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クリエイティブ作成の自動化が変える、エージェンシービジネス [インタビュー]

ADKマーケティングソリューションズ 集合写真

ダイナミッククリエイティブにより、ユーザーとの1対1のコミュニケーションニーズが高まりつつあると聞く。またこれに対応した、テクノロジーの伸展もみられる。

ADK マーケティング・ソリューションズでは、Ad-Libというダイナミッククリエイティブを自動生成するソリューションを活用。神奈川スバルの広告展開支援を行った。

クリエイティブ領域におけるテクノロジーの進化は、広告主のマーケティングコミュニケーションと広告主を支援するエージェンシービジネスの現場を、どのように変えていくのか。

ADKマーケティング・ソリューションズの長澤恵理奈氏、苅込大貴氏、デジタルポーターのシャオ・シャオミン氏が話してくれた神奈川スバルのデジタルマーケティングにおける新しい施策が、その好例である。

(聞き手:ExchangeWire JAPAN 野下 智之)

自己紹介をお願いします。

長澤氏 2016年にADKに新卒で入社し、現在はADKマーケティング・ソリューションズデジタルビジネスプロデュース本部でデジタルメディアのプランニング業務を行っています。

苅込氏 ADKへは2社の経験を経たのち、2015年に中途で入社しました。現在はADKマーケティング・ソリューションズ アドテクセンターにて、デジタルメディアのプランニングやソリューション開発、ナレッジ蓄積といった業務に携わっています。2008年より2年間小規模Webサイトの構築ディレクターを経験した後、2010年頃からリスティング広告やウェブ解析に携わってきました。

シャオ氏 2000年にデジタルマーケティング業界に入り、ダブルクリックからオーバーチュア、RightMediaとMOATなど企業で経験を積んで、2017年に独立しました。海外の、主に欧米のクリエイティブ系ベンダーを日本とAPACに紹介するビジネスを行っています。

パーソナライズクリエイティブへのニーズが本格化

ダイナミッククリエイティブの需要が高まってきた背景を教えてください。

デジタルポーター、シャオ・シャオミン氏の写真

シャオ氏 日本におけるクリエイティブの変遷をたどると、2000年前半から半ばに、Eyeblaster(MediaMind)によるリッチメディア配信が流行りました。その後リターゲティングが全盛期になり、ラストクリックコンバージョンへとシフトし、コンバージョンレートやコンバージョンコストというKPIが注目を集めました。そうするとブランディング効果やエンゲージメント、ユーザー滞在時間につながるようなクリエイティブ制作が求められます。そこに、パーソナライズダイナミッククリエイティブのニーズがありました。

長澤氏 システムの進歩により、予算配分やキャンペーン設計など運用の細かい作業を自動化できるようになりました。広告運用の次の段階として、多様化したユーザーに対し、そのときの気持ちに合わせたクリエイティブを提供するといった、エモーショナルなところに対しての意識が高まっているように感じます。実際に広告主からも「1回こういう行動をしたユーザーにはこういうメッセージを伝えたい」というように、過去のデータや属性によって、そのユーザーに合わせた広告を出したい、という要望が増えていると思います。

苅込氏 広告の運用自体はテクノロジーによる自動化が進んでいます。そのため、クリエイティブ以外の要素だけでパフォーマンスの差を出し辛い環境となりつつあります。ユーザーにとってもディスプレイ広告自体が見慣れた存在となったこともあり、単純な静止画フォーマットではパフォーマンスを伸ばしづらい環境になりつつあります。また、長澤が申し上げたとおり、広告主においては運用型広告に対する意識の変化も見られるようになりました。これまでのクリック単価やCPA重視の考え方から、ユーザーに寄り添った広告配信を実現したいというご要望も増えております。

ダイナミッククリエイティブというと、2010年代前半に一世を風靡した印象です。あの時と今では違うのでしょうか。

シャオ氏 当時はリターゲティングが中心であり、今とはユーザーに対するアプローチが多少違うように思います。かつてのリターゲティングのクリエイティブは、閲覧履歴に基づいて関連商品を表示させるダイレクトレスポンスを目的とした手法が大半でした。商品が大体決まっているので、大量のクリエイティブのバリエーションを考えてユーザーにみせるということも、あまりしていませんでした。

今のダイナミッククリエイティブは、バナーやビデオをひとつのクリエイティブと考えるよりは、その中で画像やキャッチコピーなどにパーツを分けて、どういうユーザーにどのようなメッセージを届けるかを非常に細かく出し分けることができます。それぞれのエレメントに基づいて、パーツ単位ではどのようなパフォーマンスを出しているのかという見え方もあります。

テクノロジーによる自動化、運用の次はクリエイティブ

ADKさんがリリースされた神奈川スバル様の事例と、ダイナミッククリエイティブを使われた背景経緯について教えてください。

長澤恵理奈氏の写真

長澤氏 神奈川スバル様では、来店促進フェアのたびにどのエリアも「週末は神奈川スバルのお店へ」といった同じコピーで広告を配信していました。ただ、自動車ディーラーは地域に根差したビジネスなので、全員に「神奈川スバルのお店へ」と訴求するよりも、ユーザーの近隣店舗名を反映させたほうが、その地域に住むユーザーに寄り添った訴求ができると考えました。そこで当社よりAd-Libのダイナミッククリエイティブツールの活用を提案しました。

バナーに神奈川スバル様全26店舗名を表示させようとすると、それだけのパターンのバナーを作成し、それぞれに対応するエリアセグメントを設定して広告プラットフォームに入稿する必要があります。が、今回Ad-Libを使うことにより、これらの作業を自動化することが可能となりました。

図

出典:ADKマーケティング・ソリューションズ

広告配信プラットフォームは何を使われましたか?

苅込氏 Googleのディスプレイ&ビデオ360(旧DoubleClick BidManager)を利用しました。キャンペーンマネージャー(旧DoubleClick Campaign Manager)を用い、第三者配信を行っています。

シャオ氏 神奈川スバル様の事例では、バナーは312パターンを作りました。26店舗、4種類の画像、3パターンのコールトゥアクション表示の掛け合わせです。従来であれば相当の費用と時間を要しますが、自動生成により双方を短縮出来て、リーチしたいユーザーにふさわしいクリエイティブを選んで配信できます。

バナー素材の作成のほか、通常は配信プラットフォームへのアップロードやキャンペーンの設定なども合わせると工数も膨大になりますが、GoogleのID連携で自動的に登録作業が出来るので、登録の設定時間も大幅に短縮されます。キャンペーンのマネージメント担当者は煩雑な作業から解放されるため、そのあとの分析やレビューなど本来の業務に集中できます。一番肝心な、店舗近くにいるユーザーの集客という最終目的に専念することが出来ます。

苅込氏 実際、クリック率も既存バナーの実績を大きく上回りました。ダイナミックや最適化した広告は、やりすぎるとユーザーから「気持ち悪い」とネガティブに思われる恐れもあるのでさじ加減は必要ですが、ユーザーにとっては近隣店舗名の要素であれば「近所のスバルさんだね」という想起につながりやすかったのかもしれません。

クリック率が向上することで、十分なインプレッション量を見込めない配信条件(地域・年代・興味関心)でも、ターゲティング条件を緩和せずにクリック数を確保できます。クリック課金の運用型広告でありがちなのが、クリック率が低くてもその分インプレッション量を増やし、クリック数を確保しているケースです。しかし、自動車ディーラーのように商圏が限られる場合はターゲティング条件も限られます。したがって、単純にインプレッション量を増やすことも難しいため、クリック率を高める施策が必要となります。ユーザーへ寄り添うことができ、クリック率向上を見込めるダイナミッククリエイティブは、限られた条件下において広告のポテンシャルを引き出せる有効な施策なのではないでしょうか。

クリエイティブの自動化がもたらすメリット

今回もしダイナミッククリエイティブのツールを使わなかった場合には、手入稿をすることになるのですか?

長澤氏 そうですね。制作自体もそうですが、内容に間違いがないかの確認やクライアントチェックなどを、フェアの度に数百パターン分行うので、工数を考えると現実的とはいえません。事故があれば補填問題にもなりかねないですし。

苅込大貴氏の写真

苅込氏 率直に申し上げますと、もしツールを使わずに手作業でやるとすると、莫大な工数と費用が掛かります。

昨今の働き方改革にも逆行しますし(笑)。また、バナーの制作費が広告の配信費を上回ってしまうことも十分起こりえます。そうなると、手段と目的が入れ替わってしまい本末転倒です。

シャオ氏 クリエイティブ業界ではよく「ABテスト」という言葉が使われますが、ダイナミッククリエイティブは「AZテスト」だと考えています。最初から数百パターンのバリエーションが用意できて、AIで自動的に最適化されます。AとBのテストに留まらず、AからZまでのたくさんのアイデアを、生かしたテストができます。エージェンシーも、本来の業務に戻れると感じます。

このツールのコスト体系はどのようになっているのでしょうか。

シャオ氏 キャンペーンの複雑さや、アニメーションのgifやビデオの差し込み、音声広告などによっても変わりますが、基本的には月額の固定金額で提供しています。

Ad-LibはGoogleとFacebookとYouTubeの認定パートナーです。これにInstagramも含めた各プラットフォームのAPIで大量にプッシュが可能で、手作業をセーブすることができます。Facebookはクライアントがどこまで権限をくれるかによって作業範囲は変わってきますが、ある程度承諾をもらえれば、作業量はもっと減ります。

また、Ad-Libは第三者配信サーバーではないので、作成するクリエイティブ数と配信インプレッション数がどれだけ多くても、固定金額です。

エージェンシーにとってダイナミッククリエイティブツールを使うことのメリットはどこにありますか?

長澤氏 クリエイティブの自動化により浮いた時間、どういうユーザーにどんなメッセージを当てていけばいいかの戦略策定に回せるのがメリットですよね。神奈川スバル様の案件では位置情報をもとに、近隣の店舗名を表示させるダイナミッククリエイティブを実施しましたが、他にも、一度サイトに来訪したユーザーには、この情報を配信したいとか、キャンプが好きなユーザーにはキャンプと訴求商品を絡めたシーンを見せたいとか、アイデアはいくらでも出てくると思うので、クライアントとディスカッションもできると良いですね。

苅込氏 単純な作業に忙殺されることなく、ブランドや製品の理解をさらに深めることと、クリエイティブを活用したコミュニケーションの設計にリソースを向けることができます。昨今はAIが著しい進歩を遂げている中で、人間が介在する価値は「考えること」ですから。

自動化で活用が広がるダイナミッククリエイティブの今後

神奈川スバル様の事例の成功を受けて、今後はどのような展開を考えていますか。

長澤氏 今回は自動車関心層のみをターゲットとした展開でしたが、今後は関心がないユーザーをどう振り向かせるか。そのユーザーに合った情報を見せることで、自分事化してもらえるようなクリエイティブを作っていきたいですね。ダイナミッククリエイティブ自体は、キャンペーン対象商品・サービスの業種・業界を問わずに活用できると考えております。

シャオ氏 静止画のみならず、ビデオのクリエイティブもぜひ試していただきたいですね。Ad-Libは動画やアニメーションにも対応しており、ひとつのクリエイティブに、コピーキャッチとアニメのロゴ、コールトゥアクションの組み合わせでもダイナミック化できます。例えば、ゴルフに興味がありそうな年齢層には、トランクの大きな車、というようなイメージです。

あとは、例えばユーザーの行き先の花粉の飛散量に応じて対策グッズをすすめたり、小売店なら曜日や天気によって効果的なセール情報を見せることもできます。

苅込氏 プラットフォームの持つオーディエンスデータだけではない、天気や温度湿度など第三者APIを使った広告配信は、現在他の広告主でも取り組みを進めています。ユーザーの状況に応じたクリエイティブの配信をしたいという意向です。

静止画と比較して訴求力が高いといわれる動画広告をパーソナライズ化することで、動画クリエイティブのパワーをさらに引き出す仕組みも登場しています。しかし、メッセージの開発や設計などは、まだAIだけではできない領域だと考えます。そこをつきつめるのが人間の頭で、具現化するのがダイナミッククリエイティブのソリューションなのでしょうね。

運用型広告が生まれてから、終わりの無い調整作業=運用だという風潮が業界を疲弊させている一面はあります。全部が全部自動化することが正しいとは限らないですが、単純作業から解放され、クライアントと対面で向き合う時間を増やすからこそ生まれるアイデアもある。クライアントに向き合った広告運用を目指すならぜひ活用を検討されることをお勧めします。

ABOUT 野下 智之

野下 智之

ExchangeWire Japan 編集長   慶応義塾大学経済学部卒。 外資系消費財メーカーを経て、2006年に調査・コンサルティング会社シード・プランニングに入社。 国内外のインターネット広告業界をはじめとするデジタル領域の市場・サービスの調査研究を担当し、関連する調査レポートを多数企画・発刊。 2016年4月にデジタル領域を対象とする市場・サービス評価をおこなう調査会社 株式会社デジタルインファクトを設立。 2021年1月に、行政DXをテーマにしたWeb情報媒体「デジタル行政」の立ち上げをリード。