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マーケターのキャリア支援から、その先へ―MCA総会で示されたリブランディングの全体像

司会進行を務めた、MCA創設者で事務局長の中村 全信氏

 

一般社団法人 マーケターキャリア協会は総会を開催し、団体のリブランディングおよび新たなミッションを発表した。2019年3月の設立以来、同協会は「マーケターの価値を明らかにする」ことを掲げ、マーケターのキャリア支援や人材育成を中心に活動してきたが、今回の刷新は活動内容の拡張にとどまらない。

 

正式名称を「一般社団法人 マーケターキャリア協会(MCA)」から「一般社団法人MCA」へと変更し、マーケティングを特定職能の枠から解放し、人生や社会にまで活動の対象を広げていくことを明確に打ち出した。登記変更などの手続きを経て、新名称への移行は2026年初春を予定している。

 

MCAとは、Marketing、Mentor、Mindfulness、Career、Community、Compassion、Action、Association、Awakeningの9つの概念を内包する名称であり、今回のリブランディングは、その思想を組織として再定義する試みである。

 

 

設立から6年、「マーケターの価値」を問い続けてきたMCA

MCA 代表理事 田中 準也氏

 

総会冒頭で登壇した代表理事の田中準也氏は、MCA設立の背景から今回の刷新に至るまでの経緯を説明した。2019年当時、日本企業においてマーケターという職能は定義が曖昧で、事業会社内でも十分に理解・評価されているとは言い難い状況にあった。ブランド担当、リサーチ担当、コミュニケーション担当など、業務内容は多様である一方、「マーケターとは何者か」という問いに明確な答えはなかった。

 

こうした課題意識のもと、MCAはマーケティングの貢献を可視化し、キャリアとしてのマーケターを支援することを目的に活動を展開してきた。ミートアップや育成プログラム、学生向け支援などを通じ、現在では会員数は約1,400名規模に拡大している。

 

一方で田中氏は、活動を続ける中で次第に別の問いが浮かび上がってきたと語る。それは、「マーケターのキャリア」だけを支援することが、果たして十分なのかという問いである。マーケティングは売上やKPIを達成するための手法にとどまらず、人の意識や行動、関係性を変える技法である。であるならば、その対象の範囲は職業の枠を越え、人生や社会そのものにも及ぶのではないか。こうした問題意識が、理事・メンター陣との約1年にわたる議論の出発点となった。

 

 

 

新ミッションに込めた意思

「自由・利他・知足」をマーケティングで増やす

議論の末に定められた新ミッションが、「マーケティングで社会の自由と利他と知足の総量を増やす」である。田中氏は、この言葉を完成された答えではなく、今後の活動と対話の軸として位置づけた。

 

自由とは、自らの生き方やキャリアを自分で選び取れる状態。利他とは、自己の経験や知見を他者や社会の課題解決に活かす姿勢。知足とは、他者との比較から距離を取り、今あるものに価値を見出す感覚を指す。MCAは、これらを抽象的な理念として掲げるのではなく、具体的な活動を通じて実装していく場でありたいとした。

 

 

マーケティングを再定義する基調講演

富永朋信氏が語った「関係性のマネジメント」

MCA理事 富永朋信氏

 

続く基調講演では、理事の富永朋信氏が、新ミッションの思想的背景を掘り下げた。富永氏は、マーケティングを広告や販促の技術ではなく、「人の認知・態度・行動を変容させるためのすべての営み」と定義する。企業と顧客、個人と組織といった主体間の関係性を設計し、変えていくことこそがマーケティングの本質であるという整理だ。

 

この視点に立ったとき、マーケティングが社会に対して果たせる役割として浮かび上がったのが、「幸福の総量を増やす」という考え方だった。富永氏は、ワークライフバランスや高収入=幸福といった一般的な前提が、必ずしも人を幸せにしていない現実を指摘する。幸福は感覚的なものではなく、自己認識や自己受容、自由、利他、知足といった要素から構成されるものであり、設計可能な対象だという。

 

MCAは、こうした幸福の構造に対し、マーケティングの思考と方法論を用いて向き合っていく。その姿勢が、新ミッションの根底にあると説明された。

 

 

実装としての「サシキャリ」

中村大亮氏が語る1対1の対話の意味

左から、サシキャリ担当の木村 真依氏、北原 規稚子氏、中村 大亮氏(いずれもMCA 理事)

 

MCAの活動を象徴する取り組みとして紹介されたのが、「サシキャリ(差しでキャリア相談)」である。担当理事の中村大亮氏は、同プログラムを「キャリア相談というよりも、自分自身の前提や意思決定の軸を見つめ直すための対話の場」と位置づけた。

 

サシキャリは、1回1時間の対話を全6回行う構成で、計6時間にわたって、社内の利害関係とは無縁のメンターと向き合う個人向けプログラムである。参加費は6万円に設定されており、短期的な助言や単発のコーチングではなく、一定の時間をかけて自己理解を深めることを前提としている点が特徴だ。

 

中村氏は、組織の中で役割や評価軸に適応するほど、自身の思考や判断が無意識の前提に縛られていく傾向があると指摘する。サシキャリでは、転職や昇進といった選択肢の是非を直接判断するのではなく、対話を通じて「なぜその選択を考えているのか」「何に違和感を覚えているのか」を言語化することに重きを置いている。また、メンターは固定的な上下関係にある存在ではなく、その時々のテーマに応じて対話を行う関係性として設計されている点も特徴だ。中村氏は、「メンターとは年齢や肩書で決まるものではなく、人生やキャリアの節目で思考を映し返してくれる存在」だと語った。

 

さらに総会では、サシキャリで蓄積してきた知見を活かし、組織を預かる管理職や企業向けのプログラムを展開する構想も明らかにされた。中村氏によれば、個人向けプログラムで得られた対話設計のノウハウを基に、企業や組織単位での意思決定や関係性の見直しを支援する「エンタープライズ版」を、2026年3月から4月頃を目途に本格始動させる予定だという。

 

個人のキャリア支援を起点としてきたMCAが、組織やマネジメント層へと対象の範囲を広げていく動きは、今回のリブランディングを象徴する具体的な一歩と言えそうだ。

 

参加者同士の対話が浮かび上がらせた現実感

基調講演後には、参加者同士によるディスカッションの時間が設けられた。編集者、マーケター、経営に関わる立場の参加者などが混ざり合い、新ミッションを自分自身の文脈で捉え直す対話が行われた。

 

「マーケティングと編集は、価値あるものを見つけて社会に届ける点で近い」
「競争や比較を前提とするマーケティングと、知足はどう両立するのか」
「経営の現場から見ると、理想論に聞こえる部分もある」

 

こうした率直な意見に対し、理事陣は一つの正解を示すのではなく、議論を開いたまま受け止めた。田中氏は、「腹落ちしても行動できないことはある」と認めた上で、「まずは個人レベルでできる一歩から始めればよい」と語った。

問いを共有する団体へ

質疑応答では、若い世代への伝わり方や、組織や経営の現場でどのように活かせるのかといった点について質問が寄せられた。これに対し富永氏は、個人の意思決定や幸福の在り方に向き合うことが、結果として組織のあり方や持続性にも影響を与えるとの考えを示し、MCAとして今後も議論を深めていく姿勢を示した。

 

今回の総会を通じて明らかになったのは、MCAが答えを一方的に示す団体ではなく、参加者とともに問いを共有し、考え続ける場を目指している点である。キャリア支援を起点としてきた同団体は、マーケティングを軸に人生や社会と向き合う姿勢を明確にし、その実践を対話を通じて積み重ねていこうとしている。今回の総会は、そうした新しいMCAの方向性を示す出発点となった。

 

ABOUT 野下 智之

野下 智之

ExchangeWire Japan 編集長  

慶応義塾大学経済学部卒。
外資系消費財メーカーを経て、2006年に調査・コンサルティング会社シード・プランニングに入社。

国内外のインターネット広告業界をはじめとするデジタル領域の市場・サービスの調査研究を担当し、関連する調査レポートを多数企画・発刊。

2016年4月にデジタル領域を対象とする市場・サービス評価をおこなう調査会社 株式会社デジタルインファクトを設立。
2021年1月に、行政DXをテーマにしたWeb情報媒体「デジタル行政」の立ち上げをリード。