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AIが再定義する広告の価値とアテンション-ATS Tokyo 2025 セッションレポート

2025年11月21日に開催された「ATS Tokyo 2025」では、「AIが切り拓く広告の未来」と題したパネルディスカッションが行われた。登壇したのは、OpenX Japan カントリーマネージャーの目黒圭祐氏、Uber & Uber Eats Director of Marketing, Japan & Korea の Alison Doube氏、WPP Head of Integrated Creative の Soumya Bardhan氏、CNN International Commercial Sales Director, Japan の長屋海咲氏の4名である。モデレーターは ExchangeWire JAPAN 共同編集長の長野雅俊が務めた。

 

広告主、広告代理店、パブリッシャー、テクノロジーベンダーというデジタル広告サプライチェーンを象徴する4者が一堂に会し、生成AIを中心としたAI活用がクリエイティブやメディアバイイング、組織変革、そして日本市場とグローバルのギャップにどう影響しているのかを、具体的な事例とともに語り合ったセッションである。

 

セッション登壇者

  • OpenX/カントリーマネージャー/目黒 圭祐氏
  • Uber & Uber Eats/Director of Marketing, Japan & Korea/Alison Doube氏
  • WPP/Head of Integrated Creative/Soumya Bardhan氏
  • CNN International Commercial/Sales Director, Japan/長屋 海咲氏
  • ExchangeWire JAPAN/共同編集長/長野 雅俊(モデレーター)

 
 

奪われていくアテンション

 

議論の口火を切ったのは、広告主の立場から登壇したUberのDoube氏である。同氏は、AIによってコンテンツ制作のハードルが劇的に下がった一方で、生活者の注意を獲得する難易度はむしろ高まっていると指摘した。誰もが高品質なコンテンツを量産できるようになったことで、広告は「作りやすくなった」のではなく、「埋もれやすくなった」という逆説的な状況に直面しているという認識である。

 

 

また同氏は、AIによって多言語・多バリエーションのクリエイティブを素早く生成できるようになった利点を評価しつつも、「平均的で退屈な広告」が大量生産されるリスクを強調した。

 

一方、クリエイティブエージェンシーを代表して登壇したBardhan氏によれば、WPPではすでにグローバルで多額の投資を行い、戦略、分析、クリエイティブ、メディアなど各種サービスを横断するAIプラットフォームを構築している。

 

このプラットフォーム上で、ストラテジスト、アナリスト、コピーライターなどの役割を模した複数の「エージェント」がクライアント案件ごとに連携することで、スピードとスケールを両立させながらも、最終的な判断は人間が行う体制を整えつつあるという。こうした取り組みは、AIを「代替要員」ではなく「共同作業者」として位置付けることで、思考の質を維持・向上しようとする試みといえる。

 

 
 

サプライチェーンの再設計

 

パブリッシャーの立場から登壇したCNN International Commercialの長屋氏は、この10年余りの変化を「すべてが手作業だった時代から、AIを前提とした業務形態への転換」と振り返った。番組制作や広告クリエイティブ、オーディエンスインサイトなど、多くの工程でAIツールが導入され、日常業務の効率化やスピード向上に寄与しているという。

 

長屋氏が懸念として挙げたのは、視聴者・読者がAI生成コンテンツを見たときの「違和感」である。AIを用いたクリエイティブが、かつては「新しくて格好良いもの」として受け止められていたのに対し、現在は「どこがAIなのかを探す間違い探し」のような目線が生まれていると説明した。

 

 

長屋氏は、コンテクスチュアルターゲティングの進化も紹介した。かつてはビジネスやテクノロジー、ヘルスケアなど、セクション単位で枠を販売するキーワードターゲティングが中心だったが、現在はNLP(自然言語処理)を用いたセンチメント分析ツールを活用し、記事やコンテンツの文脈・感情トーンまで踏まえた配信が可能になっているという。

 

SSPを提供するOpenXの目黒氏は、テックベンダーの視点からAI活用の最前線を語った。OpenXは、日本市場でも10年以上にわたりメディアのマネタイズを支援してきたが、現在の重点テーマは「AIによるメディア価値のスコアリング」であると説明した。具体的には、サイトやアプリケーション、広告枠ごとに品質指標を設定し、AIでスコアリングすることで、広告主に対して「どの在庫がなぜ質の高いメディアなのか」を可視化して提供することに注力しているという。

 

 

同氏は、グローバルの大手ECプラットフォームを例に、AIスコアリングに基づいて供給した広告在庫を活用することで、CPCV(視聴単価)が27%改善したケーススタディに言及した。加えて、OpenXではユーザーのアテンションやコンバージョンの履歴をもとにAIでスコアリングしたオーディエンスをデマンドサイドに供給していると述べた。

 

目黒氏はまた、テックベンダーにとってAIの最大のインパクトは「業務工数の削減」だけでなく、「意思決定の説明可能性」を高める点にあると強調した。従来のメディアプランは経験や勘に依存する要素が大きく、「なぜそのプランなのか」を定量的に説明することが難しい場面もあった。これに対し、AIを用いて選定ロジックや参照したデータを明示できるようになれば、広告主や代理店との議論の土台が共通化され、サプライチェーン全体の信頼性向上につながるという見立てである。

 
 

AI時代の「考える力」をどう守るか

 

議論の後半では、AI活用に関する日本市場と海外市場のギャップに話題が移った。目黒氏は、PwCによる調査で「AIを業務で活用している」と回答した割合が、日本では約5割である一方、米国では約8割に達するというデータを紹介し、その背景にある違いについてパネリストに意見を求めた。

 

長屋氏は、CNNのようなニュースメディアでは倫理性や正確性に関して求められる基準が高く、AI活用には厳格なガイドラインと利用可能なツールの明確な指定が存在すると説明した。個人で利用できる生成AIツールは数多く存在するが、社内で許可されていないツールは使用できない。その代わり、許可されたツールについては安全性とコンプライアンスが担保されているため、安心して業務に組み込める環境が用意されているという。

 

目黒氏も、OpenX内部でのAI活用を例に、プロダクトレベルで「どのプロセスにどのAIを組み込むか」を明確に設計していると述べた。さらに、従業員が利用するツールについてもテンプレートや推奨の使い方が用意されているため、「何から始めればよいか分からない」という状態を避けることができるという。マーケティングにおいても同様に、「戦略設計のどの部分にAIを使うのか」を具体的に決めることが、日本でもAI活用を推進する鍵になるとの認識を示した。

 

Doube氏は、Uberでは、「全員が常にAIとともに仕事をしている」と表現した。社内では、チーム対抗でコンシューマー向けのAIコンテンツを制作するチャレンジを行うなど、AI活用を前提にした企業文化づくりが進んでいるという。

 

Bardhan氏は、AIツールが急速に増えるなかで、「どのツールがクライアントにとって最適か」を見極めることがエージェンシーの役割になりつつあると述べた。世界中には似たような機能を持つツールが溢れており、それを統合的に管理し、戦略に沿って適切な組み合わせで提供する必要がある。

 

WPPが構築しているAIプラットフォームは、まさにその「ハブ」として機能することを意図しており、クリエイティブだけでなく、バックオフィスやファイナンスなど非クリエイティブ領域も含めて、AIを組織全体の生産性向上に結びつけようとする取り組みである。

 

一方で、長屋氏は「AIネイティブ世代」の登場に対する懸念も共有した。学生時代からAIツールを使いこなしている若手人材が業界に入ってくること自体は歓迎すべき変化だが、最初からAIに依存した業務形態が定着すると、仮説構築や批判的思考といった「AIが前提ではない時代」に培われたスキルが十分に身につかない可能性があると指摘した。

 

最後に、AIがメディアバイイングそのものをどう変えていくのかという論点に立ち返り、各登壇者が展望を語った。Doube氏は、Uberが「アテンションに基づく買い付け」へ全面的にシフトしたことを紹介し、短期的な効率性だけでなく、長期的なブランド価値に資する投資をAIの分析に基づいて選択していく姿勢を示した。

 

Bardhan氏は、AIによってより洗練された広告在庫や配信ロジックが整備されていく一方で、「(広告が発信する)メッセージがそれに追いつかなければ意味がない」と強調した。

 

長屋氏は、総務省のガイドラインや広告主側の要求水準が高まるなかで、パブリッシャーとしては「高品質なコンテンツと、安心して広告を出稿できる環境」を両立させることが、AI時代のメディアバインディングにおける競争力になると語った。ニュースだけでなく、テクノロジー、ビジネス、トラベルなど多様な領域で、ブランドにとってリスクの少ないコンテクストを提示できることが、今後一層重視されていくという認識である。

 

目黒氏は、OpenXでは、メディアのスコアリングによって「良いメディアとは何か」を解像度高く定義し直すこと、ユーザースコアリングによってアテンションやコンバージョンの観点から最適なオーディエンスを抽出すること、そして広告主・代理店が自らサプライパスをコントロールできる透明な環境を提供することを目的としてAIを積極的に活用していると述べた。

 

そして、AIは、キャンペーンの結果が良かったか悪かったかを事後的に評価するだけでなく、提案段階から「なぜその案が妥当なのか」を説明できる材料を提供する存在になりつつあるとまとめた。

ABOUT 長野 雅俊

長野 雅俊

ExchangeWireJAPAN 共同編集長

ウェストミンスター大学大学院ジャーナリズム学科修士課程修了。ロンドンを拠点とする在欧邦人向けメディアの編集長を経て、2016年に調査・コンサルティング会社シード・プランニングに入社。ExchangeWire主催の大型イベントであるATS Tokyoのモデレーターも務めている。