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ブランドスタジオで本当の意味でのコンテンツ・マーケティングを実現―DAC、朝日新聞社、集英社の挑戦 [インタビュー]

国内デジタル広告市場を牽引するデジタル・アドバタイジング・コンソーシアム株式会社(DAC)が、朝日新聞社と集英社との共同事業として、ブランドスタジオによるサービス提供を開始した。インターネット広告市場が成熟した現在でも、ブランディング広告に関してはテレビや雑誌といったマスメディアが有効と考えるマーケターは多いが、デジタル広告を専門とするメディアレップ主導のブランドスタジオによって状況は変化するのか。DACのブランドマーケティング本部副本部長を務める砂田和宏氏を始めとする関係者に話を聞いた。

(聞き手:ExchangeWire Japan 長野雅俊)

― 簡単な自己紹介と「TJ Brand Studio」のサービス提供に至るまでの経緯をお聞かせください。

砂田氏: TJ Brand Studioのプロデューサーを務めている砂田和宏です。経緯を話すと若干長くなるのですが、まず米国の大手紙であるThe New York Timesの日曜版に同梱されている「The New York Times Style Magazine」というラグジュアリー雑誌があります。2015年3月に、朝日新聞社と集英社が共同で同誌の日本版である「T JAPAN: The New York Times Style Magazine」の発行を開始しました。その後、DACも参画する形で、2016年11月にウェブサイト版となる「T JAPAN web」が始動。同ウェブの新サービスとして、2017年5月に「TJ Brand Studio」を開始したという流れです。よって、本ブランドスタジオは朝日新聞社、集英社、The New York Times、そしてDACによる共同事業という位置付けです。

― 具体的にはどのような方々がどのようにTJ Brand Studioのサービスを利用すると想定していますか。

砂田氏: 自社のブランディングを行いたいと考える企業が、様々な形式のコンテンツを様々な場所へと配信する際にご相談いただくことになると思います。私たちのブランドスタジオの定義として「特定メディアに縛られない」というのが一つあるので、配信先はT JAPAN webに限定されません。集英社が発行している各媒体や、朝日新聞社の号外、Facebook、Yahoo! Japan、また例えばメーカー企業であれば百貨店など流通先のウェブサイト用にコンテンツを作りおろすこともありますし、デジタルに限らず、車のラッピングやイベント・コンテンツ化などに発展する場合も決して少なくないと想定しています。

ご利用いただく企業の業種に関しては、ラグジュアリーや自動車などがまず挙げられると思いますが、その他にも例えば住宅や金融そして保険といった従来の広告形態では差別化しづらい商品やこれまでデジタル広告では伝え切れなかったストーリーを持つ商品を所有する方々にご利用いただけるのではないでしょうか。

― TJ Brand Studioのブランドスタジオとしての最大の特徴は何ですか。

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砂田氏:日本国内の各社が既にブランドスタジオの立ち上げを発表されていますが、我々には T JAPAN webという30~50代の知的富裕層を対象としたショーケースがあり、ハイクオリティなコンテンツを提供することを既に証明できているという点が強みです。

また配信やその計測においても強みを持っています。媒体社主導のブランドスタジオには、この配信面において偏りが生じてしまうという課題がありました。その点、DACはメディアサービス事業を通じて20年かけて培ってきた配信および計測技術を有しています。

さらに根本的な違いとして、T JAPAN webでは本来的な意味でのコンテンツ・マーケティングをお手伝いできるということが挙げられます。従来の「コンテンツ・マーケティング」は、どちらかいうとSEO文脈で語られることが多かったのではないでしょうか。つまり、有効な検索キーワードを特定し、自社のHPに誘導していくという作業を「コンテンツ・マーケティング」と称していました。

今回、我々は本事業においてその領域には一切関与しないようにしたいと思っています。なぜかと言えば、そうしたアプローチは、結局のところ、何人集客できて、そのうち何人が購入したのかという話に留まってしまうからです。我々が目指すのは、これまでいわゆるマス4媒体が担っていたような、消費者が憧れを抱いたり、または彼らの心を揺り動かしたりするようなコンテンツを使ったブランディング目的のマーケティングです。マス広告を取り巻く状況が変わってきた現在において、デジタルを中心として本来的な意味でのコンテンツ・マーケティングを行うことができるというのが最大の差別化ポイントであると考えています。

―「本来的な意味でのコンテンツ・マーケティング」を行うためになぜ新しくブランドスタジオのサービスを始める必要があったのでしょうか。

砂田氏: ブランド企業が、従来通りに制作会社や広告会社に発注して自分たちのメッセージを伝えるというのもコンテンツ・マーケティングの有効な手段であるとは思います。一方で、そのチャネルだけではどうしてもリーチできない人々がいるというのも事実です。

T JAPANというメディアの編集部は、アンケート集計やFacebook上での交流などを通じて読者と頻繁にコミュニケーションを取っています。言い換えれば、彼らはどんなコンテンツをどのタイミングでどのように届ければ読者の生活を豊かにするかということを日々考えている唯一無二のプロフェッショナルです。こうした専門家が企業側と議論を重ねるための専門的な体制を整えている機関は本当に少ないと思います。

― ブランドスタジオだからこそ可能なアプローチがあるということでしょうか。

砂田氏: 一般的な話として、メーカー企業やブランド企業は、各商品の品質を高めることを主目的として活動するための組織作りを行います。そのため端的に言うと、企業は得てして商品の機能やスペックについて語ろうとしてしまう。一方、消費者が求めているのは、そうした機能やスペックがどのような体験をもたらすかについての情報です。お水の成分や味ではなくて、水を飲んだときに喉がどう癒されるかを知りたい。調味料そのものの味ではなくて、それを使ったときの料理全体の味わいを知りたい。モノではなくてコトを買いたい。様々な言い方ができると思いますが、ブランドスタジオだからこそできることがたくさんあると思います。

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水川氏:集英社広告部の水川と申します。TJ Brand Studioのクリエイティブ・ディレクターには、T JAPANの内田秀美編集長が就いています。彼女は以前、SPUR(シュプール)というモード誌の編集長時代に、グッチ90周年と人気漫画「ジョジョの奇妙な冒険」のコラボレーションを企画しました。グッチの世界観をよりわかりやすく提示できた例としてグッチ関係者には大変好評で、その後、2013年のクルーズコレクションのキャンペーンに採用され、グッチを着用したジョジョのキャラクターが世界各国のグッチのショーウインドゥを飾りました。こうした例は、企業単体ではなかなか成しえることが難しい事例かと思います。

― 今ご紹介いただいた事例が示すように、これまでは例えば出版社がタイアップなどの形態で企業と消費者の関係構築に努めていたのだと思います。出版社にはできず、ブランドスタジオだからこそできることは何ですか。

水川氏:例えば集英社単体ではもちろんコンテンツ制作能力があるのですが、一方で自前のDSPやDMPを持っていません。ところが、DACはこの領域を専門としている。だから最も適したターゲットに最良のコンテンツを当てるというのは、制作と配信の両面で支援できるブランドスタジオという体制だからこそ可能なことであると思っています。

砂田氏: 逆に言うと、DACとしてはターゲティング技術を20年かけて極めてきたのですが、様々なターゲットにどう届けるかということは考えていても、それらのターゲットに対してどのようなコンテンツを作るのかということはしてこなかったわけです。朝日新聞社そして集英社と組むことによって、最適なものを最適な人に届けるということが初めてできるようになりました。

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原田氏:朝日新聞社の総合プロデュース室の原田淳史と申します。New York Times社との提携関係を結んでいることに加えて、我々は物流のインフラも持っていますので、その部分で新たなシナジーを生むことができるのではないかと考えてこの事業を始めました。今まではニュースメディアとしてPVを多く稼ぐというビジネスモデルになっていましたが、会社としては今後どういう人がどのコンテンツに興味を持っているのかを可視化することで新たな広告価値を生むことを目指しております。その方向性と今回の事業が合致したのでブランドスタジオに至りました。

― ブランドスタジオの問い合わせ窓口はどこが務めるのでしょうか。

砂田氏: 3社共同事業ですのでいずれも受け付けています。既に、それぞれの販売チャネルから多数のお問い合わせをいただいています。ただ基本的には3社とも直接取引は行っておりませんので、広告会社を通してご依頼いただく形となります。

― これまでとは違う本来的なコンテンツ・マーケティングを行うと仰られましたが、TJ Brand Studioを利用する企業側もこれまでとは異なる考え方が必要とされるのでしょうか。

砂田氏: 実のところ、大変申し訳ないのですが、お客様からお問い合わせをいただいた時点でお断りをしてしまうケースもあります。例えば短期的なお取り組みの場合では、我々としては適切な対応ができないからです。1個のコンテンツ作りで良い悪いという判断をするのではなく、中長期的に10個、20個作り、そのポートフォリオを見ながらどれがどう伝わっているのかについて一緒に議論していかなければ本来的なコンテンツ・マーケティングを行うのは難しいと考えています。

― 費用や工程においても従来の広告形態とは異なるのでしょうか。

砂田氏: 従来のいわゆるインターネット広告を通じたキャンペーンに比べると、お客様によっては安くはないと感じられる方もいらっしゃるかもしれません。ただこれまでブランディング目的に利用されてきたテレビCMや、映画への出資に比べれば、圧倒的に安いと思います。

準備期間に関しては、非常に長く時間をかけるものもあります。実際にTJ Brand Studio提供前から1年以上にわたりご相談させていただいているお客様がいらっしゃるほどです。一方で月一回の編集会議を通じてご相談を重ねながら記事を作り始めて数ヶ月でスタート、という場合もあるでしょう。

― どのような指標で効果を測定するのでしょうか。

砂田氏: 基本的にはパネル調査を通じたいわゆるブランド・リフト調査の結果をレポートさせていただきます。滞在時間、PV、再訪率といった数値はあくまで補完に留め、ブランドメッセージがエンドユーザーにどのように伝わったかを明らかにするためのヒアリング作業を重視したいです。

― 本事業の売上目標について教えてください。

砂田氏::DACは本事業を通じて数億円規模の売上を目標としています。既にたくさんのお客様からお声がけをいただいているので、一つひとつをきちんと形にしていけば決して難しくないと考えています。そう会社に約束して予算を背負っているので、何としても目標を達成します(笑)。

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ABOUT 長野 雅俊

長野 雅俊

ExchangeWireJAPAN 副編集長
ウェストミンスター大学大学院ジャーナリズム学科修士課程修了。 ロンドンを拠点とする在欧邦人向けメディアの編集長を経て、2016年に調査・コンサルティング会社シード・プランニングに入社。 日本や東南アジアを中心としたデジタル広告市場の調査などを担当している。