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「同じ素材を使っても、腕次第で全然違う味になる」ジオロジック代表に聞く位置情報活用の最新動向 [インタビュー]

 

スマートフォンの普及により、位置情報の様々な活用が進んでいる。広告業界でも、広告配信に位置情報を活用する動きが進んでいるが、個人情報などの壁もある。昨年もインタビューをした株式会社ジオロジックの代表取締役社長 野口航氏に、今年になってからの国内の動向や同社の取り組み、今後の展望について聞いた。

(聞き手: ExchangeWire Japan 野下 智之)

photo1― 自己紹介をお願いします

元々はNTTコミュニケーションズにおりまして、その後サイバーエージェントに入社し、今で言うアドテクの領域 を10年くらいやっていました。その中でマイクロアドの立ち上げをして、DSPであるMicroAd BLADEの事業企画からアルゴリズムの開発までを広く担当していました。その後、約1年半前に独立系の位置情報アドテク会社であるジオロジックを立ち上げました。

システム面ではまだまだ外資系のプレイヤーが中心

― 昨年度貴社を立ち上げた当初と比べて、位置情報活用の現状はどのように変わってきていると感じますか?

営業面では引き合いがかなり多く、立ち上がってきた感があります。問い合わせは絶えないので、無理に営業することはありません。一方でシステム面に関してはまだまだ外資系のアドテクプレイヤー中心というところは変わっていないので、今後国内のプレイヤーでもシステム面での対応が進んでくるかなと思っています。のびしろはまだまだあるので、市場はあと数十倍は間違いなく伸びると思います。

― どのような案件の引き合いが多いのでしょうか。

当社の場合は比較的チラシ予算のリプレース案件が多いですね。地域密着型で、ある程度ユーザーのターゲット層を絞って配信したいというようなニーズです。エリアターゲティングの夢がようやく叶えられるようになってきた、というイメージですね。GeoLogic Adでは社会階層によってターゲティングできる点が受けています。位置情報広告は、メディアにも多く取り上げられるようになってきていて、業界的にも盛り上がってきているので、それを調査される中で当社を発見される方が多いようですね。

― システム面で外資系プレイヤーと国内プレイヤーとでは具体的にはどういった差が出ていますか?

一番の違いは、日本のSSPが位置情報を取得してDSPに投げるシステムに対応していないことが多い点です。日本のアプリ開発者も位置情報をSSPに対して飛ばすことをほとんどやっていません。DSPが位置情報を加味して入札することも、国内プレイヤーはまだほとんどできていません。SSPもアプリ開発者もDSPも、国内ではまだまだ対応が進んでいないのが現状です。まだ完全に立ち上がった市場ではないので、開発リソースを位置情報に割り振ることができないためです。

― 去年まではできなかったが今年になってできるというような、具体的な事例はありますか?

着実に外資系SSPが緯度経度情報を送ってくるようになったり、アドリクエストの中でユーザーIDやアプリの識別子(アプリケーションID)などがしっかりと送られるようになってきたので、スマホアプリできっちりターゲティングを行う素地ができてきました。そういう動きを主導しているのは外資系のプレイヤーなので、位置情報を送っているアプリも多くは海外製のアプリが多いですね。

― 業界のプレイヤー構造に変化はでてきていますか?

当初は1、2社でしたが、当社が認識している中でここ1年では5、6社は出てきましたね。各社それぞれ違いがあって、ポイントとして挙げられるのは三点です。一つ目は位置情報データの入手方法。二つ目は資本で、代理店系、キャリア系、外資系、そして当社のように独立系があります。三つ目はデータの加工方法です。単純にお店の半径何メートル以内にいる人やいた人に配信するという流派もあれば、当社のようにデータを分析して、この人は所得が高そうだ、この人はホワイトカラーだろう、といったようにデータを加工してターゲティングする流派があるので、データ入手方法と資本とデータ分析方法には各社大きな違いがあります。

― 二点目の資本の違いで、サービスの提供の仕方やプロダクトに違いはあるのですか?

今はまだ市場が立ち上がる時期なので、販売力のあるプレイヤーが現状強いと思います。ただ、長期的視点で言うと、特定の代理店でしか売れずに他の代理店では競合視されてしまうなど、逆に足かせになるところは出てくるでしょう。チャネルに関しては、初期は有利だけれども長期的にはデメリットにもなり得ると考えています。

不動産、人材、金融のクライアントに普及

― 貴社に以前取材してから1年半くらい経ちましたが、その間のビジネスの進展について聞かせて下さい。

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広告事業に関しては2016年3月に始めて、まだ半年ほどですが、想定以上の反響、受注をいただいています。当初は、この位置情報広告市場が立ち上がるかどうかわかりませんでしたが、今では確信に変わりました。事前の計画では店舗を持っているお客様、特に小売店やコーヒーショップのようなクライアントを想定していたのですが、実際の当社の受注だと、不動産、人材、金融の業種が大半を占めていて、これは想定外でした。

具体的な例で言うと、小さな子供のいるマンションのエリアに保険の広告を出したり、富裕層のいるエリアに高級分譲住宅の広告を出したり、逆に所得の低いエリアにカードローンの広告を出したりと、様々な使い方があります。他にも、自動車ディーラー系は大きな市場が眠っていると感じています。

― 貴社の広告事業のプロダクトの概要についてお聞かせください。

基本的には、総合的なアドネットワークやDSPの機能を備えていますが、その中で位置情報に特化して機能開発を進めています。広告配信機能はアメリカのAppNexus社のシステムを使っていて、そこに当社のDMP的なデータ分析機能を加えて位置情報アドネットワークになっています。位置情報広告と言われてイメージされやすいのが、ユーザーが店舗の近くにいる時に広告を配信する「ジオフェンス」です。GeoLogic Adでは「ジオフェンス」はもちろんのこと、過去に自社店舗や競合店舗などを訪問したユーザーに広告を配信する「足あとターゲティング」も提供しています。最も特徴的なメニューが「GeoGenome Audience(ジオゲノム・オーディエンス)」で、独自に日本全国の町丁目・字を36のクラスターと呼ぶものに分類したデータを利用し、「超高級住宅地のエグゼクティブ」「子育てマイホーム」といったエリアに住む人だけに広告を打てるというものです。この3メニューが売上のほとんどを占めています。

運用は基本的に当社で行っています。データ分析による自動的な最適化が当社の得意分野なので、プラットフォームとして代理店に開放していくようなことは今のところは考えていません。

― 販売チャネルはどうされていますか?

基本的にすべて代理店経由ですね。中でも今は総合系よりも専業系のほうが多いです。意外とネット広告を扱ったことがない代理店さんが多くて、地場のチラシをやっているような代理店さんも比較的多いです。

プライバシー情報のグレーゾーン解消に期待

― 過去1年間、位置情報ビジネスを展開されてきて、展開される前と今とで、何か新しく感じた部分はありますか?

想定違いだったところはほとんどないですね。日本のアドテクベンダーの動きが想定よりも遅いなという点くらいでしょうか。やはり海外の方が位置情報活用は断然進んでいるので、そこが中々、というところはありますね。

― それは、国内の事業者がプライバシーへの配慮を必要以上に気にしていることはあるのでしょうか?

それも一因だとは思います。改正個人情報保護法が今年か来年あたりに施行されると思うので、そこで様々な事例が積みあがって今までのグレーゾーンに白黒がついてくるでしょう。そうなるとデータ活用への動きが活性化してくると思いますし、当社も当然ガイドラインに則った形で事業を進めていきます。

― 具体的に現段階でのグレーゾーンとはどういったものになりますか?

今までの個人情報保護法は氏名を含めた個人を特定できるものが個人情報でしたが、今後は匿名のユーザーIDなどもパーソナルデータとして保護の対象に入ってきます。保護対象が拡張されるため、保護の枠組みの上でどう活用しようかという議論に変わってきますね。これまでは「個人情報には該当しません」と言ってきたものが、「パーソナルデータを適切に扱っています」と言うことになります。

― 海外からは、日本ではプライバシーへの配慮が厳しく求められると聞くが、それは感じていらっしゃいますか。

感じる面、感じない面、両面あります。例えば規制としてはEUの方が断然厳しいですが、世の中の空気感として日本は厳しいと感じています。行政による規制の話と、国民の心理の話は分けて考える必要があります。

同じ素材を使っても、腕次第で全然違う味になる

― 今後の市場における位置情報活用のシナリオについてお聞かせください。

単純に言うと、今までやりたかったことが、ようやくできるようになってくるのがこれからです。今のアドテクベンダーは位置情報データ集めに腐心しており、データが少ない中でなんとか商品化するために試行錯誤している状態です。本当にやりたい「こことあそこに行ったから、このユーザーはこんな人だ」という取り組みはまだこれからです。多くの事業者が、「自社のお店に過去いた人」とか「競合店に過去いた人」というターゲティング手法を揃えていますが、本来は「このユーザーはキャリア系の30代の女性で青山エリアを中心に行動しているから、この広告を出そう」というように、複眼的にオーディエンスを見るべきなのです。今後データが増えてくるとそれができるようになってきます。

― データを集めるところは他社さんのインフラを使われているのですか?

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当社は基本的にはRTBのアドリクエストに乗っかってくる位置情報を使っているので、そこ自体は競合他社さんと同列です。例えて言うなら、料理人の勝負における素材はみんな一緒でも、料理人の腕次第で全然違う味の料理ができるようなものです。適切な配信量を確保しつつ効果的なターゲティングをいかに作れるかは腕次第と言えるでしょう。

一方で、一部の事業者はWiFiスポットのデータという特別な素材を使っていたり、特定のアプリのSDKから位置情報を取得するという特別な素材を持っていたりはします。ただ、いずれデータ入手元というのは均質化してくると思っています。というのは、データを提供する側としては一アドテクベンダーとか一代理店だけに独占的にデータを卸しているだけだと、初速はつくのですが、最終的には機会損失を生みます。データは複製可能なものなので、複数のチャネルを通じてたくさん売った方が収益が伸びます。ですので、いずれデータは溢れてきます。データが溢れた世界の中でそれをどう料理して広告のマーケティング用のセグメントに変えていくか、いくらで入札するか、というあたりはデータ分析の力の差であり、競争力の源泉になります。
すでに「足あとターゲティング」では、日本固有の大学の偏差値ランクや鉄道路線でのターゲティングといったものを提供していますが、今後は日本の地理データや建物データを読み解くことができるかが鍵を握ります。Webのオーディエンスターゲティングにおいて、あるサイトはどういう訪問者なのかを理解しているプレイヤーが勝利したのと同じことです。あるリアルの場所に、どういう人がいるのかを理解するのは実は難しいことなのです。

位置情報を使った動画広告や、デモグラフィックにもビジネスを拡大

― 貴社の今後のビジネスの予定について聞かせてください。

フォーマットとしては、当初はバナーの位置情報アドネットワークとして始めましたが、先月には動画広告の配信も始めました。位置情報を使った動画広告、しかもCPC課金というのは他には無い特徴です。また、インフィード広告等のネイティブ広告もベータテスト中です。ターゲティングとしては、当社は位置情報ターゲティング自体を極めていくというよりは複合的にデモグラフィックも推測をするという方向です。既に性別のターゲティング、例えば、ある富裕層エリアに住む男性だけに配信というのはできるようになっていますが、更に年代、職業、所得などを掛け合わせて、どういうエリアにいるどういう人なのかというのをきっちりターゲティングできるようにしていくというのが直近の流れです。

さらに先には、小売店、外食店がアプリを続々とリリースしているので、そうした自社アプリの位置情報データを使って浮かび上がらせた店舗の商圏の人々に配信をしたり、既存顧客にレコメンド広告を配信することもやっていきたいです。自社でアプリさえ持っていれば、何もしなくても新規顧客の獲得と既存顧客のリピート再訪問を促す広告ができるような、簡単なプロダクトを出していきたいというのが中期的な目標ですね。そしてスマホ上のバナー、動画、ネイティブ広告という形だけでなく、スマートウォッチや車載でも提供したいと思っています。

歴史は繰り返します。ブラウザ上のオーディエンスターゲティングは初期は行動ターゲティングと呼ばれ、例えば化粧品カテゴリ、自動車カテゴリのようにユーザーの興味をカテゴライズして配信していました。しかし、徐々に Look-alikeと言われるような自社サイトの訪問ユーザーから類似ユーザーを拡張して配信する手法が駆逐していきました。それと同じように位置情報も自社のアプリで取れるデータを基に、自動的に潜在顧客を狙い撃つターゲティングを自動的に作ることは技術的には既に可能なので、アプリを提供している小売店、外食店とともに開発していきたいですね。

ABOUT 野下 智之

野下 智之

ExchangeWire Japan 編集長   慶応義塾大学経済学部卒。 外資系消費財メーカーを経て、2006年に調査・コンサルティング会社シード・プランニングに入社。 国内外のインターネット広告業界をはじめとするデジタル領域の市場・サービスの調査研究を担当し、関連する調査レポートを多数企画・発刊。 2016年4月にデジタル領域を対象とする市場・サービス評価をおこなう調査会社 株式会社デジタルインファクトを設立。 2021年1月に、行政DXをテーマにしたWeb情報媒体「デジタル行政」の立ち上げをリード。