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日本市場固有の課題解決にも注力-Adjust新CEOの展望[インタビュー]

個人情報の利用制限と相次ぐ大型買収で揺れるモバイル広告業界。世界でも数少ないモバイル測定パートナー(MMP)のAdjustは、今年初めに新たな最高経営責任者(CEO)を迎え、激動の時期を乗り越えようとしている。SKAdNetworkの展開に伴う混乱がいまだ続く中、いかに舵取りしていくのか。7月に来日した新CEOに話を聞いた。
(聞き手:ExchangeWire Japan長野雅俊)

 

単なるテクノロジー企業ではない

 

―自己紹介をお願いします。

 

Adjustの最高経営責任者(CEO)を務めるサイモン・デュサールと申します。当社の創業期には他にもサイモンという名で存在感がある同僚がいたので、混乱を避けるために現在に至るまでボビーとの愛称で呼ばれています。ソリューション・連携責任者、サポートVP、最高顧客責任者(CCO)などを経て、2022年2月から現職に就きました。

 

―いわゆるモバイル測定パートナー(MMP)としてはどのように差別化していますか。

 

データの信頼性と正確性には絶対的な自信があります。また当社はアトリビューション計測だけでなく、アドフラウド対策にも秀でていますが、これも正確で信頼できるデータ環境を整備するという目的を実現するための取り組みです。

 

正確なデータがなければ、広告主は広告投資に関して正しい意思決定を下すことができません。また広告表示回数とインストール数だけを計測していれば良かったモバイル広告黎明期とは異なり、現代ではアプリ内広告の視聴回数、サブスクリプション登録件数、商品の購入件数など連携すべきデータポイントがたくさんあります。当社であれば、ありとあらゆるデータを収集し、かつ実践的な知見としてまとめ上げることができます。

 

強力なカスタマーサポート体制も当社の強みの一つです。米大手業界メディアのAdExchangerから表彰を受けた社員たちが、顧客のフィードバックを丁寧に汲み取り、プロダクト開発へとつなげます。これだけ変化が激しい市場環境においては、広告主との緻密な情報交換が必要です。当社はただ闇雲に新機能を打ち出すだけのテクノロジー企業ではありません。顧客の課題を取り込みながら絶えず進化を続けるプラットフォームであると自負しています。

 

―今回の来日の目的をお聞かせください。

 

コロナ禍でここ数年はやや足が遠のいていたものの、通常は年に1、2回の頻度で訪日し、顧客の皆様との面会をお願いしています。顧客が抱える課題を的確に把握するには、やはり実際にお会いして踏み込んだ話をしながら微妙なニュアンスを理解しなければなりません。その上でドイツのベルリンにある本社にフィードバックを戻し、新機能の開発につなげていくというのが私自身と日本法人の社員に課せられた任務です。日本の顧客との直接的な対話なくして、日本市場固有の課題に対応することはできないと考えています。

 

買収を経て開発サイクルを高速化

 

―2021年にはモバイル広告プラットフォームのAppLovinに買収されました。

 

AppLovinはアプリ内ビディングを実現する「MAX」、ユーザー獲得を促進する「AppDiscovery」、そして今年に入ってからアドエクスチェンジの「MoPub」といったソリューションを次々と買収しています。その間に当社もデータ集約プラットフォームの「Acquired.io」や不正ボットを検知する「Unbotify」といったソリューションの買収を通じてプラットフォームの統合化を進めてきました。

 

このように共に統合的なプラットフォーム構築を志向していながらも、両者では事業ポートフォリオや顧客層が大きく異なります。そこで両社が経営統合することで、真の意味での統合的なプラットフォームを創設できると考えました。

 

―経営統合によって具体的にはどんな変化が生まれましたか。

 

まずAppLovinの傘下に入った後も依然として当社は法的には独立しており、取得データをAppLovinと共有することはありません。

 

最も大きな変化は、本買収で得た潤沢な資金によって、当社の開発スピードが劇的に上がったことです。今年度は第1四半期に分析ソリューションのAdjust Datascape、第2四半期にはコネクテッドテレビ計測ソリューションのAdjust CTV AdVisionをといった具合に次々と新機能をリリースしています。

 

―AdjustとAppLovinのソリューションを束ねた統合的なプラットフォームを創設する予定はありますか。

 

現時点ではその予定はありません。既に申し上げたように、AdjustとAppLovinではそもそも顧客層が異なります。少なくとも現在の市場環境においては、両者のソリューションを一つにまとめ上げる意義はそれほど大きくないでしょう。

 

モバイルマーケターは環境変化にいかに対応すべきか

 

―iOS14.5以降に本格的に実施されたIDFAの利用制限とSKAdNetworkの展開に伴う混乱はまだ続いているように見受けられます。

 

SKAdNetworkのリリース後、モバイル広告業界は大きな変化に直面しました。SKAdNetworkを通じたアトリビューション計測手法は独特であり、IDFAに依拠した従来の仕組みとの比較が意味を成さないほどです。

 

ただし、アトリビューションの計測環境が変わっただけで、広告需要と広告予算は引き続き存在し続けています。必要なのは新たな環境に適応していくことです。Apple社がSKAdNetworkの機能向上を続ける限り、当社も対応する機能を次々と追加していく予定です。

 

―具体的にはどのように適応していくべきなのでしょうか。

 

大きく分けて2点あります。まずはSKAdNetworkという新たな枠組みを最大限に活用すべきです。SKAdNetworkにおいても任意のコンバージョン値に基づき、ユーザーのアプリ内行動を把握したり、各収益指標をチャネル別にマッピングすることが可能です。IDFAと比較すると精度は落ちるかもしれませんが、それでも広告投資の判断や入札戦略に関わる決定を下すには十分です。

 

さらにはIDFAのオプトイン率向上にも取り組むべきです。当初は5~10%に留まると予想されていましたが、いざ蓋を開けてみれば20%台を記録し、ハイパーカジュアルなどのジャンルではその数値は40%にまで達します。これだけIDFAに紐づくデータが集まれば、オプトアウトしたユーザーの行動の推測にも生かすことできるはずです。

 

―日本市場特有の課題はありますか。

 

IDFAのオプトイン率がグローバル平均と比較して低いことが挙げられます。第2四半期はグローバル平均が31%であったのに対して、日本市場は21%。日本の消費者はプライバシー保護に対して関心が高いと言えるでしょう。日本の広告主はオプトインをすることでどんな利点があるかを消費者にきちんと説明する必要があります。日本の若者の7割近くがiOSを利用していることを鑑みれば、非常に大きな課題と言えます。

 

―GoogleもAndroidにおいて広告IDを用いないトラッキングやターゲティング手法を整備していくとの方針を示しています。

 

ご存じのとおり、Googleはプライバシー・サンドボックスという独自の新たな枠組みを開発中です。ただし、SKAdNetworkとプライバシー・サンドボックスは全く別物です。その設計構造も入手できるデータも大きく異なります。当社としては、このプライバシー・サンドボックスとSKAdNetworkの両方に対応した統合的なプラットフォームとしてAdjust Datascapeとしての研鑽を続けていきます。

 

プロバビリスティックデータは過渡期限定

 

―広告IDなど個人を特定するデータの利用制限が強化されるにしたがって、プロバビリスティック(推定)データの重要性が増していくと思いますか。

 

プロバビリスティックデータはSKAdNetworkが発展途上の段階で用いられる一時的なソリューションにしか過ぎません。SKAdNetworkが進化するに伴い、プロバビバリスティックデータを活用する機会はむしろ減るでしょう。当社としてもプロバビリスティックデータの活用を目的とした機能の開発に対して多大な投資をするつもりはありません。

 

―今後の事業展開についてお聞かせください。

 

コネクテッドテレビ広告の計測環境の整備に対する注力度を高めていきます。インタラクティブ広告協議会(IAB)の調査によると、世界のコネクテッドテレビ広告市場は2020年から2021年にかけて57%、さらに2022年にかけては39%成長し、2年間でほぼ倍増の212億ドル(約2兆8400億円)に達する見込みです。モバイル広告の黎明期を彷彿とさせる急成長ぶりです。商談や業界イベントで広告関係者とお会いした際にも、コネクテッドテレビの話題が出ることが多くなってきたと実感しています。

 

コネクテッドテレビ広告にはそれ固有の需要と課題があります。例えば大勢での視聴が可能な媒体なので、一つのインプレッションで複数のインストールが発生し得ます。また従来のテレビのように、必ずしもすぐにインストールにはつながらないけれども、ブランドリフトとして貢献する事例も多いでしょう。さらにはコネクテッドテレビの視聴者の9割は視聴中に何らかの形でスマートフォンを操作しています。これらはすべて従来のモバイル広告では見られなかった現象であり、かつきちんとした計測環境さえ整備すれば、測定可能な指標であると考えています。

 

AdjustではCTV AdVisionというコネクテッドテレビ広告の効果測定ができる機能を提供しており、既に多くの広告主に活用いただいています。また、日本では今年の7月に株式会社ビデオリサーチと提携し、地上波テレビCMからのモバイルアプリインストールの計測と分析が可能になりました。これにより、マーケターはテレビ広告がインストールのきっかけとなったユーザーのその後のジャーニーを完全に把握し、キャンペーンの最適化と成長促進に活用できるクロスデバイスのインサイトが取得できるようになりました。

 

プライバシー保護策にせよ、コネクテッドテレビ広告への対応にせよ、デジタル広告業界では大きな変化が起きている真っ最中ではありますが、一方で既に変化の方向性はある程度定まってきていると言えます。マーケターがこの激動の時期を乗り越えるためには、確かな知見を持った上で、どんな変化が起きても共に伴走していくパートナーが必要です。Adjustはそのパートナーに必要な知識とデータそして心構えが備わっていると信じて、引き続きマーケターの課題解決に向けた様々な取り組みを進めていきたいと思います。

 

ABOUT 長野 雅俊

長野 雅俊

ExchangeWireJAPAN 副編集長
ウェストミンスター大学大学院ジャーナリズム学科修士課程修了。 ロンドンを拠点とする在欧邦人向けメディアの編集長を経て、2016年に調査・コンサルティング会社シード・プランニングに入社。 日本や東南アジアを中心としたデジタル広告市場の調査などを担当している。