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「統合的なマーケティング施策を志向するとき、広告会社の強みが発揮される」-The Trade Deskがeラーニング・コースを開講 [インタビュー]

グローバル大手DSPのThe Trade Deskが、自社開発の資格認証プログラム「Trading Academy」を日本で開始した。法人形態であれば無償(条件付き)で受講できるというこのプログラム運営の狙いとは何なのか。カントリー・マネージャーの新谷哲也氏に話を聞いた。

(聞き手:ExchangeWire Japan 長野雅俊)

セルフサービス、オムニチャネル、フルファネル

― 自己紹介をお願いします。

グローバル規模でDSPプラットフォームを提供するThe Trade Deskの日本担当カントリー・マネージャーを務める新谷哲也と申します。1999年よりインターネット業界に入り、いくつかの会社を渡り歩きながら、アドテクノロジーの様々な領域に携わってきました。2014年より現職に就いています。

― 改めて貴社の事業についてお聞かせください。

当社の特徴は主に三つあります。一つ目の特徴は、テクノロジー領域に特化したセルフサービス型のDSPであるということです。広告主に対して直接営業を行うマネージド・サービスという形態をとる競合他社とは対照的に、当社は主に広告会社の方々に対して展開しています。

二つ目の特徴は、オムニチャネル型のDSPであるということ。近年ではディスプレイDSP、動画DSP、モバイルDSPという具合に各種の広告形態に特化したDSPが乱立している状況ですが、当社は一つのプラットフォームとしてこれらすべてに対応しています。近いうちに日本でもオーディオ広告のプログラマティック取引への対応を開始する予定です。また米国本社ではコネクティッドTV広告も扱っています。

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三つ目は、フルファネルであるということです。日本市場ではCPA(顧客獲得単価)特化型のリターゲティング広告に注力する競合企業が多い中で、当社のプラットフォームではより上位の購買ファネルにおける施策を打つことができます。サードパーティー・データが充実していることに加えて、リターゲティング以外の各種ターゲティング技術を有しており、様々な技術パートナーがいるからです。

オンライン動画教材を無料で提供

― この度開講した「Trading Academy」の概要を教えていただけますか。

2013年より米国で先行して始めていたeラーニング・コースです。この度、日本市場でもご利用いただける準備がようやく整いました。オンラインの動画教材を通して、プログラマティック広告取引で必要とされる概念や用語、技術などを学ぶことが出来るプログラムです。レベル別に3段階に分かれたコースが合計120セッション、総計15時間に及ぶ豊富なコンテンツを用意しています。この120セッションを90日間で修了し、試験に合格すれば、受講料は無料です。試験は合格するまで何度でも受けることができます。

― 無料ということは、コンテンツは一般公開されるのですか。

本プログラムを受講していただくためには、まず当社と法人契約を締結していただく必要があります。つまり法人様であれば、従業員数が1名でも500名でも、無料でご利用できることになります。ただし、コース修了者には修了証を発行するので、500人の従業員にご利用いただくのであれば、500人分のアカウント開設が必要です。

―「90日間で修了すれば無料」とのことですが、90日が経過するとどうなるのでしょうか。

90日間以内に修了しない場合は、5万円の受講料が発生します。ただ90日以内に修了さえしていれば、その後も無料で継続してログインできるので、いつでも復習できるという仕組みです。

1セッションは長くても約15分、短いと5分程度なので、ちょっとした時間を使って学習を進めることができます。実際に受講者の多くはランチタイムなどの隙間時間にご利用いただいているようです。昼になると従業員が一斉に受講し始めた結果、オフィスがやたら静かになったという話も聞きました(笑)。

ただ120セッションを90日以内に完了しなければならないので、1日に1セッションのペースでは間に合いません。無償で提供するというのが本プログラムの主旨ですので、できれば90日を過ぎての課金は当社も回避したい。そこで、各受講者の学習進捗状況を記したレポートを代表者の方に対して提供するなどの支援も行っています。

受講料をなぜ無料にするのか

― プログラムを無料で提供するのはなぜですか。

実は本プログラムが米国で開始された当初は有償でした。しかし、プログラマティック広告取引についてより多くの人に知ってもらいたいとの思いから、この度グローバル規模で条件付き無償化に踏み切りました。

プログラマティック広告取引というものは本来、非常に広範なマーケティング施策に活用できるはずのものです。ところが、広告主や広告会社にとってはCPAを追求するためのもの、媒体社にとっては売れ残った広告在庫を処理するためのものに過ぎないとの誤解が今でも残っています。

またこの業界にはいまだ不透明な部分があり、実のところ何が行われているのか誰もよく分からないままで広告取引が行われてしまっている場合もあります。

だからこそ、あらゆる職種の方々にアドテクノロジーについての理解を深めていただきたいのです。従って、Trading Academyは、当社と取引関係のないお客様にも提供しています。このプログラムを通じて収益を得ようとは考えてはいません。

― 受講者はどのような人たちなのでしょうか。

職種も経験も様々です。広告主、広告会社、プランナー、営業など多様な方々が受講されています。

コースは3段階に分かれています。1つめのコースは初心者向けで、業界のカオスマップやインターネット広告の歴史といったごく基本的な内容から始まります。3つ目のコースにまで達すると、ある程度の経験者あるいは従事者の方に対してより適した内容になります。

― 米国で先行して開講されたとのことですが、日本版とは内容が異なるのですか。

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コンテンツは、本社勤務の各専門家が行う講義映像に日本語字幕をつけたものが中心となるので、ほぼ同じです。ただ日本ではまだ普及の見通しが立っていないコネクティッドTV広告や、オフラインのファースト・パーティー・データをデジタル化する「オンボーディング」と呼ばれる手法についての解説は日本版のカリキュラムから外すなど若干の違いはあります。

― 本コースの受講者は具体的には何ができるようになるのでしょうか。

Trading Academyの目的は、プログラマティック広告取引やアドテクノロジーに関する基本的な知識を提供することです。合計15時間という圧倒的なコンテンツ量なので、体系的そして包括的に学ぶことができます。

具体的な成果について言えば、修了証を発行するので、その資格認証ステータスをLinkedInのプロフィールに追加することができます。GoogleのAdWords認定資格のように、業界の方々にとって「基本は押さえている」ことを示す資格になればと願っています。

理解が広まれば広告会社の出番はむしろ増える

― 受講者には広告主の立場にある方も含まれるとのことですが、広告主がプログラマティック取引について詳しくなると、広告会社は仕事がやりにくくなりませんか。

もうそんなこと言っている状況ではないでしょう。広告主は透明性を求めています。また広告主の間では広告運用機能のインハウス化を進める動きが見られます。そして恐らく、例えばディスプレイ広告の運用だけならインハウス化できるのです。

ただし、ディスプレイ、動画、オーディオ、PC、スマートフォン、コネクティッド・デバイスといったそれぞれの広告形態とそのクリエイティブを適宜使い分けると同時に一つのマーケティング施策として統合する作業となると、インハウス化するには相当な時間がかかります。その役割を担うのが広告会社なのです。言い換えると、アドテクノロジーに関する基本的な知識の有無だけで広告会社が差別化を図ることができる時代ではもうありません。

― 広告主が、広告会社またはその担当者の経験や運用スキルを適確に判断する方法がありましたらご教示ください。

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検索広告が全盛だったころは、Googleの認証を受けた社員数や、入札条件をチェックする頻度などが一つの目安になっていたと思いますが、ディスプレイ広告を中心とした広告プラットフォームの普及により、そのような尺度は古びたものになっています。広告主のニーズにもよりますが、やはり異なるプラットフォームをまたいでどのように統合的なマーケティング施策を打てるか、というのが鍵になるでしょう。

とりわけGoogleとFacebookの2強の存在感が圧倒的に強い米国に対して、日本ではより多くのプラットフォームが活用されています。そうすると、オンライン広告の買い手は、各プラットフォームを広告枠ないし広告面として見なす傾向が強くなる。逆に売り手は、モバイルDSP、動画DSP、B to B特化型DSP、位置情報特化型DSPといった具合に各領域を切り出した形で自らを打ち出すようになるのです。

ただ本当に必要なのは、どのプラットフォームを利用するかではなく、それらのプラットフォームを通じてどのような統合的な施策を打つのかということです。PMP(プライベート・マーケット・プレイス)にしても、本来は広告枠の集合体としてではなく、メディアプラン戦術の一つとして位置付けられるべきものです。

そして、本来的な意味での統合的なマーケティング施策を志向するとき、広告会社の強みが発揮されます。当社のCEOがよく言っているのですが、適切な環境が整えば、広告会社の出番は今後もっと増える。その環境づくりをサポートする意味も込めて、Trading Academyという教育ツールを用意させていただきました。

とりわけ最近では、アドフラウドやブランドセーフティといった課題が、一般紙や地上波テレビの特集などでも取り上げられるようになりました。広告業界以外の方々からも問題点を指摘され始めた状況において、より広い層の方々にプログラマティック広告についての知識を提供し、理解を得ることで、信頼される業界となるための一助になればと願っています。

ABOUT 長野 雅俊

長野 雅俊

ExchangeWireJAPAN 副編集長
ウェストミンスター大学大学院ジャーナリズム学科修士課程修了。 ロンドンを拠点とする在欧邦人向けメディアの編集長を経て、2016年に調査・コンサルティング会社シード・プランニングに入社。 日本や東南アジアを中心としたデジタル広告市場の調査などを担当している。