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「○○Ads」が拓くメディアの生存戦略-ファーストパーティーデータと自社プラットフォームの現在地-ATS Tokyo 2025 セッションレポート

ATS Tokyo 2025で行われたセッション「『○○Ads』のつくり方 メディアの生存戦略〜新しいアドネットワーク時代の幕開け〜」には、株式会社アイモバイル メディアソリューション事業本部 新規事業開発 プロダクトマネージャー 折出敏明氏、株式会社メルカリ Head of Ads Business 赤星大偉氏、アソビュー株式会社 メディアソリューション部 部長 四方田朋紀氏の3名が登壇した。モデレーターはExchangeWire JAPAN共同編集長の長野雅俊が務めた。

 

本セッションでは、メルカリAdsやアソビューAdsといった自社広告プロダクトを立ち上げた背景、スクラッチ開発と外部プロダクトの活用それぞれの実態、広告事業導入に対する社内合意形成のプロセス、ユーザー体験と広告収益のバランスの取り方、さらにファーストパーティーデータを核とした「○○Ads」市場の今後の広がりについて、具体的な事例を交えながら議論が行われた。

 

セッション登壇者

  • 株式会社アイモバイル/メディアソリューション事業本部 新規事業開発 プロダクトマネージャー/折出 敏明 氏
  • 株式会社メルカリ/Head of Ads Business/赤星 大偉 氏
  • アソビュー株式会社/メディアソリューション部 部長/四方田 朋紀 氏
  • (モデレーター)ExchangeWire JAPAN/共同編集長/長野 雅俊

 
 

「○○Ads」誕生の必然性

 

セッション前半では、3社それぞれの自己紹介とともに、自社ないし支援する広告プロダクトの輪郭が語られた。

 

折出氏が所属するアイモバイルは、アドネットワーク運営などを行うインターネット広告事業とふるさと納税ポータル「ふるなび」の運営を行う企業であり、折出氏自身は2010年の入社以来、一貫してアドネットワーク事業に携わってきたと説明した。現在は、メディア企業向けOEMプロダクトである「アドネットワークOEM」の拡販を担当している。
アドネットワークOEMは、アイモバイルが蓄積してきた広告配信の機能や仕組みを、メディア企業向けにOEMとして提供するものである。メルカリAdsやアソビューAdsと同様のセルフサーブ型運用型広告プラットフォームを、メディア自身が構築できる点が特徴であると折出氏は紹介した。

 

一方、四方田氏は、アソビューに約2年半前に参画した経緯を語った。着任時点ではアソビューに広告事業は存在しておらず、新規事業としての広告ビジネス立ち上げを目的として参画したという。過去にはレストラン検索・予約サイト「食べログ」の広告事業立ち上げや、SmartNewsにおけるローカルクーポンの立ち上げなど、メディアのマネタイズ基盤をゼロから構築してきた経験を持つと紹介した。
アソビューが運営するレジャー・体験予約サイト「アソビュー!」は、国内でも大規模な送客・予約のハブとなっていながら、長らく広告メニューを持たなかった。その状況に対し、同社が保有するレジャー・アクティビティ領域のファーストパーティーデータを活用すれば、広告として価値を提供できる余地があると判断し、アソビューAdsの立ち上げに至ったと四方田氏は述べた。

 

赤星氏は、広告媒体社側でのエンジニアリングからセールスまでを経験した後、約2年半前にメルカリに参画し、「メルカリAds」の立ち上げを担当していると紹介した。

背景として、従来のコンテンツメディアやSNSとは異なる「EC・マーケットプレイス事業者による広告事業参入」が世界的なトレンドになっていることを挙げた。

 

 

「メルカリ」の場合、約2,800万の自社推計お客さまに利用されており、他の大手デジタルメディアと比較しても遜色のない大規模な接点を有していると説明した。

さらに、「メルカリ」は「モノを買う」だけでなく「モノを売る」という行動が日常的に発生するサービスであり、その購買・販売行動データを広告に活用できる点がユニークであると赤星氏は強調した。年間の流通総額(GMV)は1兆円規模に達しており、その基盤の上に広告事業を構築することで、マーケターに対して新たなインサイトを提供できる可能性があるとの認識を示した。

 

折出氏は、こうした「○○Ads」立ち上げの動きの背後には、大きく二つの環境変化があると整理した。ひとつは、プライバシー規制やサードパーティークッキー制限の影響により、ディスプレイ広告の単価が年々下落し、メディア側が収益の安定化を求めて自ら広告予算を取りに行く必要性が高まっていること。もうひとつは、IDFAやクッキーに依存したターゲティング広告配信が難しくなるなかで、広告主側がメディアのファーストパーティーデータに対する出稿ニーズを強めていることである。

 

その結果として、豊富でユニークなファーストパーティーデータを持つメディアが自ら広告プラットフォームを構築する動きが今後加速すると想定し、アイモバイルは自社の広告配信技術と運営ノウハウをパッケージ化したアドネットワークOEMを開発・提供するに至ったと語った。

 
 

自社開発かOEMか

 

議論は、広告プラットフォームを「自社開発するか、外部システムを活用するか」というテーマに移った。

 

赤星氏は、「メルカリ」が自社開発を選択した理由として、組織構成と人材基盤を挙げた。メルカリグループ全体で約2,000人規模の組織のうち、半数以上がエンジニアやプロダクトマネージャー、機械学習エンジニアであり、インドをはじめとした海外からもエンジニアを採用していると説明した。そのため、「ものづくり」は基本的に内製で進めるカルチャーがあり、まずはファーストパーティーデータを最大限活用できる自社の仕組みをつくる方針を取ったと述べた。

 

一方で、運用型広告プラットフォームを一から立ち上げることの難しさについても言及した。広告配信アルゴリズムの設計・チューニングには、媒体収益と広告のパフォーマンスの両立が求められ、継続的な開発リソースと機械学習リソースの投下が不可欠であるという。立ち上げから1〜2年が経過しても、機能改善や配信ロジックの最適化は現在進行形で続いているとし、「自社で作る」と決めたとしても、容易に完結するものではないという認識を示した。
それでも、自社開発によって新しいファーストパーティーデータを柔軟に組み込める自由度は大きいと赤星氏は語る。メルカリが展開する他サービスのデータをいち早く広告配信に反映させるといった取り組みも、内製だからこそ素早く実行できていると説明した。

 

対照的に、四方田氏は「アソビューはメルカリとは真逆でOEMを採用した」と述べた。アソビューにおける広告事業は完全な新規事業であり、開発リソースを十分に割くことが難しかったことが最大の要因であるという。

 

 

社内の開発リソースを投じてスクラッチで構築する場合、新規事業としてのリスクが大きく、トライアルの段階から大規模な投資を行うことになる。一方、アイモバイルのOEMを活用すれば、検証的な段階から比較的低リスクかつ迅速に事業を開始できると判断したと四方田氏は述べた。

 

折出氏は、両アプローチの特徴を整理した。自社開発は自由度が高い一方で、人材や時間といったコストが大きく、特にデジタル広告の知見を持つ開発人材が必要になると指摘した。運用型広告プラットフォームでは機能や仕組みが複雑化しやすく、その設計・運用には専門性が求められるため、メルカリのようにスクラッチで構築できる企業は限られるのではないかという見方を示した。

 

それに対して外部システムを利用する場合は、開発コストを抑えつつ、より迅速に広告事業を立ち上げることができる。ただし、システムの自由度には一定の制約が生じ得るとしつつも、アイモバイルのアドネットワークOEMでは、広告配信の仕組みだけでなく、レポート閲覧やクリエイティブ入稿、入札単価の調整などを行う広告主向け管理画面も含めてパッケージで提供しており、メディアがアドプラットフォーム運営に必要な機能一式を揃えていると説明した。

 

議論はやがて、広告事業導入に伴う社内合意形成と、ユーザー体験との両立に移った。赤星氏は、「メルカリ」におけるコア事業であるマーケットプレイスのGMVが1兆円規模であることを踏まえ、広告事業はその上に「積み上がる」形式でなければならないと述べた。市場全体の売上を押し下げるような形で広告が表示されてしまうことは許容できないとし、マーケットプレイスのチームと共通の指標を設定しながら、GMVへの貢献度を統計的に検証するポリシーとガイドラインを策定していると説明した。

 

また、社内には広告ビジネスに馴染みのないメンバーも多く、広告のメカニズムや価値について継続的に説明していく必要があると述べた。社内勉強会などを通じて、広告配信の仕組みや指標、リスクとそのコントロール方法を共有しているという。

 

四方田氏も、アソビューで広告事業を始める際には「広告、広告事業への理解」を得ながら事業構築を進めた。社内ではコアビジネスであるチケット販売や体験予約と、広告収益が相反するのではないかという懸念が存在したためである。こうした懸念に対しては、まず広告メニューの内容と目的を全社的に丁寧に説明し、限定的な枠から少しずつ導入していくアプローチを取ったという。

広告導入後、実際の収益化や新しい取り組みを共有することで、徐々に社内の理解と支持が広がり、新しい広告枠の追加にも前向きな議論ができるようになってきたと四方田氏は述べた。

 

折出氏は、ユーザー体験の毀損リスクを抑える機能として、アドネットワークOEMにおけるクリエイティブの事前審査機能を紹介した。広告主が入稿したクリエイティブは専用画面に一覧表示され、メディア側がランディングページを含めて確認・承認して初めて配信される仕組みであり、意図しない広告が表示されることを防ぐことができると説明した。

 

 

さらに、メディアが自ら広告フォーマットを定義できる設計とすることで、一般的なバナーサイズに縛られることなく、自社サービスの世界観やユーザー導線に最適化された広告表示を実現できるようにしていると述べた。

 
 

「○○Ads」市場の行方

 

セッション終盤では、各社の中長期的な展望と、「○○Ads」市場全体の将来像について意見が交わされた。

 

「メルカリAds」について赤星氏は、現状を「ものづくりを進めながら広告在庫を拡大している段階」と位置付けた。現時点では大手広告主や広告代理店を中心に販路を拡大しているが、今後はセルフサーブ型の提供や中小規模の広告主への展開を進めていく必要があると述べ、直近1年は重要なフェーズになるとの見解を示した。

 

プロダクト面では、動画広告を大きなチャレンジ領域として挙げた。「メルカリ」はもともと動画コンテンツを持たないサービスであるが、その環境下で動画広告をどのように展開し得るのか、ポテンシャルを検証していく段階にあると赤星氏は説明した。

 

四方田氏は、アソビューの広告事業が開始されてから丸1年が経過し、ナショナルクライアントからの出稿が順調に増加している現状を紹介した。アソビューは、予約・購入データをはじめとする膨大なファーストパーティーデータを保有しており、今後はこれらのデータをさらに活用した広告メニューの展開を検討しているという。

 

また、アイモバイルとの連携を通じて、これまでナショナルクライアントを中心に提供してきた広告メニューを、全国約1万2,000の提携施設などパートナー側にも開放し、より気軽に出稿できるような仕組みを整備していきたい考えを示した。

 

折出氏は、個社の枠を超えた「○○Ads市場」の今後について言及した。同氏は、メディアのファーストパーティーデータの価値は今後ますます高まると見ており、既に小売系のリテールメディアだけでなく、金融系や航空系など、従来は広告マネタイズを主目的としていなかった事業者が、自社メディアを広告媒体化し、保有データに対する出稿メニューを整備する事例が出てきていると指摘した。

 

こうした多様な業界で、自社メディアとファーストパーティーデータを基盤とする広告事業が立ち上がっていくことで、「○○Ads市場」と呼べるようなまとまりが形成されていく可能性があるとの見方を示した。

 

もっとも、自社で開発体制や広告運営の知見を備えている企業は限られており、多くの事業者にとっては「何から作ればよいのか」が課題になると折出氏は指摘する。その課題に対し、アイモバイルとしてはOEMプロダクトと運営ノウハウの提供を通じて、さまざまな業界の「○○Ads」立ち上げを支援していきたいと述べ、セッションを締めくくった。

 

本セッションでは、メルカリAds、アソビューAds、アドネットワークOEMという三者三様の取り組みを通じて、ファーストパーティーデータを軸にメディアが広告事業を自ら構築していく動きの具体像が示された。プライバシー規制やクッキー制限といった環境変化の中で、メディアがどのように自らのデータとユーザー接点を活かしていくのか──「○○Ads」の立ち上げと運営の舞台裏は、その一端を浮き彫りにしたと言える内容であった。

ABOUT 長野 雅俊

長野 雅俊

ExchangeWireJAPAN 共同編集長

ウェストミンスター大学大学院ジャーナリズム学科修士課程修了。ロンドンを拠点とする在欧邦人向けメディアの編集長を経て、2016年に調査・コンサルティング会社シード・プランニングに入社。ExchangeWire主催の大型イベントであるATS Tokyoのモデレーターも務めている。