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透明性・責任感・持続可能性の再設計-広告主とパブリッシャーが見据える“健全なオープンインターネット”の条件-ATS Tokyo 2025 セッションレポート

ATS Tokyo 2025では、「オープンインターネット再考。透明性・責任感・持続可能性でつなぐ健全性の回復」をテーマに、デジタル広告の基盤を再評価する議論が行われた。
一般社団法人 Advertisers and Publishers Transparency Initiative(APTI)共同代表の 宮一 良彦氏と、資生堂ジャパン株式会社 マーケティングソリューション部 メディアプランニンググループ グループマネージャー 平池 綾子氏が登壇し、広告主とパブリッシャーの双方が抱える課題―広告経路の可視化不足、媒体品質の把握の難しさ、技術標準の停滞、透明性確保に伴う負荷の増加など―を多角的に取り上げた。モデレーターを務めた ExchangeWire JAPAN 編集長 野下 智之の進行のもと、両者が対等に支え合う持続可能な広告エコシステムの実現に向け、必要な共通理解とアクションが語られた。

 

セッション登壇者

  • 一般社団法人 Advertisers and Publishers Transparency Initiative(APTI)/共同代表/宮一 良彦氏
  • 資生堂ジャパン株式会社/マーケティングソリューション部 メディアプランニンググループ/グループマネージャー/平池 綾子氏
  • ExchangeWire JAPAN/編集長/野下 智之(モデレーター)

 
 

広告主の負担増と媒体の実装疲弊-透明性を求めるほど増えていく「現場の重さ」

 

議論の前提として浮き彫りになったのは、“透明性向上のための取り組み”が、広告主・パブリッシャー双方に過大な負荷を生んでいるという現実である。
平池氏は、資生堂が行ってきたブランドセーフティ対策の経験をもとに、「リスク管理の水準が上がるほど、広告主が担う作業負荷が増大している」点を指摘した。2024年に公開された総務省ガイドラインでは、広告主が社会的責任を負う立場として明確に位置づけられた。これにより、アドベリツールの運用、独自のセーフリスト管理、リスク要因の監視など、細部にわたる作業が広告主に集中している。

平池氏は、テレビや雑誌に見られる“パブリッシャー側の強い責任意識”と対比しながら、デジタル広告領域では「広告枠に対する媒体社の責任が相対的に曖昧で、そのしわ寄せが広告主側に来ている」と語った。

 

一方で宮一氏は、パブリッシャー側が抱える課題の実像を語った。「透明性向上の仕組みは“導入する”ことより“維持する”ことの方が圧倒的に大変だ」。ads.txt や sellers.json を正しく保つには、社内の広告取引構造と常時向き合い続ける必要がある。しかし、それを担う人材は減少傾向にあり、アウトソース化も進むことで“社内に知識が残らない”状況が生まれている。また、広告主が求める透明性基準が十分に共有されていないため、パブリッシャー側が「正解が分からないまま対応し続ける」という構造的問題も存在する。

 

両者の指摘は、立場は異なれど、“現場負荷が増え続ける構造”という点で完全に一致していた。透明性を求める動きは確かに正当だが、それが現場レベルで持続可能な形に転換されていない。このことが、オープンインターネットの健全性を考えるうえで重要な論点として提示された。

 
 

なぜ技術標準は定着しないのか-ads.txt の「維持の難しさ」が象徴する構造問題

 


 

続いて議論は、業界が導入してきたさまざまな透明性技術が“定着しない理由”へと踏み込んだ。

 

宮一氏は、ads.txt という分かりやすい技術を例にとって説明した。
ads.txt は、パブリッシャーがどの SSP・販売経路を許可しているかを公開する仕組みであり、透明性向上の基盤として世界的に普及している。導入自体は URL にファイルを置くだけで簡単だが、問題はその後だ。「記載内容を正しく更新し続けなければ、透明性どころか逆に不透明さを増してしまう」。実際、国内の多くの媒体は数百行に及ぶ巨大な ads.txt を保持しており、運用の複雑化が一目でわかる。

 

宮一氏は、日経の ads.txt が極めて短い例を挙げ、「媒体構造を把握し、広告経路を適切に管理し続けられるかどうかが、そのまま媒体の透明性として表れる」と説明した。
これは単なる技術運用の問題ではない。媒体の広告運用体制、内製・外部委託の分担、取引社数、収益構造、社内の理解度──媒体が抱える“組織設計の課題”までも露呈する指標である。

 

さらに宮一氏は、かつて存在した媒体説明会やメディアシートが減少し、広告主とパブリッシャーの接点が希薄化したことも定着阻害要因だと指摘した。プログラマティック化が進んだことで、媒体は DSP のリスト上の“名前”として扱われやすく、固有の価値や特性を伝える機会が著しく減った。「お互いを理解するための道具や場が失われている」という言葉が象徴的だ。

 


 

平池氏も広告主視点から、プラットフォームに備わるブランドセーフティ設定は「最低限であり、業種やブランドごとの文脈を反映するには不十分」と説明した。化粧品に限らず、ブランドが望む“適合文脈”はきわめて細かく異なる。そのため、広告主は媒体を自ら探しにいく必要があり、「数を取るための広告投資ではなく、文脈に合った媒体を選ぶことが本質」と述べた。

 

つまり、技術標準が“定着しない”のではなく、透明性向上の仕組みが、実務・組織・関係性の面で支える土台を持っていないという構造そのものが課題だと言える。

 
 

透明性の再構築に必要な「共通理解」と「場」-APTIが掲げる現場起点のアプローチ

 

セッション後半では、業界が透明性・持続可能性を再構築するための具体的な方向性が語られた。その中心にあったのが、宮一氏が共同代表を務める APTI(Advertisers and Publishers Transparency Initiative)である。

 

APTI設立の背景には、「ガイドラインは存在しても、現場は何をすれば良いか分からない」という構造的ギャップがある。

宮一氏は、業界団体が戦略設計や大きな枠組みを作る一方、現場が直面する「ads.txt をどこまで最適化すべきか」「Open Seller への対応をどう理解するべきか」といった具体的課題に寄り添う仕組みが不足していると説明した。APTIはその隙間を埋めるための組織であり、広告主・パブリッシャー・ベンダーが“現場視点で互いを支え合う”場づくりを目的としている。

 

平池氏も、技術だけが先行しても活用されなければ意味をなさない点を指摘し、APTIが「技術と実務を結びつける場所」として機能する期待を示した。広告主・パブリッシャー双方が情報を開示し、透明性指標を共通言語として扱えるようになれば、これまで不明瞭だった“相手が何を求めているか”を可視化できる。

 

議論はさらに、広告主・パブリッシャー・ユーザーそれぞれにとって健全な広告サプライチェーンがもたらす価値へと広がった。媒体が品質を高め、その努力が正当に評価されれば、広告主は確信を持って投資できる。ユーザーは不快な広告接触のリスクが減り、媒体との関係も改善する。こうした好循環を生むためには、透明性の指標と対話の場を継続的に維持することが不可欠だ。

 
 

明日からの“一歩”-媒体は自分の ads.txt を見る、広告主は価値に対価を払う

 

セッションの締めくくりとして、両氏は「明日から取り組める具体的なアクション」を提示した。

宮一氏は、パブリッシャーに対し「まず自分の ads.txt を見ること」を提案した。そこに何が記載されているか、行数が多い理由は何か、外部からどう見えるのか──現状を理解するだけで、改善すべきポイントが見えてくる。「課題に気づくことが、改善への最初の一歩である」という原則はデジタル広告にも当てはまる。気づきは対話を生み、対話は関係構築につながる。

 

平池氏は、広告主の立場から「健全な広告枠に正当な対価を支払うこと」を挙げた。CPMが高くとも、その媒体の価値がブランドに適合し、成果につながるのであれば投資するべきである。透明性の回復には、媒体の努力が経済的に報われる構造が必要であり、広告主がその姿勢を示すことが重要だと語った。

両者の提案は、複雑化した広告業界において忘れられがちな“基本”に立ち返るものである。パブリッシャーは自らの状態を理解し、広告主は媒体の価値を正当に評価する──その連鎖が、業界全体の透明性と持続可能性を支える基盤となる。

 

透明性・責任感・持続可能性。この3つの要素を結びつけるためには、技術だけでも、規制だけでも不十分である。必要なのは、広告主とパブリッシャーが対等に向き合い、共通言語を持ち、相互理解を深めるための“場”である。
今回のセッションが示したのは、オープンインターネットを健全なエコシステムへ戻すための具体的な方向性と、その第一歩をどこから踏み出すべきかという実践的な知見だった。

 

ABOUT 野下 智之

野下 智之

ExchangeWire Japan 編集長  

慶応義塾大学経済学部卒。
外資系消費財メーカーを経て、2006年に調査・コンサルティング会社シード・プランニングに入社。

国内外のインターネット広告業界をはじめとするデジタル領域の市場・サービスの調査研究を担当し、関連する調査レポートを多数企画・発刊。

2016年4月にデジタル領域を対象とする市場・サービス評価をおこなう調査会社 株式会社デジタルインファクトを設立。
2021年1月に、行政DXをテーマにしたWeb情報媒体「デジタル行政」の立ち上げをリード。