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デジタルはいかにしてテレビを追い抜くのか-ニューバランスが語るこれからのデジタル広告の役割 [インタビュー]

鈴木健氏の写真1

今年中にインターネット広告費がテレビ広告費を超えることがほぼ確実視されている。テレビの機能をデジタルが担えるようになったということなのか、それともテレビCMという形態が形骸化したのか。またテレビCMの予算を奪っているのは、どのデジタル広告プラットフォームなのか。ニューバランスジャパンのDTC&マーケティングディレクターを務める鈴木健氏に話を聞いた。

(聞き手:ExchangeWire Japan 長野 雅俊)

テレビとデジタルは対立軸ではない

マーケッターの立場から見た、テレビとデジタルの一番の違いとは何でしょうか。

地上波の放送局は免許制なので、テレビ局の数も限られるし、流せるCMの数にも制限がありますよね。広告主の観点からすると、お金さえ出せばそのような限られた枠を「ロードブロッキング」と言って、同時間帯に全局でCMを流してテレビ視聴者全員に広告を見てもらうことができるということです。一方のインターネット上では、ソーシャルメディアをはじめとして誰もが簡単にメディアを持つことができる。つまりはユーザーとのタッチポイントがほぼ無数にあるので、ネットの利用者全員に広告を見てもらうというのは不可能です。

そしてテレビCMは一回当たりの金額が割高である一方で、数千万人単位の視聴者に対して一気に流すことができるので効率は良い。デジタルは多くの在庫があるので割安な一方、いくら様々な媒体を組み合わせたとしても短期間でのリーチは限られます。ただし、セグメント分けやターゲティングが精緻にできるというのは長所です。

またテレビは基本的には国ごとなり地域ごとの放送ですが、デジタルであれば容易にグローバル市場にアクセスできるという魅力がありますね。Apple StoreもGoogle Playも結局のところ、世界中ほぼ同時に出店可能なお店のプラットフォームの集合体です。一般的には海外にお店を出すためには相当な投資が必要になりますが、アプリストアであれば、コンテンツさえあれば世界に届けることができます。

それとテレビCMはフォーマットが限定されますよね。15秒なり30秒に則ってある程度の質のコンテンツを制作しなければならないので、金額と合わせてハードルは高い。一方のデジタル広告はもっとずっと気軽に出稿することができます。

つまり、テレビとデジタルでは役割が違う。両者は決して対立軸として置くべきではなく、それぞれ異なる役割を使い分けながら共存させていくべきものではないでしょうか。

テレビCMならではの課題とは

貴社ではテレビCMを出稿していますか。

今はあまり打っていません。リーチに対するコスト効率が良いというのがテレビCMの良いところなのですが、当社は商品の種類が多くそれぞれの商品の市場はそこまで規模が大きくない。一つひとつの商品でテレビCMを打っていたら、割に合わないのです。また多数の商品を扱う際に、それぞれの商品に応じたタッチポイントやターゲット層を細かくコントロールができないというのがテレビCMの課題ですね。

デジタル広告を通じてブランディングを行っているのですね。

鈴木健氏の写真2

一般的には「ブランディングと言えばテレビCM」といった見方が強いかもしれませんが、必ずしもそうではないと思います。特にスポーツブランドの場合は、実際にスポーツに取り組んでいる人々が商品を使用しているということが大きな意味合いを持ちます。

そこでプロ選手とアスリート契約を締結したりするのですが、その手法はある意味お金さえあれば出稿できるテレビCMとは全く異なります。陸上選手の練習場にふらりと出掛けて、「ニューバランスです。お金を出すので、うちの靴を履いてください」とお願いしたところで、すぐに履いてくれる選手などまずいません。各選手からの信頼を得るために多大なリソースを割かなければならないのです。

デジタル広告は広告機能に留まらない

それでは改めて、鈴木さんにとってのブランディングの定義をお聞かせください。

すぐに購買につながらずとも、当社が扱う商品カテゴリーの接触機会にニューバランスを思い出してもらえれば、ブランディングとして機能していると思います。例えば当社であれば、マラソン大会に出場したり、サッカーの練習をしたりするときにニューバランスを思い出してもらうということがそれに相当します。いわゆるマインドシェアの獲得ですね。ちなみに『ブランディングの科学』という本を書いた、アレンバーグ・バス研究所のバイロン・シャープ氏は、このマインドシェアにおけるブランディングを「メンタルアベイラビリティ(心理的な手に入りやすさ)」と言い換えています。

ただし、「ニューバランス」という言葉を思い浮かべてもらうだけではなくて、思い出したときに実際に買う商品が身近に手に入る状態でなければマーケティングとしては成立しない。これを「フィジカルアベイラビリティ(物理的な手に入りやすさ)」といい、通常は配荷率などで表されます。つまり、清涼飲料水を飲みたいと思ったときにそばにその清涼飲料水の自動販売機があるとか、近くのコンビニエンスストアの棚に陳列されているというような状態です。

デジタルであれば、eコマース機能をうまく活用さえすれば、そのような店舗や在庫を用意せずとも、思い出してさえもらえればあとは購入ボタンをクリックしてもらうだけでよい、という考えも成り立ちます。ただしネットの場合は、リアルなお店のようにその場ですぐ手に入るわけではない。テレビもデジタルもマインドシェアとしてのブランディングの前提は同じですが、それが購買機会につながるマーケティングが異なるということになります。

どんなデジタル広告媒体がテレビCMを代替し得ると思いますか。

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ある程度のリーチを確保してこそ意味を持つ、という意味においてYouTubeはテレビ同様にリーチを補完するのに役立ちます。ただし、YouTubeは視聴コンテンツが非常に多いので、容易に他のコンテンツの中に自社の広告が埋もれてしまうという課題があります。例えば「100万回再生」ってものすごい数に思えますが、それがどういった意味合いを持つのかは、ブランドリフト調査を併用しなければ分からない。

YouTubeに限った話ではなく、デジタルを含めたメディアの接触時間があまりに分散しているということかもしれません。つまり、ユーザーとのタッチポイントがあまりに増えたので、たとえ広告費を数十億円用意したとしても、リーチできないユーザーがいる、という時代になってしまった。リーチを追求するなら基本テレビですが、その規模にも限界があって金額を増やしてもリーチが増えるわけではない。デジタルはそのリーチを補完し、特定のターゲット層に関する指標を追いかけやすいので必然的にメディアの役割をわけて出稿することになります。

Twitterはタイムラインが中心なので、時事的なテレビの話題やリアルなイベントとの結び付きをつくりやすい。当社では箱根駅伝などのスポーツイベントのタイミングで、オーガニック投稿のリーチをブーストする目的でTwitter広告を活用しています。Instagramは、少なくとも日本においては最もコメント欄が機能しているエンゲージメントの高いプラットフォームです。Twitterに比べるとノイズが少なく、投稿に対して熱量の高いフォロワーからのコメントが返ってきているので、インフルエンサー施策のように特定のコミュニティを意識したターゲットに対するエンゲージメント獲得に向いています。Facebookはターゲティング精度が高いのですが、その人個々のユーザーのタイムラインにどのようにコンテンツが映し出されているのかをよくイメージする必要があると思います。

いずれにしても、デジタルの場合は特定のソーシャル広告プラットフォームばかりに注力するということはありません。スニーカーのような商品カテゴリーは、伝統的にはマスメディアの中でも、特定のターゲットやコンテンツに強いセグメントメディアである雑誌が中心でした。この点ではデジタルは相性が良く、今でも雑誌メディアのデジタル版と一緒になってタイアップ記事を制作し、そのコンテンツをソーシャルメディア用に二次利用するという方法も取れます。今回発表した、ミレニアル世代をターゲットにした997Hというスニーカーのキャンペーンでは、従来のパブリッシャーではなく、分散型動画メディアの ONE MEDIA社制作の動画を中心に、Instagram、YouTube、そして駅や電車内のデジタルサイネージへと展開しました。そうした接触の選択肢がたくさん用意されていて、しかも目的別に様々に使い分けできるのがデジタル広告の良いところだと思います。

無意識の領域でテクノロジーを活用せよ

デジタル広告は、今後どのように発展していくべきだと思いますか。

やはり来店計測を始めとする、オフラインなりリアル体験との融合ではないでしょうか。その意味で、「流通情報革命」を掲げるトライアルカンパニーの取り組みに注目しています。

2018年に福岡に出店した大型店舗では、約700台のカメラを用意した上で全商品にRFIDタグをつけて、AI分析をしていると聞いています。こうした小売や流通でデータ化なりデジタル化がもっと進めば、ものすごく面白いことになる。売り手としては、例えば消費者が「なぜ買わなかったのか」を明かすための手がかりが増えることになるわけですから。

クリエイティブにせよ、コンテンツにせよ、一般的な広告テクノロジーは人間の意識にいかに訴えるかという点で発展してきたと思うのですが、トライアルカンパニーが進めているような消費行動の分析とは、言わば無意識の行動を対象として効率化を図るということですよね。その領域においてテクノロジーができることはまだまだたくさんあるのではないでしょうか。広告テクノロジーと関連したデジタル技術には、さらに面白くなっていく余地が残されていると思います。

ABOUT 長野 雅俊

長野 雅俊

ExchangeWireJAPAN 副編集長
ウェストミンスター大学大学院ジャーナリズム学科修士課程修了。 ロンドンを拠点とする在欧邦人向けメディアの編集長を経て、2016年に調査・コンサルティング会社シード・プランニングに入社。 日本や東南アジアを中心としたデジタル広告市場の調査などを担当している。