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問いの先に見えてくるもの―第6回「MCA道場」が開催

一般社団法人マーケターキャリア協会 (MCA) は1月19日、都内にて、マーケターのキャリア育成を目的とした「MCA道場」の第6回講座を開催した。

 

「クリエイターがなぜマーケター・オブ・ザ・イヤーに選ばれたのか!?」と題した本講座を担当したのは、スウェーデン発のクリエイティブ企業であるグレートワークス株式会社と、貝印株式会社に籍を置く鈴木曜氏。新卒で富士重工(現SUBARU)に入社後、数年後にマーケティング推進部に異動となる。その後はグレートワークスに移り、最高クリエイティブ責任者を務める傍ら、貝印ではマーケティング本部 広報宣伝部、デザイン部、ブランド企画部と3部署の部長を兼任。何足もの草鞋を履く鈴木氏から、仕事上で重視する思考法が明かされた。

 

日常の中で「なぜ?」を問う

冒頭、鈴木氏からは「今日この会場に来るまでに見た広告を全て書き出してください」というお題が出された。その結果は様々だったが、これは鈴木氏自身がSUBARU時代に上司から言われた言葉だという。当時は他社の動向など気にもしていなかったという鈴木氏にとってこの言葉は印象深く、それ以降は目にする広告に気を配りながらの毎日を送ることとなる。さらに「この広告はなぜこうなっているのか」、「なぜこの場所にこのような中吊り広告があるのか」まで入り込んで考えるのがプロであり、自問自答を繰り返すことで経験値が溜まっていくと付け加えた。

 

当日の司会を務めたMCA理事である田中準也氏からの「製作段階でチームや部下とはどのようにコミュニケーションを図っているか」という問いかけには、ブリーフに非常に時間を割くと答えた鈴木氏。「ダメ出しや否定をすることが仕事ではない」とした上で、あくまでもきちんとコミュニケーションを取りながら意味のあるブリーフをすることを心掛けているという。そしてここでもやはりキーワードとなるのは「なぜ?」である。

 

鈴木氏の手法自体はシンプルなものであり、「なぜ?」を丹念に繰り返しながら、相手がその結論に至るまでのプロセスを辿っていく。そして、その結果として最終的に出た答えが「今までもそうであったから」は最悪のパターンであるとした。

 

問いかけに対し「分かりません」と返事が来ることもしばしばあるというが、そこでさらに「なぜ分からないのか」とコミュニケーションを重ねていく。このような問いを繰り返すことで、表層的な部分だけでなく奥に見えてくるものがあるとし、同時に詰め切れていない部分も明らかになるという。「若手にとっては『なぜ?』を繰り返されるこの手法は嫌だろうと思う」と鈴木氏は笑ったが、同時に「このプロセスを経て積み上がってきた理屈の中から表現する方が強い」ことも強調した。

 

カテゴリーの「際」を意識する

講座の中盤では、鈴木氏がそのキャリアの中で携わってきた製品や企画が紹介された。例に上がったのは「紙カミソリ」と「放課後のプレアデス」である。紙カミソリは貝印が2017年に発売した、刃の部分以外は紙で出来ている組み立て式の使い捨てカミソリ、放課後のプレアデスはSUBARUが2011年に公開したWEBアニメーションである。SUBARUのプロモーション動画でありながら作中に車が登場しないという異色のアニメーションとなっている。

 

これらに対し、「カテゴリーにないものを作りたい気持ちは常に持っている。しかし、全くカテゴリーの外にある唯一無二のものは作れない。カテゴリーとカテゴリーを掛け合わせることで新たな価値を生み出し、強烈な個性が出る」という鈴木氏。さらには「カテゴリーをどう捉えればいいのか」という深部にまで話は展開されていく。ここで言うカテゴリーとは、その製品が備えている概念に近い。例えば1つの製品を見たときに「これは明確にカミソリである」と認識する人もいれば、「これはカミソリではない」と見る人もいる。この例においては、両者が混在している状態にある。

 

「まさにその部分がカテゴリーの『際』であり、その際の外に個性が出る。多くの人がカミソリではないと思っているということは、カミソリとして見たときに大きなチャンスが潜んでいるということでもある。そこがマーケットにおける差別化になる。『今までにあるものだが、今までに無いもの』を意識している」とした。

 

マーケターとして新たな価値を創出する

マーケター・オブ・ザ・イヤーを受賞できた理由について、「自身をクリエイターともマーケターとも思っていないが、価値を最大化する装置として自分の役割が上手くはまっただけ」と述べた鈴木氏。また鈴木氏自身もマーケティングとは何かという問いには答えづらいとしている。

 

マーケティングを市場に対して新しい価値を生み出す作業と捉えたときに、製造寄りから広告寄りまでマーケターの立場は様々である。鈴木氏は、立ち位置はどうであれ、最終的に商品や市場に携わっていること自体がマーケティング行為に近いとした。そして、マーケターとはこうであるという凝り固まった考えをせず、自由に振る舞うほうが良いということをアドバイスとして提示した。

 

また前述のカテゴリー論とも繋がる点として、1つの物事を2つ以上の視点で考えることの重要性も示した。自分が得意とする領域にもう1つ足し合わせて新しい価値を作っていく。さらに顧客は実は自分が欲しいものを知らないものであるとし、発売前に紙カミソリが欲しいと言った人は1人もいなかったと述べた。しかし、実際に製品が世に出てくると「これが欲しかった」という需要が生まれることがある。そういった新しい価値を作り、提供していくためにマーケターが必要になるとの見解を示し、本講座は幕を閉じた。

ABOUT 長野 雅俊

長野 雅俊

ExchangeWireJAPAN 副編集長
ウェストミンスター大学大学院ジャーナリズム学科修士課程修了。 ロンドンを拠点とする在欧邦人向けメディアの編集長を経て、2016年に調査・コンサルティング会社シード・プランニングに入社。 日本や東南アジアを中心としたデジタル広告市場の調査などを担当している。