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デジタルマーケティング企業の東南アジア進出 AtoZ-第4回:東南アジアで優秀な現地人材を採用するためには? |WireColumn

マーケティングソフトウェアの開発などを手掛け、海外にも3拠点に展開しているエフ・コードの海外担当執行役員・島田裕一が執筆する本連載では、デジタルマーケティング企業が海外進出する際のポイントについて、東南アジア進出を中心に解説していきます。なお、本シリーズの見解は筆者の経験則に客観的なデータを交えて論じたものであり、不十分な点・異なる見解のご指摘など読者の皆様からいただければ幸いです。

第4回となる今回からは、海外事業の具体的な内容について述べていきます。今回は、最重要事項のひとつといえる人材採用についてご説明します。

過去のシリーズはこちら

第1回:進出すべきホットな国・地域を見極めるための観点その1「事業性」
第2回:進出すべきホットな国・地域を見極めるための観点その2「市場規模」
第3回:進出すべきホットな国・地域を見極めるための観点その3「顧客単価」

海外採用の人員計画は、現地市場における状況次第

海外進出時、採用は事前に作成した人員計画に基づいて行うのが通常です。この計画策定においてまず参考にすべきは、日本における自社のプロダクトやサービスの提供方法です。営業、CS(カスタマーサクセス)など、どのような人員がどのように動いているかという点から、海外において必要な人材像が見えてきます。

同時に、日本と異なる点に注意を向けなければなりません。そこで重視すべきは、「プロダクトライフサイクルにおいて、現地市場でその商品がどのフェーズにあるか」という点です。

たとえば、すでにその商品が成熟期に差し掛かっている場合を考えてみましょう。当社エフ・コードの提供するデジタルマーケティングツールを例に挙げさせて頂くと、対象となる現地企業のマーケターなどにその種のツールが十分認知されているというケースです。このような場合は、ある程度のデジタルマーケティングの営業経験者であれば販売は可能と考えられます。

しかし、そのサービス自体が市場への導入期にある場合は事情が異なります(当社のツールも多くの場合こちらに該当します)。そもそもの概念や必要性から啓蒙を行う必要があるため、企業の担当者レベルでは話が進まないことが多いのです。そこで、業界で広く知られている影響力のある人物をスカウトして自社のメンバーに加え、そのネットワークを使ってトップ営業を仕掛けることなどが必要となります。

給与や役職のシステムは日本と同じにすべきか?

海外進出をする企業が行いがちなのが、日本と同じインセンティブや昇給形態、役職などのシステム・基準をすべての国において適用し、統一化を図るということです。全ての場合に誤りというわけではありませんが、ここには十分注意する必要があります。各国の人材マーケットには当然それぞれの歴史があり、それぞれの進化を遂げています。可能な限りローカルのルールに合わせて運用するほうが、当初は柔軟性が高くなると考えられるためです(給与体系については、本記事後半でも改めて述べています)。

ただし、現地拠点が50人~100人という規模に成長し、例えばある国のマネージャーを他の国に出向させるケースが発生するなど拠点間の人の交流が活発になったならば、グローバルな労務体系の全社的な導入も検討するべきでしょう。

海外事業における採用方法

現地での人材採用に際しては、下記に列挙している通りいくつかの一般的な方法を挙げることができます。日本と同様の部分も多くありますが、どの点が日本と同様で、どの点に海外ならではの注意点があるかを含め示していきたいと思います。

一覧

出典:エフ・コード

最もお勧めできる方法は、日本におけるスタートアップの場合と同じく、当然 1の「社員、知人の紹介」です。既存社員は既に会社のミッションや雰囲気を認識しているため、それに合った候補者を連れて来てくれることが期待できます。人材が会社にフィットしやすいことで、平均勤続年数も長くなる傾向にあります。
ただし、スキル面において本当に必要とする人材が来るとは限りません。選考は他チャネルの場合同様しっかりと行う必要があります。
いずれにせよ、「友人・知人の中で優秀な人を紹介してほしい」というメッセージは常に社員に送り続けるべきでしょう。紹介に対してインセンティブを与えることも、十分検討に値します。

2 の「人材紹介会社」については、もっとも簡単なのは日系の紹介会社にお願いすることです。一般に「年収の〇パーセント」という成果報酬で紹介を受けることができます。しかし、こうした会社が紹介する人材は玉石混交という傾向があるため、書類選考の時点からしっかりと判断することが重要です。
ただし、書類上の評価が低くともひとまず候補者と会ってみるという経験を積むこともまた大切です。その中で、現地における面接官としての感覚、マーケット感覚を養うことができるからです。学歴やGPA、職歴が自社の決めたラインに達していなくても、素晴らしいセレンディピティが起きるかもしれず、逆にただ単に学歴およびGPAが高くても、指向性が自社の方針に合わなかったりすることもあります。重要なことは、拠点長がマーケットにいる人材の平均値を知ることで、本当に優秀な人に会った際に感じられる絶対的な優秀度の肌感を養うことです。
人材紹介会社は概して、こちらが本気を見せるとそれに応えてくれるが、だらだらと長期間に及ぶケースと捉えられてしまうとあまり深いコミットにならない傾向があります。利用する際には二人三脚で採用活動を進めること、そうした関係性を作ること、判断はなるべく早くし、率直なフィード・バックをすることを特に意識しましょう。

3 の「採用媒体」(ウェブメディア)として東南アジアで有名なものには「Jobs DB」「JobStreet」また日本でもよく知られた「Indeed」などがあります。こうした媒体には、自社の求人広告を載せることができ、また候補者のデータベースを検索して直接メッセージを送ることができます。人材紹介会社もこのデータベースから情報を取得していることがあります。
リソースが許せば、これら媒体を用いた採用活動を実施してもよいでしょう。ただ、おおむねアッパーミドルから下の層しか登録していないため、ハイクラスな人材は期待できないと考えておくべきです。

4 の「イベント」は、人材紹介会社や人材系メディアが開催しているようなイベントを指しています。イベントに参加し、ブースを出したりチラシをまいたりすることによって候補者を獲得するという方法です。イベント参加を検討する際には、参加者がきっちりとセグメントされているイベントを選んで出展し、実際にPDCAを回しながら獲得単価を見て、ROIによって次回の出展可否を決めていくのがよいでしょう。

5 の「スカウト会社」については、一部2の「人材紹介会社」と似ていたり業務面で重なるところがありますが、スカウトのプロフェッショナルへの依頼はオプションとして考慮しておきたいところです。1の「社員の紹介」以外でハイクラス人材を獲得したいと考える場合には、検討に値します。
スカウト会社に条件を設定し依頼すれば、まれにハイクラス人材と出会えることがあります。しかし一般的に高額であるため、予算に応じて検討するのがよいでしょう。

6 のLinkedInなどのSNSを用いる採用活動は、他の方法とはやや毛色が異なります。まず特定のワード(「デジタルマーケティング」など)や、対象となる企業に勤務しているマネージャー以上の人物といった形で検索して対象者を絞り込み、直接メッセージを送って会いに行くことになります。一般に、人材の採用にこぎつけるまでに一定の期間を要する傾向はあるのですが、採用市場に乗らないようなかなりエグゼクティブな人材にも会える可能性があります。東南アジアのエグゼクティブ・サーチではかなり多用されており、こちら側が想像するよりも人材側はオープンに会ってくれますので、諸々の施策と同時進行で行うべきだと考えます。

■実際に候補者と会い、採用する際の注意点

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●「根拠ある採用活動」のために

冒頭と関連する内容ですが、最も大事なのは「今の事業においてどういった人材がいつまでに必要なのか」が明確であることです。その国において、加えて日本や他の国においても、同様の商材を売ることに成功している会社の座組はどのようなものか、しっかりとした研究が必要です。それに基づいてこそ、採用活動は根拠あるものとなるのです。
たとえば「そこそこの賃金で雇用でき、『地頭』が良く、性格も良さそう」という人材が現れると即採用となりがちです。しかし、その人物がしっかりとした根拠に基づいて本当に必要といえる人材かを熟慮しなければなりません。これが欠如していると、会社にとってもその人物にとっても「問題は発生しないが大きな成長も見込めない」という状況に陥りがちなのです。

●「給与レンジが高い=優秀な人材」とは限らない

高給を得ている/希望している候補者の判断には注意が必要です。実力で市場価値を上げて高くなっている場合はよいのですが、転職を繰り返した結果として給料が高くなっているだけの場合もあります。売り手市場であり、業種によっては経験者不足のことが多い東南アジアでは、実務スキルや成功経験や人脈の深化によるポジション向上および給与上昇だけではなく、「単に上役が引き抜かれたから」「所属した企業名だけで評価されたから」など偶然や市場環境も手伝った形で、実力以上の好条件の転職が成功することも多々あるのです。そのため、経歴を見るのみならず、その中での実績をしっかりとヒアリングし、受け答えなど含めて細やかに検討する必要があります。

●逆に「優秀な人材には適切な給与レンジ」を

よくある誤りとして、人件費が安い国だからと低い給与レンジの人材をたくさん集めてしまう、という例があります。しかし、そうした人材10人よりもハイクラス人材1人のほうが最終的なアウトプットが良いということは往々にしてあります。
こうしたハイクラス人材は、多くの場合ローカルの基準ではなくグローバルな給与レンジにおいて位置付けられているので、当然その基準に則って採用を行います。一度このような人材を獲得できれば、その人材からの紹介によって「ローカルプライスだが有為な人材」の採用に繋げることも期待できます。

●ハイクラス人材に対しては「責任者が最初に会う」こと

ミドルクラスより下のクラスの人材採用については、メンバーにプロセスを引き継ぎ、最終面接だけを事業責任者が行う形でよいでしょう。しかし対象がハイクラス人材の場合は、ソーシング自体はメンバーに任せても、「その人物が初めて会う社の人間」は事業責任者自身、すなわち最も会社を理解しており魅力的に語れる人物であるべきです。相手も選べる立場にあるのだということを忘れてはいけません。

●拙速で極端な高額オファーは厳禁

ハイクラス人材の確保は重要ですが、期限が迫っている等の事情があったとしても、市場価格より著しく高い額でオファーを出すべきではありません。理由として第一に、入社後の人事考課において昇給させにくくなり、離職リスクが高まるためです。さらに、それが何人も重なると当然ながら単純に人件費がかさみ、事業を圧迫することに繋がります。
対象が市場価格にどれぐらい上乗せすれば、あるいはインセンティブ設計をどのようにすれば入社してくれるか等については、国によって・個人によって傾向も異なってくるため、試行錯誤しながら最適解を探っていくほかありません。いずれにせよ、「その人物の報酬を既存社員に知られたとしても明確に説明できるような仕組み(ロジック)」は重要です。

●国によっては、最優先は「管理系人材」

国によって事情は異なりますが、特にインドネシアなど法律が非常に複雑な国では、専門の管理系人材を早々に雇用することがおすすめです。会社のスタート時点からそうした人材が活躍してくれれば、拠点長である事業責任者のバックオフィス系タスクへの工数が取られず、事業開発など他の人材の採用や戦略策定などにリソースを割くことができます。特に初期段階において、このメリットは非常に大きいものです。

●内定辞退・退職リスクを低減するために

採用活動はスピード勝負ですが、海外ではこれを特に強く意識すべきです。そのため、面接間隔を短くし、決断権限を自分で持っておくなどの状況を整えておくことは重要です。日本と異なり「一社でも内定が出たらすぐに就活終了」という方針の候補者も少なくありませんので、留意しましょう。
また当然ながら、内定を出したからといって候補者が絶対に入社してくれるものではありません。直接・間接に密な連絡を取ったり、ディナーに行って交流を深めるなど、ケースに応じてフォローとしてのコミュニケーションを工夫すべきでしょう。少なくとも東南アジアにおいて、内定辞退の発生率は日本に比べて明らかに高いものと認識しましょう。
ちなみに、通勤に1時間以上かかる場合は、入社した後の退職リスクが近場の人に比して高くなります。驚くべきことに、東南アジアでは応募の際に通勤時間を深刻に考えておらず、入社後に悩んで退職するケースが多く存在するので、採用時にはこの点にも留意する必要があります。

●事業責任者の意識の持ち方

以上のように、優秀な人材を獲得することが大切なのですが、「本当に優秀な人材を獲得するためには優秀な自分でいなければならない」という意識を事業責任者自身が忘れてはなりません。採用プロセスにおいては、会社のビジョンや具体的な戦略について説得力ある説明をするための事前準備が欠かせませんし、採用後も優秀な人材からは厳しく評価されていることを自覚し、信頼を失わないように努めなければなりません。
いずれにせよ、事業黎明期には特に、海外の事業責任者が妥協することなく採用活動にフルコミットすることが、事業成功の最低条件といえます。

その他の海外採用トピックとしては、各国の具体的な卒業校ごとの傾向や、性別・宗教による指向性の違いなどのノウハウが溜まっています。ご興味がおありの方は、筆者までご連絡をいただければ幸いです。

ABOUT 島田 裕一

島田 裕一

株式会社エフ・コード 
海外担当執行役員 
アウンコンサルティング株式会社を経て、2016年に株式会社エフ・コードに海外担当執行役員として参画。前職では検索エンジンマーケティング(SEM)コンサルタントとしてキャリアを積んだのち、海外事業統括責任者として台湾、香港、タイ、シンガポール全拠点のマネージングダイレクターを兼任。大手企業のグローバルマーケティング活動を支援。 エフ・コードではタイ法人を皮切りに、香港法人、ジャカルタ拠点を開設し、デジタルマーケティングの効果を最大化させるマーケティングソフトウェアを現地企業および日系企業に提供。