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AI時代の広告代理店に求められる「コミット」と経営視点-ATS Tokyo 2025セッションレポート

インハウス化やプラットフォームとの直取引、生成AIを含むSaaSツールの普及により、広告代理店の存在意義はどこまで揺らいでいるのか─。ATS Tokyo 2025 では「広告主が本音で議論:次世代エージェンシー論〜代理店は必要か?〜」と題し、株式会社Timers 取締役COO 栗城良規氏と、株式会社メルカリ 千葉久義氏が対談。モデレーターは ExchangeWire JAPAN 共同編集長 長野雅俊が務めた。

 

両氏は自身のキャリアと自社の運用体制を踏まえつつ、「代理店は必要か」というストレートな問いに正面から答え、AIによる運用・クリエイティブの変化、人材の流動化、マージンモデルの限界といった論点を、広告主の立場から掘り下げていった。本セッションでは、代理店の役割を否定するのではなく、今後も「必要である」と言えるために何が求められるのか、そしてマーケター自身はいかなるスキルと視座を獲得すべきかが議論された。

 

セッション登壇者

  • 株式会社メルカリ/千葉 久義 氏
  • 株式会社Timers/取締役COO/栗城 良規 氏
  • (モデレーター)ExchangeWire JAPAN/共同編集長/長野 雅俊

 
 

代理店は「必要であってほしい」?

議論はまず、両氏のキャリアと自社のデジタル広告運用体制の紹介から始まった。Timers の栗城氏は、経営コンサルティングファームでの戦略案件、大手インターネット企業での大規模広告予算の運用を経て、創業間もないタイミングで現在のスタートアップに参画し、経営陣としてマーケティングと事業成長を担ってきたと語る。

 

Timers はママ・女性向けのITスクール事業や、その卒業生を活用したオンラインBPO事業などを展開する企業であり、限られたリソースの中でインハウスと外部パートナーを組み合わせて成果を最大化することを重視しているという。

 

そのうえで栗城氏は、「代理店は必要であり、そして必要であってほしい」というスタンスを明言した。ただし、それは無条件の肯定ではない。代理店に期待するのは、広告主側では知り得ない運用ノウハウや最新事例、スピード、制作力など、「自社を圧倒してくれる」要素であるとし、自社のインハウス運用チームと代理店が成果を競い合うような関係性が理想だと述べた。もしそうした優位性が失われるのであれば、「外にお願いする意味がなくなる」とも指摘し、期待と危機感の両方をにじませた。

 

一方、メルカリの千葉氏は、電通での代理店経験、大規模なスタートアップでのIPO推進、さらには自身が資本参加したスタートアップでの事業責任者を経て、2023年よりメルカリでマーケティング全体を統括するなどしてきた。メルカリではテレビを中心としたマス広告から、運用型広告まで幅広く出稿しており、複数の代理店と深く付き合っている立場である。

 

 

その千葉氏は、「感情としては代理店に必要であってほしいが、ストレートに言えば『必要ないのではないか』と思っている」と踏み込んだ。10年前と比べて、代理店とインハウス運用の差は大きく縮まっており、特に運用人材の流動性が高まった結果、「運用ができること」自体の希少性が下がっていると指摘する。

 

マーケター採用の場面でも「運用ができます」というスキルだけでは以前ほどのバリューにならず、クライアント側に強い運用人材がいる環境が当たり前になりつつある。その中で、代理店が「運用が強い」と謳っても、クライアント側のほうが運用に長けているケースもあり、「本当に運用で圧倒的に強くなければ、頼む意味はなくなる」と語った。

 

さらに千葉氏は、マージンモデルの構造的な問題も挙げる。出稿金額が小さいフェーズでは、社内に人を張るよりもマージンを支払って代理店に任せるほうが効率的であるが、事業の成長とともに広告費が増えると「1億円と10億円の運用で、必要な人員はそこまで変わらない」のに、マージンだけが比例して膨らんでいく。結果として、「自社でチームを抱えたほうが安い」という判断が生まれやすくなっていると整理した。

 
 

AIとクリエイティブの急速な変化

議論は、ここ1〜2年で一気に加速した生成AIの影響へと移っていった。AIの普及が代理店機能をどこまで代替し得ると考えるかが問われると、両氏は対照的な時間軸を示した。

 

栗城氏は「半年経つと意見が変わっているかもしれない」と前置きしたうえで、現時点では「完全にAIが人間を代替するまでには、まだ時間がかかる」と見る。機械学習にキャンペーン最適化を任せる仕組みはすでに広く普及しているが、それだけに依存すると「リードは多く取れても質が伴わない」といった課題が現場では頻繁に起きているという。

 

 

実際に、プラットフォーム側の推奨に従って運用すると、一見合理的に見える指標が伸びる一方で、ビジネスインパクトの観点からは調整が必要な場面が多い。その結果として、入札や配信量を人間の判断で止めたり増やしたりする作業が依然として欠かせず、「機械学習のロジックの“裏を書く”ことで成果が出るケースもある」と話した。

 

このような「長年の勘」とも言える判断を、AIがどこまで再現できるのかについて、栗城氏は懐疑的である。合理的な指標だけでは捉えきれないノイズを含んだ現場の状況、データ化しにくいユーザーの反応や社内事情などを踏まえた意思決定は、少なくとも現時点では人間にしかできない領域が残っていると見ている。

 

対照的に千葉氏は、「運用に関しては、かなり早い段階でAIに丸投げできる未来が来る」との見立てを示した。現状でも、完全放置で使えるレベルには達していないが、「平均的な運用者と比べれば、既にAIのほうが効率が良い」と評価している。急速な性能向上を踏まえると、「近い将来、運用そのものを人が担当する必然性はかなり薄れていく」と感じているという。

 

また、両氏が共通して驚きを示したのがクリエイティブ領域の変化である。かつては「最後までAIに置き換わりにくい領域」と見られていたが、直近の生成AIツールの進化は想定を超えるスピードで起きており、「クリエイティブがほぼ無限に作れる」状況に近づきつつあると千葉氏は語る。従来、代理店が担ってきた価値のひとつに「多様なクリエイティブを量産し、テストを回すこと」があったが、そのハードルは急速に下がっている。

 

こうした変化を前提とすると、代理店に求められるのは「運用や制作を請け負うこと」そのものではなく、それらをどのような戦略やビジネス目標の文脈の中で位置づけるかという、より上位の機能にならざるを得ない。AIによって運用・制作のコモディティ化が進めば進むほど、「運用ができます」「クリエイティブが作れます」だけでは差別化にならず、代理店の役割の再定義が不可避であることがセッション全体を通じて浮かび上がった。

 
 

フィーモデルと経営視点

議論の後半では、代理店に今後どのような役割を期待するのか、そしてマーケター自身はどのようなキャリアを描くべきかがテーマとなった。ここで栗城氏が引き合いに出したのが、自身のファーストキャリアである経営コンサルティング業界である。かつては戦略立案を中心とした「戦略コンサルティング」が大きな存在感を持っていたが、現在では多くのコンサルティング企業がDX支援や業務実行支援、組織変革など、より下流工程までを含むサービスへと軸足を移している。上流のフレームワークや手法についての情報やノウハウについては書籍や動画で容易にアクセスできるようになった一方で、それを現場へ落とし込み、組織に定着させるプロセスにこそ付加価値が生まれているという構図である。

 

栗城氏は、この変化は広告代理店にもそのまま当てはまると指摘する。マーケティング戦略の提案やメディアプランの設計だけでなく、クライアント企業のマーケティングプロセス全体の設計・改善、組織体制や人材育成、場合によっては社内政治の調整まで含めた「実行と変革」に踏み込む存在になれるかどうかが、生き残りの鍵になるという見立てである。

 

一方で、現在のマージンビジネスの構造は、そうした進化を阻む要因にもなっている。千葉氏は、スタートアップ時代の経験として、「出稿金額が小さいクライアントには、優秀な担当者を継続的にアサインしづらい」という現実を率直に語った。広告主側が、経験が浅いものの真面目で優秀な代理店担当者と一緒に運用や企画を磨き上げていくと、その担当者は大きく成長する。しかし、一定のレベルに達した段階で、代理店側のロジックとしてより大きな予算を持つクライアントへと異動していくケースが繰り返し起こる。「育てた担当者が、成長すると別案件に移ってしまう」という経験は、栗城氏も「この10年間で何度も味わってきた」と同意した。

こうした状況を変える選択肢として、両氏は「フィーベースのモデル」の可能性にも言及した。広告費の約20%を手数料とする慣行に代わって、人件費と必要工数に応じてフィーを設定するコンサルティング型のモデルは、クライアントと代理店双方にとって合理的であるとの認識が共有された。

 

ただし、その実現が進まない背景について、千葉氏は「クライアント側の『やりたくない/できない』という感情だけではなく、代理店側が本気でやろうとしてこなかった面も大きい」と述べた。経営コンサルティングの世界では当たり前のように行われている「業務のブレイクダウンと対価の提示」は、広告取引においても技術的には可能である。

それにもかかわらず、広告費マージンに付随する「おまけ業務」として扱われ続けていること自体が構造課題だという認識である。クライアント側も、最終的には自社の経営を圧迫する要因となり得る以上、フィーモデルに対して「説明が大変だから」という理由だけで背を向けることはできないと語った。

 

最後に、生成AIの進化がマーケターの職域そのものを侵食していく可能性について問われると、両氏は口を揃えて「マーケティングだけに特化してキャリアを積むのはリスクが高い」と語った。栗城氏は、CMOからCROやCOOなど、事業全体のP/L責任を担うポジションへとキャリアを広げていく動きに言及し、マーケティングはあくまで事業成長のための一手段であると位置づけた。そのうえで、「最終的には事業P/Lや企業価値にどう貢献するか」という視点を持たない限り、AIが進化した世界でマーケターの役割を維持することは難しくなると指摘した。

千葉氏もまた、チームメンバーに対して「運用がうまいこと」は重要なベースであるものの、それだけでは不十分だと日頃から伝えているという。経営企画やファイナンス部門と対等に議論できること、広告投資が決算にどのような影響を与えるのかを理解していることが、今後のマーケターには必須になると強調した。マーケティングのハウツーやオペレーション知識はAIやツールに代替され得るが、投資配分や事業戦略の意思決定に責任を持つことは、簡単には自動化されない領域であるという考え方である。

 

本セッションを通じて見えてきたのは、「代理店は必要か」という問いに対する単純なイエス/ノーではない。運用や制作といった従来の強みがAIとインハウス人材によって急速にコモディティ化する中で、代理店が生き残るためには、事業へのコミットメントと実行・変革まで踏み込む役割が求められている。同時に、広告主側のマーケターもまた、運用スキルを超えて経営視点とP/L責任を担う覚悟が必要であることが、広告主ふたりによる率直な対話から浮き彫りになったと言えるだろう。

ABOUT 長野 雅俊

長野 雅俊

ExchangeWireJAPAN 共同編集長

ウェストミンスター大学大学院ジャーナリズム学科修士課程修了。ロンドンを拠点とする在欧邦人向けメディアの編集長を経て、2016年に調査・コンサルティング会社シード・プランニングに入社。ExchangeWire主催の大型イベントであるATS Tokyoのモデレーターも務めている。