デジタルマーケティング企業の東南アジア進出 AtoZ-第1回 : 進出すべきホットな国・地域を見極めるための観点その1「事業性」 |WireColumn

マーケティングソフトウェアの開発などを手掛け、海外にも3拠点に展開しているエフ・コードの海外担当執行役員・島田裕一が執筆する本連載では、デジタルマーケティング企業が海外進出する際のポイントについて、東南アジア進出を中心に解説していきます。なお、本シリーズの見解は筆者の経験則に客観的なデータを交えて論じたものであり、不十分な点・異なる見解のご指摘など読者の皆様からいただければ幸いです。

初回となる今回は、進出先の国・地域を選ぶ際に重視すべき3軸についての概観、加えて1軸目の「事業性」についてご説明します。

なぜ海外進出するのか? 動機は明確に

近年、海外進出をするデジタルマーケティング企業は増加の傾向をみせています。筆者自身は2008年の前職でのタイ拠点開設を皮切りに、香港・シンガポール・台湾などの拠点展開を行い、エフ・コード社ではタイ・香港・インドネシア拠点をマネジメントしていますが、2008年当時と比べて海外で切磋琢磨できる同業者が増えたことをとても嬉しく思っています。

さらにそれらの企業の成功に触発され、海外進出を検討している企業の経営者から相談を受けることも多くなってきたため、一度自身の経験を明文化することが微力ながら手助けになるのではと思い、今回コラムを執筆する次第です。

まず海外進出の動機が起こる背景については、最近参加した勉強会で参考になるものがあったため共有します。これは日系企業ではなく新興国の企業における多国籍化に関連するものなのですが、UZABASE社チーフ・アジア・エコノミストの川端隆史氏は、事業の海外進出の背景を、プッシュ型・プル型それぞれに分け、以下のように分析しています。

・プッシュ要因

1)国内市場規模の限界
2)政府による支援策
3)国内景気の影響
4)コスト上昇の抑制

・プル要因

5)資源開拓型
6)進出先の国の投資環境の整備や改善

これは新興国企業に限らずあてはまると考えられます。海外進出を意思決定するなかで、自社のケースが上記の要因のうちどれに当てはまるのかを考慮することは重要でしょう。そもそも国内だけで充分な市場規模があり、景気もよく、商品ライフサイクルも充分余裕があり、納得のいく売上・利益が今後当面出せるのであれば、無理をして海外に進出する必要はなく、そのための貴重なリソースを国内に集中すればよいと考えます。そのため、まず重要なのは「そもそもなぜ海外に進出するのか」ということを経営者を含めた役員陣で明確にすることです。「経営者仲間が進出したから」「人件費が安そうだから」といった軽い動機で進出して成功している会社を見たことがありません。

そのステップを踏まえてもなお海外に進出することを決めたのであれば、最初に決定すべき重要事項として「どこの国/地域に進出するのか?」というものがあります。この選択において重要なのは「事業性」「市場規模」「客単価」の3軸だと私は考えています。

東南アジアで今ホットな国はどこ?

図:ASEAN主要国のデジタル広告費状況

(1ドル112円で換算)

出典:https://www.emarketer.com/public_media/docs/SEAsia_Final2.pdf (PDFアイコンPDF)
https://www.auncon.co.jp/corporate/2017/0317.html

業種・業態によって異なる部分も大きいのですが、今回はデジタルマーケティング企業としてホットな東南アジアの国を考えてみます。すると第一に挙げられるのはインドネシアでしょう。私が海外事業を担当するエフ・コードは先日インドネシアに拠点を設置したところであり、手前味噌の感もありますが、言い換えればそれだけの根拠があったのです。

まずはこのインドネシアを例にとって、先述の3軸に基づいた分析・評価をしてみましょう。なお、デジタルマーケティング関連事業といっても業態はさまざまですが、ここでは「デジタルマーケティング支援」の企業の場合について考えてみます。

①事業性

インドネシアでは、外資企業の進出に対して最低資本金の規制があります。その反面、教育水準の高まりや、高い失業率に伴う雇用確保の容易さは大きなメリットです。また、2億6千万以上の人口を抱えながら今も5パーセント以上の成長率を確保している市場の伸び具合は、特筆すべきポイントです。またインターネット普及率も50%を超え、1億3千万人以上というインターネット接続人口はASEAN最大で、アジアでも中国・インドに続き第3位です。
国民の大多数はムスリムのため、他の国と比べマネジメントに気をつける必要はあります。しかし元来穏やかな国民性の国であり、日本への印象も概して良いため、誠実に接すれば日本人にとって良い関係を築きやすい国と判断できます。

②市場規模

調査や論者によって数字の幅はあるものの、2016年でおおよそ430億円といわれているインドネシアのデジタルマーケティング市場規模は非常に魅力的で、米系調査会社イーマーケターによると、インドネシアのWeb広告市場は2019年までに世界第2位の速さで成長する見通しです。
ちなみに、タイは約380億円、マレーシアは約250億円と言われています。

③客単価

インドネシアではクライアントごとのマーケティング費用が比較的高くなっていると考えられ、大きなメリットといえます。これは、前述の通り、クライアントとなりうる範囲のキープレイヤーが他の国に比して少なく、寡占状態となっているためです。

他にも様々な要素を加味した上での判断ですが、大きなものとしては上記を勘案しました。

ここで、東南アジアの他の国にも目を向けてみましょう。1の事業性を満たし2の市場規模がある程度優れた国としては、タイ・ベトナム・フィリピンを挙げることができます。また、1の事業性と3の客単価を満たすのは、シンガポールやマレーシア。逆にミャンマー・ラオス・カンボジアといった国々に関しては、現状では1、2、3ともに満足な条件を見込めないため、時期尚早の感が強いと考えています。

これらはあくまで当社のケースと照らし合わせた分析なので、それぞれのデジタルマーケティング企業の経営陣がきっちりと調査をし、判断をすることが肝要です。

では、ここからはこの3軸についてより詳細に述べていきます。本記事ではまず1の「事業性」についてご説明します。

事業性判断について

図:事業性判断のチェックポイント

出典:エフ・コード

事業性判断には、さらに以下のような複数の観点があります。順に見ていきましょう。

①外資企業の進出のしやすさ

外資企業の進出のしやすさに最も大きな影響を与えるのは、法的な要因です。これは多岐にわたり、業種面での縛りもあれば金銭面の制約もあります。

業種面では「広告業は進出不可能だがソフトウェアはOK」であるとか、「現地で製造を行う場合と代理業のみの場合では必要とされるライセンスが異なる」といったケースがあります。国によって異なる非常に細かな規則が存在するため、現地で専門家ときっちり相談することは不可欠です。

金銭面に関しては、最低資本金が定められており、そのうち規定の割合が実際に入金されなければ事業開始できないような国もあります。また、その国で利益を上げたうえで外国に送金したい場合に、これに対して税金を徴収される場合がある点にも注意が必要です。

②日系企業の進出のしやすさ

東南アジアや中国など、各国の日本人や日系企業に対する国民感情は重要な要素です。ここに経済活動へのリスクが潜在する場合があるため、注意すべきでしょう。

東南アジアの場合は幸い、日本企業および日本人はおおむね好印象を持たれており、多くの国で問題はありません。ただし印象の良し悪しとは別に、たとえば「欧米企業と比べ、日系企業は低賃金かつ年功序列である」とか「報・連・相などの決まりが窮屈である」といったイメージを持たれている場合もあります。「悪い印象がない」=「いい印象である」とは限らないことを心に留めておきましょう。

なお、日本人の暮らしやすさ等を条件として挙げる向きも一部に見られますが、それは進出する側の日本人が適応のために努力すべき点であると私は考えています。実際、どの国であっても十分に適応は可能です。

事業のしやすさとして現地人材の英語力が挙げられるケースも多いのですが、根本的な認識に誤りがあると考えます。第一に、デジタルマーケティング業界の人間が雇用するような層のメンバーは高等教育を受けており、英語力に問題はありません。第二に、本来は進出する側が現地の言語を習得するのが筋なのです。現実問題としてやむを得ないとはいえ、英語によるコミュニケーションを前提とすること自体がそもそも怠慢なのだという自覚を忘れてはなりません。ましてや、日本語を話せる現地人材をあてにするような態度は論外であるといえます。

③現地における自社業界の成熟度合い

製品・サービスが日本では一般的だが現地では最先端すぎるため、せっかく海外に進出しても思うように売れない、というケースは多々あります。事情は業界によって異なり一般論を述べることは難しいのですが、私の所属するエフ・コードを例に挙げて考えてみます。

エフ・コードは「f-tra CTA」というWeb接客ツールを海外に提供しています。日本での業界における認知度はそれなりに高く、多くの企業が導入を進めており、実際に様々な事例も出てきています。その一方、東南アジアの国々ではまだまだWebにおける「接客」以前の「集客」が中心で、デジタルマーケティングにかける予算もブランディング寄りに偏っており、獲得系のためにはあまり割いていない傾向があります。すなわち、現状ではそのあとの「接客」「追客」への意識が高くない点で、日本市場とはギャップがあるのです。

こうした条件について検討を行った結果、インドネシアへの進出を決定しました。この根拠としては、東南アジアの中でインドネシアは比較的ECやトラベル系が強い、すなわち獲得系の割合が高いという事実がありました。当社は元々ブランディングよりもパフォーマンス(コンバージョン獲得)を重視した顧客が多く、特にECとトラベル業界の顧客が多いのですが、インドネシアではベンチャーキャピタルが特にこの2業界に対し投資をしており、それぞれの業界のトッププレイヤーが膨大な広告費をかけてシェアを獲得しようとしているため、商材特性に合致していると判断しました。

それぞれのサービスにおいて、事業を展開するために必要なマーケットの状況は異なります。単に「進出をしやすい」「市場が大きい」といった要素だけでなく、自社の商品が受け入れられやすいベースができているかを見定めることが重要なのです。ベビー用紙おむつが売れ始めるとされる「1人あたりGDPが3,000ドル」という基準値はよく知られていますが、このような分析はまさに好例といえるでしょう。

特にデジタルマーケティング分野における東南アジア進出には前例が少ないため、社長自身が現地に飛んで現地で事業をしているマーケターの方々とざっくばらんに話をしたり、トライアルとしてテストをしてもらうなど、積極的に市場性を判断することが大切です。

④雇用確保の容易さ

海外事業を推進するうえで、現地に精通した優秀な人材の確保は必須です。担当者がいかに優秀な人物であったとしても、日本人がひとり現地で行うことには限界があります。現地には現地のルールがあり、その固有ネットワークに入っていない者には情報が何も入ってこないという状況も多々あるためです。そのため、現地のネットワークを多く持っている優秀な人材を自社が望む条件で容易に確保できるかどうか、という点は事業活動において確実に必要な要素だといえるのです。

ここで行うべきは(事業の成熟度にも関連するのですが)、市場の成熟度と歴史を検討し、その市場にフィットした人材がどれだけ生み出されているのかを考えることです。加えて失業率が高いか低いか、つまり雇用の流動性の度合いについて注意しましょう。ここから雇用の難易度が見えてきます。すると、雇用の流動性や人材の数によって一人あたりの給料の額も決まるため、自社の事業戦略の中で割くべき人件費は定まっていきます。

国別に例を挙げてみましょう。東南アジア上位の国々では、デジタルマーケティング業界が生まれてからある程度の年数が経過しているため、一定数の人材は存在します。ただし、特にインドネシアでは他国に比べて需要が供給を上回っているため、他の国よりも人件費が高くなる傾向にあります。前述した失業率の高さから、総務などのバックオフィス人材は容易に雇用可能ですが、デジタルマーケティングの特定技能を持った人材は希少です。逆にタイでは、ある程度の経験者が一定数存在するため人件費は高くないのですが、個々のレベルに大きなばらつきがある点に注意すべきでしょう。また、ベトナムにはエンジニア寄りの人材が多いという特徴があります。この背景には、オフショア開発の拠点としてベトナム政府が人材育成に力を入れてきたという事実があります。

⑤現地独特の宗教・文化・慣習

法律のほかに、現地と日本との宗教や慣習などの相違によってアンマッチが起こる場合もあるため、基本的な知識は備えておき、必要に応じて判断の際に考慮しましょう。

少し極端な例えとなりますが、たとえば「豚肉料理の店」が海外進出する場合に当てはめてみましょう。あるイスラム教国の「飲食市場」が500兆円規模だとしても、「飲食のうち豚肉料理の市場」が100億円規模では、前者の数字は意味をなしません。このギャップはもちろん、イスラム教の戒律で豚肉食が禁じられていること、つまり現地独特の事情により発生しています。これと同様に、「デジタルマーケティング市場」と見るのか、さらに細かく「デジタルマーケティングの中の成果改善市場」と見るのかで結果が全く異なる場合がありますので、大枠の市場規模だけではなく、自社の商材に完全にマッチした市場がどれだけなのかをきっちり調査する必要があります。
なお、市場規模については次回記事でさらに詳しくご説明します。

インドネシアでは、ラマダン(イスラム教の断食)の時期1か月は生産性が落ちるとか、タイでは「ソンクラーン」という水かけ祭りの時期の前後は仕事へのモチベーションが落ちる、といった例が現実にあります。このようなローカルな事情についても、知っておいて損はありません。

以上が1軸目の「事業性」を構成する要素です。次回の記事では、2軸目の「市場規模」について引き続き詳しくご説明します。

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島田 裕一

株式会社エフ・コード 
海外担当執行役員 
アウンコンサルティング株式会社を経て、2016年に株式会社エフ・コードに海外担当執行役員として参画。前職では検索エンジンマーケティング(SEM)コンサルタントとしてキャリアを積んだのち、海外事業統括責任者として台湾、香港、タイ、シンガポール全拠点のマネージングダイレクターを兼任。大手企業のグローバルマーケティング活動を支援。 エフ・コードではタイ法人を皮切りに、香港法人、ジャカルタ拠点を開設し、デジタルマーケティングの効果を最大化させるマーケティングソフトウェアを現地企業および日系企業に提供。