「デジタル広告業界の課題はそう簡単には尽きない」―「広告主等向けガイダンス」を発表した総務省に聞く[インタビュー]
総務省が発表した「デジタル広告の適正かつ効果的な配信に向けた広告主等向けガイダンス」に対し、様々な市場関係者がプレスリリース等を通じて賛同を示し、また事あるごとに本ガイダンスに言及した上でさらなる問題提起を行っている。本ガイダンスを作成するに至った経緯や今後の展開について、総務省 情報流通行政局の寺本邦仁子参事官に話を聞いた。 (聞き手:ExchangeWire JAPAN 長野 雅俊) ガイダンス発表の経緯 ―総務省は今年6月に「デジタル広告の適正かつ効果的な配信に向けた広告主等向けガイダンス」を発表しました。デジタル広告取引には広告プラットフォーム、広告会社、媒体社を始めとして様々なステークホルダーが存在しますが、本ガイダンスを「広告主等向け」としたのはなぜですか。 まず大前提として、広告をどの媒体に掲載するかは表現の自由及び営業の自由の下で、広告主において判断されるべきです。しかしながら、デジタル広告においては、その仕組みを理解した上で適切な対策を実施しなければ、そもそもその広告主でさえも自ら出稿した広告がオンライン上のどの場所にどのように表示されているかを把握することができません。 その結果として、偽・誤情報が掲載または著作物が違法にアップロードされたウェブサイトやアプリに自社の広告が表示されることで、深刻なブランド毀損をもたらしたり、広告費が不正に詐取されるといった広告費の流出などのリスクにさらされる可能性があります。広告主には、こうした状況を経営上の課題として認識した上で然るべき対策を取ることの重要性を知ってもらい、既に対応を行っている広告主においては自らの対応状況を再確認する用途として、これから対応を開始したいと考えている広告主においては今後の対策を実行へと移すための参考となるよう、総務省が開催した「デジタル空間における情報流通の諸課題への対処に関する検討会」(諸課題検)の「デジタル広告ワーキンググループ」(デジタル広告WG)での検討内容を基に本ガイダンスを策定しました。 ただし、デジタル広告取引には、広告主や広告媒体社に加えて、従来型の広告代理店さらにはデジタルマーケティング事業者、電子商取引運営代行事業者、Webコンサルティング事業者を始めとする様々な関連事業者が関与しています。本ガイダンスにおいて「デジタル広告取扱事業者」と総称するこれらの事業者等にも、参考にしていただけたらと考えています。 ―本ガイダンスの公表前にその案に対する意見募集を行ったところ、141件に及ぶ意見が提出されました。 本ガイダンスの中身や趣旨をご理解いただいた上で、これほど多くのご意見が寄せられ大変ありがたく思っています。また国内の広告主が多く加盟する団体から、「企業の経営層にも理解と関与を促す視点が盛り込まれている」と言及いただいたこともうれしく思いました。複数の事業者団体から、本ガイダンスの普及啓発に向けて取り組んでいきたいとのお言葉もいただいており、心強く感じています。 リスクを把握していない広告主はまだ多い ―本ガイダンスは、民間企業だけでなく、広告を出稿する官公庁に対しても注意を喚起しています。 本ガイダンスの内容を検討したデジタル広告WGで公表した調査によると、資本金規模が「5,000万円超」の広告主は8割以上がブランドセーフティ対策を実施しているのに対し、「5,000万円以下」では5割を切ります。 こうした現状に鑑みると、例えば、アドフラウドに関して調査を実施した自治体もあるとは聞いていますが、官公庁も含む大半の広告主が、デジタル広告に関する具体的なリスクや対処法を十分に認識していない可能性が高いため、本ガイダンスの周知を図ることで、デジタル広告を巡る課題について喚起していきたいと考えています。 またあわせて、総務省としては、今後、地方自治体を対象とした実態調査も進めていきながら状況把握に努め、本ガイダンスの普及啓発に向けた具体的な取り組みを実施していく予定です。 ―日本全国に点在する中小企業や地方自治体に対して、具体的にはどのように本ガイダンスの普及啓発を行っていく予定ですか。 従来の広報活動の枠組みを通じてガイダンスを発表するだけでは、なかなか世間の目に届かないと思っています。総務省が各地方に設けている出先機関を活用したいとは思いますが、こうした拠点は、広告業界はもちろんのこと、広告主となりうる様々な幅広い業種の企業や地方自治体の担当部署とはこれまでお付き合いは少なかったというのが正直なところです。 他省庁や関係団体の協力に加えて、今回のようなメディア取材への対応やイベント・勉強会などにも積極的にお伺いし、広く世の中に知っていただけるよう働きかけていきたいと考えています。 ―本ガイダンスは、広告主等に対し、CMO(チーフ・マーケティング・オフィサー)等の専門性の高い経営層の整備を含めた体制構築が望ましいと提議しています。一方で、CMOという職務を用意している日本企業は極めて少数ではないでしょうか。 CMOが象徴する専門性の高い経営層の関与は考え得る対策の一つとして示したに過ぎません。広告を出稿する企業の経営層が、デジタル広告に関わる諸課題を技術的な面も含めてすべて詳細に把握する必要は必ずしもないと思っていますが、特有のリスクと対策が存在するということについては本ガイダンス等を通じて理解を深めていただけたらと思います。そして残念ながら、このリスクについての認識自体が乏しいというのが現状であると受け止めています。 ―本ガイダンスは企業の社会的責任(CSR)の観点からの配慮の必要性も指摘しています。 デジタル広告の広告費は、日本の広告費全体の約5割を占めるまでに市場規模が拡大しており、社会的な影響力が非常に強くなってきたと捉えています。つまり、単に広告を通じて商品が売れたかどうかや、広告単価が高いまたは安いというだけの話ではもはやなくなっているということです。それなりの広告費を通じて、それなりの社会的影響を及ぼしていることについて、デジタル広告を配信する主体としての広告主の経営者の意識改革につながっていくことを期待しています。 ―CMOやCSRは大企業により馴染みがある制度なり概念だと思うのですが、中小企業には異なる対応が必要だと思いますか。 本ガイダンス自体は、事業規模や業態及び業種を限定せず、広く活用いただくことを想定しています。とりわけデジタル広告は個人単位でも気軽に出稿できることが特徴の一つでもありますので、多くの方にデジタル広告特有のリスクを認識していただきたいと思っています。 ただし、リスク対策については、ブランド毀損による被害そして周囲の社会環境に与える影響が比較的大きい大企業の方が総じて早く着手するでしょう。こうした大企業が先導的な役割を果たすことで、業界全体の認識が変化していくことを期待しています。 ガイダンス発表後の展開 ―本ガイダンス(案)に対する意見募集結果の中には、「アテンション計測の有用性」への言及がありました。本ガイダンスの内容を議論した諸課題検またはデジタル広告WGで、アテンション計測を今後取り上げていく予定はありますか。 諸課題検は、9月10日に本ガイダンスの策定を含む検討内容をまとめた報告書を発表しました。報告書は、本ガイダンスの普及啓発や関連事業者のモニタリングを行っていくことを掲げています。 これを受け、総務省としては、こうした取り組みを通じて市場動向を注視しつつ、次の手を検討していく予定です。社会的状況の変化と技術の進歩に応じて、すべきこととできることが変わってくると思っています。 ―デジタル広告の課題全般に関する総務省としての今後の活動予定をお聞かせください。 9月10日発表の報告書でも提言いただいたとおり、本ガイダンスの普及啓発活動を進めていくほか、今後もデジタル広告の流通を巡る諸課題に対応すべく事業者のモニタリングを進めていく予定です。
「デジタル広告のあるべき姿」を伝える―UNICORN 田井 花佳氏
デジタル広告業界で働く広報・マーケティング担当者は、専門性が高く難解な業界用語と向き合いながら、形として見えにくい自社プロダクトやサービスを、日々顧客をはじめとする様々なステークホルダーに、ストーリー性をもって分かりやすく伝え、自社のブランド価値を高めていくことが求められる。 そんなミッションをもつ広報・マーケティング担当者は日々何を考え、どんなことに向き合っているのだろうか。デジタル広告業界の広報・マーケティングのプロフェッショナルにインタビューを行い、彼らのリアルに迫る。第6回は、UNICORN株式会社の田井 花佳(たい はるか)氏にお話を伺った。 (聞き手:ExchangeWire JAPAN 野下 智之、角田 知香) 新卒一期生としてのスタート 田井氏がUNICORN株式会社に入社したのは2022年。新卒採用の第一期生として新たな一歩を踏み出した。 学生時代は教育の道を志し、大学卒業後は教職の専門職大学院に進学した。教育に関する研究を行いながら、同時に小学校教員免許を取得するため通信大学にも通い、ダブルスクール生活に挑戦。さらには非常勤講師として教壇に立ち、子どもたちと向き合う日々を送っていた。未来ある子どもたちと関わる時間にやりがいを感じていた彼女が広告業界へと進んだことは、周囲からすれば意外に映ったかもしれない。 田井氏が結果的に教育現場で働くことを選択しなかったのは、研究のための実習や、非常勤講師としての経験を通じて、理想と現実のギャップを強く意識したからだった。 「好きな仕事なのに、なぜか幸せを感じられない。」 その背景には、自分が思い描いていた理想の教育像との乖離だけでなく、職場環境やカルチャーに対して違和感を持つなどの葛藤があったという。そこで「何をするか」よりも「誰と、どんな価値観で働くか」が自分にとって大切だと考え始め、一般企業への就職活動を決意。就活の軸を「環境」と「価値観」に定め、わずか4カ月という短期間で出会ったのがUNICORNだった。立場を問わず自由に議論できる社風や、広告の本質を真剣に追求する姿勢に惹かれ、入社を決めた。 「子どもたちにとって本当に意味のある教育をしたい」という原点と、「社会にとって本当に価値ある広告を届けたい」という現在の仕事。その二つは違う道に見えて、「誰かにとって本質的に意味のある価値を届けたい」という、一貫した想いでつながっていると田井氏は語る。 PRの立ち上げと広がる役割 入社後はブランドマーケティング部に配属され、ナショナルクライアントの認知領域における広告運用を経験。その後、当時はまだ社内に存在していなかったPR機能の立ち上げを任されることになった。 手探りで業務を進める中、「ひとり広報」として孤独を感じることもあったが、業界関係者と積極的にコミュニケーションを重ねることで、その重要性に気づいたという。外部とのつながりは、自身の取り組みへの自信を深めるきっかけとなり、田井氏が業界内での交流に力を入れる基盤となった。 そして試行錯誤を重ねてようやく形になった頃には、同社の山田社長からUNICORN 全体のPRを託されるまでになった。現在は、PR戦略の策定をはじめ、オウンドメディアの記事執筆やプレスリリースの作成、メディア対応、イベントの企画から運営まで、UNICORN全体の広報・マーケティングを一手に担っている。 接する相手も多岐にわたる。同社の顧客は広告代理店をはじめとして、アプリ領域ではアプリ運営企業や、ブランド領域では消費財から自動車まで幅広い業界のメーカー企業などを対象とする。 一方でPR担当としては、メディア関係者や業界団体との接点が多い。どの場面でも田井氏は自らの言葉でUNICORNを語り、その姿からは確かな信念がにじみ出る。その背景には、同社独自の文化がある。 田井氏がUNICORNに入社を決めた理由の一つは「若手でも遠慮なく議論できる環境」。社内には20代や30代が多く、部署や役職に関係なくフラットに意見を交わせる。近年は新卒採用の拡大や組織統合により年齢層が広がったことに加え女性社員も増え、ますます多様な人材が活躍できる環境が整ってきた。風通しの良い社風の中で培われた経験が、田井氏の「伝える力」を磨き上げてきた。 業界と社会に向けたメッセージ 田井氏がいま最も力を注いでいるのが「パブリックアフェアーズ(公益性を重視した政府などへの働きかけ)」だ。 デジタル広告業界と関わりがある官公庁や、業界関係者とのコミュニケーションを通じ、業界のあるべき姿を実現するため、デジタル広告に対する正しい理解を広める活動を進めている。UNICORNのような広告プラットフォーム事業者が、自ら業界の課題を提示することに大きな意味がある。 「広告は本来、ユーザーに新しい可能性を届ける価値あるもの。それが収益優先の仕組みによって歪められてはならない」と田井氏は話す。理念を語ることは、ときに「綺麗事」や「ポジショントーク」と受け止められるリスクもある。だからこそ彼女は「UNICORNの利益のためではなく、業界と社会全体のために発信する」姿勢を大切にしている。 広告主に対しても同じだ。理解度や意識のレベルはさまざまで、見せかけのクリック数やコンバージョン数ばかりを追う企業もあれば、課題を感じつつも様々な理由で行動できない企業もある。田井氏はそれぞれに合わせて伝える内容や角度を工夫し、「広告の本来あるべき姿」を問いかけ続けている。 エコシステム全体を支援 UNICORNは今後、広告主だけでなくメディアへの支援にも力を入れる方針だ。広告収益が減り、不健全な広告を取り除くための投資すら難しいメディアに対して、きちんと収益が還元される仕組みづくりや、不適切な広告や広告枠を減らしていけるようなサポートのあり方についても検討している。 「競合であるかどうかは関係なく、UNICORNの考え方に共感してくれる人や企業とつながっていきたい」と田井氏は語る。「広告の本来あるべき姿」を実現するために、業界内外へ支援の輪を広げようとしている。 「人や社会にとって本質的に意味のある価値を届けたい」が原動力 「何をするか」ではなく「誰と、どんな価値観で働くか」。その選択の結果として、田井氏はいまUNICORN広報の立場を通して、デジタル広告業界の健全化に力を注いでいる。 「業界が健全になればなるほど、結果的に自社の利益にもつながると信じています」と語る田井氏。教育の道を志した頃から持ち続ける「人や社会にとって本質的に意味のある価値を届けたい」という思いは変わらない。その信念がいま、デジタル広告業界をより良くするために働く原動力となっている。
広告主とパブリッシャーの距離を縮める具体策とは? −パネルディスカッションレポート−
オープンインターネットの価値を改めて見直し、広告主とパブリッシャーが共に成長するために何ができるのか。先日開催されたイベント「Open Internet Revival〜広告主・パブリッシャーが共に創る広告の未来〜」でのパネルディスカッション「広告主とパブリッシャーの距離を縮める具体策とは?」では、広告主とパブリッシャーが同じテーブルにつき、率直な意見交換を行いました。 パーソルテンプスタッフ CMOの友澤大輔氏、TimeTreeの新保周氏、イードの山本ちひろ氏という、広告主・メディア双方の立場を代表する登壇者が集結。モデレーターの香川晴代氏の進行のもと、信頼できる広告のあり方、成功する連携の秘訣、そしてプラットフォーム一辺倒にならない健全なエコシステムをどう築くかについて議論しました。 本記事では、実際に語られた具体的な事例や、明日から使えるヒントを交えながら、セッションの模様を振り返ります。 登壇者プロフィール - 友澤 大輔氏:パーソルテンプスタッフ株式会社 執行役員CMO 様々なメディア企業等を経て2021年4月に東京海上ホールディングスデジタル戦略部のシニアデジタルエキスパート兼イーデザイン損保CMOに就任。 一貫してデータを活用したマーケティング施策、また各種マーケティング施策のデジタル化の推進を通じて、顧客体験の変革を実践。またそうしたマーケティング施策を通じて組織変革や企業変革を実践する。 2024年4月からパーソルテンプスタッフ 執行役員CMOに就任。 - 新保 周氏:株式会社TimeTree 執行役員/マーケティングソリューション本部長 2009年に新卒でヤフー株式会社(現LINEヤフー株式会社)に入社。エンジニアとして、SNSサービスの運営や新規事業の立ち上げに多数関わる。 2015年に株式会社TimeTreeに入社し、2017年の広告事業の立ち上げ以降、TimeTreeでの10年のうち8年を広告事業の運営に従事する。2021年より企画職に転換し、2024年9月より現職。昨年双子が誕生し、休日は専ら家族時間。 - 山本 ちひろ氏:株式会社イード メディア事業本部オートモーティブ事業部 部長 2016年に新卒で株式会社イードへ入社。自社メディアの広告をはじめとした企画営業に従事し、代理店・大手クライアントの案件を多数担当。2021年より現職。 自社の自動車系メディアにおいて、ビジネスモデル構築やサブスクリプション事業の成長に注力している。メガハイボールが元気の源 - 香川 晴代氏(モデレーター):Index Exchange Inc. 日本担当マネジングディレクター デジタル・アドバタイジング・コンソーシアム(現Hakuhodo DY ONE)国際事業部、オーバーチュア(現Yahoo!検索広告)、アマゾンジャパンにて広告事業立ち上げに携わり、広告営業、事業開発部門の管理職を歴任。フェイスブックジャパン(現META)執行役員、動画アドテクノロジーのUnrulyにてカントリーマネジャーを経て、2019年より現職。 2016年 Campaign Asia Women to Watch選出 2022年 第10回Webグランプリ「Web人賞」受賞 デジタル業界の女性活躍支援がパーソナルミッション。Women In Digital&Programmatic Networkファウンダー&代表 オープニング 香川氏:本日はお集まりいただきありがとうございます。「広告主とパブリッシャーの距離を縮める具体策とは?」というテーマでパネルディスカッションを行います。まずは自己紹介から始めたいと思います。友澤さん、新保さん、山本さんの順番でお願いします。 友澤氏:パーソルテンプスタッフの友澤と申します。本日はよろしくお願いします。私はこれまでヤフーやリクルートなど、さまざまな企業に在籍してきました。現在も、媒体社の皆さんと直接お話しする機会が多くありますし、今回のテーマにもあるように、プラットフォーマーとも、媒体社とも、両方とお付き合いしています。 そうした立場から、日々感じることや、皆さんに期待したいことがたくさんあります。本日はそのあたりについて率直にお話できればと思っています。よろしくお願いします。 新保氏:TimeTreeの新保と申します。本日はよろしくお願いします。新卒でヤフーに入社し、約6年間ヤフーで勤務した後、現在のTimeTreeに入社しました。TimeTreeでは10年ほど勤務しており、そのうち約8年間は広告事業に携わっています。ウォールドガーデンが支配的な環境の中で、TimeTreeという媒体にどうやって広告主に出稿してもらうかを、ひたすら考え続けてきました。 本日は、私自身の経験やそこから得られた知見を少しでも共有できればと思っています。 山本氏:イードの山本です。2016年に新卒でイードに入社し、まずは同社メディアの企画営業としてキャリアをスタートしました。特にDACさん、博報堂さんを担当させていただき、毎日恵比寿や赤坂に足を運び、オフラインでの打ち合わせが当たり前の時代だったので、ロビーに“常駐”するような日々を送っていました。2021年からは現職となり、イードの自動車系メディアの事業責任者を務めています。 仕事終わりのハイボールが元気の源です。本日はよろしくお願いします。 香川氏:香川晴代です。先ほど簡単に自己紹介しましたので割愛しますが、私はパーソナルミッションとして、業界で活躍する女性を支援する活動にも取り組んでいます。それでは、セッションのほうに移りますが、本セッションには3つの狙いがあります。 まず1つ目は、広告主企業にオープンインターネットに投資する価値や意義を再認識していただくこと。2つ目は、パブリッシャー企業の皆さまに、広告主との関係構築のヒントを持ち帰っていただくこと。そして3つ目は、広告主・パブリッシャー双方に共通する課題として、持続可能な市場づくりへの意識を喚起することです。 この3つをゴールとして、今回はパネルディスカッションを進行します。まずは、今回登壇いただいているTimeTreeさんとイードさんがどのような広告ソリューションを提供しているのかについて、お話を伺っていきます。 TimeTreeとイード社では、どんな広告ソリューションを販売していますか? 新保氏:TimeTreeでは“カレンダーにしかできない広告ソリューション”を突き詰めて提供しています。現在、特に好評をいただいているのは大きく2つのメニューです。1つ目は『日付認知広告』です。 TimeTreeは国内で累計登録UUが2,900万になり、そのユーザーに向けて“日付を強烈に印象づける”広告配信が可能です。例えば『3月10日から大規模セール開始』といったキャンペーンでは、クリエイティブに日付をしっかり表示したうえで配信することで、ユーザーの予定に自然に入り込み、確実に認知を高めることができます。カレンダーというメディアの特性を活かし、重要な日付訴求に最適なプロモーションを実現します。 2つ目は『未来行動ターゲティング』です。予定データからユーザーの“これから起きる行動”を把握し、それに合わせた広告配信を行うソリューションです。たとえば、ユーザーが1か月後に旅行や車の試乗を予定している場合、確実に検討段階にあると判断でき、最適なタイミングで広告を配信できます。また、結婚・出産・入学といったライフイベントのタイミングを捉えたコミュニケーションも可能になります。 これら2つのソリューションによって、TimeTreeは単なる広告枠の提供にとどまらず、ユーザーの生活の文脈に沿った“カレンダーならでは”の価値を広告主に届けています。 香川氏:続いて山本さんお願いします。 山本氏:イードでは現在、21ジャンル・82のメディアを運営しています。ほとんどがWebメディアですが、一部紙媒体の雑誌もあり、取り扱うジャンルは自動車、ゲーム、アニメ、映画、教育、お酒など幅広く、すべてがバーティカルメディアとして特化しています。私はその中で7つのメディアを担当しており、特に自動車関連メディア『レスポンス』が最大規模です。最近ではロボット情報メディア『ロボスタ』も担当しています。自動車とロボットは技術的な親和性が高く、メディア横断での提案も行っています。 提供している広告ソリューションとしては、ユーザーリターゲティングやコンテクスチュアルターゲティングを含むバナー広告、会員データを活用したメール配信広告、さらに動画制作やイベント活用を含むリッチなタイアップ広告など、目的に合わせた多様なメニューを用意しています。こうしたメディア特性と広告メニューを組み合わせることで、広告主にとって価値あるコミュニケーションの場を提供しています。 オープンインターネットのメディアに出稿して「プラットフォーム広告とは違う」と感じたポイントは? 友澤氏:私たちはオープンインターネットのメディアと取り組む際、 1)広告枠を購入して配信するケースと、 2)記事やコンテンツを制作してもらい、その中でユーザーに深く理解してもらうケース、 この2つの方法を組み合わせています。 一方で、プラットフォーマーとの取り組みは、どうしても“データドリブンで枠を買う”という側面が強く、私たちが重視するのは量の最大化です。「どれだけ契約数が取れるのか」「アクション数はどれだけ出るのか」「CPAはどれくらいか」という指標を中心に会話が進みます。 しかし、オープンインターネットのメディアでは同じやり方をしても、枠の大きさではプラットフォーマーには勝てません。ですから、量で戦うのではなく、ユーザー理解を深めるための体験設計に重きを置いています。現場でもCPCやコストの話はしますが、それ以上に「どうやってブランドやサービスへの理解を深めてもらうか」を議論することが多いです。 具体的な事例として、私が前職で保険領域を担当していたとき、メディアジーンさんと連携し、Gizmodoやライフハッカーといったメディアにテック系保険商品を取り上げてもらいました。記事化していただいたコンテンツは、掲載時の反応が良かっただけでなく、後から自社のマーケティング資産としても活用でき、結果的に契約獲得にもつながりました。このように、深いエンゲージメントやブランド理解を醸成する取り組みができるのが、オープンインターネットメディアならではの価値だと思います。 香川氏:ありがとうございます。友澤さんのコメントについて、新保さんは何かありますでしょうか? 新保氏:プラットフォーマーの広告と違うと感じてもらうポイントとして、私たちは“TimeTreeでしかできないこと”を徹底的に突き詰めてきました。カレンダーはユーザーが日程を強く意識する瞬間にアクセスされるメディアです。たとえばEC事業者がブラックフライデーのプロモーションを告知する際、その重要な日付をカレンダー上で伝えることで、プロモーション効果を最大化できると考えています。ターゲットは狭くなりますが、“ピタッとハマるお客さま”を見つけ、深い接点を作ることで広告出稿につなげています。 一方で、CPAの話になるとどうしてもボトムファネル中心の議論になりがちです。私たちも当初はボトムファネル向けの商品を中心に提供していましたが、プラットフォーマーと真正面から競合する構図ではなかなか勝ちきれません。そこで現在は、ミドル〜アッパーファネル向けの高単価商品に注力し、リソースを投下しています。ブランド認知や検討段階にいるユーザーに対して、TimeTreeならではの文脈で価値を届けることで、プラットフォーム広告とは違う成果を生み出しているのです。 香川氏:友澤さん、さきほどオープンインターネットに"量”は期待しないとおっしゃっていましたが、やはりCPAの比較はされるのですか? 友澤氏:今のCMOという立場では、メディア投資を常にポートフォリオで見ています。マスで取れるならマスで出稿しますし、YouTubeで効果が出るならYouTubeを使います。要は最適な手法で結果を取りにいく、という発想です。その中で、オープンインターネットのメディアから“枠”だけの提案を受けると、どうしても『こんな小さな枠でいくらリーチを稼いでも厳しいよね』という印象を持ちがちです。だからこそ私は、狭いなら深く刺してほしい、つまりコンテンツとしてしっかりユーザーに届ける方向に寄せることが多いです。 最近では、伸びている手法の一つとしてTikTokのショートドラマを例に挙げたいと思います。提案してくるのはプラットフォーマーではなく、SNS制作会社やキャスティング会社です。彼らは大きく2つのタイプに分かれます。 ・量を重視するタイプ(多くのマイクロインフルエンサーをキャスティング) ・制作・脚本の質を重視するタイプ 私たち広告主の思考や興味は、明らかに後者、制作や脚本などの“コンテンツの質”にシフトしてきています。量はプラットフォーマーで十分確保できるからです。 オープンインターネットのメディアにも、同じように枠に頼らない提案を期待しています。例えば、ユーザーがページを深く読み進めたときに連動して広告が変わる仕掛けや、複数のランディングページを用意してユーザー行動に合わせてクリエイティブを切り替えるような提案です。実際、こうした提案はあまり届かないため、私たちから『これできませんか?』と聞いて一緒に取り組むケースが多いのが現状です。オープンインターネットのメディアであれば、こうした柔軟で深いコミュニケーション設計が可能になるはずですし、ぜひ積極的に提案してほしいと思っています。 プラットフォーマーに同じことを言うと『本国に確認しないとできません』となり、実現が難しいのが現実です。 「出稿したくなる提案」と「響かなかった提案」の違いはどこにあると思いますか? 友澤氏:出稿したくなる提案と、響かなかった提案の違いは非常にシンプルです。 まず一番響かないのは、“我々のことを理解していない提案”です。最近では、AIが自動生成したのでは?と思うような提案資料が届くこともありますが、どんなに中身が良くても基本的に却下します。結局、広告出稿は人と人との関係で決まる部分が大きい。特にオープンインターネットの場合、その傾向は強いと思います。 熱量が伝わるかどうかも重要です。対面でもリモートでも、相手が本気で考えてくれているかどうかは伝わるものです。少し厳しい質問をしたときや要望を出したときに、事例がなければ「ない」と正直に答えてくれる、無理なことは無理と言ってくれる、そういう誠実さが信頼につながります。 逆に出稿したくなる提案は、我々のビジネスや課題をしっかり理解し、勉強してくれていると感じられるものです。提案の中身が正しいか間違っているかはそこまで気にしていません。むしろ、ちゃんと準備してきているか、我々の話に真摯に応えてくれるかの方が大事です。 一方で、ただプレゼン資料を読み上げるだけの提案は論外です。そういう提案を避けることが、最低限 “出稿したくなる提案”のベースラインになると感じています。 香川氏:山本さん、どうですか? 山本氏:友澤さんがおっしゃった“事前の理解”は、提案の大前提だと思います。私も、企業さんと接点を持つときは、事業内容や状況をあらかじめインプットし、さらに“きっとこんな課題があるのでは?”という仮説を立てて臨むようにしています。その仮説が正しいかどうかは必ずしも重要ではなく、それをきっかけにコミュニケーションを始め、深めていくこと自体が大事だと思っています。 提案は一方通行ではなく、会話の中で磨かれていくものです。仮説を持ち込むことで、相手から「実はこういう課題がある」と具体的な話を引き出せることも多く、それが結果的によりよい提案や施策につながります。 友澤氏:加えて言うと、広告主側にも課題はあって、私たちも忙しいから『とりあえず提案して』とお願いするのに、十分な情報をお渡しできていないケースが多いんです。本来であれば、事前に情報を共有し、それに基づいて適切な提案をいただくのが理想です。ただ、そうした前提が整っていない中で、いきなり“決着をつけにくる提案”をされることがあります。“今日この場で発注してください、割引しますから”というスタイルです。でも、そんなに簡単に決まるはずがない。 私たちとしては、1回の提案で発注が決まらないことを前提に、もう少し会話を重ねながら進めてほしいと考えています。提案のやり取りを通じて、互いの理解を深め、より良いプランにブラッシュアップしていける関係が理想です。 山本氏:広告主から『これできますか?』と聞かれたとき、単純にイエス/ノーで答えるのではなく、“こういう形であれば実現できます”と選択肢を提示する姿勢を大事にしています。既存の広告メニューにないものであっても、ミニマムな形で一度トライしてみて、結果を見ながらチューニングし、コミュニケーションを続けていく。そうした実験と改善のプロセスが重要だと考えています。 広告主との接点をどうやって作っていますか?初めて接点を持つ際に気をつけていること、心がけている姿勢はありますか? 山本氏:イードは取材メディアという特性上、広告主との接点づくりにおいてもオフラインの場を非常に大切にしています。取材、展示会、発表会、その他イベントなど、現場に足を運んで直接お会いできる機会を積極的に活用しています。 近年はテクノロジーの進化で、パブリッシャーと広告主の距離が広がってしまったと感じることもあります。だからこそ、リアルの場に行き、そこにいる方と出会えることの価値は高まっています。現場ではマーケティング担当者でなくても、まずは広報担当者に挨拶をして、担当者を紹介してもらうといった形で関係を広げていきます。 また、初めて接点を持つ際には、事業内容を事前にインプットし、仮説を立てて会話を始めることを意識しています。仮説が正しいかどうかは重要ではなく、そこから会話を深めることで、より具体的な課題や要望を引き出すことができます。さらに、自社でイベントを主催し、広告主を招いて直接話せる場をつくることもあります。対面でのコミュニケーションを積極的に設計することが、長期的な関係構築に欠かせないと考えています。 新保氏:TimeTreeでは、いまだにホームページからのお問い合わせが非常に多いのですが、それ以外にもオフラインイベントに参加し、現場でつながりを作る機会を大事にしています。ただし、そうした場でいきなり広告ソリューションの話をするのは難しいと感じています。まずはお互いのアセットや課題を共有し、“どう解決できるかを一緒に考えるスタンス”で会話を始めるようにしています。そこからディスカッションを重ねて、メニュー化や具体的なソリューション開発につなげていく流れが多いです。 具体的な事例として、ある語学学習アプリを運営する企業のマーケターとイベントで出会った際に、当初は「習慣化広告」というメニューを提案しました。カレンダーを使って毎日の学習習慣を促進できるのではと考えたのです。 最初の打ち合わせでは「そのメニューではニーズを満たせないかもしれない」という反応でしたが、そこからディスカッションを重ねました。その結果、TimeTreeで好評だったカレンダー上にスタンプを貼る機能を応用し、企業キャラクターを使ったスタンプパックを初めて企業向けに提供するというアイデアが生まれました。 ユーザーが毎日スタンプを押すことで学習の習慣化をサポートでき、広告主にとっても理想的なエンゲージメント施策となりました。このように、最初の提案がそのまま採用されなくても、会話を続けることでより良い形に進化させることができるのは、オープンインターネットのメディアならではの強みだと感じています。 香川氏:すごくオリジナリティ溢れるカレンダーにしかできない広告ですよね。かなりカスタムというか、都度開発を入れて対応されているんですか? 新保氏:正直に言うと、以前はカスタム対応はコストも時間もかかるため、少しためらいがありました。しかし、最近は我々のフェーズとして“お客さまのニーズに合わせて作り込む”ことが必要なタイミングに来ていると強く認識しています。広告主から『こういうことをやりたい』という要望があれば、できる限りそれを形にし、実装して提供する姿勢にシフトしています。こうしたチャレンジを繰り返し、提供価値を高めていく動きを今まさに加速させている段階です。 香川氏:さっき友澤さんが、オープンインターネットのメディアを活用する場面分けの話をされていましたが、これは"記事やコンテンツを制作してもらい、その中でユーザーに深く理解してもらうケース”になるんですかね? 友澤氏:んー、その間くらいですかね。例えば、データはとても貴重な“素材”ですが、それだけでは十分ではありません。料理に例えると、素材そのものは良くても、下ごしらえや味付け、盛り付けがなければ美味しい料理にはならない。データも同じで、どう加工し、どう見せるかでクリエイティビティが決まります。 一方で、データドリブンの商材になればなるほど、広告主側はどうしても効率性やパフォーマンスを求める方向に寄っていきます。「CPAは?」「どれだけ成果が出る?」と聞きたくなるのは当然です。しかし、その結果、提案に“余白”がなくなる。 だからこそ、私は企画やクリエイティブで大きく振れる提案を期待しています。失敗するリスクもあるけれど、成功すれば大きな成果を生む可能性がある。その“ボラティリティ”に賭けられるマーケットや広告主は必ず存在するはずです。まずはそうした広告主と会話を重ね、ユースケースを作り、実績として示していくことで、他の広告主も「ここまでやれるんだ」と思えるはずです。 また、広告主との初回接点では、単に価格を聞くだけのやり取りではなく、どんなアイデアがあるか、どこまで実現できるかを投げかけてもらえると、着地点が見えてきます。逆に、値引き交渉だけに終始するような場面では、こちらも早めに撤退した方が良いと感じます。結局、ダンピングに巻き込まれるだけだからです。営業の現場では、“最初のファーストペンギン”をどう見つけるかが重要です。その見極めは、広告主がどんな質問をしてくるか、どれだけ興味を持ってくれるかで分かります。 我々の人材派遣業界でもそうですが、今はどの業界でも営業力のアップデートが課題になっています。どう営業スタイルを進化させるか、これは広告業界全体に共通するテーマだと考えています。 オープンインターネット領域のメディアに対して、課題と感じている点は?より魅力的になるためには、どんな変化が必要だと思いますか? 友澤氏:多くの人は『広告予算はプラットフォーマーに寄せている=広告主もそれを望んでいる』と思っているかもしれませんが、実際はあまりハッピーではありません。むしろ困っています。たとえば指名検索のCPCが高騰しており、フラウドの問題なども重なって、プラットフォーマー依存が必ずしも良いとは思えない状況になっています。昔は依存する理由が明確にあったけれど、今はむしろ"カウンターとなる選択肢”を探しているのが本音です。 しかし、オープンインターネットのメディアと話す際も、どうしても議論が量や効率に偏りがちです。量はテレビやマス広告に任せればよい。ではオープンインターネットでは何を期待するのか? その答えがまだ見つかり切っていないと感じます。 私自身、メディアプラン全体のなかでチャレンジ予算をあえて確保し、失敗してももみ消す(笑)とチームに伝えています。だからこそ、“もみ消すに値する挑戦”を提案してくれるかが重要です。単に効率を追う提案ではなく、もう一歩踏み込んだ施策を一緒に作っていきたいのです。 また、私は『このままAIに任せればいい』とも考えていません。データが乱用されたり、クリエイティビティが失われる未来を望んでいないのです。だからこそ、メディアと一緒に“効率以外の指標”をどう設計するかを考えたい。ブランドリフト調査ひとつとっても、『何を検証するための施策なのか』という目的が明確であれば意味があるし、単に“無料だからやりましょう”ではなく、仮説に基づいた検証にしてほしいと思います。結局、広告主が本当に求めているのは、効率の指標では測れない価値をどう作るか、どう示すかを一緒に考えられるパートナーなのだと思います。 今日の対話を通じて、新たに気づいたこと・持ち帰りたい視点はありましたか?広告主、パブリッシャーそれぞれの立場で、「明日からできるアクション」があれば教えてください。 山本氏:パブリッシャーの立場として、改めて大事だと感じたのは“コミュニケーションを面倒くさがらない”ということです。他のセッションでも『思い出してもらえるメディアであることが重要』という話がありましたが、そのためには事前のコミュニケーション量をしっかり確保しなければなりません。出稿したいと思ってもらうためには、広告主と同じ目線に立ち、同じイメージを共有できる状態を作ることが欠かせません。 営業の観点でも、頻度高く、丁寧なコミュニケーションを重ねることで精度の高い提案ができると改めて感じました。明日からも、広告主と同じ景色を見られるような対話を続けていきたいと思います。 新保氏:事前の打ち合わせで広告主さんも『もっとパブリッシャーと一緒に新しい取り組みを作っていきたい』と思っているというお話がありました。我々は、まさにそこが重要だと感じていて、“広告主と共に新しいソリューションを形にする動き”を、これからさらに積極的に広げていきたいと思っています。 今日のセッションでも、いくつか事例をお話しましたが、より広告主のニーズに即した形に進化させることができたのは、とても良い手応えでした。こうした取り組みを一つでも多く増やし、声をかけていただける存在になりたいと思っています。 友澤氏:今日これだけ多くの方が集まったこと自体がすごいことだと思います。最近はイベントに登録しても実際には来ない方も多いので、こうして参加いただけるだけで熱量の高さを感じますし、非常に価値ある機会になったと感じます。 私の場合、自社で採用するケースもありますが、そうでないときは横のネットワークで情報を共有することがよくあります。『こういう話を聞いたけど、うちには合わない。あなたのところならどう?』と横の仲間に話す。実はそういう横のつながりがかなり多いんです。だからこそ、1回のセッションでコンバージョンを決めようとするのではなく、時間をかけてコミュニケーションを重ねる前提で取り組んだ方が、結果的に実りある関係になるのではないかと思います。 香川氏:本日のセッションでは、広告主とパブリッシャーが同じテーブルについて率直に意見を交わし、“量より質”、“効率より理解”といった、これからの広告に求められる視点が浮き彫りになりました。 友澤さんが強調された“挑戦を歓迎する姿勢”、新保さんが語った“広告主と一緒に作り上げる動き”、そして山本さんが提案された“面倒がらずにコミュニケーションを重ねる姿勢”は、どれも明日から実践できるアクションです。 オープンインターネットの未来は、決してプラットフォーマーの代替ではなく、広告主とパブリッシャーが共に市場を育てる場としてこそ輝きます。今日の対話が、その第一歩となり、より多くの広告主・パブリッシャーが“共創”に踏み出すきっかけになればと思います。
オープンインターネット市場に巨大プラットフォームが出現―新生Teadsが掲げる「Elevated Outcomes」とは [インタビュー]
共にオープンインターネット市場を牽引してきたOutbrainがTeadsを買収したとのニュースは、オンライン広告業界を大きく揺るがした。買収完了から6カ月が経過した今、どのような変化が具体化されつつあるのか。来日した新生TeadsのCEOに話を聞いた。 (聞き手:ExchangeWire JAPAN 長野 雅俊) 新しい社名が「Teads」となった理由 ―自己紹介をお願いします。 コストマン氏:Outbrainと合併した新体制下のTeadsのCEOを務めるデービッド・コストマンと申します。リーマン・ブラザーズの投資銀行部門におけるインターネット事業の責任者を務めた後に、複数の企業での経営職を経て、7年にわたりOutbrainのCEOとして活動してきました。なお、今年6月まではモバイルゲーム開発エンジンなどを提供するUnityの取締役を兼任していました。 パティソン氏:同じく新生TeadsにおけるAPAC部門のマネージング・ダイレクターを務めるサム・パティソンと申します。電通グループのロンドン及びシンガポール事務所での勤務を経て、合併前のTeadsから参画し、APACや東南アジアで様々な職務を経験しました。今年1月の合併を機に現職に就いています。 ―OutbrainによるTeadsの買収が成立した経緯をお聞かせください。 コストマン氏:Outbrainは長年にわたり、パフォーマンスとブランディングに対応したフルファネルの広告配信サービスを提供するプラットフォームとなることを戦略として掲げてきました。この戦略の一環として、パフォーマンスに強みを持つOutbrainを補完する目的で、ブランディングに優れたTeadsとの合併を実は過去3回にわたり試みていましたが、具体的な取引条件で合意に至ることはありませんでした。 しかしながら、「OutbrainとTeadsの合併によるフルファネル戦略の強化」が優れた戦略であるという考え方自体には疑いはなく、両社の経営陣はその後も統合の道を模索してきました。そして2年前に当時のTeadsの親会社であったAltis社が財務上の理由で同社の売却を決断したことで、今回の買収がようやく成立したのです。 買収を行ったのはOutbrainですが、新会社が打ち出すべきは、ナショナルクライアントや大手広告代理店に対してプレミアムな広告在庫を提供してきたTeadsのブランドであるとの考えに基づき、データとテクノロジーそしてパフォーマンスとブランディングの融合を象徴する新しいロゴを制作した上で、新生Teadsとして新たな出発を図ることになった次第です。 ―買収発表から半年が経過しました。 コストマン氏:2024年8月に買収計画を発表し、資金調達や当局による規制審査を経て、2025年2月に正式に買収を完了しました。買収の完了を発表したその日に各グローバル機能及び各市場のリーダーを決定し、各々のチームの一体化を果たしています。なお、日本オフィスについては、赤坂見附駅前にある旧Teadsの事務所に統合しました。合併によって日本市場では合計60名を超える新体制を構築しています。 現在では、パフォーマンス広告ソリューションである旧Outbrain Amplifyプラットフォームを始めとするOutbrainが開発した一部の直販顧客向けソリューションを除き、広告在庫の主要な買い付け機能はTeads Ad Managerに統合されました。またTeadsの営業担当者は既存顧客に対し、ブランディングだけでなくパフォーマンス広告商品のクロスセルを開始しています。 合言葉は「Elevated Outcomes」 ―旧OutbrainはOnyxというブランディング・プラットフォームを立ち上げたばかりでした。 コストマン氏:Onyxは、Teadsの買収が実現するかどうかまだ不明な状況で、フルファネル戦略の一環としてOutbrainが立ち上げました。しかしながら、ブランディング・プラットフォームとしての性能は、少なくともリリース時点ではTeadsに遠く及ばなかったというのが正直なところです。 記事の末尾に広告が100%視認可能な状態でブランディング広告を配置する独自の仕組みはTeadsに統合した上で引き続き提供していますが、Onyxというブランド自体は既に消滅しています。 Onyxの例が象徴するように、両社の合併を通じて、重複するいくつかのソリューションや取り組みは廃止することで、グローバル規模で総勢500名となったエンジニア人材をAI分野を始めとする強化領域に集中的に投下しています。 ―データ統合はどのように進んでいますか。 コストマン氏:両社がそれぞれ提携するパブリッシャーに設置したコード・オン・ページを通じて得られるデータの統合作業は既に開始しており、広告効果の向上といった成果も出始めています。ただし、プラットフォームの完全な統合にはあと1〜2年を要する見通しです。 パティソン氏:日本市場はとりわけデータの精度に対する関心が高いです。旧Outbrain及び旧Teadsともにパブリッシャーと直接的に連携することで取得できるコンテキストシグナルを保有しているので、これらの統合がさらに進めば非常に強力なデータ基盤が整備できると考えています。 ―新生Teadsが掲げる「ブランドフォーマンス」について詳しく教えてください。 ブランディングとパフォーマンスを組み合わせる能力を意味し、新生Teadsにおける最も重要な差別化要因となります。 例えば、新車の動画広告を配信したとしましょう。この動画の視聴時間が2秒のユーザーと10秒のユーザーでは、後者の方がよりこの新車に興味を持っていると判断できます。このユーザーが画面をスクロールダウンした際に、ホワイトペーパーのダウンロードを促したり、さらに試乗の申し込みを促すことなどができるはずです。こうしたブランディングからパフォーマンスまで一気通貫させたブランドフォーマンスが新生Teadsの最大の強みです。 パティソン氏:各パブリッシャーのサイトへの直接的なアクセスを構築し、SSPからDSPまでエンドツーエンドでデータを管理しているTeadsだからこそこのような施策を精緻に実施できるのです。「ブランドフォーマンス」という概念自体は当社が発明したものではありませんが、新生Teadsのあり方を実によく表現していると思います。 加えて当社では、「Elevated Outcomes」を合言葉として、ワンランク上の成果をもたらし、広告効果の向上を実現していくことを目標として掲げています。 新生Teadsの唯一無二の強みとは ―いわゆるウォールドガーデンに対して、どのように競合していくのでしょうか。 コストマン氏:ウォールドガーデンとオープンインターネットは競合相手ではなく、互いに補完し合う存在であると考えています。オープンインターネットにも、ウォールドガーデンにも、もう一方が決してリーチできないオーディエンスが多くいます。またオープンインターネットの形態もホームスクリーンからゲームなど多様です。さらにTeadsのCTV広告事業が直近の四半期で80%成長を遂げていることが示す通り、オープンインターネットは一層の拡張を続けています。このオープンインターネット市場において、新生Teadsはトップ3に入る事業規模と実績を持つ企業となりました。 パティソン氏:多くの日本の広告主はプレミアム在庫と広告取引の透明性を求めています。10年以上にわたり日本市場での事業展開を通じて、広告主、広告代理店、パブリッシャーと強固な関係と構築し、SSP、DSP、DMPといった外部の中間業者を介さずに広告ソリューションを提供してきた当社の強みがこうした要望に合致すると考えています。 なお、ウォールドガーデンが偏重されることで生じる問題の一つに、広告主及び広告代理店がこれらの大手広告プラットフォームに依存してしまうという点が挙げられます。先ほどデービッドが申し上げたように、インクリメンタル・リーチの重要性を認識し、広告の配信先を多様化することで、広告主が広告配信の管理権限を取り戻すことができるはずです。 コストマン氏:ウォールドガーデンはログインユーザーのID情報を広告配信に活用できるという最大の利点を持っていますが、SNS上では絶対にやり取りされないようなコンテクスチュアルデータを扱うオープンインターネットはユーザーの興味・関心をより深くできる場合があります。 急速に発展しつつある大規模言語モデルの適用が今後ますます進んでいくことで、ユーザーが何を見ているか、どのサイトに遷移したかといったかを示す多様なデータシグナルをリアルタイムで処理することで、ターゲティング能力を向上させ、より良い価値を提供できると期待しています。 ―オープンインターネット市場の事業者とは今後どのように競合していくのでしょうか。 コストマン氏:やはりブランドフォーマンスが差別化要因となると思います。Teadsは、国内でいうとハースト婦人画報社、産経新聞、小学館、光文社、集英社(順不同)、グローバルでいうとCNN、Forbes、BBC、ESPN等といったプレミアムなパブリッシャーと複数年契約を締結した上で、コード・オン・ページを通じて広告在庫を直接的に管理しています。とりわけ日本の広告主は、日本語サイトへの広告配信を望む傾向が非常に強いです。国内の大手パブリッシャーの収益化支援を行いながら強固な関係を構築することは、DSP事業者には絶対に真似できません。世界の50市場で事業展開しつつ、広告在庫をここまできちんと管理できる能力を持つ広告配信事業者はなかなかいないでしょう。 パティソン氏:日本はTeadsにとって戦略的に非常に重要な市場であるがゆえに、既に10年以上にわたり活動してきました。日本市場において当社ほど大規模かつ長期にわたる事業展開を行ってきたグローバル事業者はあまりいないと思います。 コストマン氏:当社は、世界中のパブリッシャーと平均7〜9年といった単位で長期的な提携を締結しています。信頼に基づく安定的なパートナーシップを志向する日本の企業文化と当社の事業のあり方との相性は非常に良いと感じています。 ―今後の展開についてお聞かせください。 コストマン氏:2026年初頭に新たな統合プラットフォームを立ち上げます。OutbrainによるTeadsの買収というニュースは大きな注目を集めましたが、企業の買収及び合併自体は、当然のことながら速報を出して終わるわけではなく、継続的なプロセスです。データ統合やクロスセルなどを通じて継続的な機能向上などを実現し、市場の期待に応えていくことができたらと思います。
「なぜ広がらない?なぜ選ばれない?」 〜オープンインターネット広告投資の壁を越える〜 −パネルディスカッションレポート−
近年、デジタル広告市場においては大手プラットフォームへの予算集中が進み、オープンインターネットにおける投資拡大は課題となっている。依然として広告予算の多くが大手プラットフォームに集中し、オープンインターネットを支えるパブリッシャーへの投資は伸び悩んでいる。 このままではコンテンツの質や利用者体験の低下、ひいてはインターネット全体の魅力喪失につながりかねない。 こうした背景を踏まえ、先日開催された「Open Internet Revival〜広告主・パブリッシャーが共に創る広告の未来〜」において、広告投資の現状と展望をテーマとしたパネルディスカッションが実施された。 登壇者は、広告主と媒体の双方の立場を経験する株式会社スタジオアルタの田代径大氏と、オープンインターネット領域で数多くの新規事業を推進してきた株式会社Hakuhodo DY ONEの砂田和宏氏。モデレーターを杉原剛氏が務め、現場の課題と実務的示唆について議論が交わされた。 登壇者プロフィール - 田代 径大氏:株式会社スタジオアルタ 営業本部 営業推進 マネージャー 2008年、伊勢丹に入社し、約10年間紳士靴の販売とバイイング、企画などを担当。その後、伊勢丹新宿本店メンズ館のオウンドメディア「ISETAN MEN'S net」の編集長を務め、2019年から本社のメディア戦略担当として新規メディアの立ち上げなどに携わる。2024年に三越伊勢丹グループ会社である株式会社スタジオアルタに出向し、営業推進担当として全社のメディア戦略やプロジェクト推進を行う。趣味は温浴(銭湯、温泉、サウナ)、昭和居酒屋探訪。 - 砂田 和宏氏:株式会社Hakuhodo DY ONE メディアソリューション本部本部長 編集プロダクション、デザインブティックを経て、2005年Hakuhodo DY ONE(旧デジタル・アドバタイジング・コンソーシアム株式会社(DAC))に入社。マスメディアのデジタル事業開発やEC構築、メディア業務などに従事。現在はHakuhodo DY ONEのグループ会社や出資先の役員も兼務し、媒体社のDX支援、広告開発、企業のメディア化を推進。広告関連特許25件とテキーラマエストロの資格を持ち、独自の視点と発想で事業課題を解決する。 - 杉原 剛氏(モデレーター):アタラ株式会社 代表取締役CEO KDDI株式会社、インテル株式会社を経て、オーバーチュア株式会社(現Yahoo!検索広告)、Google日本法人で広告営業戦略を担当。企業の成長を後押ししながら、マーケティングの力で人々の暮らしや社会全体を良い方向へ導くコンサルティング会社を目指し、2009年にアタラを創業。最新のグローバル情報発信や人材育成にも力を入れながら、マーケティングの可能性を広げ、よりよい社会の実現に貢献していきたいと考えている。海外の最新情報の発信・講演・執筆も多数。 オープニング 杉原氏:今日は“広がらない、選ばれないオープンインターネット広告投資の壁を越える”っていうテーマでパネルディスカッションをやっていきたいと思います。じゃあ早速ですけど、自己紹介から。田代さん、お願いできますか。 田代氏:皆さんこんばんは、初めまして。僕は株式会社スタジオアルタという会社にいて、三越伊勢丹のハウスエージェンシーなんですけど、多分“アルタ”って聞くと“笑っていいとも”を思い出す方が多いと思います。でも残念ながら、あの新宿スタジオは今年の2月でなくなっちゃったんです。 ただ会社自体はですね、数年前から事業の内容が大きく変わってきていて、媒体を持って事業を広げるとか、三越伊勢丹グループの媒体制作を全部やるとか、そういう形にシフトしています。 僕は“営業推進マネージャー”というポジションで社長直下のチームにいるんですけど、2008年に伊勢丹に入社して、そこから店頭に12、3年くらいおりまして、紳士靴の担当をやっていました。買い付けも販売も全部やっていました。 そのあとメンズ向けのオウンドメディアの編集長をやって、本社に移りメディア立ち上げに関わって、今はスタジオアルタでマーケティング全体の計画やリテールメディアの戦略とかをやっています。なので広告主、ハウスエージェンシー、そして媒体側としても、全てを経験してきた感じです。 杉原氏:ありがとうございます。次は、砂田さんお願いします。 砂田氏:Hakuhodo DY ONEの砂田です。キャリアの始まりは雑誌編集です。その後、広告制作を経て、旧DAC(現Hakuhodo DY ONE)に入社してからはメディア開発やECサイトの立ち上げなど、あらゆるデジタルソリューションを担ってきました。 現在はメディアの仕入れや開発がメインですが、それ以外にもインゲーム広告を専門に扱うグループ会社ARROVAやアドテク開発や広告配信技術を手掛けるグループ会社BI.Garageの取締役も兼ねており、オープンインターネットと共に歩んでいるというキャリアです。 また、個人で取得した特許が25件あります。失敗も何度もしていますが、新しいことをするたびにチャレンジしてきました。 杉原氏:ありがとうございます。そして、本日のモデレーターを務めますアタラの杉原です。私自身のキャリアとしては、2009年からコンサルティング会社を経営しており、インハウス化のサポートやデータ活用のコンサルティングを提供しています。数年前からは情報発信にも力を入れており、特にここ3、4年はサードパーティCookieの問題について多くの発信を行ってきました。それがきっかけとなり、インターネットや広告の未来について日々考えています。 今日は、そうした経験を踏まえ、皆さんと一緒にオープンインターネットの課題と可能性について議論を深めていければと思います。 お二人の業務の中で、オープンインターネット広告の扱いはどれくらいの位置づけですか?(全体の中での割合、活用機会など) 杉原氏:まず、このセッションの狙いを簡単にお話しします。ひとつ目は、広告主や広告会社の“現場の目線”で、オープンインターネットへの投資がなぜ広がらないのか、その課題を可視化することです。何が問題なのかを共通認識として整理していきたいと思います。 ふたつ目は、オープンインターネットが持つ価値を正しく伝えるために、提案のあり方をどう再設計すべきか、そのヒントも探ります。そして最終的には、健全で持続可能な広告市場をつくるために、どのような連携や変化が必要かを考えていきたいと思います。 進行は質問形式で進めます。ではまず最初の質問です。お二人の業務の中で、オープンインターネット広告はどのくらいの位置づけになっていますか?割合でも、活用の仕方でも結構ですので教えてください。 田代氏:正直あまり使っていないんです。基本的にはやっぱりKPIが売上で、それを証明できないと上層部が納得してくれない。なので、“ここに出すとすごいですよ”って言っても通らないんですよ。 一方で、オープンインターネットに出稿するケースもありまして、それはお客さまのナーチャリングの際に活用しています。フォーマットとしては、レコメンドウィジェットをメインで使っていますが、ホワイトリストが明確にあることが前提となります。ファッション系だと“この媒体なら大丈夫だろう”っていう信頼があるので。実際、中身を見れば記事の質がばらつくこともあるんですけど(笑)、社内的には『ここならOK』となりやすいので、そういう時に使っています。 杉原氏:やはりホワイトリストが前提になるのですね。砂田さんはいかがでしょう? 砂田氏:大手プラットフォームの割合が多いです。ただ、僕自身はオープンインターネット領域での仕事が中心で、DSPやSSP、メディアの皆さんと一緒に事業を作って、そこに深く関わっています。 杉原氏:大手プラットフォームが多い理由についてどうお考えでしょうか? 砂田氏:社内での“説明のしやすさ”があると考えています。リモートワークの浸透やマーケターの若年化などもあって、オープンインターネットの複雑さを上層部にしっかり説明できる人が減っているように感じます。また、大手プラットフォームは効果測定などのツールが充実していて、AIによる最適化も行われるので、より効率的な運用がしやすいのだと思います。 一方で、オープンインターネットは、ホワイトリストやブラックリストの管理、PMP(プライベート・マーケットプレイス)など設定すべきことが多い。それらを理解して使いこなせる人材が減ってきていることが、投資比率の差につながっていると思います。 杉原氏:なるほど。“説明できるかどうか”が一番大きいわけですね。 砂田氏:そうなんです。大きいと思います。 プランニングや提案の中で、「オープンインターネットは選ばれにくい」と感じるのはどんな瞬間ですか? 砂田氏:長年の取引の中で、当社には“勝ちパターン”があって、それに沿って説明すれば社内もクライアント企業も納得してくれます。オープンインターネットが選ばれにくいというより、説明しやすい方が優先されているというのが実態だと思います。 田代氏:私たちの場合、やはり“数字が見える施策”が求められる傾向があります。『違うやり方を試したい』と言うと、『それなら自社のオウンドメディアでやればいい』と言われることもある。これは結構強烈で、そこで議論が止まってしまいがちです。 ただ、攻め方次第で開ける部分もあります。私は交渉の際にあえて中長期の視点を持ち出します。『今回この媒体に出すことで、自社のオウンドメディアの価値が上がる』、『これを続けないと3年後には伸び悩んでしまう』といった未来の話をすると、検討してもらえるケースが多い。 なので、できるだけ短期の数字にとらわれず、長い目で見た意義を伝えるように心がけています。 大手プラットフォームだから「安心して出稿できる」のでしょうか?そこにオープンインターネットは入り込めていますか?入り込めていない要因は? 杉原氏:大手プラットフォームについては“安心して出稿できる場所”というイメージが広く浸透していますよね。そうした考え方がある一方で、本当にそれが正しいのかどうか。安心して出稿できる場所として、オープンインターネットは皆さんの活動の中で入り込めているのでしょうか?入り込めてないとしたらその要因って一体何なんですかね? 田代氏:そうですね。先ほどの話と重複しますが、やはり、広告主側のKPIが売上になっている場合は、どうしてもオープンインターネットは戦いづらいというのが正直なところです。ただ、そうでないケースでは中長期的に考えましょう、という提案ができる。その際に、広告主の目的感や課題感にしっかり寄り添っていただけると、すぐに決まるかはわからないですが、非常に良い関係を築けるんじゃないかと思います。 実際、長く付き合ってきた媒体やパートナーがあると、それが安心につながります。先ほどのセッションでの“誠実な関係が大切”という話が答えだと思っていて、やはりそこに尽きるなと感じます。 杉原氏:“誠実な関係が大切”というのは、とても良いメッセージでしたね。ありがとうございます。 砂田さんは、企業が安心して出稿できる仕組みをたくさん作って提供してきたと思うんですがいかがでしょう? 砂田氏:自分の経験でいうと、あるクライアントは“広告出稿”ではなく“投資(インベストメント)”という言葉を使うんです。投資だと考えると、“本当にそれで大丈夫なのか”、“どこに出すのか”、“なぜ必要なのか”を説明しなければならない。その積み重ねが、安心につながるホワイトリストのような形を作っていきます。 一方で、大手プラットフォームではヘイトスピーチの横に広告が出ることもある。でもそのリスクについてはあまり語られない。だから僕の中では、安心できる広告出稿とは“誰から買っているのかが明確であること”、そして“そこに誠実な関係があること”なんです。「僕はこの人から買った」と説明できる。これはすごく大事だと思います。 逆に言えば、1インプレッションを投資判断として責任を持ってくれるクライアントなら、我々も真剣に向き合える。でも、単に売上目的になってしまうとオープンインターネットが入り込む余地は減っていってしまいますよね。 杉原氏:“インベストメント”という言葉がすごく響きました。広告出稿を投資銘柄として見るように、どこに出すのか、どのくらい継続投資をするのか、どういうポートフォリオを組むのか。まさに金融の世界に近い考え方ですよね。このマインドセットがとても重要だと感じます。 田代氏:うまく言葉にできなかったんですが、まさに“投資”だと思います。自分たちの媒体の価値を上げていく、将来それが2倍にも10倍にもなる可能性がある。そのことをどう伝えられるかが、とても大事だと感じます。 杉原氏:正直に言うと、『代理店がなかなか提案してくれない』という声を聞くこともあります。ただ、突き詰めると広告主が“ここに投資する”、“育てていく”という意思を持っていないと、代理店としてもなかなか動きづらい部分もあるんでしょうね。結局は双方が当事者意識を持てるかどうかが重要だと感じました。 オープンインターネットならではの強みや手応えを感じた施策はありましたか? 田代氏:先ほどもお話ししましたが、ナーチャリングが一番大事だと思います。私たちは売上目的の記事だけでなく、お客様にとって有益な記事もたくさん作っていますが、そういった記事はなかなか見られにくいこともあります。 そういうときにオープンインターネットで配信すると、CPCの安さという話ではなく、滞在時間が長い、ページをしっかりスクロールして読んでもらえる、関連記事まで見てもらえるといった深いエンゲージメントが得られる。これは、オープンインターネットをしっかり活用することで得られる大きな成果だと感じています。 砂田氏:先ほどの“インベストメント”の話にもつながりますが、私たちはクライアントごとにPMPを作り、広告枠を在庫としてストックしておく取り組みもしています。こうしておくことで、競争の激しいオープンインターネットにおいて、クライアントが求める広告枠を迅速かつ安定的に提供することができます。 さらに当社は、重要な顧客データであるプレースメントから、コンバージョンデータ、ライフタイムバリューまでお預かりして、顧客の行動を深く理解し、長期的な視点でクライアントのビジネス成長まで支援することができる。こうした体制を整えることで、クライアントにも『信頼できる』と感じていただけることが多いですね。 パブリッシャー側に期待する情報提供や連携の在り方があれば教えてください 田代氏:私は元々、百貨店の店頭で毎日お客様と接して靴を販売していました。その経験が今の広告の仕事にも強く影響しています。店頭ではまず、お客様が何を求めているのかを聞くところから始めます。たとえば飲食店であれば猛暑の日にいきなりビールを勧めることはせず、『今日は暑いですね』『このあとご予定は?』といった会話から、お水がいいのか、シャンパンがいいのかを判断し、最適なものをご提供する。 この“相手の状況を聞く”という姿勢はデジタル広告でも同じだと思います。アルゴリズムに任せれば効率的かもしれませんが、お客様の声に耳を傾けることが意外と少ないケースも多い。だからこそ、こちらの状況をしっかり聞いてくれるパートナーには『次回はぜひお願いしよう』という気持ちになります。出稿の決定がその場でできなくても、次回声をかけたくなる。そういう関係を作ることが大事だと思います。 杉原氏:結局のところ、“課題解決型営業”なんですよね。プロダクトを押し込むのではなく、まず課題を聞いて、それに合ったソリューションを提案する。これは広告業界に限らずビジネス全般に通じる話だと思いますが、そういう姿勢を見せてくれると『やってみようかな』という気持ちになりますよね。 砂田氏:そうだと思います。我々のミッションは課題解決です。メディアを仕入れてクライアント企業に提供するときに、最も知りたいのは媒体のスペックではなく、“この要件に合うかどうか”です。だから、パブリッシャーの皆さんには、我々の要件(クライアントの課題)を子細に聞いてほしいと思っています。スペックではなく、クライアントの課題が基準になるという点を理解いただけると先に進みやすいと思います。 この領域の広告投資を拡大するには、誰が何を変える必要があると思いますか?(媒体、広告主、代理店、それぞれの視点で) 田代氏:私は広告主、代理店、パブリッシャーの三つの立場を経験しているのですが、どの立場でも大事だと感じるのが“リサーチ”です。店頭に立っていた頃は、お客様の表情や会話からニーズを探り、質問を重ねてプロファイリングしていました。ある意味、それが日常業務だったんです。 デジタルではボタンひとつでデータが出てきますが、それが必ずしも今の課題を正しく捉えているとは限らない。少し前の情報に基づいた“ずれた答え”が出てくることも多い。だからこそ、代理店として現場に足を運び、サービスや商品を自分でも体験しておくことが大事だと思います。 私自身もある意味“推し活”のようにクライアントやメディアと積極的に接点を持ち、距離を縮めることを意識しています。そうすると、販売や提案のときによりリアリティのある話ができるし、広告主も『この人はちゃんと現場をわかっている』と感じてくれるんです。 砂田氏:現在の業務はメディア開発がメインですが、クライアント企業と一緒に広告キャンペーンを作ることもあります。その立場から言うと、僕自身が伊勢丹新宿店メンズ館のヘビーユーザーで、どの売り場に何があるかも把握しています。だから田代さんと話をするとき『その動線ならこのキャンペーンがいい』『この媒体の特集と組み合わせれば効果的』など、リアリティのある提案ができるんです。 田代さんもおっしゃっていましたが、ある意味“推し活”です。自分が食品ブランドを担当しているなら、まずはそのブランドの全商品を自分で食べる。これをやらないと、本当の意味でクライアントの立場に立った提案はできないと思っています。商談の場で『実際に触ったことありますか?』と聞かれて答えられないのは、やはり良くない。 もちろん時間的な制約もありますが、それでも実際に体験しているかどうかで提案の熱量や説得力は大きく変わります。100件の浅い商談をこなすよりも、10件でも深く付き合ったほうが結果につながる。中長期的に見れば、最初の2年は厳しくても、その後は営業しなくても継続的に取引が続くような関係が築けるかもしれない。そういう投資が大事だと思います。 杉原氏:お二人には豊富な経験とノウハウに基づいた大変貴重なお話をたくさん伺うことができました。改めて、ありがとうございました。 今日の議論で明らかになった課題やヒントが、広告主・広告会社・パブリッシャーが共に歩み、オープンインターネットへの投資を健全に拡大していくきっかけになればと思います。これからも、生活者にとって価値ある広告環境を一緒につくっていきましょう。
「デジタル広告業界の課題はそう簡単には尽きない」―「広告主等向けガイダンス」を発表した総務省に聞く[インタビュー]
総務省が発表した「デジタル広告の適正かつ効果的な配信に向けた広告主等向けガイダンス」に対し、様々な市場関係者がプレスリリース等を通じて賛同を示し、また事あるごとに本ガイダンスに言及した上でさらなる問題提起を行っている。本ガイダンスを作成するに至った経緯や今後の展開について、総務省 情報流通行政局の寺本邦仁子参事官に話を聞いた。 (聞き手:ExchangeWire JAPAN 長野 雅俊) ガイダンス発表の経緯 ―総務省は今年6月に「デジタル広告の適正かつ効果的な配信に向けた広告主等向けガイダンス」を発表しました。デジタル広告取引には広告プラットフォーム、広告会社、媒体社を始めとして様々なステークホルダーが存在しますが、本ガイダンスを「広告主等向け」としたのはなぜですか。 まず大前提として、広告をどの媒体に掲載するかは表現の自由及び営業の自由の下で、広告主において判断されるべきです。しかしながら、デジタル広告においては、その仕組みを理解した上で適切な対策を実施しなければ、そもそもその広告主でさえも自ら出稿した広告がオンライン上のどの場所にどのように表示されているかを把握することができません。 その結果として、偽・誤情報が掲載または著作物が違法にアップロードされたウェブサイトやアプリに自社の広告が表示されることで、深刻なブランド毀損をもたらしたり、広告費が不正に詐取されるといった広告費の流出などのリスクにさらされる可能性があります。広告主には、こうした状況を経営上の課題として認識した上で然るべき対策を取ることの重要性を知ってもらい、既に対応を行っている広告主においては自らの対応状況を再確認する用途として、これから対応を開始したいと考えている広告主においては今後の対策を実行へと移すための参考となるよう、総務省が開催した「デジタル空間における情報流通の諸課題への対処に関する検討会」(諸課題検)の「デジタル広告ワーキンググループ」(デジタル広告WG)での検討内容を基に本ガイダンスを策定しました。 ただし、デジタル広告取引には、広告主や広告媒体社に加えて、従来型の広告代理店さらにはデジタルマーケティング事業者、電子商取引運営代行事業者、Webコンサルティング事業者を始めとする様々な関連事業者が関与しています。本ガイダンスにおいて「デジタル広告取扱事業者」と総称するこれらの事業者等にも、参考にしていただけたらと考えています。 ―本ガイダンスの公表前にその案に対する意見募集を行ったところ、141件に及ぶ意見が提出されました。 本ガイダンスの中身や趣旨をご理解いただいた上で、これほど多くのご意見が寄せられ大変ありがたく思っています。また国内の広告主が多く加盟する団体から、「企業の経営層にも理解と関与を促す視点が盛り込まれている」と言及いただいたこともうれしく思いました。複数の事業者団体から、本ガイダンスの普及啓発に向けて取り組んでいきたいとのお言葉もいただいており、心強く感じています。 リスクを把握していない広告主はまだ多い ―本ガイダンスは、民間企業だけでなく、広告を出稿する官公庁に対しても注意を喚起しています。 本ガイダンスの内容を検討したデジタル広告WGで公表した調査によると、資本金規模が「5,000万円超」の広告主は8割以上がブランドセーフティ対策を実施しているのに対し、「5,000万円以下」では5割を切ります。 こうした現状に鑑みると、例えば、アドフラウドに関して調査を実施した自治体もあるとは聞いていますが、官公庁も含む大半の広告主が、デジタル広告に関する具体的なリスクや対処法を十分に認識していない可能性が高いため、本ガイダンスの周知を図ることで、デジタル広告を巡る課題について喚起していきたいと考えています。 またあわせて、総務省としては、今後、地方自治体を対象とした実態調査も進めていきながら状況把握に努め、本ガイダンスの普及啓発に向けた具体的な取り組みを実施していく予定です。 ―日本全国に点在する中小企業や地方自治体に対して、具体的にはどのように本ガイダンスの普及啓発を行っていく予定ですか。 従来の広報活動の枠組みを通じてガイダンスを発表するだけでは、なかなか世間の目に届かないと思っています。総務省が各地方に設けている出先機関を活用したいとは思いますが、こうした拠点は、広告業界はもちろんのこと、広告主となりうる様々な幅広い業種の企業や地方自治体の担当部署とはこれまでお付き合いは少なかったというのが正直なところです。 他省庁や関係団体の協力に加えて、今回のようなメディア取材への対応やイベント・勉強会などにも積極的にお伺いし、広く世の中に知っていただけるよう働きかけていきたいと考えています。 ―本ガイダンスは、広告主等に対し、CMO(チーフ・マーケティング・オフィサー)等の専門性の高い経営層の整備を含めた体制構築が望ましいと提議しています。一方で、CMOという職務を用意している日本企業は極めて少数ではないでしょうか。 CMOが象徴する専門性の高い経営層の関与は考え得る対策の一つとして示したに過ぎません。広告を出稿する企業の経営層が、デジタル広告に関わる諸課題を技術的な面も含めてすべて詳細に把握する必要は必ずしもないと思っていますが、特有のリスクと対策が存在するということについては本ガイダンス等を通じて理解を深めていただけたらと思います。そして残念ながら、このリスクについての認識自体が乏しいというのが現状であると受け止めています。 ―本ガイダンスは企業の社会的責任(CSR)の観点からの配慮の必要性も指摘しています。 デジタル広告の広告費は、日本の広告費全体の約5割を占めるまでに市場規模が拡大しており、社会的な影響力が非常に強くなってきたと捉えています。つまり、単に広告を通じて商品が売れたかどうかや、広告単価が高いまたは安いというだけの話ではもはやなくなっているということです。それなりの広告費を通じて、それなりの社会的影響を及ぼしていることについて、デジタル広告を配信する主体としての広告主の経営者の意識改革につながっていくことを期待しています。 ―CMOやCSRは大企業により馴染みがある制度なり概念だと思うのですが、中小企業には異なる対応が必要だと思いますか。 本ガイダンス自体は、事業規模や業態及び業種を限定せず、広く活用いただくことを想定しています。とりわけデジタル広告は個人単位でも気軽に出稿できることが特徴の一つでもありますので、多くの方にデジタル広告特有のリスクを認識していただきたいと思っています。 ただし、リスク対策については、ブランド毀損による被害そして周囲の社会環境に与える影響が比較的大きい大企業の方が総じて早く着手するでしょう。こうした大企業が先導的な役割を果たすことで、業界全体の認識が変化していくことを期待しています。 ガイダンス発表後の展開 ―本ガイダンス(案)に対する意見募集結果の中には、「アテンション計測の有用性」への言及がありました。本ガイダンスの内容を議論した諸課題検またはデジタル広告WGで、アテンション計測を今後取り上げていく予定はありますか。 諸課題検は、9月10日に本ガイダンスの策定を含む検討内容をまとめた報告書を発表しました。報告書は、本ガイダンスの普及啓発や関連事業者のモニタリングを行っていくことを掲げています。 これを受け、総務省としては、こうした取り組みを通じて市場動向を注視しつつ、次の手を検討していく予定です。社会的状況の変化と技術の進歩に応じて、すべきこととできることが変わってくると思っています。 ―デジタル広告の課題全般に関する総務省としての今後の活動予定をお聞かせください。 9月10日発表の報告書でも提言いただいたとおり、本ガイダンスの普及啓発活動を進めていくほか、今後もデジタル広告の流通を巡る諸課題に対応すべく事業者のモニタリングを進めていく予定です。
「デジタル広告のあるべき姿」を伝える―UNICORN 田井 花佳氏
デジタル広告業界で働く広報・マーケティング担当者は、専門性が高く難解な業界用語と向き合いながら、形として見えにくい自社プロダクトやサービスを、日々顧客をはじめとする様々なステークホルダーに、ストーリー性をもって分かりやすく伝え、自社のブランド価値を高めていくことが求められる。 そんなミッションをもつ広報・マーケティング担当者は日々何を考え、どんなことに向き合っているのだろうか。デジタル広告業界の広報・マーケティングのプロフェッショナルにインタビューを行い、彼らのリアルに迫る。第6回は、UNICORN株式会社の田井 花佳(たい はるか)氏にお話を伺った。 (聞き手:ExchangeWire JAPAN 野下 智之、角田 知香) 新卒一期生としてのスタート 田井氏がUNICORN株式会社に入社したのは2022年。新卒採用の第一期生として新たな一歩を踏み出した。 学生時代は教育の道を志し、大学卒業後は教職の専門職大学院に進学した。教育に関する研究を行いながら、同時に小学校教員免許を取得するため通信大学にも通い、ダブルスクール生活に挑戦。さらには非常勤講師として教壇に立ち、子どもたちと向き合う日々を送っていた。未来ある子どもたちと関わる時間にやりがいを感じていた彼女が広告業界へと進んだことは、周囲からすれば意外に映ったかもしれない。 田井氏が結果的に教育現場で働くことを選択しなかったのは、研究のための実習や、非常勤講師としての経験を通じて、理想と現実のギャップを強く意識したからだった。 「好きな仕事なのに、なぜか幸せを感じられない。」 その背景には、自分が思い描いていた理想の教育像との乖離だけでなく、職場環境やカルチャーに対して違和感を持つなどの葛藤があったという。そこで「何をするか」よりも「誰と、どんな価値観で働くか」が自分にとって大切だと考え始め、一般企業への就職活動を決意。就活の軸を「環境」と「価値観」に定め、わずか4カ月という短期間で出会ったのがUNICORNだった。立場を問わず自由に議論できる社風や、広告の本質を真剣に追求する姿勢に惹かれ、入社を決めた。 「子どもたちにとって本当に意味のある教育をしたい」という原点と、「社会にとって本当に価値ある広告を届けたい」という現在の仕事。その二つは違う道に見えて、「誰かにとって本質的に意味のある価値を届けたい」という、一貫した想いでつながっていると田井氏は語る。 PRの立ち上げと広がる役割 入社後はブランドマーケティング部に配属され、ナショナルクライアントの認知領域における広告運用を経験。その後、当時はまだ社内に存在していなかったPR機能の立ち上げを任されることになった。 手探りで業務を進める中、「ひとり広報」として孤独を感じることもあったが、業界関係者と積極的にコミュニケーションを重ねることで、その重要性に気づいたという。外部とのつながりは、自身の取り組みへの自信を深めるきっかけとなり、田井氏が業界内での交流に力を入れる基盤となった。 そして試行錯誤を重ねてようやく形になった頃には、同社の山田社長からUNICORN 全体のPRを託されるまでになった。現在は、PR戦略の策定をはじめ、オウンドメディアの記事執筆やプレスリリースの作成、メディア対応、イベントの企画から運営まで、UNICORN全体の広報・マーケティングを一手に担っている。 接する相手も多岐にわたる。同社の顧客は広告代理店をはじめとして、アプリ領域ではアプリ運営企業や、ブランド領域では消費財から自動車まで幅広い業界のメーカー企業などを対象とする。 一方でPR担当としては、メディア関係者や業界団体との接点が多い。どの場面でも田井氏は自らの言葉でUNICORNを語り、その姿からは確かな信念がにじみ出る。その背景には、同社独自の文化がある。 田井氏がUNICORNに入社を決めた理由の一つは「若手でも遠慮なく議論できる環境」。社内には20代や30代が多く、部署や役職に関係なくフラットに意見を交わせる。近年は新卒採用の拡大や組織統合により年齢層が広がったことに加え女性社員も増え、ますます多様な人材が活躍できる環境が整ってきた。風通しの良い社風の中で培われた経験が、田井氏の「伝える力」を磨き上げてきた。 業界と社会に向けたメッセージ 田井氏がいま最も力を注いでいるのが「パブリックアフェアーズ(公益性を重視した政府などへの働きかけ)」だ。 デジタル広告業界と関わりがある官公庁や、業界関係者とのコミュニケーションを通じ、業界のあるべき姿を実現するため、デジタル広告に対する正しい理解を広める活動を進めている。UNICORNのような広告プラットフォーム事業者が、自ら業界の課題を提示することに大きな意味がある。 「広告は本来、ユーザーに新しい可能性を届ける価値あるもの。それが収益優先の仕組みによって歪められてはならない」と田井氏は話す。理念を語ることは、ときに「綺麗事」や「ポジショントーク」と受け止められるリスクもある。だからこそ彼女は「UNICORNの利益のためではなく、業界と社会全体のために発信する」姿勢を大切にしている。 広告主に対しても同じだ。理解度や意識のレベルはさまざまで、見せかけのクリック数やコンバージョン数ばかりを追う企業もあれば、課題を感じつつも様々な理由で行動できない企業もある。田井氏はそれぞれに合わせて伝える内容や角度を工夫し、「広告の本来あるべき姿」を問いかけ続けている。 エコシステム全体を支援 UNICORNは今後、広告主だけでなくメディアへの支援にも力を入れる方針だ。広告収益が減り、不健全な広告を取り除くための投資すら難しいメディアに対して、きちんと収益が還元される仕組みづくりや、不適切な広告や広告枠を減らしていけるようなサポートのあり方についても検討している。 「競合であるかどうかは関係なく、UNICORNの考え方に共感してくれる人や企業とつながっていきたい」と田井氏は語る。「広告の本来あるべき姿」を実現するために、業界内外へ支援の輪を広げようとしている。 「人や社会にとって本質的に意味のある価値を届けたい」が原動力 「何をするか」ではなく「誰と、どんな価値観で働くか」。その選択の結果として、田井氏はいまUNICORN広報の立場を通して、デジタル広告業界の健全化に力を注いでいる。 「業界が健全になればなるほど、結果的に自社の利益にもつながると信じています」と語る田井氏。教育の道を志した頃から持ち続ける「人や社会にとって本質的に意味のある価値を届けたい」という思いは変わらない。その信念がいま、デジタル広告業界をより良くするために働く原動力となっている。
ニュースレター(WireSync)に登録
ExchangeWire Japanの最新情報を毎週まとめてお届けします