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「なぜ広がらない?なぜ選ばれない?」 〜オープンインターネット広告投資の壁を越える〜 −パネルディスカッションレポート−

近年、デジタル広告市場においては大手プラットフォームへの予算集中が進み、オープンインターネットにおける投資拡大は課題となっている。依然として広告予算の多くが大手プラットフォームに集中し、オープンインターネットを支えるパブリッシャーへの投資は伸び悩んでいる。

このままではコンテンツの質や利用者体験の低下、ひいてはインターネット全体の魅力喪失につながりかねない。

こうした背景を踏まえ、先日開催された「Open Internet Revival〜広告主・パブリッシャーが共に創る広告の未来〜」において、広告投資の現状と展望をテーマとしたパネルディスカッションが実施された。

登壇者は、広告主と媒体の双方の立場を経験する株式会社スタジオアルタの田代径大氏と、オープンインターネット領域で数多くの新規事業を推進してきた株式会社Hakuhodo DY ONEの砂田和宏氏。モデレーターを杉原剛氏が務め、現場の課題と実務的示唆について議論が交わされた。

登壇者プロフィール

 

- 田代 径大氏:株式会社スタジオアルタ
営業本部 営業推進 マネージャー 

 

2008年、伊勢丹に入社し、約10年間紳士靴の販売とバイイング、企画などを担当。その後、伊勢丹新宿本店メンズ館のオウンドメディア「ISETAN MEN'S net」の編集長を務め、2019年から本社のメディア戦略担当として新規メディアの立ち上げなどに携わる。2024年に三越伊勢丹グループ会社である株式会社スタジオアルタに出向し、営業推進担当として全社のメディア戦略やプロジェクト推進を行う。趣味は温浴(銭湯、温泉、サウナ)、昭和居酒屋探訪。

 

- 砂田 和宏氏:株式会社Hakuhodo DY ONE
メディアソリューション本部本部長

 

編集プロダクション、デザインブティックを経て2005年Hakuhodo DY ONE(旧デジタル・アドバタイジング・コンソーシアム株式会社(DAC)に入社。マスメディアのデジタル事業開発やEC構築、メディア業務などに従事現在はHakuhodo DY ONEグループ会社や出資先の役員も兼務し、媒体社DX支援、広告開発、企業のメディア化を推進。広告関連特許25件とテキーラマエストロの資格を持ち独自の視点と発想で事業課題を解決する。

 

- 杉原 剛氏(モデレーター):アタラ株式会社
代表取締役CEO

 

KDDI株式会社、インテル株式会社を経て、オーバーチュア株式会社(現Yahoo!検索広告)、Google日本法人で広告営業戦略を担当。企業の成長を後押ししながら、マーケティングの力で人々の暮らしや社会全体を良い方向へ導くコンサルティング会社を目指し、2009年にアタラを創業。最新のグローバル情報発信や人材育成にも力を入れながら、マーケティングの可能性を広げ、よりよい社会の実現に貢献していきたいと考えている。海外の最新情報の発信・講演・執筆も多数。

 

オープニング

杉原氏:今日は“広がらない、選ばれないオープンインターネット広告投資の壁を越える”っていうテーマでパネルディスカッションをやっていきたいと思います。じゃあ早速ですけど、自己紹介から。田代さん、お願いできますか。

 

田代氏:皆さんこんばんは、初めまして。僕は株式会社スタジオアルタという会社にいて、三越伊勢丹のハウスエージェンシーなんですけど、多分“アルタ”って聞くと“笑っていいとも”を思い出す方が多いと思います。でも残念ながら、あの新宿スタジオは今年の2月でなくなっちゃったんです。

ただ会社自体はですね、数年前から事業の内容が大きく変わってきていて、媒体を持って事業を広げるとか、三越伊勢丹グループの媒体制作を全部やるとか、そういう形にシフトしています。

僕は“営業推進マネージャー”というポジションで社長直下のチームにいるんですけど、2008年に伊勢丹に入社して、そこから店頭に12、3年くらいおりまして、紳士靴の担当をやっていました。買い付けも販売も全部やっていました。

そのあとメンズ向けのオウンドメディアの編集長をやって、本社に移りメディア立ち上げに関わって、今はスタジオアルタでマーケティング全体の計画やリテールメディアの戦略とかをやっています。なので広告主、ハウスエージェンシー、そして媒体側としても、全てを経験してきた感じです。

 

杉原氏:ありがとうございます。次は、砂田さんお願いします。

 

砂田氏:Hakuhodo DY ONEの砂田です。キャリア始まりは雑誌編集です。その後、広告制作を経て、DAC(Hakuhodo DY ONE)に入社してからはメディア開発やECサイトの立ち上げなど、あらゆるデジタルソリューションを担ってきました。

現在はメディアの仕入れや開発がメインですが、それ以外にインゲーム広告を専門に扱うグループ会社ARROVAやアドテク開発や広告配信技術を手掛けるグループ会社BI.Garageの取締役も兼ねており、オープンインターネットと共に歩んでいるというキャリアです。

また、個人で取得した特許が25件あります。失敗も何度もしてます新しいことをするたびにチャレンジしてきました。

 

杉原氏:ありがとうございます。そして、本日のモデレーターを務めますアタラの杉原です。私自身のキャリアとしては、2009年からコンサルティング会社を経営しており、インハウス化のサポートやデータ活用のコンサルティングを提供しています。数年前からは情報発信にも力を入れており、特にここ3、4年はサードパーティCookieの問題について多くの発信を行ってきました。それがきっかけとなり、インターネットや広告の未来について日々考えています。

今日は、そうした経験を踏まえ、皆さんと一緒にオープンインターネットの課題と可能性について議論を深めていければと思います。

お二人の業務の中で、オープンインターネット広告の扱いはどれくらいの位置づけですか?(全体の中での割合、活用機会など)

杉原氏:まず、このセッションの狙いを簡単にお話しします。ひとつ目は、広告主や広告会社の“現場の目線”で、オープンインターネットへの投資がなぜ広がらないのか、その課題を可視化することです。何が問題なのかを共通認識として整理していきたいと思います。

ふたつ目は、オープンインターネットが持つ価値を正しく伝えるために、提案のあり方をどう再設計すべきか、そのヒントも探ります。そして最終的には、健全で持続可能な広告市場をつくるために、どのような連携や変化が必要かを考えていきたいと思います。

進行は質問形式で進めます。ではまず最初の質問です。お二人の業務の中で、オープンインターネット広告はどのくらいの位置づけになっていますか?割合でも、活用の仕方でも結構ですので教えてください。

 

田代氏:正直あまり使っていないんです。基本的にはやっぱりKPIが売上で、それを証明できないと上層部が納得してくれない。なので、“ここに出すとすごいですよ”って言っても通らないんですよ。

一方で、オープンインターネットに出稿するケースもありまして、それはお客さまのナーチャリングの際に活用しています。フォーマットとしては、レコメンドウィジェットをメインで使っていますが、ホワイトリストが明確にあることが前提となります。ファッション系だと“この媒体なら大丈夫だろう”っていう信頼があるので。実際、中身を見れば記事の質がばらつくこともあるんですけど(笑)、社内的には『ここならOK』となりやすいので、そういう時に使っています。

 

杉原氏:やはりホワイトリストが前提になるのですね。砂田さんはいかがでしょう?

 

砂田氏:大手プラットフォームの割合が多いです。ただ、僕自身はオープンインターネット領域で仕事が中心で、DSPやSSP、メディアの皆さんと一緒に事業を作って、そこに深く関わっています。

 

杉原氏:大手プラットフォームが多い理由についてどうお考えでしょうか?

 

砂田氏:社内での“説明のしやすさ”があると考えています。リモートワークの浸透やマーケターの若年化などもあって、オープンインターネットの複雑さを上層部にしっかり説明できる人が減っているように感じます。また、大手プラットフォームは効果測定などのツールが充実していて、AIによる最適化も行われるので、より効率的な運用がしやすいのだと思います

一方でオープンインターネットは、ホワイトリストやブラックリストの管理、PMP(プライベート・マーケットプレイス)など設定すべきことが多い。それを理解して使いこなせる人材が減ってきていることが投資比率の差につながっていると思います。

 

杉原氏:なるほど。“説明できるかどうか”が一番大きいわけですね。

 

砂田氏:そうなんです。大きいと思います。

 

プランニングや提案の中で、「オープンインターネットは選ばれにくい」と感じるのはどんな瞬間ですか?

砂田氏:長年の取引の中で、当社には“勝ちパターン”があって、それに沿って説明すれば社内もクライアント企業も納得してくれます。オープンインターネットが選ばれにくいというより、説明しやすい方が優先されているというのが実態だと思います。

 

田代氏:私たちの場合、やはり“数字が見える施策”が求められる傾向があります。『違うやり方を試したい』と言うと、『それなら自社のオウンドメディアでやればいい』と言われることもある。これは結構強烈で、そこで議論が止まってしまいがちです。

ただ、攻め方次第で開ける部分もあります。私は交渉の際にあえて中長期の視点を持ち出します。『今回この媒体に出すことで、自社のオウンドメディアの価値が上がる』、『これを続けないと3年後には伸び悩んでしまう』といった未来の話をすると、検討してもらえるケースが多い。

なので、できるだけ短期の数字にとらわれず、長い目で見た意義を伝えるように心がけています。

 

大手プラットフォームだから「安心して出稿できる」のでしょうか?そこにオープンインターネットは入り込めていますか?入り込めていない要因は?

杉原氏:大手プラットフォームについては“安心して出稿できる場所”というイメージが広く浸透していますよね。そうした考え方がある一方で、本当にそれが正しいのかどうか。安心して出稿できる場所として、オープンインターネットは皆さんの活動の中で入り込めているのでしょうか?入り込めてないとしたらその要因って一体何なんですかね?

 

田代氏:そうですね。先ほどの話と重複しますが、やはり、広告主側のKPIが売上になっている場合は、どうしてもオープンインターネットは戦いづらいというのが正直なところです。ただ、そうでないケースでは中長期的に考えましょう、という提案ができる。その際に、広告主の目的感や課題感にしっかり寄り添っていただけると、すぐに決まるかはわからないですが、非常に良い関係を築けるんじゃないかと思います。

実際、長く付き合ってきた媒体やパートナーがあると、それが安心につながります。先ほどのセッションでの“誠実な関係が大切”という話が答えだと思っていて、やはりそこに尽きるなと感じます。

 

杉原氏:“誠実な関係が大切”というのは、とても良いメッセージでしたね。ありがとうございます。

砂田さんは、企業が安心して出稿できる仕組みをたくさん作って提供してきたと思うんですがいかがでしょう?

 

砂田氏:自分の経験でいうと、あるクライアントは“広告出稿”ではなく“投資(インベストメント)”という言葉を使うんです。投資だと考えると、“本当にそれで大丈夫なのか”、“どこに出すのか”、“なぜ必要なのか”を説明しなければならない。その積み重ねが、安心につながるホワイトリストのような形を作っていきます。

一方で、大手プラットフォームではヘイトスピーチの横に広告が出ることもある。でもそのリスクについてはあまり語られない。だから僕の中では、安心できる広告出稿とは“誰から買っているのかが明確であること”、そして“そこに誠実な関係があること”なんです。「僕はこの人から買った」と説明できる。これはすごく大事だと思います。

逆に言えば、1インプレッションを投資判断として責任を持ってくれるクライアントなら、我々も真剣に向き合える。でも、単に売上目的になってしまうとオープンインターネットが入り込む余地は減っていってしまいますよね。

 

杉原氏:“インベストメント”という言葉がすごく響きました。広告出稿を投資銘柄として見るように、どこに出すのか、どのくらい継続投資をするのか、どういうポートフォリオを組むのか。まさに金融の世界に近い考え方ですよね。このマインドセットがとても重要だと感じます。

 

田代氏:うまく言葉にできなかったんですが、まさに“投資”だと思います。自分たちの媒体の価値を上げていく、将来それが2倍にも10倍にもなる可能性がある。そのことをどう伝えられるかが、とても大事だと感じます。

 

杉原氏:正直に言うと、『代理店がなかなか提案してくれない』という声を聞くこともあります。ただ、突き詰めると広告主が“ここに投資する”、“育てていく”という意思を持っていないと、代理店としてもなかなか動きづらい部分もあるんでしょうね。結局は双方が当事者意識を持てるかどうかが重要だと感じました。

 

オープンインターネットならではの強みや手応えを感じた施策はありましたか?

田代氏:先ほどもお話ししましたが、ナーチャリングが一番大事だと思います。私たちは売上目的の記事だけでなく、お客様にとって有益な記事もたくさん作っていますが、そういった記事はなかなか見られにくいこともあります。

そういうときにオープンインターネットで配信すると、CPCの安さという話ではなく、滞在時間が長い、ページをしっかりスクロールして読んでもらえる、関連記事まで見てもらえるといった深いエンゲージメントが得られる。これは、オープンインターネットをしっかり活用することで得られる大きな成果だと感じています。

 

砂田氏:先ほどの“インベストメント”の話にもつながりますが、私たちはクライアントごとにPMPを作り、広告枠を在庫としてストックしておく取り組みもしています。こうしておくことで、競争の激しいオープンインターネットにおいて、クライアント求める広告枠を迅速かつ安定的に提供することができます

さらに当社は、重要な顧客データであるプレースメントから、コンバージョンデータ、ライフタイムバリューまでお預かりして、顧客の行動を深く理解し、長期的な視点でクライアントのビジネス成長まで支援することができる。こうした体制を整えることで、クライアントにも『信頼できる』と感じていただけることが多いですね。

 

パブリッシャー側に期待する情報提供や連携の在り方があれば教えてください

田代氏:私は元々、百貨店の店頭で毎日お客様と接して靴を販売していました。その経験が今の広告の仕事にも強く影響しています。店頭ではまず、お客様が何を求めているのかを聞くところから始めます。たとえば飲食店であれば猛暑の日にいきなりビールを勧めることはせず、『今日は暑いですね』『このあとご予定は?』といった会話から、お水がいいのか、シャンパンがいいのかを判断し、最適なものをご提供する。

この“相手の状況を聞く”という姿勢はデジタル広告でも同じだと思います。アルゴリズムに任せれば効率的かもしれませんが、お客様の声に耳を傾けることが意外と少ないケースも多い。だからこそ、こちらの状況をしっかり聞いてくれるパートナーには『次回はぜひお願いしよう』という気持ちになります。出稿の決定がその場でできなくても、次回声をかけたくなる。そういう関係を作ることが大事だと思います。


杉原氏:結局のところ、“課題解決型営業”なんですよね。プロダクトを押し込むのではなく、まず課題を聞いて、それに合ったソリューションを提案する。これは広告業界に限らずビジネス全般に通じる話だと思いますが、そういう姿勢を見せてくれると『やってみようかな』という気持ちになりますよね。


砂田氏:そうだと思います。我々のミッションは課題解決ですメディアを仕入れてクライアント企業に提供するときに、最も知りたいのは媒体のスペックではなく、“この要件に合うかどうか”です。だから、パブリッシャーの皆さんには、我々の要件(クライアントの課題)子細に聞いてほしいと思っています。スペックではなく、クライアントの課題が基準になるという点を理解いただけると先に進みやすいと思います。

 

この領域の広告投資を拡大するには、誰が何を変える必要があると思いますか?(媒体、広告主、代理店、それぞれの視点で)

田代氏:私は広告主、代理店、パブリッシャーの三つの立場を経験しているのですが、どの立場でも大事だと感じるのが“リサーチ”です。店頭に立っていた頃は、お客様の表情や会話からニーズを探り、質問を重ねてプロファイリングしていました。ある意味、それが日常業務だったんです。

デジタルではボタンひとつでデータが出てきますが、それが必ずしも今の課題を正しく捉えているとは限らない。少し前の情報に基づいた“ずれた答え”が出てくることも多い。だからこそ、代理店として現場に足を運び、サービスや商品を自分でも体験しておくことが大事だと思います。

私自身もある意味“推し活”のようにクライアントやメディアと積極的に接点を持ち、距離を縮めることを意識しています。そうすると、販売や提案のときによりリアリティのある話ができるし、広告主も『この人はちゃんと現場をわかっている』と感じてくれるんです。

 

砂田氏:現在の業務はメディア開発がメインですが、クライアント企業と一緒に広告キャンペーンを作ることもあります。その立場から言うと、僕自身が伊勢丹新宿店メンズ館のヘビーユーザーで、どの売り場に何があるかも把握しています。だから田代さんと話をするとき『その動線ならこのキャンペーンがいい』『この媒体の特集と組み合わせれば効果的』など、リアリティのある提案ができるんです。

田代さんもおっしゃっていましたが、ある意味“推し活”です。自分が食品ブランドを担当しているなら、まずはそのブランドの全商品を自分で食べる。これをやらないと、本当の意味でクライアントの立場に立った提案はできないと思っています。商談の場で『実際に触ったことありますか?』と聞かれて答えられないのは、やはり良くない。

もちろん時間的制約もありますが、それでも実際に体験しているかどうかで提案の熱量や説得力は大きく変わります。100件の浅い商談をこなすよりも、10件でも深く付き合ったほうが結果につながる。中長期的に見れば、最初の2年は厳しくても、その後は営業しなくても継続的に取引が続くような関係が築けるかもしれない。そういう投資が大事だと思います。

 

杉原氏:お二人には豊富な経験とノウハウに基づいた大変貴重なお話をたくさん伺うことができました。改めて、ありがとうございました。

今日の議論で明らかになった課題やヒントが、広告主・広告会社・パブリッシャーが共に歩み、オープンインターネットへの投資を健全に拡大していくきっかけになればと思います。これからも、生活者にとって価値ある広告環境を一緒につくっていきましょう。

ABOUT 野下 智之

野下 智之

ExchangeWire Japan 編集長  

慶応義塾大学経済学部卒。
外資系消費財メーカーを経て、2006年に調査・コンサルティング会社シード・プランニングに入社。

国内外のインターネット広告業界をはじめとするデジタル領域の市場・サービスの調査研究を担当し、関連する調査レポートを多数企画・発刊。

2016年4月にデジタル領域を対象とする市場・サービス評価をおこなう調査会社 株式会社デジタルインファクトを設立。
2021年1月に、行政DXをテーマにしたWeb情報媒体「デジタル行政」の立ち上げをリード。