「アドテクの理想と現実」にパブリッシャーはどう向き合うべきか? -大手パブリッシャー担当者が語る課題と未来- [インタビュー]
プログラマティックが普及して以降、パブリッシャーを取り巻く広告ビジネスの環境は大きく変わったといわれている。だが、日本における実態や実務を担う関係者による現場の声は、実はあまり取り上げられているわけではない。
パブリッシャー・トレーディングデスクとして日頃パブリッシャーを近くで支援しているbrainyが、パブリッシャーのプログラマティック広告実務担当者へのインタビューを通じて、日本のパブリッシャーが置かれているビジネス環境や、昨今のアドテクノロジー界隈のトレンドについて率直に感じていることなどをお伝えするシリーズ。
第一弾は、niconicoのプログラマティック広告実務者へのインタビューをお届けする。
★インタビュー対象
株式会社ドワンゴ
営業本部広告営業部第四セクションセクションマネージャ永山隆浩氏(写真左から二番目)
2008年ドワンゴ入社。niconicoの広告事業部門にてタイアップ広告のコミュニケーション・プランニング、プロデュースに従事。2013年からはアドテク領域も兼務し、広告マネタイズ全般に携わっている。
営業本部広告営業部第四セクション大石優造氏(写真一番左)
国産大手アドネットワーク事業社でパブリッシャー営業を経て、2016年にドワンゴ入社。niconicoを始めとする自社媒体のプログラマティック広告の運用を担当。
★聞き手
株式会社brainy
2017年3月、株式会社オプトから会社分割により設立。様々なアドテクノロジーを駆使することでネット広告収益の最適化を支援する「パブリッシャー・トレーディングデスク」を、国内プレミアム媒体を中心に展開している。
代表取締役社長CEO 山岡真士氏(写真一番右)
パートナーブレイン戦略部部長米山小百合氏(写真右から二番目)
― 多くのサービスやコンテンツを起点にコミュニケーションするのが「niconico」
山岡氏(brainy): お二人が所属する営業本部広告営業部第四セクションでは、Web周りの広告をすべて担当しているのですか?
永山氏(ドワンゴ):私たちのセクションがミッションとしている事は、プログラマティック広告の運用、広告商品企画、そしてタイアップ広告等のコミュニケーション・プランニングです。プログラマティック広告は完全にデジタル領域ですが、実際のプランニングはデジタル領域だけではなく、弊社が主催するイベント「ニコニコ超会議」などのリアル領域での展開も含めた提案を行っています。
米山氏(brainy): 特徴的な広告組織ですね。大体は、デジタルとリアルのプランニングで分かれていることが多いのではないでしょうか。
永山氏(ドワンゴ): 私たちが今運営している「niconico」は、一言でいうとコミュニケーションプラットフォームです。一番有名な「ニコニコ動画」を想起される人が多いと思うのですが、それ以外にもライブストリーミングサービスの「ニコニコ生放送」、そしてリアルイベントである「ニコニコ超会議」など、多くのサービス・コンテンツを展開しています。niconicoは、単純にそれらのコンテンツを摂取する場ではなく、コンテンツを起点としたコミュニケーションを提供する場です。そしてそれらの共通プラットフォームとなるのが「niconico」です。デジタルとリアルの両方を、それぞれ垣根なくサービスとして提供しているので、我々の組織もそれに対応する形になっています。
― ユーザー体験を第一に考える niconicoの広告ビジネス
山岡氏(brainy): Webやアプリ広告のマネタイズについて、手法、体制、方針などを教えて下さい。
永山氏(ドワンゴ): タイアップを含めた純広告とプログラマティック広告の、大きく2軸でマネタイズしています。広告ビジネスとして優先すべきはタイアップや純広告なので、広告商品企画からプランニング、セールスまで多くのリソースを割いています。
様々なメニューを用意してはいますが、全てのインベントリーを純広でマネタイズできるかというと必ずしもそうではありません。マネタイズし切れなかった部分は、プログラマティック広告でカバーしています。
大石氏(ドワンゴ): niconicoのビジネスは広告に限定されません。いわゆる有料会員のサブスクリプションと、ポイント、広告の3つが柱です。有料会員は243万人(※2017年3月時点)いるので、やはりサブスクリプションが一番大きな比重を占めています。
永山氏(ドワンゴ): そのため、広告ビジネスにおいても「ユーザー体験」を最も重要視しています。ですので、新しい広告フォーマットを導入する際は、すごく慎重になります。
大石氏(ドワンゴ): 例えばスマートフォンアプリなどでインタースティシャル広告をよく見かけますが、ユーザー体験に大きな影響を与える広告フォーマットなので、niconicoでは導入していません。
永山氏(ドワンゴ): 広告枠の位置も気を使うポイントです。僕ら(広告運用担当)の視点でいうeCPMが高そうな箇所というのは、実際問題ユーザー体験に影響がある箇所だったりします。ですので、新しく広告枠を設けるときにはいつもサービス側も交えた議論になりますね。
山岡氏(brainy): 全ては重要視されている「ユーザー体験」ありきということですね。実際にどんなケースがありましたか?
永山氏(ドワンゴ): niconicoでは、2014年にPCでインストリームの動画広告をローンチしたのですが、その時はユーザーに与える印象を考慮した上で、動画広告による収益の一部をユーザーへ還元する仕組みを提供しました。動画のサービスをやっているパブリッシャー、インストリームのインベントリを持っているパブリッシャーは国内では限られているので、これは我々の特色と言えます。
米山氏(brainy): 確かに、貴重な存在ですよね。以前から、動画広告をとりいれたくても自社のインベントリの特性上なかなか難しいというパブリッシャーが多いなと感じていました。
― niconicoが見るパブリッシャー広告マネタイズの変化について
山岡氏(brainy)広告のマネタイズ方法で、昨今変化を感じるところはありますか?
永山氏(ドワンゴ): スマートフォンの占めるシェアの拡大は感じていますね。以前はPC対スマートフォンで、ほぼ同等か、スマートフォンがやや多いという程度でしたが、今はスマートフォンが占めるシェアが以前よりも高まっています。
当社のインベントリの状況もそうですが、デマンド側もどんどんスマートフォンにフォーカスしていっている印象です。
山岡氏(brainy): 広告フォーマットも次々と登場してますが、最近はスマートフォン向けのものが非常に多いですよね。
大石氏(ドワンゴ): 縦型動画、インフィード、ネイティブ、インタースティシャル、リワード……。スマートフォンかつSDKでの実装にマッチしたものが多いですね。
米山氏(brainy): スマホ広告はwebもアプリもありますし、テクニカルな面でもPCと違って様々な対応が必要になりますよね。
永山氏(ドワンゴ): スマートフォンの存在感はRTB、特にアプリ面のRTBの盛り上がりで実感できるようになってきたと思っています。当社は自社製のアドサーバーを使っており、純広告とプログラマティック広告の配信をまとめて管理しています。また、なるべく自社製のシステムのみを使いたいという事情から、アプリには広告配信SDKを入れていません。
しかし、SDKを使わないとRTBを行うためのKeyが無いため、Bidされません。ですので、これまでずっとアドネットワークを使って、JavaSctiptタグで広告配信を行っていました。SSPを使ってもアドネットワーク部分で最適化配信をしてくれるのですが、アドネットワークを直接配信する方が、SSPを経由するよりいろいろと融通が効くしeCPMも良かったのです。
ところが、昨年後半くらいからアドネットワークのeCPMが大幅に落ちてしまったのです。その打開策として、RTBに頼る事にしました。アプリで取得した広告識別子(IDFA/ADID)を自社のアドサーバーに渡し、そこからSSP事業者のJavaScriptのタグに受け渡す仕組みを開発。これによってRTBや各種ターゲティング案件を配信できるようなり、前年比130%までeCPMが上がりました。
米山氏(brainy): そのあたりの対応は、「やらなきゃいけない」「やったほうがいい」と思っていても実装のハードルは高い印象があります。ほかのパブリッシャーが最終的に手を出しづらい改修を自社で実装したのはすごいですね。
永山氏(ドワンゴ): RTBの強さを実感できるようになったのは、実はここ2カ月くらいなのです。広告識別子配信を開始する際、各プラットフォームをフラットに評価するためにSSPを含めて同じ比率で並列配信を行いました。当然、RTBを有するSSPの方が良いパフォーマンスになると予想していたのですが、最初はアドネットワークが強かったんですよ。アドネットワーク事業社もSDKでのみ配信しているリエンゲージメント案件等を抱えており、それがいち早く効果として現れました。ただ、これらの案件は常にあるわけではないので、結果としてRTBがじわじわと台頭してきました。
― パブリッシャーから見た「アドテクの理想と現実」
山岡氏(brainy): アドテクには、どんな「理想と現実」がありますか?
永山氏(ドワンゴ): 新しいキーワードがどんどん出てくるので、キャッチアップしていくのが大変です(笑)。テクノロジーの名称にしてみても、ベンダーによって使われ方に差があって、統一されていない言葉も多い。ただ騒がれているからといって、それが本当に自社サービスにマッチするのかは別の話。去年や一昨年にはPMPが話題になりましたが、実際に売れているのは新聞社をはじめとするニュースサイトという印象です。うちはエンターテインメントに特化しているのでそれほどは……というのが率直な感想です。
大石氏(ドワンゴ): 多分、他のパブリッシャーさんにPMPの話を伺っても、ほとんど「伸びています」という回答が来るのではないでしょうか。パブリッシャーとして「PMPをやっていません」という回答をする事自体が、あたかもイケてないパブリッシャーであるようなプレッシャーは時々感じます(笑)
米山氏(brainy): PMPに限らずですが、そういった"先進的であるべき"プレッシャーのような話はよくパブリッシャーから耳にしますね。
大石氏(ドワンゴ): 他にも、例をあげるとヘッダービディングですね。いろいろなところで話題になっているので実際調べてみたらDFP+Google Ad Exchangeが前提になっていますよね。「ウチは自社製のアドサーバーなんだけど、どう実装すればいいの?」と聞いても、当然の様にDFPが前提になっている仕様書を頂いてしまったり。
永山氏(ドワンゴ): しかも、大体は英語という(笑)。
大石氏(ドワンゴ): ヘッダービディング自体はすごいものかもしれないけれど、調べれば調べるほど現状の当社にはフィットしないと感じます。フィットする環境を構築しようとすると、それ自体がコストになってしまいそうで。それを鑑みたうえで、トータルでプラスになるのかを考えると疑問が残ります。
山岡氏(brainy): 確かに、新しいキーワードが実運用の普及度合いを飛び越えて拡散していくのはこの業界の特徴ですね。PMPも、定着したといわれていますけど実際はパブリッシャーによってまちまち、という印象です。プロセスもまだまだアナログなところもあって、社内で冗談交じりによく話になるのは、今はまだ「アドテク」じゃなくまだ「ヒトテク」ではないかと。
大石氏(ドワンゴ): 一つ一つの新しいキーワードに、パブリッシャーが振り回されている感じはありますね。
永山氏(ドワンゴ): あと、ずっと言われているのは、データ活用について。広告主サイトではDMPが浸透しつつありますが、パブリッシャー側がDMPを使って媒体やインプレッションの価値をあげるような成功事例が出ているかというと、そうでもないと感じています。
大石氏(ドワンゴ): "こうあるべき論"が先行して、たどりつけない感じというのでしょうか。ヘッダービディングもPMPもDMPも、我々が対応するのにコストがかかるので、ペイできるのかどうかポイントです。
永山氏(ドワンゴ): 当然僕らが努力していかなければならない部分ではありますが、もう少し道筋が見えてればなと思います。
大石氏(ドワンゴ): アドフォーマットなどは、もちろんあると思うのですが、日本から海外へ輸出しているものって……?
米山氏(brainy): あまりないですね…。海外で新しいキーワードが生まれて、"あるべき論"だけが国内でどんどん進行していっている印象は確かにありますね。
永山氏(ドワンゴ): 基本的に向こうからくるものですからね。海外と日本ではパブリッシャーの事情は異なるので、あちらの文脈できても、こちらでは当てはまらないのではないかと。業界的にテクノロジーの新陳代謝が早いので、新しいキーワードに振り回されすぎないことは重要かと思っています。
― パブリッシャーが今直面しているアドテクの"闇"
山岡氏(brainy): パブリッシャーとして直面しているアドテクの課題はありますか?
永山氏(ドワンゴ): 困っているのは、デマンド側の表現を使うと「ブランドセーフティ」。パブリッシャーからみても、実は同じような問題が起きています。いわゆる不正広告です。広告を表示したらどこかへ強制的なリダイレクトされるものや、Android端末で散見されるポップアップでのウイルス感染通知、ちょっと前にニュースでも騒がれたランサムウェアも、広告からのケースも今後考えられるのではないかと感じます。それって、パブリッシャーからすると致命傷ですよね。ユーザーに実害を与えるものなので、いかに防ぐかが非常に重要です。
山岡氏(brainy): これはいわば、アドテクが持ってきた課題とも言えますよね。純広告のような人と人とのやりとりなら起こらないことですし。デマンド側には自身を守る概念として「ブランドセーフティ」という言葉がありますが、パブリッシャー側には自分たちを不正広告から守ることを示すキーワードが無い。「パブリッシャー・プロテクション」とでも言うべきでしょうかね。
永山氏(ドワンゴ): 「パブリッシャー・プロテクション」とは、いい言葉ですね。是非業界に浸透してほしいです。
今、アドテクの進化により、パブリッシャー側はチェックしきれないほど多くの種類の広告が流れてくるので、不正な広告が自分たちのサービスに配信されるのを防ぐのに精一杯です。広告主向けにシステム構築はされつつありますが、パブリッシャーを不正広告から守ってくれる仕組みって進歩していないなと感じています。ただ、配信の仕組みがJavaScriptなので、対策が難しいというのも事実です。
大石氏(ドワンゴ): 問題が発生した際に手元で頑張って再現させ、ログを辿ろうと試みますが、悪質なケースだとJavaScriptの先で何重にもリダイレクトが発生しており、ソースに辿り着けない事も。特定できるのって、本当に窓口になっているベンダーさんの担当の方のノウハウに拠るところが大きく、それによって精度もかなり変わりますしね。
永山氏(ドワンゴ): 防御策は接続するDSPを限定する、ドメインでブロックする、カテゴリでブロックするなどになりますが、これらでは不十分です。例えば、3PAS配信だった場合はドメインブロックをすり抜けてしまいますし、カテゴリーブロックもデマンド側の自己申告にもとづく性善説で成り立っています。このようにパブリッシャーが講じる事ができる防御策は少ないですよね。
山岡氏(brainy): 国内のユーザーが国内のサイトを閲覧していても、海外DSPからの不正広告が流れる事がよくあります。我々もサプライサイドのテクノロジーを持っていますが、広告主やクリエイティブの単位でいうと何万や何十万なので、とても人力で100%チェックできるものではないです。
永山氏(ドワンゴ): もちろん悪いのは一部のデマンドだというのは分かっていますが、未然に防ぐことができない仕組みには疑問を感じます。
米山氏(brainy): そうですね。我々も含めアドテクの事業者が、パブリッシャーのサービス価値に悪影響を及ぼす事象から目をそらさずに、仕組みの改善を続けることが必要ですね。
山岡氏(brainy): アドテクにおいてサプライサイドとデマンドサイドにはどのような違いがあると考えていますか?
永山氏(ドワンゴ): シンプルに、立場が違うのでKPIが違いますよね。我々サプライサイドは収益性のeCPMで、デマンドサイドは広告効果のCPAもしくはCVR、そしてその先のROASを重視されています。しかし、お互いのKPIは相反するものであり、CPAを下げればeCPMは下がるしCPMをあげればCPAが上がってしまいます。
サプライサイドとデマンドサイドの間に立っているベンダーさんには、その相反するKPIをうまく調整して頂きたいですね。ただ、現状はどうかと言うと、デマンド側への偏りを感じることが多いです。
大石氏(ドワンゴ): 例えば、数年前と比較するとスマートフォン枠の平均eCPMが低下していることや、先ほどのブランドセーフティが叫ばれている一方でパブリッシャーを不正広告から守る仕組みは注目されていないこともその偏りが原因の一つかもしれません。
山岡氏(brainy): なるほど。従来は、プロセス的にもパブリッシャーとデマンドサイドの距離が近く、パブリッシャーの在庫価値をもとに販売ができていましたが、プログラマティックになると全てが自動取引なので、「販売している」という感覚はあまりありませんよね。アドテクでの自動化は、パブリッシャーの価値提供が難しくなっているひとつの要因なのかもしれません。
大石氏(ドワンゴ):我々もそうですが、パブリッシャーは自社の広告価値を把握することで広告枠に対してきちんと値付けができるようにならなくてはいけないと強く感じます。
永山氏(ドワンゴ): 具体的には第三社の計測ツールを利用して、CVRやビューアビリティ等の広告効果を測定することで、広告価値の透明性を我々から確保する必要があります。
もちろん、我々が把握するだけでは収益は変わらないので、そこは上手くベンダーさんと協力して収益が上がるような仕組みを作っていきたいですね。
大石氏(ドワンゴ): 広告枠価値の透明性確保に関しては、他のパブリッシャーの方がどのように考えられているかはぜひお伺いしてみたいです。
米山氏(brainy): そうですね、広告枠の透明性や品質は今後さらに重要になると思います。コンテンツをしっかりつくりこまれているパブリッシャーのみなさまの努力が、正しく収益として還元されるような仕組みを一緒に作っていきたいです。
山岡氏(brainy): 永山様、大石様、本日はありがとうございました。フォーカスされることが少ない国内パブリッシャーの現状について、リアルな声をたくさんいただけたことはとても貴重です。ドワンゴ様も我々も根底の思いは同じ、デマンドサイドも含めてアドテクを健全に盛り上げていきたいですね。
ProgrammaticPublisherSSPインタビュープラットフォーム媒体社
ABOUT 野下 智之
ExchangeWire Japan 編集長 慶応義塾大学経済学部卒。 外資系消費財メーカーを経て、2006年に調査・コンサルティング会社シード・プランニングに入社。 国内外のインターネット広告業界をはじめとするデジタル領域の市場・サービスの調査研究を担当し、関連する調査レポートを多数企画・発刊。 2016年4月にデジタル領域を対象とする市場・サービス評価をおこなう調査会社 株式会社デジタルインファクトを設立。 2021年1月に、行政DXをテーマにしたWeb情報媒体「デジタル行政」の立ち上げをリード。