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「アドテクの理想と現実」にパブリッシャーはどう向き合うべきか―大手UGCメディアが語る課題と未来- [インタビュー]

プログラマティックが普及して以降、メディアを取り巻く広告ビジネス環境が変わったといわれているが、日本におけるその実態や実務を担う関係者による現場の声は、実はあまり多くが取り上げられているわけではない。

パブリッシャー・トレーディングデスクとして日頃メディアを近くで支援しているbrainyが、メディアのプログラマティック広告実務担当者へのインタビューを通じて、日本のメディアが置かれているビジネス環境や、昨今のアドテクノロジー界隈のトレンドについて率直に感じていることなどをお伝えするシリーズ。

第5弾は、「はてなブログ」「はてなブックマーク」などで一般にも広く知られる、株式会社はてなの広告部門の責任者・実務担当者に伺った。

★インタビュー対象

株式会社はてな

ビジネス開発本部 営業部長 兼 事業開発部長 大久保 亮太氏 (写真:前列右)

ビジネス開発本部 営業部 リーダー 兼 事業開発部 島 英之氏 (写真:後列左)

★聞き手

株式会社brainy

2017年3月、株式会社オプトから会社分割により設立。様々なアドテクノロジーを駆使することでネット広告収益の最適化を支援する「パブリッシャー・トレーディングデスク」を、国内プレミアムメディアを中心に展開している。

代表取締役社長CEO 山岡 真士 氏 (写真:前列左)

パートナーブレイン戦略部 下山 貢氏 (写真:後列右)

技術によって生まれる価値を大切に

― 山岡氏(brainy) はじめに御社の紹介をお願いします。

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大久保氏(はてな) 当社は2001年に創業し、個人ユーザー向けの「はてなブックマーク」や「はてなブログ」「人力検索はてな(Q&Aサービス)」などのWebサービスを展開しています。最近は個人ユーザー向けのサービスで培った技術力やノウハウを活かし、BtoB向けのサービスも提供しています。具体的には、サーバー監視サービス「Mackerel(マカレル)」や、オウンドメディア専用CMSの提供とコンテンツ制作・流通支援、アドベリフィケーション「BrandSafe はてな」などです。任天堂様や集英社様、KADOKAWA様などとの共同開発にも取り組んでいます。

― 下山氏(brainy) BtoC向けのサービスからBtoB向けまで幅広く展開されているのですね。やはりエンジニアの方が多いのでしょうか?

島氏(はてな) スタッフの約半数がエンジニアです。自分たちの持っている技術にこだわりを持って、技術を使って生まれる価値を大切にしようという思想のもと、サービスの開発と運営に取り組んでいます。

広告商品設計は記事内容ではなくパフォーマンスを軸に

― 下山氏(brainy) メインとなるUGCサービスの広告マネタイズはどのように行われているのでしょうか?

大久保氏(はてな)「はてなブログ」「はてなブックマーク」「人力検索はてな」など、さまざまなUGCサービスを展開していますが、それらの広告マネタイズは、一部の課金ユーザーを除いて自社で広告枠を開発・運用しています。

― 下山氏(brainy) どういった組織体制で運営されているのですか?

大久保氏(はてな) 体制は、担当するメニューによって組織で分けています。営業部では、ネイティブ広告・オウンドメディアCMS・コンテンツの制作など、コンテンツマーケティングを支援する各種メニューなどの販売を担当しています。事業開発部ではディスプレイやインフィード型のプログラマティックの運用を中心にマネタイズしています。データ販売、PMPは我々でやっています。

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島氏(はてな) 広告枠を使ったマネタイズでは、営業部が販売する純広告枠とプログラマティックでマネタイズをする枠は完全に分けています。インフィードのネイティブ広告はアプリとスマートフォンWebに入れているのですが、純広告として、期間での販売を行っています。どちらも別軸で伸ばしていこうとしています。

― 山岡氏(brainy) メニューと連動した組織になっているわけですね。UGCサービスのマネタイズにはどのような特徴がありますか?

大久保氏(はてな) 純広告とプログラマティックという部分では原則、アプリとウェブで分けて販売をしていますが、プログラマティックの部分では、広告枠をViewableであるかどうか、あるいはCTRを中心にして出し分けていくという感じです。はてなのサービスは多岐に渡るので、個別のサービスでツールやベンダーを分けるのではなく、ViewabilityやCTRなどをみて、グルーピングをしています。「"はてなブックマーク"にいるユーザーはこうだから、このツールやベンダーさんを採用しよう」というよりは「CTRが高い枠をグルーピングして、こういうふうに見せていこう」というやり方です。記事によるメニューの分け方ではなく、パフォーマンスで分けるイメージです。はてなブログの場合、記事数が膨大なので難しいのです。試行錯誤した結果、いまはそういうやり方を採用しています。

― 山岡氏(brainy) 記事のカテゴリでメニューを分けるパブリッシャーが多い中、パフォーマンスを軸に分類されるのは珍しいですね。

ヘッダービディングの導入で前年比133%の収益増

― 下山氏(brainy) 御社は最新のアドテクに取り組まれている印象です。例えばヘッダービディングはいつから導入されているのでしょうか?

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大久保氏(はてな) ヘッダービディングの導入はかなり早く、2年弱経っていると思います。もともとはDFP(DoubleClick For Publishers)でダイナミックアロケーションを使ったマネタイズをしていました。
ただDFPの中にSSPを入れる際、仮想CPMを設定しますが、SSPの実態のCPMとは合わなくなってしまい、機会損失が生まれます。またADX(Double Click AdExchange)に対して、仮想CPMを上げてもカバレッジが下がらないことがあります。もちろん、バイヤー側の状況によって変化はあると思いますが、本来は1円単位でも仮想CPMを上げればADXのカバレッジに影響が出るはず。しかし数十円の単位で上げないとADXのカバレッジは変わらないのです。すなわちADXに対して、余計なオークションプレッシャーをかけなければならないということです。

― 下山氏(brainy) そうした課題は現在もパブリッシャーから聞くケースがあります。

大久保氏(はてな) このことに課題を感じていた折に、ヘッダービディングの存在を知りました。1インプレッションごとに最適な入札CPMがDFPに対して入ることが理想だなと思いました。外資の大手アドエクスチェンジが日本に参入したタイミングで、ご相談をして、それ以降ご一緒させていただいています。

― 山岡氏(brainy) 我々も多くのパブリッシャーとお話しますが、御社のヘッダービディングへの着手は特に早い印象です。一般的に普及するよりも早くトレンドをキャッチするコツは何かあるのでしょうか?

大久保氏(はてな) 新しい技術やトレンドを追っておくために、海外を含めたさまざまなサイトは見ています。ほかに、外資のベンダーさんにお会いするときに、「本国ではこういうトレンドがあります」など、いろいろ教えていただいたり、ご提案いただいたりしています。また私自身、はてなのマネタイズについてセミナーなどに登壇してお話する機会が増えてきているので、それがはてなのプレゼンスとして、ベンダーさんに対して働いていると嬉しいですね。

― 下山氏(brainy) ヘッダービディングの導入によって広告収益にはどのような影響がありましたか?また導入に際して懸念はなかったのでしょうか?

島氏(はてな) ヘッダービディングの導入で、広告の表示が遅くなるのではないかという懸念がありました。テストしてみた結果、それほど障害にはならないことがわかって、そのまま進めました。収益は期待値以上で、前年比133%に成長しました。ヘッダービディングでの取引額が、Googleとの取引額に上乗せされたようなかたちです。1枠に複数ヘッダービディングを導入していますが、1社目の収益アップが1番大きかったです。

大久保氏(はてな) 2社目を入れてもレイテンシーは変わらないように感じます。当社ではヘッダービディングを呼ぶ前の段階で、自社でつくっているNGフィルターを一度経由しています。UGC媒体なので、ときには不適切なコンテンツが上がってくることもあります。そのコンテンツからの広告リクエストを送らないようにすることによって、Googleのポリシーを順守しています。ですから、もしかすると、ページに直接タグを埋めているメディアさんよりも、そもそも遅かったのかもしれません。

― 下山氏(brainy) 確かに、レイテンシーに関しては各社のサービスによって影響度合いが異なりそうですね。ヘッダービディングの延長にラッパーソリューションがありますが、検討されていますか?

大久保氏(はてな) ラッパーのいれ方については、いま模索中です。FacebookAudience NetworkがAmazonのStoS対応をしているので、必要性があります。StoSでやるときには、他のSSPも複数導入をしようかと思っています。

― 山岡氏(brainy) 最初の取り組みが早い分、次のステップへの検討も早いですね。一方で、ヘッダービディング導入で苦労されたことはありますか?

大久保氏(はてな) さほど困ったことはありませんでしたが、枠の運用という意味では色々と苦労がありました。少し前にはウォーターフォールが流行っていましたので、ウォーターフォールにしてみたら、インプレッションの消失が進み、売り上げへのプラス効果も微妙な状況でした。ヘッダービディングにしたことで、ウォーターフォールからは、随分ときれいになりました。ヘッダービディングの設定にはとても苦労しました。

島氏(はてな) 当社の場合、ディレクターや技術者が社内に居ますので「枠を入れたい」という意思決定から実装までがスムーズです。仕事に対しても、エンジニアとしての視点でいろいろアドバイスをくれたり、前向きに提案してくれたりするので、社外に技術者がいる会社と比較すると、かなりスピード感があるのではと思います。

― 山岡氏(brainy) なるほど、トレンドをとりいれるための試行錯誤が早いところに、先ほど伺った「技術を大切にする」社風が生きているわけですね。

知られざるメディアプロテクト事情

― 下山氏(brainy) 最近はブランドセーフティーが頻繁に話題になります。御社は「BrandSafeはてな」を提供されていますね。

大久保氏(はてな)「BrandSafeはてな」には「対DSP向け」と「対メディア向け」の二つがあります。大きな技術としてはあまり変わらず、どちらもURLをベースに「このページはどうなのか」を判定しています。これは中身のコンテンツ解析や主にはてなブックマークでつくユーザーさんのタグ情報やコメントを使って判定をするものです。

― 下山氏(brainy) 具体的にはどういった仕組みなのでしょうか?

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大久保氏(はてな)「対DSP」では、アダルトや違法性の高いものなどのカテゴリを定めフラグを立てて、DSPさんにURLを共有します。そのURLをベースに、DSPさんが入札するしないを決めます。「対メディア」ではGoogleのポリシー違反対策で、不適切なコンテンツからリクエストをGoogleやSSPに送らないことを目的に、URLごとに呼ぶタグを分けるフィルターの役割を果たします。

― 下山氏(brainy) Googleのポリシー対策は他のパブリッシャーも非常に気にされている点だと思います。

島氏(はてな) 他のパブリッシャーで対策に不備があったことからアカウントを閉じられたという話を聞いて、うちは特にUGCでコンテンツの制御ができない、対策は必須だと考えました。

― 下山氏(brainy) 対DSPも対Googleポリシーも広告主のブランドセーフティーに配慮されたサービスですね。逆に、不正な広告クリエイティブが配信されないよう、パブリッシャーのブランドを守る「メディアプロテクト」に対してはどのようにお考えでしょうか?

大久保氏(はてな) 当社のサイトのブランドを毀損する広告が出るものに関しては、本当に苦労しています。ホワイトリストで運用するわけにもいかず、ドメイン単位でのブラックリストを作り対応しています。しかし、ドメインを変えるクライアントさんもいるので防ぎようがありません。

― 山岡氏(brainy) 他のパブリッシャーでも同様の声は聞こえてきますね。3PASになると事前のドメインブロックもすり抜けることができますし、不正を働いている配信元の特定も難航することが多いです。

大久保氏(はてな) ですが、UGCなのが幸いして、ユーザーさんから「こんな広告が出ていますよ」と通報してくれることがあります。そうしたら止めるということをしています。本当は掲載される前にブロックするようにしたいのですが。

島氏(はてな) はてなのサービスを使っている社内の人間が共有してくれることがあり、その場合はすぐにブラックリストに入れています。

大久保氏(はてな) 広告主からの「不適切な面に出てしまうのでは」というブランドセーフティーの話は盛り上がってきていますが、反対にパブリッシャーのブランドセーフ、すなわちメディアプロテクトのほうはまだあまり言及や対策がされていないように感じます。パブリッシャーからの指摘で、気づくことも多いかと思います。

― 山岡氏(brainy) パブリッシャー側でもブランド毀損問題があるということを、広告主側にも知ってもらうところからですね。

― 下山氏(brainy) 少し話は変わりますが、ITP(Intelligent Tracking Prevention)も話題になりました。パブリッシャー視点では本リリースをどのように捉えていますか?

島氏(はてな) パブリッシャーの価値も上がりますし、そういう意味では中長期的にプラスに働くのではないかと思います。

大久保氏(はてな) 今回の件で改めて、パブリッシャー側はもっとユーザーのことを意識しなければならないと思いました。「儲かればいい」主義に走りがちなパブリッシャーも多いと思っていて、「ユーザーにとって鬱陶しい手法での動画広告」「過度なリターゲティング」「誤クリックを誘発する実装」など、ユーザーのことを考えないことをしてきた結果でもあると思います。収益をあげることも大切ですが、パブリッシャーはユーザーの方を向き、DSPや代理店は広告主の方を向くべきだと思っています。実際の数値については、今後詳細に解析、対応していきたいと思います。

― 山岡氏(brainy) 確かに、本来の目的はユーザーの使い勝手を良くするためなので、そのように受け止めていくことが必要なのかもしれません。今回はかなり具体的に最新のアドテクトレンドについて伺うことができました。本日は貴重なお話、ありがとうございました。

ABOUT 野下 智之

野下 智之

ExchangeWire Japan 編集長   慶応義塾大学経済学部卒。 外資系消費財メーカーを経て、2006年に調査・コンサルティング会社シード・プランニングに入社。 国内外のインターネット広告業界をはじめとするデジタル領域の市場・サービスの調査研究を担当し、関連する調査レポートを多数企画・発刊。 2016年4月にデジタル領域を対象とする市場・サービス評価をおこなう調査会社 株式会社デジタルインファクトを設立。 2021年1月に、行政DXをテーマにしたWeb情報媒体「デジタル行政」の立ち上げをリード。