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広告取引の透明性が業界を変える 〜「ads.txtを整理して収益が10%伸びた」インタースペースの成功事例から見る、広告取引健全化の未来〜

近年、広告業界における「透明性」への関心は急速に高まっている。ブランドセーフティ、アドフラウド対策、取引の正当性確保は、広告主・代理店・パブリッシャーすべてにとって避けて通れないテーマだ。今回、実際にパブリッシャーとしてads.txtとsupply chain(schain)の整理に取り組み、収益向上という成果を上げた株式会社インタースペースの清家悠氏と、業界の透明性向上に取り組む株式会社PIER1代表取締役の宮一良彦氏にお話を伺った。

(聞き手:ExchangeWire JAPAN 長野 雅俊)

 

 対談者プロフィール

 

- 清家悠氏:株式会社インタースペース
メディア&ソリューション事業部 編集第一グループ リーダー

 

転職エージェント、ポイントサイト営業を経て、2018年からニフティにてWEBメディアのプログラマティック広告マネタイズを担当。2024年よりインタースペースに参画し、「ママスタ」「saita」「ヨガジャーナルオンライン」などのWEBメディアで、プログラマティック広告やファーストパーティデータのマネタイズを担当。

 

 

- 宮一良彦氏:株式会社PIER1 代表取締役
Introductory Member, IAB Tech Lab
Project Fellow, JIAA

 

ソフトウェアエンジニアリング、インターネット広告とプライバシーについての深い経験を持つ。近年は、オープンインターネットの透明性にフォーカスし、サービスの開発や啓発活動を行う。

 

透明性はなぜ必要なのか

 

―まず業界全体で透明性を高めることの意義について、宮一さんからお聞かせください。

 

宮一氏:総務省が公表した「デジタル広告の適正かつ効果的な配信に向けた広告主等向けガイダンス」でも謳われていることですが、広告主には「透明性のある在庫できちんとした責任を持った取引をしましょう」ということが求められています。その実現には、セルサイド・バイサイドともに透明性を確保する方向性で動いていく必要があります。

 

アドフラウド対策ツールなども重要ですが、ads.txtという非常にシンプルながら、パブリッシャーにとって力になるものもあります。

 

―パブリッシャーサイドのメリットは具体的にどういうものでしょう?

 

宮一氏:どんな広告が出ているかをある程度コントロールできることです。一般的なSSPではクリエイティブ審査やカテゴリーブロック機能もありますが、どうしても対症療法的になります。

 

それより「どこに在庫を売るのか」を最初からはっきりさせて、ads.txtできちんとコントロールした方が効率的です。何でもいいから受け入れて後で綺麗にするより、綺麗な状態でより良くしていく方がいいですよね。

 

ads.txtとsellers.jsonの仕組み

 

―そもそもads.txtやsellers.jsonとは何でしょう?

 

宮一氏:簡単に言うと、ads.txtは「自分の在庫を誰に売るか」が書いてある資料です。商流を定義しているんです。例えば、「私の在庫はGoogleのAd Exchangeを使っている、このアカウントの人に買ってもらってもいいですよ」ということを記載します。

 

sellers.jsonは逆に、Googleのような広告サービス側が「どのアカウントで誰が売買をしているか」を示すものです。この二つを組み合わせることで、パブリッシャーの在庫が誰に買われているのかが明確になります。

 

―でも現実には、パブリッシャーは事業者から言われるがままに追加していることも多いと聞きましたが、実際はどうなんでしょう?

 

宮一氏:そうです。ads.txtは、コンピュータが処理しやすい形で書いてあるので、パッと見では分からない。ads.txtとsellers.jsonの両方を組み合わせて読み解く必要があるので、パブリッシャーにとっては「ただの記号」にしか見えません。代理店やサービス提供者から「追加してください」と言われると、追加するしかないという状態になってしまいます。

 

広告主にとってのメリット

 

―広告主サイドのメリットは?

 

宮一氏:まず、どういう経路で買われているかをはっきりさせることができます。supply chainを組み合わせることで、買おうとしているインプレッションがどういう商流で流れてきたかが分かります。

 

その時の選択肢として、すべての経路が明らかになっている在庫だけを買うという設定ができます。また、途中の経路に何社の事業者が関わっているかも重要で、中間事業者が多いと広告主の投入した広告費のうち、中間事業者への手数料が多くなります。

 

理想的には、広告主がパブリッシャーに広告配信代金を全額支払うものだと思います。システムが介在するので手数料は必要ですが、多段になるほど効率が悪くなります。

 

もう一つは、透明性がない在庫を買ってしまうと、自分の広告の周りにどんな広告が出るかコントロールできません。せっかく自社ブランドを守るために良いクリエイティブを作っても、隣に何が出るか分からないのはリスクです。

 

―なるほど。パブリッシャーがしっかり管理しているかどうかが、一つの指標になるということですね。

 

宮一氏:そうです。例えば最近、料理サイトにそぐわない広告が出た事例もありましたが、誰が買っているか分からない状態だとそういうリスクがあります。価値のある媒体に関連のあるブランドが広告を出すのは本来とても価値があるはずなのに、隣にそぐわない広告が出てきたらどうなのか、ということです。

 

パブリッシャーとして清家さんが感じていた課題

 

―清家さんは、パブリッシャーとしてどういう課題感を持っていらっしゃったんですか?

 

清家氏:私が在籍しているインタースペースでは、「ママスタ」「saita」「ヨガジャーナルオンライン」などのWebメディアを運用しています。中でもママ向けメディアの「ママスタセレクト」は月間8億PV超のトラフィックが集まります。

 

広告施策を担当する中で一番強く課題としてあったのは、クリエイティブの品質管理をする際に、「どこでブロックしたらいいか分からない」「どこ経由で流れているか分からない」ということです。調査が非常に難しいケースが多くて、それがsupply chainやads.txt、sellers.jsonとどう繋がっているかの理解が正直言うとできていませんでした。

 

パブリッシャーからすると、業界全体で広告単価や収益が年々下がってきているのは感じていて、打開策はないのかと考えていました。そこで広告主からどういう風に広告が流れているのかを整理していくうちに、これだけのプレイヤーが間に入っているという構造が見えてきて、ads.txtやsupply chainに目を向けた方がいいのではないかと今年になって思い至るようになりました。

 

―きっかけは何だったんですか?

 

清家氏:宮一さんを含め、ads.txtを整理することのメリットをSNSで発信されている方を見る機会が増えてきました。いろんな方がシェアされているのが私のタイムラインに流れてきて、重要性やメリットが徐々に理解できてきました。また、ブランド系の広告案件を取り扱う広告事業者と契約しようとした際に「今のようなads.txtを整理できてない状況だと、契約できない」と言われたことも大きかったです。

 

―それまでは「事業者は多ければ多いほど良い」という考えだったんですね?

 

清家氏:そうです。多くの事業者から入札してもらった方がオークションプレッシャーがかかって、結果的に得られる収益が高くなるだろうという理解でした。実際に接続しているSSPの担当者との会話でも、そういった前提で話が成り立っていたので、新しく接続する時に「これを全部載せてください」と依頼が来て、「これが全部必要なんだな」と思ってそのまま載せていました。

 

ですがDSPから見ると様々なSSPを経由して同じ在庫に接続しているという実態が見えてきました。

 

可視化による衝撃と社内説得

 

―具体的にどんなステップで改善に取り組んだんですか?

 

清家氏:まずads.txtの構造から説明を受けて理解していきました。それからads.txtを評価するWebツールを使って、現在の状況を可視化しました。

 

そういったことができたのは、SSPの担当者の一人がads.txtに詳しく、「これを正しくしていくことでパブリッシャーの収益が上がりますよ」という提案をしてくれたことも大きかったです。恵まれていましたね。

 

―可視化したら、どんな状況だったんですか?

 

清家氏:サイトのads.txtデータを樹形図にできるツールがあったんですが、それで見てみたら非常に混沌としていました。何層にも階層が重なって、文字も見えないような線でぐちゃぐちゃになっている図ができあがって、「この状態で正しく評価を受けて、適正な価格で買われているのか」と客観的に疑問に思いました。

 

―社内の反応はどうでしたか?ads.txtを整理するということの意義を説明し、理解を得ることは難しくなかったですか?

 

清家氏:樹形図があるおかげで非常に理解が早かったです。「こんなことになってるのか」と。正直、ちゃんと自社で管理してるし、ちゃんとやってると思っていたけど、こうなってたんだという驚きが、私を含めて現場メンバーや部門長にもありました。

 

チーム全体で「これは対策を打たなければいけない」という強い危機感を持ちましたね。

 

―使ったツールはどういうものですか?

 

清家氏:三つほど使いました。まず宮一さんが出されている「AdsTxt Manager」、それから海外の「ads.txt validator」というサイト、そして先ほどお話しした樹形図を作れる「well-known」というサイトです。これらで現状確認とエラーチェックができました。

 

精査作業の実際

 

―いざ綺麗にしようとなった時、まず何をしたんですか?

 

清家氏:載っているads.txtを一覧化することから始めました。スプレッドシートで、どの事業者から依頼があったかという情報をまとめました。そもそもどこからもらったads.txtであるかを示すログを取っていなかったので、過去は分からない状態からのスタートでした。

 

一旦載っているものをまとめて、改めて最新で載せて欲しいものを各取引先の事業者に聞いた上で精査していきました。

 

―何が正解で、どうすれば良くなったと分かるのかは理解できていたんですか?

 

清家氏:それはやりながら覚えていきました。最初に提案いただいたSSPの方に壁打ちに付き合っていただいたり、AIと壁打ちしてみたり、IABのドキュメントを読んでみたりしました。

 

まず、ads.txtにはダイレクトとリセラーという取引関係性を示す文言があるんですが、それが正しくなっているかから始めました。実際に直接取引がないはずなのに、ダイレクトで載っているads.txtがたくさんあったんです。

 

宮一氏:補足すると、ads.txtとsellers.jsonは組み合わせて初めて一つの情報になる設計なんです。それぞれ半分の情報しかない状態なので、ads.txtにダイレクトと書いてあるけど、sellers.jsonにはそのダイレクトに相当する記載がないという矛盾があったりします。

 

整理する段階として、まずその整合性が取れている状態にするということと、その先でどれを選べば収益性が上がるかという戦略の話の二つに分かれます。清家さんがトライアンドエラーをしながら段階的に進められたのは正しいアプローチだと思います。

 

広告事業者とのコミュニケーション

 

―広告事業者とのコミュニケーションはスムーズでしたか?

 

清家氏:もちろん詳しい方、会話がスムーズにできた方もいらっしゃるんですが……。担当者によって理解度に差があり、現時点では優先度はそれほど高くない印象でした。ただ、そうした差がある中でも、私がこの取り組みをする目的や何をしたいかをお伝えした上で、長い期間取り組みにお付き合いいただいたところが多かったです。

 

中には「これを消すことによる収益低下のリスク」を非常に強く言われたこともありますし、「それをやるより、こういうことをやった方がいいですよ」という全く違う提案をいただいたりもしました。「透明性を上げて、サイト全体の評価を上げる取り組み」として説明しても、「そんな効果ないですよ」というニュアンスで全く別の軸の話をされることもありました。

 

―なるほど、広告事業者側の理解度や対応にもかなり差があったのですね。今回は詳しい担当者の方がサポートしてくれたそうですが、その方の存在は大きかったですか?

 

清家氏:非常にありがたかったです。本当に幸運だったと思います。

 

劇的な成果

 

―実際にads.txtを整理した結果はどうでしたか?

 

清家氏:大きなアップデートをして、まだ2ヶ月弱で検証期間としては短いですが、前後20日間程度の期間でads.txt整理したサイトと整理していないサイト(その他の施策を同時期に行った2サイト)で比較してみました。

 

結果として、時期的にどちらのサイトも収益は上がったんですが、前後比較するとads.txt整理したサイトの方が、さらに10%収益が伸びていたという結果が出ました。

 

―10%は大きいですね! 社内の反応は?

 

清家氏:純粋に喜んでくれる人が多かったです。規模としては非常に大きかったと思いますし、特に弊社では大きいサイトで実施したので、10%のパーセンテージで出る金額もある程度インパクトがありました。

 

また整理前は約4,700行あったため、先ほどお伝えしたようなads.txtが整理できていないことを理由に直契約をやんわりお断りされていた事業者があったのですが、140行程度まで精査したことで直契約での取り組みが始まり、担当者さんにも非常に喜んでいただけました。

 

―運用面での変化はありましたか?

 

清家氏:最近、ふさわしくないクリエイティブの対処がしやすくなった感覚があります。

 

また、各事業者から新しくads.txt追加してくださいという依頼をもらった時に、精査したときと同じやり方で、「これは意味がない」という判断が数分で終わるようになったので、今後継続的に綺麗にし続けるノウハウができました。

 

今後の展望

 

―今後はどういうことをやりたいですか?

 

清家氏:一番は広告枠を減らして、リッチなフォーマットや価値が高い、収益性の高い広告枠に厳選していくことです。それをした上で、広告主から出稿いただいた時にパフォーマンスをちゃんと返せるような、価値がある広告に品質を上げていきたいです。

 

ユーザーからは広告に関するネガティブな声を多数いただいてます。収益性のために広告を増やすアプローチには限度があります。

 

むしろ減らして、ユーザーからすると見やすくて、出る広告もユーザーが「こんな商品あったんだ、買ってみたいな」と本当にシンプルに広告効果があるようなものにしていきたいです。

 

―収益が減るかもしれないリスクを取る勇気が必要ですが、今回の結果で社内の理解は得られやすくなりましたか?

 

清家氏:そうですね。非常に難しい挑戦ですが部内の賛同を得られやすくなり、コンテンツを作っている編集部からも非常に好意的で、「当然広告ない方が嬉しいけど、なきゃいけないという狭間でやってきているので、この方向性で取り組みをどんどん進めて欲しい」という声を以前よりもいただくようになりました。

 

業界全体への示唆

 

―宮一さん、今回の清家さんの事例をどう見られますか?

 

宮一氏:清家さんが気づかれて動いたというところが一番大きいですね。最初の状態からいきなり何かやれと言われても大変だったと思います。会社の中の理解があったり、清家さんも何とかした方がいいなと思ったり、部署の人たちもそういうふうに思ってくれたのが成功要因です。

 

いろんな意見があったというのは、オプション選択の難しさです。商流をコントロールするという話をしていたのに、「そんなことするより、いい枠1個作ってどんどん儲ければいいじゃない」みたいな話になると、目的がずれてしまいます。

 

清家さんが良かったのは、「今は何の話をしているのか」をきちんと意識されながら取り組まれたことです。ある程度コントローラブルな状態になったので、改めていろんなアドバイスをしてくれた方と話をして、「ここまでクリーンな状態にできたので、この間おっしゃってたような施策をどうやればいいですか」という話ができるようになったと思います。

 

―今後、こういう活動をどう広げていきたいですか?

 

宮一氏:効果が事前に予測できないという難しさがあります。外注でやろうと思っても、予算感もない。清家さんのような方の背中をちょっと押してあげればいいのかなと思います。

 

ただ、私が直接「ads.txtを直します」とやっても、清家さんがやられたような納得感は得られないし、組織の中での一体感もない。「よくわからない人が適当にやったら10%上がった」みたいな話になっちゃうと意味がありません。

 

パブリッシャーの広告枠ですし、パブリッシャーがより良い広告主に広告を出してもらい、その広告も含めて消費者にサイトの体験をしてほしいということだと思います。パブリッシャーが主体的に動けるような活動のやり方を工夫しながら、清家さんのような方を少しずつ増やしていくアプローチができると一番いいと思います。

 

業界全体の健全化に向けて

 

ー最後に、広告業界全体の健全化に向けてのお考えをお聞かせください。

 

宮一氏:広告主の立場から考えると、お金の流れの起点として商売が成り立っています。広告主が危惧しているのは、アドフラウドじゃないけれども、自分たちの広告費が本当に見て欲しい人たちに使われていないんじゃないかということだと思います。

 

それに対する解決策として、アドベリフィケーションのような有料ツールサービスを使うことで担保できるという話がありますが、それ以外に、綺麗なサプライチェーンを作っているパブリッシャーに広告を出せばいいんじゃないかという考え方もあるのです。

 

ある広告主の方に伺ったら、自分の広告が出るサイトを実際にアクセスして操作して見るということもやっているそうです。一消費者としてどんなメディアなのかを見ているんです。

 

そういう意味ではそこがうまくかみ合っていなかったのであれば、ads.txtなどの取り組みでsupply chainが綺麗なところは評価の一つになるんじゃないでしょうか。広告主も「そういうところに出したいな。他にもいいところはありませんか?」という形になると、だんだん話が広がっていくと思います。

 

そういう場があれば、清家さんたちのような形で「僕たちはこうしてますよ」と言うことによって、相互の関係性ができてくる。ここに一つの解決策があるということが、 今まであまり可視化されていなかったので、それが可視化されてくるんじゃないかと思います。

 

―広告主が「綺麗なところだけに出して欲しい」と一言言うだけでも業界は変わりますかね?

 

宮一氏:広告主が全てをやるわけじゃなく、お付き合いのある代理店や広告会社と一緒に取り組みをされているわけですから、そういう方々の中にこうした指標を見ることができる人たちがいれば、「こことここは透明性がありますね、いい関係がありますね」という提案がもらえると思います。

 

皆さんの取り組みを組み合わせていけば、より良くなるんじゃないかと思います。

 

まとめ

 

今回の対談では、ads.txtとsupply chainの整理が単なる技術的な作業ではなく、業界全体の信頼回復と収益改善につながる重要な取り組みであることが明確になった。

 

清家さんの事例は、パブリッシャーが主体的に透明性を高めることで、具体的な成果を得られることを実証している。10%の収益向上という数字は、この取り組みの価値を物語っていた。

 

一方で、この取り組みには専門知識とサポート体制が不可欠であり、業界全体でノウハウを共有し、支援体制を整えていく必要があると感じた。

 

広告業界の健全化に向けた活動は、パブリッシャー、広告主、代理店すべてにとってメリットがある取り組みだ。透明性を「面倒な義務」から「収益と信頼を守る武器」に変える視点を持ち、清家さんのような取り組みが業界全体に広がることを期待したい。

ABOUT 長野 雅俊

長野 雅俊

ExchangeWireJAPAN 共同編集長

ウェストミンスター大学大学院ジャーナリズム学科修士課程修了。ロンドンを拠点とする在欧邦人向けメディアの編集長を経て、2016年に調査・コンサルティング会社シード・プランニングに入社。ExchangeWire主催の大型イベントであるATS Tokyoのモデレーターも務めている。