The Road to ATS Tokyo 2025:「代理店は必要か?」との問いに広告主はどう答えるか①[インタビュー]
ATS Tokyo 2025が11月21日に開催される。本イベントの看板コンテンツの一つが、パネルディスカッション形式の議論となる「広告主が本音で議論:次世代エージェンシー論〜代理店は必要か?〜」。広告主のインハウス化やAIの普及を受けて、代理店は「中抜きされる存在」になってしまうのか。それとも「戦略パートナー」として進化できるのか。登壇者の一人である株式会社Timersの栗城良規氏に予め課題意識を聞いた。 (聞き手:ExchangeWire JAPAN 長野 雅俊) インハウス運用と広告代理店を併用する理由 ―自己紹介をお願いします。 株式会社Timersの取締役最高執行責任者(COO)を務める栗城良規と申します。ママ・女性のキャリアアップ向けオンラインスクール運営の管掌役員兼事業責任者、オンラインアシスタント事業ならびにオンラインBPO事業の管掌役員を務めています。 デジタルマーケティングには、前職及び前々職を含めて、15年近くにわたり従事してきました。 ―貴社におけるデジタル広告運用体制を教えてください。 インハウス支援を行う複数の社外人材と連携した当社社員と広告代理店を併用しながら、良い意味で成果に対する緊張関係を持ちながら広告運用業務を行っています。 ―インハウス運用と広告代理店への委託の併用ということですね。 理想的には、すべてインハウス運用にしたいです。当社社員こそがそのサービスについては最も深く理解していますし、社内人材であればPDCAを回しやすく、同じ成果であれば広告代理店にお支払いする手数料がない分、インハウスの方がより広告効果の最大化が狙えるためです。 ただし、広告代理店が不要とは全く思いません。各主要広告媒体と強いパイプを築きつつ、幅広い広告主に対してサービスを提供できる広告代理店ならではの存在意義は確実にあると思います。また当社に関して言えば、インハウス部隊と広告代理店が適切な緊張関係で成果を求めて競争することで好結果を生みだしていると考えています。 生成AIがあるから広告代理店は不要とはならない ―媒体側の自動化などが進んできたことで、これまで広告代理店が担ってきた人的な役割の重要性が徐々に薄れてきているのではないでしょうか。 確かに広告プラットフォームのアルゴリズムが劇的に向上したことで、人間が細かい広告配信設定をせずとも、一昔前と比べると広告効果の最大化に向けて媒体側がかなりの部分で自動的に調整してくれるようになりました。また広告クリエイティブは、必ずしもデザイナーに委託せずとも、各種ツールを用いて自前で用意しやすくなってきています。 ただし、広告の配信前に適切な設定をする必要があり、一定の技術的な理解や実行が求められるので、こうしたアルゴリズムやツールを現状使いこなすことができている広告主は、まだまだほんの一握りに過ぎません。しかも世の中のデジタル化が進んでいくに従い、これから新しくデジタルマーケティングを開始する企業も増えていくことでしょう。いくら自動化が進んだといっても、デジタルマーケティングに関して経験値の低い企業がいきなりインハウス運用を行うのは非現実的です。 またデジタルマーケティングに関して既に十分な知見を持つ企業であったとしても、業務合理化を目的として、できる限り外部委託を進めようとする場合もあるはずです。こうした企業にとっては広告代理店が強力な味方になると思います。 ―生成AIの台頭によって、広告代理店を取り巻く状況は一変するという見方もあります。 生成AIが登場するずっと以前から、広告代理店の仕事を奪いかねないノーコードツールなどがたくさん出ていました。でもだからといって、例えば、WordPressやfigmaを使ってランディングページを自ら作成したり、Canvaを使ってバナーを自ら作るようになった広告主は、まだまだそう多くないはずです。 なお、生成AIは「適切な知見を持つ人」が「いかに適切にインプットをするか」でアウトプットが大きく変わります。つまりできる人の仕事の効率性を劇的に引き上げることはできるものの、万人に対して同様の成果を提供することは今現在はできないですし、この先もそこの不確実性は残る可能性が高いとも思います。 ―貴社のようにデジタルマーケティングに関して一定の知見を得た上で社内運用体制を整備している企業にとっては広告代理店の存在意義は薄まるのでしょうか。 インハウス体制を持つ当社でも、広告代理店を必要とすることは多々あります。とりわけ媒体社との強固なパイプ作りは、広告代理店ならではの機能だと思います。具体的な例を挙げると、広告プラットフォームは、特定の広告代理店を介してのみ新機能をリリースするということが往々にしてあります。このリリース直後の数カ月間で攻略法を得ることができれば、一般リリース後もしばらく当社の先行優位が続くので、非常に大きなメリットです。 社内人材に何を求めるか ―貴社のインハウス部隊は例えば広告代理店での業務経験を持つような方なのでしょうか。 いえ、どちらかというと事業開発領域の人材です。営業部やCRM担当といった他部署と連携した上でキャンペーンを設計し、広告運用まで落とし込んでいくという、社内人材だからこそ実行し得る統合的な業務をお願いしています。 少なくとも当社であれば、必要な知識やノウハウについては教えることができる環境が整っているので、特定のアドテクに精通していることよりも、きちんと社内連携を図った上で統合的な施策を実行できることを求めています。 ―インハウス人材について、資格や能力といった点ではどのような素養が求められているのでしょうか。 うーん。結局のところは数字に向き合う覚悟やコミットが求められるのかもしれませんね。例えばマーケターなら誰しも、「万が一にも設定のエラーが発生すれば広告費が一瞬で消えてしまうのではないか」という恐怖を抱いたことがあると思うのです。だから多くのマーケターは、1時間単位で管理画面に張り付いたり、または自分が目を離しているときでも管理できるような仕組みを構築したりしています。 だから、緻密さや数字への追求が優れている方でしたり、きちんとアラートが上がる仕組みなどを自ら構築できる人材が向いているのかもしれません。あとは、ユーザーの深層心理を想像したり確認することに固執できる人ですね。いずれの場合においても、業務に対するコミットがあるからこそ、そういった追求や、お客様のことを考え続けることができるのだと思います。 次世代エージェンシー像とは ―広告代理店に業務委託をする上でどんなことを重視していますか。 当然のことながら、様々な代理店がありますし、また一つの代理店の中にも様々な能力を持つ社員がいます。一般的な傾向としては、大きな広告予算を持つ広告主に対しては広告代理店はエース級社員を担当に、そして予算が少なければそれ以外の社員を担当にするので、予算の少ない広告主の方が、広告代理店に不満を感じることが多いのかもしれません。 広告主にとって重要なのは、広告代理店に丸投げしないことです。広告主側でもある程度の体制を構築することで適切な緊張関係に基づく競争関係を築くことができれば、より高いレベルで付加価値を提供しないといけない、という構造が作れ、より高いアウトプットを出していただきやすくなるかと思います。もちろん、そうなればインハウス部隊も良い刺激を受けてより高い成果を求めるようになるので、非常に良い関係性になります。 ―「次世代の広告代理店」にはどんなことを求めますか。 実質業界の慣習となっている「広告費の20%を手数料として徴収する」という事業モデルを見直すことはできないのでしょうか。 例えば、人手が足りなくて、「広告クリエイティブだけ大量に制作してほしい」とか「指示した通りに運用を回しておいてほしい」という状況は多々発生するわけです。ところが、広告代理店はそうした業務に対応し得る人員体制があるにも関わらず、媒体への出稿を前提とした出稿手数料ごとの事業モデルしか持たないので、広告主から適切に依頼することができず、場合によってはお互いに機会損失が生まれている場合もあると思います。同じデジタルマーケティングでも、LP修正やCRM設計は稼働時間に応じた業務対応ができることがあるのに、広告運用業務となった途端に広告費の手数料徴収モデルしか実質ないのは若干の違和感を覚えます。 ―広告代理店関係者からも「マージン(広告費の20%)」ではなく「フィー(専門作業に対する報酬)」にしたいという声を聞くことがあります。 そうですよね。手数料徴収モデルにおいては、契約条件にもよりますが、一般的には広告主がいきなり「ごめん今月は広告を止めて」と言えば、広告代理店はその指示に従わらざるを得ず、収益機会を丸ごと逸することになります。稼働時間に応じた課金システムや成果報酬型などの別の費用形態も持ち合わせることによって広告代理店が今よりもより機会損失をなくしたり、新しい収益機会を得られることもあるはずです。 おそらく業界慣習でしたり、一定の利益率を確実に達成できるためだとは思うのですが、デジタルマーケティング業務が多様化していることを鑑みれば、もう少し柔軟に対応してもらえると、広告主と広告代理店はより良いお付き合いができるような気がしています。 The Road to ATS Tokyo 2025:「代理店は必要か?」との問いに広告主はどう答えるか②はこちら (ExchangeWire編集部より) 議論の続きは、ATS Tokyo 2025のパネルディスカッションで行う予定となっています。本テーマにご関心のある方は、ぜひ当日会場までお越しください! ATS Tokyo 2025 11月21日(金) 東京ドームホテルにて開催 広告主が本音で議論:次世代エージェンシー論〜代理店は必要か?〜 10:15-10:45 広告主のインハウス化、プラットフォーム直取引、AIを含めたSaaS型マーケティングツールの普及…。代理店はもはや「中抜きされる存在」なのか?それとも「戦略パートナー」として進化できるのか?今後求められるマーケターとしてのスキルは何なのか?広告主サイドのマーケティングスペシャリストが忖度なく議論する。 ATS Tokyoのチケットはこちらからお申し込みください。
リテールメディア広告の未開拓領域とは―ATS Tokyo 2024に登壇したpHmediaが語る最新動向 [インタビュー]
日本市場が「リテールメディア元年」を迎えたとされる2023年から既に1年以上が経過した現在、市場はいかに発展しつつあるのか。昨年11月に開催されたATS Tokyo 2024のパネルディスカッション「リテールメディア広告の理想と現実」に登壇したpHmediaの松居達也氏に最新動向について聞いた。 (聞き手:ExchangeWire JAPAN 長野 雅俊) 商談で感じたリテールメディア広告市場の変化 ―自己紹介をお願いします。 株式会社博報堂 コマースコンサルティング局 局長補佐の松居達也と申します。現在はドン・キホーテなどを展開する株式会社パン・パシフィック・インターナショナルホールディングスと博報堂がリテールメディア事業を運営するために2023年12月に設立した株式会社pHmediaに出向しており、同社のCOOを務めています。 ―ATS Tokyo 2024へのご登壇を振り返ってください。 国内リテールメディアの市場課題を、当日会場にご来場いただいた幅広いオンライン広告市場関係者の皆様と共有できたことは良かったです。特にカゴメ株式会社様や株式会社コーセー様といった、リテールメディアに対して広告を出稿するメーカー企業様とご一緒して議論できたことをうれしく思います。 ―2024年11月22日に開催されたATS Tokyo 2024の登壇時と比較して、リテールメディア市場の変化を感じますか。 一部の広告主様がリテールメディアに関する専門部署を立ち上げるなど組織的な取り組みを開始されています。正直なところ、リテールメディアに出稿する広告主様が劇的に増加しているという実感はまだないのですが、既に出稿している広告主様の出稿額は増えてきています。 また、これまでリテールメディアの活用は広告主の営業部門が中心でした。つまりドン・キホーテのような小売企業に対して卸す商品の売上や回転率を上げることを目的として、メーカー企業の営業担当者様が広告の出稿を含めた投資を行うという形式が多かったのです。しかしながら、最近では商談にメーカー企業様のマーケティング担当者や事業責任者といった方々がご同席いただく機会が増えてきました。 そうなると、いわゆる営業費ではなく、広告費やメディアプランニング全体にかかる費用をリテールメディアに投資していくということにつながるので、今後は広告投資金額がさらに増え、またリテールメディアの活用が本格化かつ多様化していくことになると思います。 SMのリテールメディア化はなぜ進まないのか ―ATS Tokyo 2024では、日本市場は小売企業が分散しているため、ドラッグストアなど一部の領域を除き、購買データがサイロ化されていて横断的なリテールメディア広告運用ができないとの課題を指摘していました。 購買データの活用や統合といった取り組みにおいては、ドラッグストアが最も先進的であり、コンビニエンスストアも様々な試みを行っていますが、スーパーマーケット領域での進捗がやや遅れているという状況に大きな変化はありません。 米国におけるリテールメディアの成功事例としてよく言及されるウォルマートのような巨大スーパーマーケットチェーンが日本市場には存在せず、各地域に根差したスーパーマーケットが大多数を占めるので、単一のスーパーマーケットだけでは、リテールメディアとして成立させるに十分な規模を確保できないというのが一因です。だからこそ、各小売企業のデータを束ねる立場にあるベンダー企業の役割が重視されているのだと思います。 このような市場環境においては、どこか特定の企業だけが先行優位を持つような仕組みになると、異なる企業同士の連携が進みません。もちろん競合企業同士がデータ連携する上では様々な課題があるのですが、現在は「得意分野を整理した上で一緒に手を取り合う」ことを実現するための設計図を描こうとしている段階にあります。 ―リテールメディアの取り組みにおける日本のスーパーマーケットの苦戦は、大手ECプラットフォームを利することになりませんか。 どうでしょう。これはリテールメディア事業に限った話ではないのですが、ECプラットフォームがスーパーマーケットの市場を一方的に奪っていくのではないかとする見方に私は懐疑的です。例えばECで注文すると、一般的にはどんなに早くても翌日配送ですが、日常生活で多々発生する「今欲しい」を実現できるのはリアル店舗ならではです。 その他にも独自のサービスや機能がたくさんあるので、恐らく、少なくとも日本市場においては、リアル店舗は今後も引き続き一定の存在感を持ち続けます。そして、Amazonや楽天市場を始めとするECプラットフォームがリテールメディア事業を推進すればするほど、「なぜECができることがリアル店舗でできないのか」という機運が高まり、リアル店舗におけるリテールメディア市場の発展を後押しするはずです。 購買データをいかに使うか ―スマートフォンの普及によって位置情報が利用しやくなったように、リテールメディアが発展すれば購買データの活用が進んでいくと思いますか。 位置情報については、本来的な価値は広告に接触する適切なモーメントを捉えることができることであり、どの瞬間にどんな場所にいる人が何を欲しているかが推測でき、アプローチが可能になる、という点にあると考えています。こうしたメディアの新しい使い方の可能性を提示しているという点で特徴的なデータです。 同じように、購買データは、特定の商品を購入する可能性がある人たちと購入可能なタイミングで接触できることに価値があると思います。購買データをいかに活用すべきかについては引き続き様々な試行錯誤が繰り返されていくことになるでしょうが、購買データの活用法は今後、確実に進化していくはずです。 ―本業となる小売販売業に悪影響を与えかねないとしてリテールメディア開発に否定的な見解を示す小売事業者は多いのでしょうか。 リテールメディアに対する理解が進んできたこともあり、恐らく最近では、収益性や効率性といった観点からリテールメディア開発の是非を検討することがあったとしても、開発自体を全否定する事業者様はあまりいらっしゃらないのではないでしょうか。 一方で、広告収益を得ることだけを目的としてリテールメディア開発を行う企業様はほぼいらっしゃらないと思います。リテールメディアの収益規模は、本業となる小売業の売上規模には遠く及びません。 世界最大級のリテール関連イベントと言われる全米小売業協会主催のNRF Retail's Big Showでも、リテールメディアの意義とは「自社のお客様に対して情報を正しく届けること」であるという見解が示されてきました。やはり「メディア」と称する以上、いかに自社の顧客に対して適切な情報を届けるかという点から各事業者様はリテールメディア開発及び運営を行っているのだと思います。 ―今後の市場課題をどう捉えていますか。 まずスーパーマーケットを始めとする小売業のデータのサイロ化の解消には引き続き取り組むべきでしょう。 もう一つは、購買データを用いてお客様にどのような情報を届けるかという問題としっかりと向き合わなければいけません。広告運用に限定して一例を挙げると、「購買データを用いて広告配信する際に、どのような広告クリエイティブが最も売上増に貢献するのか」という研究がまだまだ不足しているように感じています。逆にこの辺りの研究が進めば、広告効果が一層高まり、市場はさらに成長していくと見込んでいます。 ―「購買データを使うだけで満足するな」ということですね。 競合商品を購入したユーザーに対して広告を当ててみて、そのユーザーがコンバージョンしたかどうか、その後リピーターとなったか、といった分析を行っているメーカー企業様は多くいらっしゃいますが、購買データを使ったクリエイティブの勝ちパターンを見つけられている企業は多くないように思います。 ―そもそも購買データを用いた広告配信規模が限定的だから、広告クリエイティブの種類をそれほど多く用意できないと考えられているのかもしれませんね。 その可能性はあります。でも、そうだとすると、そもそも本当に購買データに基づくセグメント配信が必要なのか、という話にもなるのではないでしょうか。購買セグメントごとのコミュニケーションを設計しようとする一方で、広告クリエイティブは全部同じで良いという考え方にはやはり違和感がありますね。これは自戒を込めてですが、店舗なりECに買い物に来たお客様がどういった体験をするとその商品をまた買いたいと思うのかということに対する想像力をめぐらすことが重要なんだと思います。 当社を含め、リテールメディア広告業界関係者はこの問題意識を既に持ち始めていて、研究や挑戦を続けているところなので、今後の展開を見守っていただけたらうれしいです。
EC化率底上げの起爆剤となるか、日本上陸したTikTok Shopとは[インタビュー]
2025年6月、アメリカや中国などで先立って展開されているTikTok Shopが日本国内向けにローンチされた。TikTok内に買い物機能が追加され、広告主やEC事業者にとっては新たな販売チャネルとなり注目を集めている。Septeni Japanは、TikTok広告が日本でリリースされた2018年当初から、社内におけるTikTok広告専門のクリエイティブ研究チーム「TikTok LAB」を組成し、TikTokを活用した多様なマーケティング施策を展開しながらノウハウを蓄積してきた。TikTokを活用した企業のプロモーション支援に携わってきた、Septeni Japan株式会社の本間氏、仙波氏の2名に、TikTok Shopの機能、グローバル・日本での展開についてお話を伺った。 -自己紹介をお願いします。 本間氏:Septeni Japan AXメディアソリューション領域の統括、縦型ショート動画領域も兼任している本間です。今回のTikTok Shop事業立ち上げにおける事業責任者となります。 仙波氏:Septeni Japan AXメディアソリューション領域 メディア戦略推進部・縦型ショート動画領域を兼任している仙波です。TikTokを活用した広告やドラマを中心に、メディアプランの策定や施策推進を通じて、クライアント企業のサポートを行っています。また、クリエイティブの研究や商品開発においても、実行リードを担っています。現在、本間とともにTikTok Shop事業の立ち上げにおけるマネージャーを務めております。 どうぞよろしくお願いいたします。 -今回ローンチされたTikTok Shopの機能について教えてください。 仙波氏:TikTok内での商品購入が可能となる新機能です。TikTokにECモールが統合されるようなイメージをしていただくと分かりやすいと思います。 主に4つのタッチポイント(①カート付きショート動画②ライブコマース③ブランド専用ショーケース④ショップタブ)から商品の閲覧・購入ができるようになります。決済機能がTikTokアプリ内にあるため、一度クレジットカードなどの決済情報を登録すれば、その後は情報入力の手間が省け、ユーザーは簡単に購入可能となります。 -InstagramやYouTubeでも買い物機能がありますが、TikTok Shopが他ソーシャルコマースと違う点はありますか。 本間氏:TikTok Shop は、外部サイトに遷移することなくTikTok内で決済まで完了できるのが大きな特徴です。購入までのステップが少ないため、購入者は情報入力の煩わしさを感じることなくスムーズに決済できます。 もう一つの特徴はTikTok Shopが「ディスカバリー型メディア」である点です。他ソーシャルコマースだと、情報の拡散性がクリエイターやチャンネルのフォロワー数に左右される傾向がありますが、TikTokでは動画コンテンツが話題になればどんどん拡散されていきます。ユーザーがコンテンツを「ディスカバリー(発見)」し、購入まで繋がっていく新たなEC体験が強みとなります。 -他SNSと比べてTikTokにはどういった特徴がありますか。 本間氏:TikTokは新しいユーザーへのアプローチに強みがあると思います。広告主の方もあらゆるSNSを併用しています。Instagramは、フォロワー限定のライブ配信や商品販売のような、フォロワー増加・エンゲージメント向上を狙いとしたファン層を「濃く」していく施策に向いています。一方、TikTokは、それまでとは違った新しいユーザーに向けて、広くアプローチしていく施策で力を発揮できる媒体だと考えています。 -世界ですでにローンチされているTikTok Shopですが、グローバルでの状況はいかがですか。 仙波氏:TikTok Shopは、2021年イギリスでのローンチを皮切りに、アメリカやヨーロッパ、東南アジアで展開されています。グローバル全体での総売上は上昇しており、各国でそれぞれ購入経路が違うことが興味深いです。例えば、ライブ文化が醸成されている中国では、TikTok Shopでのライブコマースでの購入割合がかなり高いという特徴があります。一方で、アメリカやイギリスなどではショート動画経由での購入が一般的です。 -日本ではTikTok Shopはどのように浸透していくと予想されますか。 本間氏:個人的な予想ですが、日本では、マイクロインフルエンサーと呼ばれるクリエイターがまずショート動画から始めて、のちにライブコマースに挑戦していく流れになるのではないかと思っています。ただTikTok Shopの強みはライブコマースなので、これから「日本型のライブコマース」が立ち上がってくるのではと考えています。ローンチ後の動きについては、さまざまな仮説を立てながら、守備範囲を広く持って研究しています。これまでセプテーニが積み上げてきた広告データの運用知識も活かせると考えています。 -TikTokのユーザーの現状を教えてください。さらにTikTok Shopはどのようなユーザーをターゲットとしていますか。 仙波氏:TikTokユーザーは若年層が多く、我々のクライアントからも「踊ったりする10代向けのアプリでしょう」と言われることもありますが、実はプラットフォーマー側はユーザー年齢の引き上げを戦略立てて進めています。直近では30・40代以上のユーザーが増加しており、平均年齢は36歳あたりではないかと言われています。ただ、TikTok Shopは、デジタルネイティブであるZ世代やミレニアル世代といった新しいものを受け入れやすい層から浸透していくと考えています。 本間氏:グローバルでは、TikTok Shopと相性のよい商品価格は大体3,000円から1万円あたりまでで、「衝動買いしやすい価格」の商品が好まれる傾向にあります。若年層の購買がベースになりつつも、購買力のある世代まで広がっていくか、というところは市場を拡大していくうえで重要な観点だと思っています。 -TikTok Shopを本格活用するには、どれほどの予算やどういった体制を広告主側で用意する必要があると思いますか。 仙波氏:TikTok Shopの出店自体は無料でできますが、本格的に活用するには、ブランドの世界観の構築やデジタル広告における動画制作の知見、アサインすべきクリエイターの把握・選定などが必要となります。具体的な予算規模はこれらの要素によって大きく変動しますが、自社内または専門的な知識やノウハウを持つ外部パートナーとの連携により、TikTokのアルゴリズムやトレンドを理解したうえでブランドイメージと合致したコンテンツを制作できる体制を作ることが重要です。 セプテーニでは、これまで蓄積してきたTikTokでのプロモーションノウハウや各種クリエイターネットワークを活かし、企業アカウントの育成から商品選定、適切なクリエイターの選定ならびにディレクション、コンテンツ制作などに至るまで一気通貫でサポートできる体制を整えています。固定費でのご支援だけでなく、売れ行きによってレベニューシェアという形で伴走させていただくなど、広告主のみなさんのご意向やご予算感によって柔軟に伴走内容を変えることも可能です。 -TikTok Shopでの集客において押さえておくべきポイントはありますか。 仙波氏:先日ヘアケア商材の商談でも話題に上がったのですが、ヘアケアのような変化や効果を視覚的にアピールできるものは、動画メディアととても相性が良いです。視覚的な訴求がしやすい商品は、集客に効果があるのではないでしょうか。 本間氏:美容トレンドを作る商材、コスメ・美容・ファッションはTikTokに向いています。その他ですと、ガジェットやホビー系も相性が良いです。やはり視覚的にアピールしやすく、動画にしたときに効果が発揮できる商材が集客につながると思います。さらにマイクロインフルエンサーなどのクリエイターと商品がマッチしていることも重要です。 仙波氏:加えて、動画コンテンツ制作の手前にあるTikTokのレコメンドシステムを理解していることも大事です。動画投稿から数日で、インプレッションは収束する傾向にあります。アカウントの稼働状況や投稿の頻度を理解して、「やってはいけないこと」を潰していくことも必要です。ユーザーに商品を「ディスカバリー」してもらうために、まず、おすすめに表示される構造を理解しておくことが重要です。 -リテールメディアビジネスが話題に上がることが増えましたが、ウォールドガーデンでの広告運用への影響は感じますか。 本間氏:リテールメディアビジネスは話題になっていますが、ウォールドガーデンにおける広告費や販促費に影響があるとは感じていないです。実際に今回のTikTokのように、ウォールドガーデン型のメディアはリテールメディア市場にも参入していますので、収集できるデータの濃度を考えると、短期的にはオープンインターネットよりウォールドガーデンが有利な状況が続くのでは、と考えています。 また日本は世界各国と比べるとEC化率が低い傾向にあります。リテールメディアの盛り上がりや、TikTok Shopのような新しいコンテンツが、日本のEC化率を引き上げてくれる起爆剤になってくれれば、と考えています。
韓国ソウル開催・コマースメディアの最前線に迫るMoloco主催「MOLOCON25」イベントレポート-急成長中の韓国最大級ビューティストア・オリーブヤング、成功の秘訣とは-
USに本社を置き、独自のAIエンジンを活用しアプリ広告の自動最適化を提供するMolocoが、2025年6月12日、韓国・ソウルで大型カンファレンス「MOLOCON25」を開催した。700名に上る来場者の熱気に包まれた会場では、「AIコマース」をテーマに業界の最新動向の紹介や、Coupang Eats、オリーブヤング、MUSINSA、W CONCEPTなど韓国国内のコマース企業トップランナーによるセッションが行われた。急速に拡大する韓国のコマースメディア市場では、どのような施策が成功の鍵となっているのだろうか。 本レポートでは、現地でのイベントの様子に加え、韓国最大級のヘルス&ビューティストア「オリーブヤング」を展開するCJ Olive Youngのセッションに着目し、オンライン・オフラインを融合するリテールメディア戦略にせまる。 (Sponsored by Moloco Japan) AIでカスタマージャーニーのあらゆる瞬間をつなぐ 冒頭はMoloco最高経営責任者(CEO)であるアン・イクジン氏によるスピーチで幕を開けた。Molocoは2013年より機械学習の開発に5年を費やし、2019年に広告市場に参入してからはAI広告技術の強化を目指してきた。GoogleやAmazon、Twitterといったビッグ・テック企業の出身者たちによって開発された独自のAI技術は高い水準を誇る。 近年では主にモバイルアプリとコマースプラットフォームに特化し、コマースメディアのソリューションに関しては、韓国のトップ20のコマースプラットフォームのうち60%以上に導入され、18万以上の広告主(ブランド)に展開されている。アン・イクジン氏は、AIはツールとしてのみならず、「広告が実際にどれだけビジネスにインパクトを与えたか」を可視化できる武器であると強調した。 最初のカスタマーセッションは「AIでカスタマージャーニーのあらゆる瞬間をつなぐ」を掲げ、韓国大手EC企業が提供するフードデリバリーサービス「Coupang Eats」がトップバッターとなり、独自のデータドリブンなマーケティング戦略を紹介した。 「Coupang Eats」では、ユーザーの目に触れるすべてのクリエイティブは、背景色からボタンの形まで一つ一つがA/Bテストにかけられ選定される。さらにアプリを一度離れたユーザーに対しては、CRMデータをもとに適切なタイミングで再誘導を促す。客観的なデータの集約をマーケティング施策へとつなげる、徹底したデータ戦略といえる。 続く中古品取引アプリ「タングン」と若年層向けトラベルプラットフォームの「NOL Universe」(旧Yanolja)のセッションでは、Molocoのストリーミング広告を活用し、ユーザーのニーズにきめ細やかに応えつつ、アプリプラットフォームのブランド認知度とパフォーマンスマーケティングを推進した事例を紹介した。「タングン」ではローカルに特化し、中古品を出品する側・買う側からの信頼を集めることに注力している。「NOL Universe」では、「子どもが遊べる場所はあるか」「ペットは同伴できるか」などユーザーの細かなニーズをとらえテーラリングする施策を目指す。両アプリとも、詳細なターゲット設定と多様化するニーズに対応する姿勢が印象的である。 さらに「タングン」は、MolocoのAIを活用したパーソナライズ広告ソリューション(個別最適化された広告を配信するためのAIベースの広告機能)を導入し、効果を計測したところ、ユーザーのコンバージョン率増加に加え、ブランディングとパフォーマンスの相関性を把握できたことも報告した。 拡大するコマースメディア市場 Moloco Commerce Media (MCM) APAC成長戦略チーム担当のイ・ヒョンチェ氏によると、2027年にはアメリカのオンライン広告市場全体のうち、21.8%をコマースメディアが占めると予測されているとのこと。「店に目当ての商品を買いに行ったら、隣にあった新商品の広告が目に入り、思わず購入した」というような「偶発的な発見と即決購入」が消費者行動の起点となることは昔も今も変わらないとしたうえで、購入場所がデジタルに置き換わり、偶発的な発見を促すのがコマースメディアであると説明した。ECプラットフォーム内で「発見→比較→購入」まで完結することが大きな特徴である。 コマースメディアで高パフォーマンスを達成するには「良質なユーザーデータ」「自然な広告UI/UX」「高精度なターゲティング技術」の3つが揃うことがキーとなる。後半では、ビューティストア「オリーブヤング」、ECファッションモール「MUSINSA」、「W CONCEPT」の担当者が登壇し、各ブランドならではの戦略を紹介した。 本レポートでは、日本でも流通を拡大するビューティストア「オリーブヤング」に着目し、広告運用において昨年から2倍の成長を遂げたという成長戦略にせまる。 オンラインとオフラインの融合を体現するオリーブヤング ビューティストア「オリーブヤング」は20・30代の女性を中心に、ストアマーケットシェア9割以上を誇る、韓国最大級のビューティとヘルスに特化したブランド・モールである。「オリーブヤング」はオンラインとオフラインの両方で強みを持っており、韓国国内での店舗数は1,700を超え、ECモール・アプリで収集したファーストパーティデータを活用し、プラットフォームの内外でブランドが自由に広告を展開できる仕組みを構築している。 Molocoグロース戦略チームシニアマネージャーであるキム・テヨン氏とCJ Olive Youngリテールメディア事業チーム長であるキム・ジンソク氏による対談では、「オリーブヤング」の強み、店舗からオンラインへつなげるマーケティング施策、コマースメディア戦略における全体像について議論がなされた。 「オリーブヤング」における主要指数となるMAU(月間アクティブユーザー数)および注文数はいずれも成長を示し、成果報酬型広告の受注は140%以上増加しているという。コマースメディアでの成功の秘訣について、キム・ジンソク氏は「ユーザーがどの商品を見て、どのページを保存して、検索して、カートに入れたかなど、行動データをもとに最適な商品を表示しています。クリックから購入まで全てのデータが確認可能である点が、最大の強みです」と述べる。 「オリーブヤング」では内部と外部、オンラインとオフラインの4つにメディアゾーンが分けられており以下のように分類されている。 ①オンライン内部→パーソナライズド広告、トップバナー ②オンライン外部→Meta、TikTok、Googleなどの広告 ③オフライン内部→リアル店舗内ディスプレイ広告(DOOH) ④オフライン外部→親会社CJグループ内と連携した屋外広告 4つの各メディアで蓄積されたデータを集約することで、統一された広告の提供を実現する。これらの好循環により、ブランド側も露出を増やすことができ、結果的にすべてのステークホルダー(ブランド、ユーザー、広告代理店など)とのWin-Winな関係を築いている。この循環により他プラットフォームと差別化が可能となると強調した。 また、広告出稿するブランド側の視点でのコマースメディアを活用するメリットについては、「マーケティング成果を直接測定できること」だと述べる。ECモール・アプリで1,600万人のユーザーを持つオリーブヤングでは、広告出稿しているブランドとしていないブランドでは、露出数・クリック数・購入すべてにおいて10倍以上の差があるとのこと。従来はオフラインでのデジタルサイネージが「リテールメディア」とされていたが、今ではよりデジタルでパーソナライズされた広告へと進化している、とキム・ジンソク氏は語る。 今後については、「オンライン・オフラインはそれぞれ違うチャネルへのアプローチであるが、両方のパフォーマンス計測を可能にし、より正確な計測結果の把握を目指したい。オンラインとオフライン、そして両社をまとめて管理できる統合広告プラットフォームを計画している。また、オンライン(オンサイトのみ)で広告を見た後のオフラインでの購買をオンライン広告の効果として計算する、オフラインアトリビューションも準備している」とし、すべてのチャネルでの最適化につなげていく熱意を示した。 韓国・日本のリテールメディア市場の違い 本セッションのインタビュアーを務めたMolocoキム・テヨン氏は、現在日本市場のコマースメディア事業を担当している。Molocoは2019年に日本市場に進出し、2022年に日本法人を発足している。 日本と韓国のリテールメディア市場についてキム・テヨン氏は、韓国はECモールが発達する「モバイルファースト」であるが、日本ではECよりも店舗が強いと感じることが多いという。プラットフォームの競争力が上がることで店舗に好影響をもたらす、という流れがある韓国に対し、日本ではECで利益がなくとも、店舗の力が強いためEC事業の規模が小さいままに留まることがあるのでは、と語る。とはいえども、「オリーブヤング」は店舗から出発し、オンラインで急成長したプラットフォームであり、20・30代の女性に加え10代や男性までユーザーを拡大している。Molocoのプラットフォームでは、広告クリックやEC購入といったオンラインのみならず、実店舗の成果もアトリビューションの分析対象とするよう計画中である。日本ではオフライン店舗がまだ強い一方、近年デジタル遷移が激しく進んでいるため、これからの成長が期待される。「デジタル化の過程でMolocoが貢献できると考えている。オンラインとオフラインが相互に好影響を作る仕組みを浸透させていきたい」とキム・テヨン氏は意欲を見せた。 AI広告技術で切り拓く未来 イベントではコマースメディアにおけるAI技術の活用がテーマとなったが、Molocoのプレゼンテーションでは今後の展開として、ウェブベース広告とCTVコンテンツでの広告配信が発表された。ストリーミングメディア市場に続きCTV参入について、Moloco最高マーケティング責任者(CMO)であるPaul D’Arcy氏は次のように語る。 「AI技術を磨き続けることで、Molocoはアプリ広告・コマースに加えストリーミング市場でも成果を出してきました。広告主にとっては『広告を見た→行動に移した』という流れの実現がキーとなります。CTV広告配信では、視聴者がウェブコンバージョンやアプリダウンロードまで至ったかを追跡できることを目指しています」 リテールメディア事業への注目が高まっている現状についてPaul D’Arcy氏は「サードパーティCookie規制により小売データの重要性は高まっています。どこの国であっても、小売り企業はAmazonやウォルマートに対応するために広告事業を持たねば、というプレッシャーの中にいる。そういった企業にビッグ・テック並みのAI・機械学習技術を提供できる企業は多くはないと思います。我々が誇るAI技術を活用し、 様々なビジネス規模の成長を支援していきたいです」と述べた。 愛されるブランドが語る戦略 イベント「MOLOCON」は昨年から続いて2回目の開催となる。1回目ではグローバル企業による発表や事例紹介を主に取り扱ったが、「今年はMolocoの顧客に話してもらう形式にしたかった。韓国で愛されるブランドによる、韓国語での講演にこだわった」とPaul D’Arcy氏は語る。 セッション後のネットワーキングパーティでは、登壇したそれぞれのブランドが工夫をこらしたフードブースを出展し、来場者を楽しませた。 消費者から圧倒的な支持を集めるブランドが、AI技術とともにどのような進化を遂げているか。会場を埋め尽くす来場者の熱気が、いかに人々の注目を集めているかを物語っている。 盛り上がるコマース市場でのビジネス展開に加え、CTV広告への参入と、デジタル広告の最先端を走るMoloco Japanは、独自のAI技術を武器にどのように発展していくのだろうか。今後の発展がより楽しみになるイベントであった。
Taboola Newsroom で編集部が変わる─『AERA DIGITAL』が挑む“読まれる記事”の作り方[インタビュー]
雑誌業界が次々とデジタル化へと舵を切る中で、デジタルメディアだからこそ可能となるサイト閲覧者の行動データ解析はますます需要が高まっている。2025年4月に『AERA DIGITAL』として新たに生まれ変わったニュースメディアを運営する朝日新聞出版では、Taboolaが提供する読者行動解析ツール「Taboola Newsroom」を導入して以来、編集部員一人一人が積極的にデータに注目するようになったという。Taboola Newsroomとは具体的にはどのようなツールで、実際の現場ではどのように活用されているのか。 朝日新聞出版の安藤雄二氏、Taboola Japanの天野光晴氏にお話を伺った。 (Sponsored by Taboola) -自己紹介をお願いします。 安藤氏:朝日新聞出版 DXIP戦略本部長と社長補佐役を兼任しております安藤です。DXIPはDXとIPビジネスの造語となり、朝日新聞出版において組織を横断する形でデジタル化を推進する役割を務めています。これまでAOL Japanの日本法人カントリー・マネージャーや、Verizon Mediaの日本法人メディア事業の統括などを経験し現職に至ります。 天野氏:Taboola Japanでパブリッシャー向けの営業を担当している天野です。民間放送局での記者職などを経て米国のアドテクノロジー会社で勤め、その後Taboolaに入社しました。Taboolaはメディア企業のウェブサイトの成長支援を軸にグローバル展開しており、広告プラットフォームやPVの増加を支援するプラットフォーム、読者行動解析ツールTaboola Newsroomといったソリューションを提供しています。 数字が示す読者の姿 -『AERA DIGITAL』についてのご説明をお願いします。またTaboola社とどのような関わりがありますか。 安藤氏:”AERA”とはラテン語で「時代」を意味します。広い世代に認知いただいてきた雑誌『AERA』と、デジタル版ニュースメディア『AERA dot.』の編集部を今年4月に統合し、新生『AERA DIGITAL』となりました。変化していく時代に適応しながらも、時代を独自の視点で切り取るメディアとして、新しい形での『AERA』 を目指しています。 天野氏:朝日新聞出版とは2023年より取引をさせていただいています。私自身も子どものころから存じ上げている『AERA』がさらなるデジタル化という変革期にあり、Taboolaとしてサポートさせていただけることに喜びを感じています。 -『AERA DIGITAL』ではユーザー行動解析ツール「Taboola Newsroom」を導入されています。Taboola Newsroomの機能についてご説明をお願いします。 天野氏:Taboola Newsroomはウェブサイトがどのように見られているか、ユーザーがどこから来たか、などを解析して表示するツールです。メディア事業の成長を包括的にサポートするというTaboolaのミッションのもと、グローバルで数十人のエンジニアが開発に従事しているもので、大きく2つの機能があります。 1つ目は、自社サイト、たとえば『AERA DIGITAL』に訪れたユーザーがどこから来たか、どのような記事をどれくらい見たか、という情報をリアルタイムや過去24時間・過去7日間などさまざまなタイムスパンで確認できる機能です。記事ごとにPV、直帰率、ページ滞在時間などを示し、記事がもつ実力・総合力を数字で把握することができます。好評を得ているのが「アラート機能」で、例えば特定の記事のトラフィックが急上昇するなど、特に注意を払うべき事象が生じるとお知らせが届く仕組みです。他の解析ツールにはないユニークな機能です。 2つ目は、国内のTaboolaのパートナーサイト全体のデータのトレンドを閲覧できる機能です。もちろんデータはすべて匿名化されています。Taboolaの大規模な数のパートナーサイトのデータを参照できる為、日本全体のデジタルメディアユーザーが何に関心を持っているのか、どんな記事を読んでいるのかをリアルタイムで、または過去に遡って把握していただけます。これにより、編集や記事作成において次にどのようなアクションを起こすべきかのインサイトを得ることができます。 -Taboola Newsroomの利用状況はいかがでしょうか。 天野氏:グローバルで多くのパブリッシャーに導入いただいています。日本国内でも雑誌社、新聞社、放送局、デジタルメディアなど、多岐に渡ります。近年は業界においてサイト成長のためにデータ活用を進めようという機運が高まっていて、Taboola Newsroomのニーズが増しています。 「使いやすさ」がもたらす好循環 -『AERA DIGITAL』でのTaboola Newsroom導入の経緯についてお聞かせください。 安藤氏:以前AOLに勤めていた時から、管轄していたメディアでTaboolaのソリューションを利用しており、使い心地の良さを感じていました。『AERA DIGITAL』に移り、データ解析ツールの見直しがあった際、そういえば便利なツールがあったなとTaboola Newsroomのことを思い出しました。さらにTaboolaの営業マンの熱意も後押しとなり、導入を決めました。 -Taboola Newsroomのどのような点に使い心地の良さを感じますか。 安藤氏:「わかりやすさ、使いやすさ」ですね。出した記事がどのくらい読まれて、次にどう生かすか、どうすればさらに読まれるか、ということを把握し知見にしていくことの必要性はもちろん常に感じています。しかしデジタルメディアの編集部は日々忙しく、数字の把握まで手が回らず腰が重くなりがちです。 Taboola Newsroomはグラフも綺麗で、記事への流入元がアイコンで表示されるなど、視覚的にとても分かりやすいため、編集部員も手軽に数字をチェックできています。またトピックインサイトという機能では、同じトピックが他社メディアではどのぐらいの規模で扱われているか、を見ることができ、自社メディアと比較し次の一手を考える手がかりになっています。 『AERA』編集部では、全員がスマホやPCでTaboola Newsroomを利用しています。また編集部のデスクには常時Taboola Newsroomが映し出されているモニターがあり、いつでも記事に関する数字を確認できるようにしています。 -編集部内でTaboola Newsroomはどのように活用されていますか。 安藤氏:基本的には一日のビュー数の把握、また編集部員それぞれが自分の記事のPV数やページ滞在時間、流入経路を把握するために使っています。 流入経路によっては、編集部員は自分が携わった記事がさらに読まれるためのテコ入れが可能となります。記事は出したら終わりではなく、サイト上のトップにもってくる記事を変えるといった、さらに読まれるための改良が可能です。その軸となるのが数字であり、そういった数字を編集部員ひとりひとりが手軽に見に行けるところが、Taboola Newsroomの良さだと思います。 -導入されてどういった変化を感じられますか。 安藤氏:デジタルメディアとして、数字に対する向き合い方が変わったように感じています。これまでは他のツールを導入しても、複雑で使いにくく短期的にしか利用しないこともありました。Taboola Newsroomの使いやすさのおかげで、編集部員が数字を見る癖がついてきたのではないでしょうか。編集部員が自然にメディアの数字をチェックするようになったことは変化だと感じます。 「メディアで何を発信していくか」という決定は勘やセンスに頼るということもありますが、デジタルメディアではそれに加えて数値的な根拠を持つことができます。PV数だけではなく、ウェブメディアを構成するあらゆる数字を把握し、今後にどう活かしていくか、という戦略を立てるうえでTaboola Newsroomの貢献は大きいと思っています。 天野氏:データドリブンな記事作成や編集の必要性は感じられますか。 安藤氏:それをやらないと苦しいだろうなと思っています。他社さんでも同じだと思いますが、分かっていても、データ重視の方向に移行しきれない部分があります。我々も試行錯誤していますが、編集部が強くなっていくために、編集部員ひとりひとりがある程度のデータを理解して活かせるようにならないと、これからの時代デジタルメディアとしては生き残っていけないと考えています。ユーザーが求めているものを当てる、そのターゲティングの精度を上げるという意味でもデータ活用は欠かせないです。 -Taboolaからのサポートはいかがですか。 安藤氏:担当者の方のレスポンスが早く助かっています。ソリューションに関して質問を投げかけても、素早く打ち返していただいています。また、編集部員に向けて複数回、Taboola Newsroomの使い方をレクチャーしていただきました。もともと使いやすいので説明がなくても簡単に利用できるのですが、「こんな機能もあります。こういった使い方もあります」と紹介いただき、より使える幅が広がりました。 以前Taboolaの上層部の方とお話をしたときに、「いかにパブリッシャーのためにサポートできるか」に真剣に向き合う姿が印象的でしたが、その熱意が現場の担当者まで浸透しているなと思います。パブリッシャーのために、という姿勢がすごく頼もしく、こちらの立場も理解してくれているので相談しやすいです。最もフランクにお話させていただける、頼もしいパートナーだと思っています。 新たな『AERA』を目指して -Taboola Newsroomのこれからの展望についてお聞かせください。 天野氏:私たちはパブリッシャーがTaboola Newsroomを使ってデジタルメディアの編集や記事作成をデータドリブンに行えるよう、サポートしています。一方で、私自身は全てがデータ由来であるべきだという考えを持っている訳ではありません。パブリッシャーや編集者、記者はそれぞれ、独自の思いやモチベーション、人のつながりといった、データに現れないものを必ず持っています。それらがもとに作られた記事をより効果的に広く世に届けるための有効なサポートを、今後もTaboola Newsroomが担っていけると考えています。 -『AERA DIGITAL』はこれからどういったメディアを目指しますか。 安藤氏:今はメディアの存在意義そのものが問われています。SNSが情報取得における主要プレーヤーになってしまうこともあり、自分たちが良いと思ってきたアセットやブランドが通用しないことがたくさんあるのは事実だと思います。 そもそも我々は何のためにメディアを運営しているのか、ということを再構築し、新しい『AERA』を作り必要とされるメディアになる、それが私たちの目標です。『AERA』の歴史といったアセット・ブランドを活かしつつ新しいメディアを作るためには、今までと同じやり方では通用しません。新たなチャレンジという意味では、テクノロジーやツールを吸収し、編集部員それぞれが数字に強くなりデータを活用できるようになることもその一つです。まさに生き残るために、今が踏ん張りどころだと思っています。
The Road to ATS Tokyo 2025:「代理店は必要か?」との問いに広告主はどう答えるか②[インタビュー]
ATS Tokyo 2025が11月21日に開催される。本イベントの看板コンテンツの一つが、パネルディスカッション形式の議論となる「広告主が本音で議論:次世代エージェンシー論〜代理店は必要か?〜」。広告主のインハウス化やAIの普及を受けて、代理店は「中抜きされる存在」になってしまうのか。それとも「戦略パートナー」として進化できるのか。登壇者の一人である株式会社メルカリの千葉久義氏に予め課題意識を聞いた。 (聞き手:ExchangeWire JAPAN 長野 雅俊) The Road to ATS Tokyo 2025:「代理店は必要か?」との問いに広告主はどう答えるか①はこちら 代理店は広告業界専門の人材派遣会社? ―自己紹介をお願いします。 株式会社メルカリでVP of Marketing Marketplaceを務める千葉久義と申します。電通からGunosy、ノインを経て、現在はメルカリにてマーケティング部門を統括しています。デジタルマーケティングには10年ほど従事していることになります。 ―貴社ではどのような種類の広告を出稿していますか。 テレビCMからOTT広告、ショッピング広告、アドネットワークなど幅広い広告媒体上で、フリマアプリであるメルカリの新規ユーザー獲得や既存ユーザーの取引活性化、さらには「メルカード」「メルカリ ハロ」「メルカリShops」といった関連サービスの訴求など様々な目的で広告を出稿しています。 ―貴社のデジタル広告運用体制を教えてください。 当社社員と広告代理店で業務を分担しています。例えば、Googleショッピング広告のデータフィード開発などはできる限り社内で行っていますが、広告クリエイティブ制作を必要とする業務は広告代理店にお願いしています。 AIの発達により、広告クリエイティブ制作にかかる負担はかなり軽減されてきたものの、現状ではまだまだ多くの手間がかかります。この作業は外注した方が効率的であるという判断です。 ただし、広告の出稿規模がより大きくなり、広告代理店に支払う手数料が一定以上になるのであれば、優秀な社員をしっかりと据えた方がコスト効率は良くなるという考えに基づき、広告クリエイティブ制作作業についても内製化を推進していくことになる可能性はあります。 ―逆に言えば、マーケティングないし広告関連業務のコスト効率が内製よりも良くなる場合には広告代理店の存在意義が高まるというわけですね。 コスト効率だけでなく、コストを柔軟に調整できるという点も広告代理店の特徴ではないでしょうか。事業の業績や進捗によって、マーケティング予算は急激に増減することがあり得ます。少なくともコスト管理という側面のみに限定すれば、固定費となる社員の人件費と、変動費扱いとなる広告代理店への支払いでは、後者の方が調整しやすいのは明らかです。 さらにデジタルマーケティング業界は人材流動性が高く、マーケティング部署の主要人材が一気に揃って転職してしまうということが決して珍しくないので、そうした状況に陥った際に即座に業務支援を提供してくれるという点でも頼りになります。 ―コスト管理と調整がより行いにくいはずのインハウス部隊を併用しているのはなぜですか。 ノウハウを社内に蓄積するべきだと考えるからです。ただし、企業やデジタルマーケティング責任者によって、その必要性については意見が分かれるかもしれません。 一口にデジタルマーケティング責任者といっても、テレビCMを含めた統合的な戦略設計に強みを持つ人もいれば、いわゆるアドテクを駆使した広告運用を自ら実行できる人まで様々な能力や資質を持った人がいます。 概して、前者の場合は広告代理店を有効活用しようと考えるのとは対照的に、後者はインハウス部隊を整備しようとする傾向が強いと思います。 情報の非対称性がなくなった ―広告代理店の専門性についてはどのように評価していますか。 かつては広告代理店と言えば、ありとあらゆる広告媒体とその効果的な活用法を熟知している人が集まる場所として位置づけられていたと思いますが、最近ではこうした情報の非対称性がなくなってきているように感じます。 まず副業のような形式で専門的な助言やその他の支援を提供する人を簡単に見つけられるようになりました。一例を挙げると、アプリ広告運用を行う上で広告計測SDKを導入する広告主は多いと思いますが、この設定作業が「簡単だけど一度やったことがある人でないとよく分からない」といった類のものです。だからこれまで多くの広告主は、広告代理店に広告出稿とセットでSDKの設定作業をお願いしていました。 ところが、最近では、数万円程度のお支払いをすれば、この設定作業を代行してくれる方を同僚や知人の紹介または副業サイトなどを通じて容易に見つけることができます。 ―かつて広告代理店に勤務していて今はフリーランスとして活動されている方などですね。 そうです。しかも10年前と比較して転職がより盛んに行われるようになってきたので、広告主はその気にさえなればいつでも広告代理店出身者を自社の社員として採用することができます。こうした環境下においては「広告代理店に業務委託しなければ得ることができない専門知」というのはかなり少なくなったと思います。 加えて近年は広告業務においてもAIが目覚ましい発展を遂げています。多くの広告代理店がかつて売り文句としていた「広告運用が強い」「広告クリエイティブを大量に制作できる」といったことをAIが代替できるようになりつつあり、何百人もの運用及び制作部隊を擁する広告代理店が強みを発揮するのが難しくなってきたのではないでしょうか。 ―近い未来にAIツールを通じて広告・マーケティング業務を完全自動化させることができるようになると思いますか。 今から1年ほどかけて本腰で取り組めば、そのような環境を実現できるかもしれませんね。ただ当社に関して言えば、そのような環境を整備するために必要なシステムの導入や人材の登用を含む計画の設計にはまだ至っていません。 代理店だけでなく広告主も危機意識を持つべき ―広告代理店にはどのような資質や能力を求めていますか。 「安心して業務を任すことができる営業担当者を固定してくれる」という点に尽きます。結局のところ、その担当者次第だからです。たまに能力は必ずしも高くないけれども懸命になって対応してくれる担当者にいろいろと教えながらも一蓮托生でやってきてようやく安心して任せられるようになったところで突然、「部署異動になった」という連絡が来てがっくりすることがあります。 ―いずれにしても、広告代理店の存在意義は今後どんどん薄れていくということでしょうか。 そうかもしれませんね。ただそれは広告代理店に限った話ではなく、我々のような広告主側のマーケティング担当者についても言えることです。結局のところ、マーケティング部署とは大きな予算を扱うコストセンターなので、必要性が薄まれば真っ先に削減対象になるということは我々自身が肝に銘じておくべきでしょう。 ―マーケター全般には今後どのような資質が求められるようになると思いますか。 「どの媒体にどのような手法で出稿するとどのような効果が得られる」といった具体的なノウハウを駆使するような仕事は今後どんどんAIに奪われていくことになると思います。 先にも申し上げた通り、マーケティング部署は常日頃からコスト意識を高く持たなければなりません。この点は未来永劫変わらないと思うので、未来のマーケターは経営企画の視点を持つ必要性がより高まっていくのではないでしょうか。ただし、これが意外と難しいのです。 まず経営企画の人材がマーケティングを兼務すると、採算と効率性を過度に重視して失敗するということが往々にしてあります。例えばフリマアプリであるメルカリには買い手となるユーザーと売り手となるユーザーがいるのですが、売るという行為は手間がかかる、つまり売り手となるユーザーのLTVはとても高いとも言えます。そのためマーケティング投資は選択的に良い売り手となるユーザーの創出に全振りするという極端な打ち手に出かねません。しかし、これは買ってくれるお客様がいるからこそ優良な売り手を作ることができるという事業の全体像を見落としており、この投資方針を推し進めることは事業に深刻な悪影響を与えます。プロのマーケターであれば、このような愚策は犯さないはずです。 だからこそ、マーケター側が経営企画の視点を得るべきなのですが、マーケティング部署と経営企画ではそもそも課題意識から業界用語まで何もかもが異なるので、まともな会話すら成立しないということがあり得ます。こうした垣根を乗り越えて、横断的な戦略を実行できるマーケターが今後生き残ってくのだと思います。 (ExchangeWire編集部より) 議論の続きは、ATS Tokyo 2025のパネルディスカッションで行う予定となっています。本テーマにご関心のある方は、ぜひ当日会場までお越しください! ATS Tokyo 2025 11月21日(金) 東京ドームホテルにて開催 広告主が本音で議論:次世代エージェンシー論〜代理店は必要か?〜 10:15-10:45 広告主のインハウス化、プラットフォーム直取引、AIを含めたSaaS型マーケティングツールの普及…。代理店はもはや「中抜きされる存在」なのか?それとも「戦略パートナー」として進化できるのか?今後求められるマーケターとしてのスキルは何なのか?広告主サイドのマーケティングスペシャリストが忖度なく議論する。 ATS Tokyoのチケットはこちらからお申し込みください。
The Road to ATS Tokyo 2025:「代理店は必要か?」との問いに広告主はどう答えるか①[インタビュー]
ATS Tokyo 2025が11月21日に開催される。本イベントの看板コンテンツの一つが、パネルディスカッション形式の議論となる「広告主が本音で議論:次世代エージェンシー論〜代理店は必要か?〜」。広告主のインハウス化やAIの普及を受けて、代理店は「中抜きされる存在」になってしまうのか。それとも「戦略パートナー」として進化できるのか。登壇者の一人である株式会社Timersの栗城良規氏に予め課題意識を聞いた。 (聞き手:ExchangeWire JAPAN 長野 雅俊) インハウス運用と広告代理店を併用する理由 ―自己紹介をお願いします。 株式会社Timersの取締役最高執行責任者(COO)を務める栗城良規と申します。ママ・女性のキャリアアップ向けオンラインスクール運営の管掌役員兼事業責任者、オンラインアシスタント事業ならびにオンラインBPO事業の管掌役員を務めています。 デジタルマーケティングには、前職及び前々職を含めて、15年近くにわたり従事してきました。 ―貴社におけるデジタル広告運用体制を教えてください。 インハウス支援を行う複数の社外人材と連携した当社社員と広告代理店を併用しながら、良い意味で成果に対する緊張関係を持ちながら広告運用業務を行っています。 ―インハウス運用と広告代理店への委託の併用ということですね。 理想的には、すべてインハウス運用にしたいです。当社社員こそがそのサービスについては最も深く理解していますし、社内人材であればPDCAを回しやすく、同じ成果であれば広告代理店にお支払いする手数料がない分、インハウスの方がより広告効果の最大化が狙えるためです。 ただし、広告代理店が不要とは全く思いません。各主要広告媒体と強いパイプを築きつつ、幅広い広告主に対してサービスを提供できる広告代理店ならではの存在意義は確実にあると思います。また当社に関して言えば、インハウス部隊と広告代理店が適切な緊張関係で成果を求めて競争することで好結果を生みだしていると考えています。 生成AIがあるから広告代理店は不要とはならない ―媒体側の自動化などが進んできたことで、これまで広告代理店が担ってきた人的な役割の重要性が徐々に薄れてきているのではないでしょうか。 確かに広告プラットフォームのアルゴリズムが劇的に向上したことで、人間が細かい広告配信設定をせずとも、一昔前と比べると広告効果の最大化に向けて媒体側がかなりの部分で自動的に調整してくれるようになりました。また広告クリエイティブは、必ずしもデザイナーに委託せずとも、各種ツールを用いて自前で用意しやすくなってきています。 ただし、広告の配信前に適切な設定をする必要があり、一定の技術的な理解や実行が求められるので、こうしたアルゴリズムやツールを現状使いこなすことができている広告主は、まだまだほんの一握りに過ぎません。しかも世の中のデジタル化が進んでいくに従い、これから新しくデジタルマーケティングを開始する企業も増えていくことでしょう。いくら自動化が進んだといっても、デジタルマーケティングに関して経験値の低い企業がいきなりインハウス運用を行うのは非現実的です。 またデジタルマーケティングに関して既に十分な知見を持つ企業であったとしても、業務合理化を目的として、できる限り外部委託を進めようとする場合もあるはずです。こうした企業にとっては広告代理店が強力な味方になると思います。 ―生成AIの台頭によって、広告代理店を取り巻く状況は一変するという見方もあります。 生成AIが登場するずっと以前から、広告代理店の仕事を奪いかねないノーコードツールなどがたくさん出ていました。でもだからといって、例えば、WordPressやfigmaを使ってランディングページを自ら作成したり、Canvaを使ってバナーを自ら作るようになった広告主は、まだまだそう多くないはずです。 なお、生成AIは「適切な知見を持つ人」が「いかに適切にインプットをするか」でアウトプットが大きく変わります。つまりできる人の仕事の効率性を劇的に引き上げることはできるものの、万人に対して同様の成果を提供することは今現在はできないですし、この先もそこの不確実性は残る可能性が高いとも思います。 ―貴社のようにデジタルマーケティングに関して一定の知見を得た上で社内運用体制を整備している企業にとっては広告代理店の存在意義は薄まるのでしょうか。 インハウス体制を持つ当社でも、広告代理店を必要とすることは多々あります。とりわけ媒体社との強固なパイプ作りは、広告代理店ならではの機能だと思います。具体的な例を挙げると、広告プラットフォームは、特定の広告代理店を介してのみ新機能をリリースするということが往々にしてあります。このリリース直後の数カ月間で攻略法を得ることができれば、一般リリース後もしばらく当社の先行優位が続くので、非常に大きなメリットです。 社内人材に何を求めるか ―貴社のインハウス部隊は例えば広告代理店での業務経験を持つような方なのでしょうか。 いえ、どちらかというと事業開発領域の人材です。営業部やCRM担当といった他部署と連携した上でキャンペーンを設計し、広告運用まで落とし込んでいくという、社内人材だからこそ実行し得る統合的な業務をお願いしています。 少なくとも当社であれば、必要な知識やノウハウについては教えることができる環境が整っているので、特定のアドテクに精通していることよりも、きちんと社内連携を図った上で統合的な施策を実行できることを求めています。 ―インハウス人材について、資格や能力といった点ではどのような素養が求められているのでしょうか。 うーん。結局のところは数字に向き合う覚悟やコミットが求められるのかもしれませんね。例えばマーケターなら誰しも、「万が一にも設定のエラーが発生すれば広告費が一瞬で消えてしまうのではないか」という恐怖を抱いたことがあると思うのです。だから多くのマーケターは、1時間単位で管理画面に張り付いたり、または自分が目を離しているときでも管理できるような仕組みを構築したりしています。 だから、緻密さや数字への追求が優れている方でしたり、きちんとアラートが上がる仕組みなどを自ら構築できる人材が向いているのかもしれません。あとは、ユーザーの深層心理を想像したり確認することに固執できる人ですね。いずれの場合においても、業務に対するコミットがあるからこそ、そういった追求や、お客様のことを考え続けることができるのだと思います。 次世代エージェンシー像とは ―広告代理店に業務委託をする上でどんなことを重視していますか。 当然のことながら、様々な代理店がありますし、また一つの代理店の中にも様々な能力を持つ社員がいます。一般的な傾向としては、大きな広告予算を持つ広告主に対しては広告代理店はエース級社員を担当に、そして予算が少なければそれ以外の社員を担当にするので、予算の少ない広告主の方が、広告代理店に不満を感じることが多いのかもしれません。 広告主にとって重要なのは、広告代理店に丸投げしないことです。広告主側でもある程度の体制を構築することで適切な緊張関係に基づく競争関係を築くことができれば、より高いレベルで付加価値を提供しないといけない、という構造が作れ、より高いアウトプットを出していただきやすくなるかと思います。もちろん、そうなればインハウス部隊も良い刺激を受けてより高い成果を求めるようになるので、非常に良い関係性になります。 ―「次世代の広告代理店」にはどんなことを求めますか。 実質業界の慣習となっている「広告費の20%を手数料として徴収する」という事業モデルを見直すことはできないのでしょうか。 例えば、人手が足りなくて、「広告クリエイティブだけ大量に制作してほしい」とか「指示した通りに運用を回しておいてほしい」という状況は多々発生するわけです。ところが、広告代理店はそうした業務に対応し得る人員体制があるにも関わらず、媒体への出稿を前提とした出稿手数料ごとの事業モデルしか持たないので、広告主から適切に依頼することができず、場合によってはお互いに機会損失が生まれている場合もあると思います。同じデジタルマーケティングでも、LP修正やCRM設計は稼働時間に応じた業務対応ができることがあるのに、広告運用業務となった途端に広告費の手数料徴収モデルしか実質ないのは若干の違和感を覚えます。 ―広告代理店関係者からも「マージン(広告費の20%)」ではなく「フィー(専門作業に対する報酬)」にしたいという声を聞くことがあります。 そうですよね。手数料徴収モデルにおいては、契約条件にもよりますが、一般的には広告主がいきなり「ごめん今月は広告を止めて」と言えば、広告代理店はその指示に従わらざるを得ず、収益機会を丸ごと逸することになります。稼働時間に応じた課金システムや成果報酬型などの別の費用形態も持ち合わせることによって広告代理店が今よりもより機会損失をなくしたり、新しい収益機会を得られることもあるはずです。 おそらく業界慣習でしたり、一定の利益率を確実に達成できるためだとは思うのですが、デジタルマーケティング業務が多様化していることを鑑みれば、もう少し柔軟に対応してもらえると、広告主と広告代理店はより良いお付き合いができるような気がしています。 The Road to ATS Tokyo 2025:「代理店は必要か?」との問いに広告主はどう答えるか②はこちら (ExchangeWire編集部より) 議論の続きは、ATS Tokyo 2025のパネルディスカッションで行う予定となっています。本テーマにご関心のある方は、ぜひ当日会場までお越しください! ATS Tokyo 2025 11月21日(金) 東京ドームホテルにて開催 広告主が本音で議論:次世代エージェンシー論〜代理店は必要か?〜 10:15-10:45 広告主のインハウス化、プラットフォーム直取引、AIを含めたSaaS型マーケティングツールの普及…。代理店はもはや「中抜きされる存在」なのか?それとも「戦略パートナー」として進化できるのか?今後求められるマーケターとしてのスキルは何なのか?広告主サイドのマーケティングスペシャリストが忖度なく議論する。 ATS Tokyoのチケットはこちらからお申し込みください。
リテールメディア広告の未開拓領域とは―ATS Tokyo 2024に登壇したpHmediaが語る最新動向 [インタビュー]
日本市場が「リテールメディア元年」を迎えたとされる2023年から既に1年以上が経過した現在、市場はいかに発展しつつあるのか。昨年11月に開催されたATS Tokyo 2024のパネルディスカッション「リテールメディア広告の理想と現実」に登壇したpHmediaの松居達也氏に最新動向について聞いた。 (聞き手:ExchangeWire JAPAN 長野 雅俊) 商談で感じたリテールメディア広告市場の変化 ―自己紹介をお願いします。 株式会社博報堂 コマースコンサルティング局 局長補佐の松居達也と申します。現在はドン・キホーテなどを展開する株式会社パン・パシフィック・インターナショナルホールディングスと博報堂がリテールメディア事業を運営するために2023年12月に設立した株式会社pHmediaに出向しており、同社のCOOを務めています。 ―ATS Tokyo 2024へのご登壇を振り返ってください。 国内リテールメディアの市場課題を、当日会場にご来場いただいた幅広いオンライン広告市場関係者の皆様と共有できたことは良かったです。特にカゴメ株式会社様や株式会社コーセー様といった、リテールメディアに対して広告を出稿するメーカー企業様とご一緒して議論できたことをうれしく思います。 ―2024年11月22日に開催されたATS Tokyo 2024の登壇時と比較して、リテールメディア市場の変化を感じますか。 一部の広告主様がリテールメディアに関する専門部署を立ち上げるなど組織的な取り組みを開始されています。正直なところ、リテールメディアに出稿する広告主様が劇的に増加しているという実感はまだないのですが、既に出稿している広告主様の出稿額は増えてきています。 また、これまでリテールメディアの活用は広告主の営業部門が中心でした。つまりドン・キホーテのような小売企業に対して卸す商品の売上や回転率を上げることを目的として、メーカー企業の営業担当者様が広告の出稿を含めた投資を行うという形式が多かったのです。しかしながら、最近では商談にメーカー企業様のマーケティング担当者や事業責任者といった方々がご同席いただく機会が増えてきました。 そうなると、いわゆる営業費ではなく、広告費やメディアプランニング全体にかかる費用をリテールメディアに投資していくということにつながるので、今後は広告投資金額がさらに増え、またリテールメディアの活用が本格化かつ多様化していくことになると思います。 SMのリテールメディア化はなぜ進まないのか ―ATS Tokyo 2024では、日本市場は小売企業が分散しているため、ドラッグストアなど一部の領域を除き、購買データがサイロ化されていて横断的なリテールメディア広告運用ができないとの課題を指摘していました。 購買データの活用や統合といった取り組みにおいては、ドラッグストアが最も先進的であり、コンビニエンスストアも様々な試みを行っていますが、スーパーマーケット領域での進捗がやや遅れているという状況に大きな変化はありません。 米国におけるリテールメディアの成功事例としてよく言及されるウォルマートのような巨大スーパーマーケットチェーンが日本市場には存在せず、各地域に根差したスーパーマーケットが大多数を占めるので、単一のスーパーマーケットだけでは、リテールメディアとして成立させるに十分な規模を確保できないというのが一因です。だからこそ、各小売企業のデータを束ねる立場にあるベンダー企業の役割が重視されているのだと思います。 このような市場環境においては、どこか特定の企業だけが先行優位を持つような仕組みになると、異なる企業同士の連携が進みません。もちろん競合企業同士がデータ連携する上では様々な課題があるのですが、現在は「得意分野を整理した上で一緒に手を取り合う」ことを実現するための設計図を描こうとしている段階にあります。 ―リテールメディアの取り組みにおける日本のスーパーマーケットの苦戦は、大手ECプラットフォームを利することになりませんか。 どうでしょう。これはリテールメディア事業に限った話ではないのですが、ECプラットフォームがスーパーマーケットの市場を一方的に奪っていくのではないかとする見方に私は懐疑的です。例えばECで注文すると、一般的にはどんなに早くても翌日配送ですが、日常生活で多々発生する「今欲しい」を実現できるのはリアル店舗ならではです。 その他にも独自のサービスや機能がたくさんあるので、恐らく、少なくとも日本市場においては、リアル店舗は今後も引き続き一定の存在感を持ち続けます。そして、Amazonや楽天市場を始めとするECプラットフォームがリテールメディア事業を推進すればするほど、「なぜECができることがリアル店舗でできないのか」という機運が高まり、リアル店舗におけるリテールメディア市場の発展を後押しするはずです。 購買データをいかに使うか ―スマートフォンの普及によって位置情報が利用しやくなったように、リテールメディアが発展すれば購買データの活用が進んでいくと思いますか。 位置情報については、本来的な価値は広告に接触する適切なモーメントを捉えることができることであり、どの瞬間にどんな場所にいる人が何を欲しているかが推測でき、アプローチが可能になる、という点にあると考えています。こうしたメディアの新しい使い方の可能性を提示しているという点で特徴的なデータです。 同じように、購買データは、特定の商品を購入する可能性がある人たちと購入可能なタイミングで接触できることに価値があると思います。購買データをいかに活用すべきかについては引き続き様々な試行錯誤が繰り返されていくことになるでしょうが、購買データの活用法は今後、確実に進化していくはずです。 ―本業となる小売販売業に悪影響を与えかねないとしてリテールメディア開発に否定的な見解を示す小売事業者は多いのでしょうか。 リテールメディアに対する理解が進んできたこともあり、恐らく最近では、収益性や効率性といった観点からリテールメディア開発の是非を検討することがあったとしても、開発自体を全否定する事業者様はあまりいらっしゃらないのではないでしょうか。 一方で、広告収益を得ることだけを目的としてリテールメディア開発を行う企業様はほぼいらっしゃらないと思います。リテールメディアの収益規模は、本業となる小売業の売上規模には遠く及びません。 世界最大級のリテール関連イベントと言われる全米小売業協会主催のNRF Retail's Big Showでも、リテールメディアの意義とは「自社のお客様に対して情報を正しく届けること」であるという見解が示されてきました。やはり「メディア」と称する以上、いかに自社の顧客に対して適切な情報を届けるかという点から各事業者様はリテールメディア開発及び運営を行っているのだと思います。 ―今後の市場課題をどう捉えていますか。 まずスーパーマーケットを始めとする小売業のデータのサイロ化の解消には引き続き取り組むべきでしょう。 もう一つは、購買データを用いてお客様にどのような情報を届けるかという問題としっかりと向き合わなければいけません。広告運用に限定して一例を挙げると、「購買データを用いて広告配信する際に、どのような広告クリエイティブが最も売上増に貢献するのか」という研究がまだまだ不足しているように感じています。逆にこの辺りの研究が進めば、広告効果が一層高まり、市場はさらに成長していくと見込んでいます。 ―「購買データを使うだけで満足するな」ということですね。 競合商品を購入したユーザーに対して広告を当ててみて、そのユーザーがコンバージョンしたかどうか、その後リピーターとなったか、といった分析を行っているメーカー企業様は多くいらっしゃいますが、購買データを使ったクリエイティブの勝ちパターンを見つけられている企業は多くないように思います。 ―そもそも購買データを用いた広告配信規模が限定的だから、広告クリエイティブの種類をそれほど多く用意できないと考えられているのかもしれませんね。 その可能性はあります。でも、そうだとすると、そもそも本当に購買データに基づくセグメント配信が必要なのか、という話にもなるのではないでしょうか。購買セグメントごとのコミュニケーションを設計しようとする一方で、広告クリエイティブは全部同じで良いという考え方にはやはり違和感がありますね。これは自戒を込めてですが、店舗なりECに買い物に来たお客様がどういった体験をするとその商品をまた買いたいと思うのかということに対する想像力をめぐらすことが重要なんだと思います。 当社を含め、リテールメディア広告業界関係者はこの問題意識を既に持ち始めていて、研究や挑戦を続けているところなので、今後の展開を見守っていただけたらうれしいです。
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