つの柱

 
こうした危機認識を踏まえ、IAB Tech Labが最初に提示した解決策が「LLMコンテンツ収益化プロトコル(Content Monetization Protocols:CoMP)」である。これは、パブリッシャーとLLM/AIシステムとの間に共通の通信レイヤーを設け、コンテンツ利用権限や利用条件、利用状況の報告、そしてコンテンツの真正性確認を標準化する取り組みである。

 

Katsur氏は、この取り組みが「ブロッキングの仕様でも、直接的な経済モデルでもない」と明言した上で、4つのAPI群から構成されると説明した。

第一に「コンテンツアクセスコントロールAPI」である。ここでは、パブリッシャーとLLM運営者の間で締結された契約に基づき、どのコンテンツにどの程度アクセスしてよいかを機械的に伝達する。第二に「クローラーアクセス条件API」があり、コンテンツをベーシック、プレミアム、アーカイブなど複数の階層に分け、それぞれに対して無制限アクセス、コスト・パー・クロール、コスト・パー・クエリといった利用オプションを設定できる仕組みが想定されている。

第三がログ取得とレポーティングのAPIである。ここでは、いつ・どのコンテンツが・どのLLMからアクセスされたのかを記録し、パブリッシャー側に報告する。最後に「トークナイゼーションおよびリクエスト処理API」があり、記事などのコンテンツを段落単位などの小さな単位に分割し、それぞれに一意のトークンを付与することで、利用履歴の追跡と将来的な課金モデルの基盤を整える。

 

このトークナイゼーションにより、LLMの出力における「ソース・オブ・トゥルース」を明示できるようになり、誤情報・偽情報の抑止や、ブランドの製品情報が誤って要約されるリスクの軽減につながると述べた。

 

続いてKatsur氏は、ブラウザによるシグナル損失への対応策として、オープンソースプロジェクト「Trusted Server(信頼サーバー)」を紹介した。信頼サーバーは、従来ブラウザ上で実行していた広告配信や計測、ID連携などの処理を、パブリッシャーが管理するエッジインフラ上に移すことで、ファーストパーティシグナルの維持とページ表示性能の向上、そしてデータ漏えいの抑止を図る仕組みである。

 

セッションでは、ブラウザ側での第三者トラッカー遮断やIPアドレスの秘匿化、フィンガープリンティング対策などにより、クライアントサイドのサードパーティコードがゼロに近づきつつある状況がスライドで示された。

Trusted Serverは、こうした制約の下でもパブリッシャーが自らのオーディエンスデータを活用し、広告主やアドテクベンダーと連携できるようにする仕組みと位置付けられている。

構成としては、ユーザーのブラウザからのリクエストを受けるCDNエッジ上に信頼サーバーを配置し、そこから広告サーバーやSSP、IDソリューション、計測ベンダーなどへのサーバーサイドリクエストを一括して制御するアーキテクチャが提示された。

 
 

ライブイベントとCTV時代に向けたLEAPとOM SDK

 
後半では、動画配信とCTVの拡大に伴う課題に対する取り組みが取り上げられた。まず扱われたのが、スポーツやコンサートなどライブイベントのストリーミングである。ライブ配信は、視聴者数が短時間で急増・急減する特性を持つため、プログラマティック広告の処理が追いつかないケースが多いとKatsur氏は説明した。

 

この課題に向けてIAB Tech Labが立ち上げたのが「ライブイベント広告プレイブック(Live Event Ad Playbook:LEAP)」である。スライドと会場配布資料では、LEAPが低遅延かつ高スケーラビリティな広告配信を実現するための技術的推奨事項とRTBプロトコル拡張で構成されることが示された。

 

LEAPは四つのフェーズからなる。第一の「同時ストリームAPI」は、ライブイベント視聴中のデバイス数をリアルタイムに照会・共有することで、需要側・供給側双方のキャパシティ計画を支援する。第二の「予測API」は、イベントごとの視聴ボリュームを事前に共有し、入札ストリームやインフラ投資を前もって調整できるようにする。第三のフェーズでは、ピーク時に向けて入札リクエストとレスポンスを事前に確保する。最後に「広告素材準備フレームワーク」により、CTVプラットフォームごとに異なるフォーマットや制約に広告クリエイティブが適合しているかを事前検証する手順が定義される予定である。

 

 

続いて取り上げられたのが、CTVにおける計測と不正対策の標準化である。Katsur氏は、「広告は実際に視聴されたのか」「デバイスは本物か」「プラットフォーム間で計測ロジックが揃っているのか」といったCTV広告バイヤーの典型的な疑問を挙げた上で、これらに応える基盤としてオープン測定SDK(Open Measurement SDK:OM SDK)を紹介した。

 

OM SDKはもともとモバイルアプリ向けに開発されたが、現在はモバイルウェブ、デスクトップウェブ、CTVまで対象を広げ、どのデバイス上でもMRC認定の標準化された測定シグナルを第三者検証ベンダーに送信できるフレームワークとなっている。

 

セッションの最後には、IAB Tech Labがアジア太平洋地域におけるコミュニケーション・グループを新設し、翌年は無償で参加可能とする計画が共有された。日本やオーストラリア、東南アジアのステークホルダーとの対話を通じて、CoMP、Trusted Server、LEAP、OM SDKといったグローバル標準を地域市場の実情に即して推進していく意向が示され、本セッションは締めくくられた。

ABOUT 長野 雅俊

長野 雅俊

ExchangeWireJAPAN 共同編集長

ウェストミンスター大学大学院ジャーナリズム学科修士課程修了。ロンドンを拠点とする在欧邦人向けメディアの編集長を経て、2016年に調査・コンサルティング会社シード・プランニングに入社。ExchangeWire主催の大型イベントであるATS Tokyoのモデレーターも務めている。