メディアが語るアドテク論-第五回:アドネットワークが広告配信の商流を変えた|WireColumn

写真:新津氏

様々なメディアや場所で日々語られるアドテク。見える風景は立場によってさまざまである。本シリーズでは、メディアから見たアドテク論をお届けする。

難しいテーマについて、メディア視点で分かりやすい言葉で語られており、普段アドテクに直接関わっておられない方にもおススメである。

 

今回は、アドネットワークについて。

※本記事は、東洋経済新報社「東洋経済 for BIZ」から転載したものです。

 

 

東洋経済新報社の新津です。前回はアドサーバーの登場で媒体社の広告ビジネスが大きな変化をもたらした記事を書きました。今回はアドネットワークについて書きます。このアドネットワークも、アドテクノロジーを考える上で、とても重要な話となります。アドネットワークとはいったいどのようなものなのでしょうか?

 

アドネットワークの登場でネット広告市場が多様化した

アドネットワークとは、端的に言うと、さまざまなメディアに広告をまとめて配信する仕組みです。以下のように多くの広告主から広告出稿を募り、複数の媒体社に同時に配信します。

 

出典:東洋経済新報社

 

新しい仕組みの登場でこれまでインターネット広告を出していなかった会社も広告を出稿するようになりました。これにより、大量の広告在庫が生まれます。

アドネットワークの登場は媒体社にとってもメリットがありました。当時、インターネットを利用するユーザーは爆発的に増えており、サイトのアクセス数がどんどん伸びる一方、広告枠が純広告で必ずしも売り切れなくなりました。あまった広告在庫を何とかしたいという状況が生まれたのです。この空き枠に対し、アドネットワークの広告を配信することで広告在庫を余すことなく配信でき、収益を上げることができたのです。

上記のような「純広告」と「アドネットワーク」との出し分けを実現できたのは、アドサーバーが登場したからです(アドサーバーの記事はこちら)。なぜなら、手動で広告を差し替えることは大変煩雑になります。結果として自動で制御できるアドサーバーの導入が進んだものと考えられます。

 

1990年代後半に登場したアドネットワーク

アドネットワークの歴史についても少しふれておきます。米国では1996年に、ダブルクリック社が設立されました。同社は後にグーグルに買収されます。グーグルに買収された後もDFP(DoubleClick For Publishers)という名前のアドサーバーがあり、その名称は長らく親しまれてきましたが、2018年7月にGAM(Google Ad Manager)という名称にかわりました。ダブルクリック社はインターネット広告の老舗といっても過言ではありません。

同社は、クリックを追跡する仕組みと分析するサービスを提供しました。キャンペーンを走らせながら分析ができるのでパフォーマンスの低いウェブサイトへの出稿をやめることができるという当時としては画期的なものでした。すぐに分析できる、次のアクションが取れるというのは、広告の効果計測ができるということでマーケッターに支持されたのでしょう。

日本では電通系のメディアレップ、サイバー・コミュニケーションズ(cci)が1998年に「ADJUST」というアドネットワークのサービスを開発しました。また、同年、博報堂系のデジタル・アドバタイジング・コンソーシアム(DAC)もアドネットワーク「impAct」を立ち上げています。

 

アドネットワークがアドテクノロジーを生むトリガーになった

アドネットワークは当初複数の媒体を束ねて配信するシンプルなモデルでしたが、その後、媒体ごとの特性をみて配信するようになります。弊社の場合はビジネスサイト、あるいは、ニュースサイトという枠組みになります。女性をターゲットにしたサイトには化粧品、さらに年齢で区切っての配信など、次第にバリエーションは多様化していきます。

アドネットワークの登場で、多くの広告主がインターネット広告市場に参入し、市場規模が大きくなりました。様々な広告をいかに効率的に出しわけるかがその後課題となり、アドテクノロジーが発展していく契機ともなったのです。

次回は、アドエクスチェンジ、RTB(リアルタイムビディング)の話をいたします。

 

 

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新津 尚男

東洋経済新報社
ビジネスプロモーション局 メディアデザイン部
プログラマティックアド担当部長

2000年東洋経済新報社に入社。東洋経済オンライン、会社四季報オンラインのサイト構築・デイレクションに従事。2012年からプログラマティック広告の業務に就き、アドテクノロジーを使ったマネタイズに取り組んでいる。