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IABとMRCが広告の「アテンション」測定ガイドラインを策定

広告が「画面に表示された」だけでは、効果があったとは言えない――。こうした問題意識のもと、米国の広告業界団体Interactive Advertising Bureau(IAB)と、測定認証団体Media Rating Council(MRC)は2025年11月、広告がユーザーの“注意(アテンション)”をどれだけ集めたかを測定するための初の包括的なガイドライン「IAB and MRC     Attention Measurement Guidelines 」を発表した。

 

このガイドラインは、広告が実際にユーザーに届いているかを、従来の「表示されたかどうか」というビューアビリティ(Viewability)の基準だけでなく、「どれだけ注目されたか」「どれだけ意識を向けられたか」といった接触の質やエンゲージメントの深さを可視化・評価しようとするものである。

 

広告が画面上に表示されても、ユーザーが他のことに気を取られていたら、広告としての効果は薄れる。この「ユーザーが本当に広告に意識を向けたか?」という視点が、近年の広告効果測定において重要視されるようになってきた。IABとMRCは、こうした状況に対応するため、アテンション測定に関する用語、手法、評価基準などを一元化し、業界全体が共通の物差しで広告の“見られ方”を評価できるようにすることを目的としている。

 

あらゆる広告環境が対象:「デジタル」だけでなく「テレビ」や「屋外広告」も

今回のガイドラインは、バナー広告や動画広告といったオンライン広告に限らず、テレビ(CTV含む)、音声配信、屋外のデジタルサイネージ(DOOH)、ゲーム内広告、アプリ内広告といった多様な広告環境に対応している。つまり、「ユーザーが広告にどれだけ注意を払ったか」を、どのメディアでも同じように測れるよう設計されているのが大きな特徴である。

 

また、このガイドラインは、広告配信事業者やメディア企業、広告効果測定を行うベンダーだけでなく、広告を出稿する企業(広告主)やメディアを買い付ける代理店など、広告に関わるすべてのプレイヤーに向けて設計されている。IABとMRCは、こうした測定基準を明文化することで、広告の品質評価をより正確かつ信頼性の高いものにし、最終的には広告投資の最適化を支援する狙いがあるとしている。

 

「注意」はどうやって測るのか?──4つのアプローチを定義

ガイドラインでは、ユーザーの「注意(アテンション)」を測るためのアプローチとして、以下の4つの方法を提示している。

 

1.データシグナル(行動ログ)に基づく測定

ユーザーが広告をどれくらいの時間見たか、画面上でどのようにスクロールしたか、音声をオンにしていたか、広告にマウスオーバーやクリックをしたかなど、ユーザーの行動データをもとに注意の度合いを推定する。

2.視覚・聴覚のトラッキング

視線追跡(アイ・トラッキング)や画面の注視領域分析、音声に対する反応を通じて、ユーザーが実際に広告に意識を向けていたかを測定する。

3.生理的・神経的観察

脳波、心拍数、瞳孔の変化といった生体データを通じて、ユーザーの“無意識の注意反応”を測定する。たとえば、広告に触れた瞬間の脳の活動パターンから、強い印象を受けたかどうかを判断する。

4.アンケートやパネル調査

広告を見た後に「覚えているか」「どれだけ理解したか」「どんな感情を持ったか」などをユーザーに直接尋ねることで、注意の質を間接的に測定する。

 

さらに、これらの手法を組み合わせたハイブリッド型のモデルや、AIを活用した注意度の予測モデルの導入も推奨されている。

 

測定だけでなく、「透明性」と「信頼性」も重視

ガイドラインでは、アテンションを測定するベンダーや媒体企業に対して、データの取得方法、推定モデル、使用した指標などを透明に開示することを求めている。

 

特に重要とされているのは次の3点である:

データの正確性と一貫性: 広告が表示された時間、面積、位置などを正しく記録・保持すること。

モデルの根拠説明: AIなどを使って推定される「注意スコア」が、どのような根拠と学習データによって算出されているのかを説明可能であること。

第三者監査への対応: 測定結果が「検証され(validated)」「監査可能(auditable)」な構造であること、そしてMRCによる第三者監査・認証を受けられる体制を整備していること。

 

IABは、このガイドラインを単なる指針で終わらせず、将来的にMRCの公式認証基準として採用し、アテンション測定に市場で通用する信頼性を付与することを目指している。また、今後は「アテンション測定の品質保証」が、広告パートナーの選定や媒体の評価において重要な指標になる可能性もある。

 

広告主・代理店にとっての意義と注意点

広告主にとっては、単に広告が配信された回数やクリック数ではなく、「ユーザーがどれだけ広告に意識を向けていたか」という**“接触の質の指標”**をもとに広告効果を評価できるようになる。

 

また、代理店にとっても、注意度の高いメディア枠を優先的に選ぶことで、限られた予算内でより効果的な広告出稿が可能になる。クリエイティブの違いによる「注意の引きやすさ」の検証にも使えるため、制作段階からの活用も期待される。

 

一方で、IABとMRCは「注意が高い=成果が出る」という短絡的な解釈は危険だと警鐘を鳴らしている。あくまでアテンションは、成果指標(売上、認知度、購買意向など)を補完する“接触の質”の指標であり、独立して成功を保証するものではない。

 

日本市場へのインパクトと今後の展望

日本市場においても、今後アテンション測定の導入は加速する可能性がある。特に、駅構内や街頭におけるデジタルサイネージ広告、アプリ内やゲーム内など、これまで正確な効果測定が難しかった分野では、注意測定によって新たな指標が得られることで、広告価値の可視化が進むと期待される。

 

また、グローバル企業が日本市場に展開する際、IAB/MRCのガイドラインを基に広告効果を設計・評価するケースも増えることが見込まれる。国内企業も、今後のメディア評価やパートナー選定において、この新たな「アテンション測定基準」への対応が求められる局面が増えることになるであろう。

ABOUT 野下 智之

野下 智之

ExchangeWire Japan 編集長  

慶応義塾大学経済学部卒。
外資系消費財メーカーを経て、2006年に調査・コンサルティング会社シード・プランニングに入社。

国内外のインターネット広告業界をはじめとするデジタル領域の市場・サービスの調査研究を担当し、関連する調査レポートを多数企画・発刊。

2016年4月にデジタル領域を対象とする市場・サービス評価をおこなう調査会社 株式会社デジタルインファクトを設立。
2021年1月に、行政DXをテーマにしたWeb情報媒体「デジタル行政」の立ち上げをリード。