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透明で健全なデジタル広告取引の実現を目指して-業界有志がAPTI(Advertisers and Publishers Transparency Initiative)を設立

 

デジタル広告業界の課題を現場から支援することを目的に、長年この業界に関わってきた業界有志が「一般社団法人 Advertisers and Publishers Transparency Initiative(略称 APTI, アプティ)」を立ち上げた。

広告主とパブリッシャーとの対話の場を提供し、また広告取引の「透明性」の実現を目指し、「情報共有と可視化/相互支援と実践の場づくり/つながりと信頼の醸成」を活動の柱に掲げて、現場の実装支援を行っていく。

そしてまずは、勉強会・ワークショップ、実装ガイド・診断テンプレートの整備など、実務に直結する取り組みを順次具体化していく予定とのことだ。

 

設立発起人の、株式会社PIER1 代表取締役 宮一良彦氏、アタラ株式会社 代表取締役CEO杉原 剛氏、日本アドバタイザーズ協会 事務局次長 林 博史氏に、設立の背景や想いを語っていただいた。

                                              

(聞き手:ExchangeWireJAPAN 編集部 野下智之)

 

- 宮一良彦氏:株式会社PIER1 代表取締役(上部写真:中央)
Introductory Member, IAB Tech Lab
Project Fellow, JIAA

ソフトウェアエンジニアリング、インターネット広告とプライバシーについての深い経験を持つ。近年は、オープンインターネットの透明性にフォーカスし、サービスの開発や啓発活動を行う。

 

- 杉原 剛氏:アタラ株式会社 代表取締役CEO(上部写真:左)

KDDI株式会社、インテル株式会社を経て、オーバーチュア株式会社(現Yahoo!検索広告)、Google日本法人で広告営業戦略を担当。企業の成長を後押ししながら、マーケティングの力で人々の暮らしや社会全体を良い方向へ導くコンサルティング会社を目指し、2009年にアタラを創業。最新のグローバル情報発信や人材育成にも力を入れながら、マーケティングの可能性を広げ、よりよい社会の実現に貢献していきたいと考えている。海外の最新情報の発信・講演・執筆も多数。

 

- 林 博史氏:日本アドバタイザーズ協会 事務局次長(上部写真:右)

出版社・システム開発会社・個人事業主を経て、2009年より公益社団法人日本アドバタイザーズ協会に入職。一貫してデジタル領域におけるマーケティングコミュニケーションの研究活動を担当。300社以上の会員企業のマーケティング活動のための知見・最新事例共有の場を運営している。

 

 

透明性の再定義:実装主導で現場を支える

-自己紹介をお願いします。

宮一氏:宮一と申します。インターネット広告業界には30年ほど関わっております。どちらかというと技術畑を中心に歩んできて、JIAA(一般社団法人 日本インタラクティブ広告協会)でガイドラインを作るためのお手伝いをしたり、IABの企画・仕様を自分で翻訳して公開したりということを続けてきました。現場の皆さんが、”手を動かせる状態”に落とし込むことを意識しておりまして、標準やベストプラクティスを単に紹介するだけでなく、どう適用するのかまで含めて伝えるようにしてきました。

 

杉原氏:アタラの代表、杉原と申します。よろしくお願いします。僕も宮一さんと同じくらい、気づけば30年近くデジタル広告に関わってきました。プラットフォームを2社経験したあとに、アタラを創業して17年目になります。キャリアの位置づけで言うと、宮一さんがサプライ寄り・技術寄りだとすれば、私はビジネスサイド=デマンドサイドの支援が中心です。広告主の皆さんの課題をどう現場実装に落とし込むか、というところにずっと重心を置いてきました。

 

林氏:日本アドバタイザーズ協会の林と申します。私はマーケティングの実務経験はありませんが、デジタル領域の実務者が集まるコミュニティの運営に携わっています。現場で何が起きているのかを受け止めて、マネジメント層にも伝わる言葉に整えるという、いわば橋渡し役を意識して活動しています。よろしくお願いします。

 

-APTI設立の背景についてお聞かせください。

宮一氏:私は、2017年頃にads.txtが出てきた頃から、IAB Tech Labの仕様を翻訳・紹介しつつ、日本のサイトの実装状況を自分でクロールしてチェックする、ということを細々とやってきました。2025年に入って、個人的に作っていたChrome拡張(個人開発の検証ツール)を拡張して、ads.txt と sellers.json をクロスチェックできるようにしたんですね。

 それで、最近のWebサイトを改めて見てみたら、基礎がまだ整っていないとか、記載の不整合が残っている、といったケースが思っていたより多かった、という印象を持ちました。

ここで言う“未整備”は、単に「部屋が散らかっているから片づけましょう」という話ではありません。自社の在庫がどの経路で販売・流通されているのかが不透明になりやすい、つまりサプライの価値や信頼に直結する部分が崩れかねない、ということです。そういう問題意識を周りに話し始めたら、「じゃあ勉強会をやりましょう」という方が何人もいて、話を進めるうちに、多くの方が課題は分かっているのに“最初の一歩”が踏み出しにくい状況にあることも見えてきました。

さらに議論を続けると、これはサプライの価値最大化だけでは完結しない、つまり広告主がどこに・どう出すのかまで含んだより大きな課題の一部だと改めて感じました。だからこそ、現場が手を動かせる支援を真ん中に据える必要がある。ここがAPTIの出発点になりました。

 

杉原氏:私の場合は少し切り口が違っております。インターネットは自由で開かれた情報共有が理念だとずっと思っていて、そこにすごく惹かれて関わってきました。1993年に商用解禁されてから約30年、PCやスマホの発展もあって生活のインフラになりましたよね。

ただ、ここ数年は巨大プラットフォームへの偏重、それに伴う各種規制、情報の偏り、詐欺や不正、さらにAIへの向き合い方といった課題が、同時多発的に起きています。

このままだとオープンインターネットがビジネスとして持続できないんじゃないか、という強い危機感が個人的にありました。デマンド側にもサプライ側にも同じ話をしてみると、「何をどこから改善したらいいか分からない」という声が多い。加えて、プログラマティックが浸透したことで、フェイス・トゥ・フェイスの対話の場が減った。これが情報ギャップを広げる背景になっていると感じています。だから単発のイベントではなく、継続的に情報支援と対話の場を提供する団体が必要だろう、と。そこで宮一さん、林さん、ほか有志の皆さんが賛同してくださって、APTI設立に至りました。

林氏:広告主の現場に近い立場で見ると、効果指標の追求と企業倫理、ユーザーファーストの間に乖離が生まれていると感じます。これはこの領域に限らず、アドフラウドやステマのような出来事においても同様です。

大切なのは、「広告がどこに出て、ユーザーがどう感じ、どう態度変容しているのか」という実態をまず正しく把握することです。そのうえで、それを実務者だけでなくマネジメント層にも分かる言葉で伝える。私はその“伝える・言語化する”橋渡し役として今動くべきだと考え、この設立に参加しています。

 

- 団体名「APTI」にはどのような意味が込められているのですか?

宮一氏:最初はサプライの透明性をどう整えるか、という視点から団体名を考え始めました。ただ、議論を重ねるなかで、広告主とパブリッシャーの双方が協働することが本質だよね、という整理になりました。そこでAdvertisers and Publishers Transparency Initiativeとし、略称をAPTIとしています。

 

プラットフォーム依存と標準のキャッチアップ

-海外と比べたときに、日本市場ならではの課題はどこにありますか。

杉原氏:一番大きいのはプラットフォーム偏重です。もちろん全てが悪いわけじゃないのですが、結果としてオープンウェブへの出稿機会が減ったのは事実だと感じています。かつてはメディアレップの方々が媒体選定をして、顔の見える対話をしながらどこに出すかを決めていましたよね。

 ここ十数年は利便性や効率の面から、GDNやYDN経由でオープンインターネット面にまとめて配信、という実務が長く続いた。その結果、パブリッシャー側の事情や価値をデマンド側が十分把握できていない/逆も然りという情報ギャップが広がってしまった。

よく言われるとおり、ユーザーの滞在時間はオープンウェブに多い一方で、広告予算はプラットフォームに偏る。「ユーザーはそこにいるのに、十分リーチできていない=機会損失が構造的に積み上がっている」というのが私の見立てです。だから、デマンドとサプライの対話を常設化して、足元から見直していく必要があると思っています。

 

宮一氏:標準のキャッチアップという点も、日本の課題だと感じています。IAB Tech Labの仕様は、「これからのもの」「議論中のもの」「既に標準化されたもの」が同時に存在しますし、一次情報は英語が中心です。

 全体像を俯瞰して実装に落とすのは、どうしても負荷が高い。結果として、ads.txt や sellers.json といった基礎レイヤーでさえ実装にばらつきが残ってしまう。

総務省のガイダンスなどでベリフィケーションツールの活用が推奨されるのは有効だと思います。一方で、ads.txt/sellers.json のような費用のかからない基礎実装でも相当部分がコントロールできるという点が、現場で忘れられがちです。基礎を整えるだけで防げることは、まだまだ多いはずです。

 

林氏:変わり始めている広告主もいらっしゃるのですが、正直、まだレアケースだと思います。出稿の数も指標も多くて、「どこに出て、ユーザーがどう感じ、どう態度が変わったのか」まで丁寧に追い切れない現実があります。結果として目先の数字に振り回されることが起こりやすい。

ただ、先日の勉強会にお越しになった広告主の中には、「このままではいけない」と気づき始めている方々が確かにいます。そこで得られた実装知を広く共有できる言葉に整えて、経営の言葉でも説明できるようにする。そこから社内の合意形成を進めていくのが、状況を動かす第一歩だと考えています。

 

- APTIの活動内容についてお聞かせください。

宮一氏:APTIは、「情報共有と可視化/相互支援と実践の場づくり/つながりと信頼の醸成」を活動の三本柱としています。

まずは「情報共有と可視化」です。ads.txt/sellers.json/(OpenRTBの)SupplyChain Objectといった基礎規格の正確な理解と実装状況の見える化から始めます。自社・取引先の状況を定量・定性で棚卸しして、ギャップを定義し、どこから手を付けるかの優先順位を決める。ここは現場の作業計画であると同時に、経営層の意思決定ドキュメントにもなります。実際、ある会社では、透明性が経営上のリスク/機会だと理解された瞬間に、取り組みが会社の正式プロジェクトとして動き出しました。

 次に「相互支援と実践の場づくり」です。勉強会やワークショップの開催、実装ガイド/診断テンプレートの共有など、継続的に手を動かせる環境をつくります。特定の誰かに聞けば全部分かる、というより、会員同士が少しずつナレッジを持ち寄る横の支え合いを重視します。

 最後に「つながりと信頼の醸成」。パブリッシャーの取り組みを広告主が評価軸とともに理解し、広告主の要請をパブリッシャーが実装の観点で把握する。お互いが“どこに・どう出ているか”を説明できる状態を広げれば、望ましくない配信は入り込みにくくなる。「取引から関係へ」、という変化を積み重ねたいと考えています。

 

杉原氏:多くの企業で、一人〜二人の実務者が孤立して粘り強く取り組んでいる現実があります。そういう方々が横でつながれる場を用意したいです。それから、デマンドとサプライの対話を常設化したい。プログラマティックの浸透で顔の見える対話が減ったので、ここを地道でも継続的に埋めていく。「ここに行けば同じ温度感の人に会える」という安心感を作りたいですね。

 

林氏:広告主の皆さんに「やってよかった」と思っていただける入口をまず用意します。そのうえで、実装で何がどこまでコントロールできるのかを経営層にも通じる言葉に整えて、社内の合意形成を支えます。孤立しがちな担当者が孤立しない**よう、横のつながりを重視して設計していきます。

 

信頼の設計:可視化・対話・相互支援の実装

-JAAやJIAA、JICDAQなどの既存の各種業界団体との関係性についてもお聞かせください

宮一氏:APTIの活動は、これらの業界団体の活動と置き換えるものではありません。 既存の団体はルールや標準の整備で大きな成果を上げてこられました。APTIはそれらを運用言語に落とし、実務の最前線に届ける“間”を担います。まずは自分たちが手を動かし、賛同者と改善を積み上げ、必要に応じて連携していく。「本来どこが持つべきか」に終始せず、みんなでやれるところからやる。結果としてうまい分担が見えてくる、というのが理想です。

 

-APTIに参加を呼び掛ける対象と、参加することの価値を教えてください。エージェンシーやベンダーも対象ですか。

宮一氏:参画者の中核は広告主とパブリッシャーですが、エージェンシーやベンダーももちろん対象です。エージェンシーは広告主やパブリッシャーの間に入り、彼らの要請に同時に対応する立場ですので、参加していただく意義は大きいと思います。

 

杉原氏:参加すると、自社の課題感・レベル感に合う知見や手当てにアクセスできますし、同じ悩みを持つ実務者に出会えます。社内に同じ悩みの人がいないケースも多いので、会社の枠を超えて話せる場の価値は大きい。普段なかなか会えない相手と対話できることも、現場にとっては効きます。

 

林氏:広告主の場合は、扱う商材・ビジネスモデルによって状況は違います。D2Cのようにオンラインが主戦場の企業と、店頭・リアルが主戦場の企業では、人員配置や知見の蓄積が全く異なる。後者ではエージェンシーに依存する領域が広がり、知見が自社に残りにくい課題が見られます。先行参加企業の成功事例や学びをその企業の言葉・文脈に置き換えて届ける設計を、走りながら最適化していきます。

 

-参加企業が増えると、広告サプライチェーンはどう変わると見ていますか。一部の不正を働く広告主やパブリッシャーが市場全体の課題をもたらしている場合、彼らにはどのように対応していくのがよいと考えるべきでしょうか?

宮一氏:いまは「変な広告が出ている」という話題があっても、なぜそうなったのかが曖昧なまま終わることが少なくありません。買い手も売り手もサプライチェーンを気にして、少しでも良くしていこうという取り組みが広がれば、適切な文脈での配信が当たり前になり、配信経路を説明できる状態が一般化します。

いわゆる一部の悪質な行為に対して直接何かを行使するわけではありませんが、良い実装と透明な慣行が当たり前になれば、入り込みにくくなるはずだと考えています。

 

杉原氏:「一部の悪い人が汚している」事実はある一方で、意図せず望まない面に出てしまうケースも多いんです。理解不足やリソース不足が背景にある。だから、先進事例が増えることが大事です。手本があれば取り組みやすくなるし、数が増えれば自浄作用も働きやすくなる。理想論に聞こえるかもしれませんが、そこを目指したいと思っています。

 

林氏:インターネットをひとつの器として扱ってしまうと、場所や文脈に応じた適切な表現が運用上崩れやすいんです。例えとして適切か迷いますが、ブランドショップが並んでいる「目抜き通り」に出す屋外広告と、治安の悪いダウンタウンの「路地裏」に出す屋外広告は違うという感覚に近い。同じインターネット上でも、「この通りは目抜き通りだから」といったように、区分が分かる状態を皆で共有できれば、不適切な配信は入り込みにくくなると思います。掃除された場所にごみは少ないという状態の感覚に近いですね。

 

-インターネット広告に関する規制を強化すべきという考え方もありますが、どうお考えですか。

宮一氏:確かに規制は一つの手段だと思います。ただ、その前に現状の可視化と、既存の有効な手段の理解・普及が必要です。

たとえばads.txt/sellers.jsonのような基礎実装だけでも、コントロールできることは多い。

規制当局や有識者の方々にも、こういう実装の手段があることを正しくお伝えしたうえで、必要な規制があれば検討していただく。順番としては、そういう進め方がよいと考えています。

 

マーケットから、APTIの役割がなくなることこそが理想

-海外のデジタル広告業界関係者にAPTIを説明するとしたら、どんな団体に近いと言えますか。また、将来的な取り組みの方向性についてもお聞かせください。

宮一氏:IAB Tech Labなどが用意してくれている規格やツールを日本でどう使うかという話と、それによって広告主側が価値を実感できるようにする話の両輪です。

ですので、IAB Tech Lab の日本版コピーを作るのではなく、広告主・パブリッシャー・関係者が別々の役割を持ちながら、同じテーブルで話すことに重心があります。結果として、海外にはない新しい座組になるかもしれません。

 

杉原氏:そうですね。デマンドとサプライを横断して動く座組は、海外でもあまり多くはないと思います。そこはユニークさになるはずです。

 

林氏:組織を大きくすること自体が目的ではありません。デジタル広告の取引があるべき姿になり、それが当たり前になっていけば、結果的に「APTIがなくてもよい」と言える段階に至るのが理想です。

 

-3年後の理想像を教えてください。

宮一氏:デジタル広告取引の透明性と信頼がちゃんと醸成されている状態になってほしいですね。広告配信の経路や関係者の役割が説明できるのが普通で、望ましくない事象が起きにくい環境が広がっている、というイメージです。

 

杉原氏:各社が「自社の透明性の取り組み」を自分の言葉で説明できるようになっていること。トランスペアレンシーがスローガンではなく、具体の実装として語れる企業を増やしたいです。

 

林氏:ユーザーファーストと透明性が実務KPIと矛盾しない形で、現場の言葉でも経営の言葉でも説明できる。そこに到達できれば一気にステージが変わると思います。そのことがブレークスルーをすれば、あるべき姿が当たり前になります。

 

ABOUT 野下 智之

野下 智之

ExchangeWire Japan 編集長  

慶応義塾大学経済学部卒。
外資系消費財メーカーを経て、2006年に調査・コンサルティング会社シード・プランニングに入社。

国内外のインターネット広告業界をはじめとするデジタル領域の市場・サービスの調査研究を担当し、関連する調査レポートを多数企画・発刊。

2016年4月にデジタル領域を対象とする市場・サービス評価をおこなう調査会社 株式会社デジタルインファクトを設立。
2021年1月に、行政DXをテーマにしたWeb情報媒体「デジタル行政」の立ち上げをリード。