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オンライン広告市場の潮流~アドテクノロジーが現場にもたらした変化 ~セプテーニR&D室~ |WireColumn

Columnist_Mr.Kondo

オンライン広告市場は、とどまることなく変化を続けている。その変化は現場からどのように感じられるものなのか?今後、数回にわたり、メディアではあまり語られることのない業界の現場で活躍する方の視点で、オンライン広告市場の今を伝えていく。

 

第一回となる今回は、株式会社セプテーニ R&D室 エグゼクティブプロデューサー近藤 洋司氏に、アドテクノロジーが現場にもたらした変化について執筆いただいた。

 

 

 

DSP到来から4年、現場がアドテクノロジーに抱いた期待と現実

 

2010年秋、高輪のザ・プリンスパークタワー東京で開催されていたアドテック東京2010の展示会場で、とりわけ多くの人を集めているブースがありました。当時かなり新鮮に映ったトークセッション形式の座談会のテーマは、「日本にもDSPはやってくるのか?」をテーマにした議論でした。この頃、既に米国では多くの企業がDSPを生業としていました。ですが、日本ではDSPという言葉を知るのは業界関係者の中でもごく一部であり、DSPというテーマの議論は多くの注目を浴びていました。

あれから約4年「DSP」という言葉はデジタル業界では広く認知を得ました。では、この4年でアドテクノロジーの代名詞ともいえるDSPは、デジタル業界にどのような影響を与えてきたのでしょうか。今ではデジタルマーケティング業界関連のメディア各所で、DSPに関する情報を目にしますが、本コラムは、DSPを実際に運用してきた経験者が、現場の視点から、これまでの変化についてお伝えすることにいたします。

 

 

 

アドテクノロジーは誰のもの?

 

「アドテクノロジーとは一体誰のものなのか?誰にとってメリットがあり、誰がこれでヒト・モノ・カネを動かしているのか?」

 

現場で広告運用に携わる方々であれば、色々な意見をお持ちかと思います。例えばDSPの導入によって、アドネットワークよりも正確なターゲティングが出来る、圧倒的にパフォーマンスが改善される、自動化・機械化によって運用負荷が大幅に軽減されるなどの理想像を描いていた方も少なくないでしょう。しかし、アドテクノロジーによって「出来なかったことが可能になる」ことのレバレッジは、2010年頃に抱かれた期待ほどには高まっていないと言えそうです。

2014年9月にサイバーエージェントが公表した「アドテクノロジー広告市場調査」によると、2014年のRTB広告流通総額は約500億円であり、電通が「2014年 日本の広告費」の中で発表した2014年のインターネット広告費約1兆円に対してわずか5%にすぎません。RTB流通総額の成長率は非常に高い一方で、この数字をみるとインターネット広告市場の成長のけん引役とは言い切れません。2010年当時に期待されていたインターネット広告市場のいわば“付加価値”のような役割を果たし切れているとは言えないのが現状です。

 

 

 

アドテクノロジーが変えた広告代理店ビジネス

 

広告主が、広告代理店を通してデジタル広告を出稿する際の広告代理店に対する

コスト意識は、「広告プロダクトを起点として、どのくらいの手数料を支払うか」というものが一般的です。故に、リスティング広告やアフィリエイトなど、成熟し、コモディティ化したプロダクトほど広告代理店ごとの特徴が見えなくなります。したがって、競合性が増すと、広告主による代理店選定において、広告プロダクトの取扱手数料に対するディスカウント率が重視される傾向が強くなります。その結果、広告代理店は人的リソースを多く割く一方で、収益性の確保が困難となるケースも起こります。

 

DSPやDMPなどのアドテクノロジーは、広告プロダクトベースでの新しさではなく、広告の取引形態の新しさをもとにした広告効果の改善という側面が強く、その導入やオぺーレーションに関するコストの広告費への転嫁は事実上困難です。

 

「Criteoのダイナミッククリエイティブ広告」というような、従来のプロダクトとは明らかに異なるものでなければ、広告代理店への付加的な収益につながりにくいのが現状です。

広告代理店サイドでは、先述のオペレーション自体を改善するアドテクノロジーに関わるコストに関しては、売上原価と考えるべきか、人件費やインフラコストと同様の販管費と考えるべきか、各社により異なるようです。

 

いずれの考え方にしろ、ここ数年でDSPやDMP、タグマネジメント、データフィード、モバイル環境における広告効果計測用のSDKのような広告会社が知り、触わり、使いこなせるようになることを求められるツールが増える一方で、先述の通り、市場成長への寄与はまだまだであり、広告代理店にとって目に見えた投資対効果は明確に表れてきていないのが現状です。

 

アドテクノロジーに関する議論は日々深まる一方で、その普及による恩恵は、市場全体に広がっていません。

 

無論、ツールを導入するか否かは、我々広告代理店側の判断によるところです。ですが、変化の早い市場環境において、常に最新のものを追いかけることが命題ともいえる我々は、「独自の(非公開)テクノロジー」、「独自の(非公開)アルゴリズム」と銘打たれた、透明性が確保されていないテクノロジーのほぼ全てに対峙することが求められています。

従来よりも人や時間を多く割きながらも、市場の成長に役立っていることへの実感が伴わないことは、現場の担当者からすると寂しいことです。

 

 

 

現場から見たアドテクノロジー活用のあるべき姿とは?

 

では我々はアドテクノロジーを活用して市場を発展させていくために、どのような理想を追うべきでしょうか。

 

米国に倣うことがすべて正しいとは思いませんが、広告流通に関する透明性の確保という動きは非常に参考になるでしょう。広告主は何を求めているのか、それをどう計測しているのか。一方で、代理店や媒体社側で何に対してどんなコストが発生しているのか。どのようなチーム体制で、どの程度のリソースを割いているか。そこにどのようなアドテクノロジーが介在するのか。広告流通のどこにコストがかかっているのか、配信先は広告主のブランドを毀損する恐れはないのか。これらをブラックボックス化させず、広告の売り手と買い手の双方が情報を共有し、広告配信の前提条件について合意のもと、期待するパフォーマンスと収益のバランスを追い求めることが理想だと考えます。

 

売り手側と買い手側、そして流通側にもし「どうせ安く買い叩かれるだけだから…」、「どうせどこに配信されるか分からないから…」、「どうせ儲からないだろう…」という相互不信が生まれ、それが次第に大きくなっていくようなことになれば、これ以上の市場発展は望めないでしょう。

 

 

 

理想のアドテクノロジー活用に向けて、業界全体で取り組むべきは?

 

この現状をどのように打破していくべきか。その第一歩として、Supply Sideにおける議論を活性化させ、Demand Sideにこれを投げかけていくことが挙げられます。これまで、アドテクノロジーは、広告主や広告代理店などDemand Sideで盛んに議論されてきました。今後は、広告を掲載するSupply Sideすなわち媒体が議論を深め、アドテクノロジー活用の実践に結び付け、媒体価値の向上に反映していく思想を持つべきであろうと考えています。そしてそれを、Demand Sideに発信し、双方で議論をするのです。

 

現状、DSPからRTBで広告主が買い付けをする広告単価は、オークションの状況に幅はあるものの、おしなべて言うとCPM換算で20円~100円程度、あるいはこれを下回ることもしばしばあります。

一方、ポータルサイトなどのリッチアドや、ソーシャルメディアの純広告の買い付け単価は概ねCPM500円であり、1,000円を超えるものも少なくありません。

配信対象や表示されるメディア、画面占有率やクリエイティブサイズ、表現の違いはあるものの、両者を比較すると10~50倍もの開きがあるのが現状です。

 

この現状をもたらす要因の一つには、Demand SideとSupply Sideとの意識の違いがあるからです。

Demand Sideは、どのメディアでもパフォーマンスが合えばいい、どのメディアでもリーチが一定以上になればいいという考え方のもとで、DSPを使いリターゲティング広告を大量に出稿し、低単価によるリーチ配信、クリックによるトラフィック重視などの施策が容易に実現出来ます。

 

一方のSupply Sideは、純広告が売れなくなり喫急の売り上げをあげるために、低単価でSSPやネットワークに在庫を流さざるを得なくなります。無論、広告主のデジタルへの出稿目的は様々ですので、このようなスタンスを否定するつもりはありません。

 

この現状を踏まえ、Demand Sideにおいては「安かろう悪かろう」という考え方を一度リセットし、一方でSupply Sideにおける「メディアの価値」を今一度見直していただき、どのチャネルや枠がどんな価値(単なるインプレッションではなく、オーディエンスデータなども含めて)を持つものか、透明性を保ちながらDemand Sideに伝える。その橋渡しとして、アドテクノロジーを「説得力のあるデータを可視化し、意識の違いを埋める」ために活用できないでしょうか。

 

Demand Sideが、星の数ほど存在する広告掲載先をひとつひとつ精査することは、通常は不可能です。

メディアは、DMPなどを使いオーディエンスを可視化し、自社メディアの広告枠の資産価値を一度棚卸したうえで、プレミアムインプレッション(やオーディエンス)と、そうでないものを選別します。

その上で、これらを純広告による予約型・保証型の取引、オークションで決定されるPrivate取引、RTB、アドネットワークのどこを経由して広告主に届けるのかという、チャネル政策を再構築します。

そして、それぞれのチャネルから届けられる広告が、広告主にどのような付加価値をもたらすのかを伝えていく必要があるのではないでしょうか。

その時、様々なツールやテクノロジーを知り、触わり、使いこなせる広告代理店はメディアとチャネルの目利きをし、個々の広告主に合わせた的確なサポートが出来るようになります。そしてメディアは、そのメディアならではの価値に見合った広告収入を得られるようになります。

 

そしてまた広告主は、各広告代理店の「サービスとしての違い」が以前よりも明確になり、広告代理店はその期待やそれに見合った収益が得られるようになり、サービスの質の向上をさらに高めるべく、日々変化し続けるアドテクノロジーとより前向きに向き合うことが出来るようになる。

 

このようなサイクルが回り始めたら、「売り手よし」、「買い手よし」、「使い手よし」の三方よしの世界が実現するのではないか…。そう思うのです。

 

 

 

 

ABOUT 近藤 洋司

近藤 洋司

1978年生まれ。2001年に茨城大学人文学部を卒業後、株式会社セプテーニに入社。
2005年よりメディア部門を担当後、2008年にアドネットワー ク部の設立に携わり同部長に就任。国内外アドネットワークのメディアバイ、プランニング、コンサルティングを統括し、自社アドネットワーク 「Spider!」の商品企画から販売までを統括。ターゲティング広告、アフィリエイト広告など、ディスプレイ広告全般の責任者を務め、2012年1月に イーグルアイを設立、同代表取締役に就任。2014年10月に同代表を退任後、現職。
広告テクノロジー企業の相関図を示したLUMAscapeの公式ロー カライズ版「カオスマップ」の作者。