×

WireColumn: オープンデータを活用した米国のマーケティング事例

ThinkJam 荒井さん、前田さん

(コラムニスト:株式会社シンクジャム
 荒井勇人、前田衣里奈)

データドリブンな国内外のマーケティング事例を紹介するシンクジャムの若手ホープ、荒井氏と前田氏のコラム連載、第一弾です。

 

「ビッグデータ」と並んで、最近注目を浴びている「オープンデータ」。

日本での本格的な取り組みは、もう少し先になりそうですが、今回は一歩進んでいるアメリカの事例を取り上げながら、オープンデータの活用方法について考えていきます。


 

 

 

無料で使えるビッグデータの素

 

いま注目のトレンドである「ビックデータ分析」。多様かつ大量のデータを解析・分析して、ビジネスに活かせるヒントを抽出していこうという潮流です。しかしながら、企業自身が保有しているデータには限りがあるでしょうし、そもそもビッグデータに相当するデータを持っていない企業も、少なからず存在していることでしょう。

いま、時を同じくして「オープンデータ」に対する関心も高まってきています。「オープンデータ」とは、政府や公共団体などが保有する公共性の高いデータ(パブリックデータと言います)のうち、インターネット上で公開されているデータのことを示します。

オープンデータは、誰でも自由に使えます(再利用・再配布も可能です)ので、企業としてはビッグデータの素となるものを無料で入手できるという、絶好のチャンスといえますが、残念ながら日本はまだまだオープンデータ後進国であり、公開されているデータの量も、実際に活用しているケースも乏しいのが現状です。

 

 

アメリカ政府の「オープンデータ」への取り組み

 

一方、アメリカに目を向けてみると、アメリカ政府では「オープンガバメント(透明性のある開かれた政府)」を目指す活動の一環として、オープンデータの取り組みを2009年から進めています。オープンデータの目的は、「正しい情報を開示することで、政府機関の透明性や信頼性を高めること」ですが、副次的な目的として「イノベーションや社会生活の向上」も掲げられています。すなわち、民間企業(もしくは個人)にオープンデータを活用してもらって、新たなサービス開発を促すということです。

2009年5月21日、「Data.gov」というオープンデータを提供するWebサイトが開設されました。開設当時、わずか76種類しかなかったデータセット(データのまとまり)も、2013年9月時点では97,000種類を超えており、カテゴリーも金融、雇用、交通、小売、通信、貿易など49分野と幅広く、各政府機関や州・都市の協力姿勢がうかがえます。

 

www.data.gov - 2013-09-09アメリカのオープンデータ提供サイト「Data.gov」

www.data.gov

 

また、「Data.gov」で公開されているデータセットは、テキストデータ(csv、xmlなど)や地図データ(kml、shpなど)のように、データ処理しやすい形式で提供されていたり、キーワード検索やフィルタリング機能といったサイト内の機能も充実させていたり‥などと、使い手への配慮が行き届いているのも特筆すべきポイントです。

さて、ここからは、オープンデータをマーケティングに活用している特徴的な事例をいくつかご紹介します。

※ClickZ記事の掲載内容に、独自の考察を織り交ぜています。

http://www.clickz.com/clickz/column/2284899/3-creative-ways-to-use-public-data-for-digital-marketers

 

 

事例1:宿泊費を決める時に使う

 

2012年11月18日、Super8(世界的ホテルチェーン)は、通常よりも宿泊費を500ドル値上げしたにもかかわらず、宿泊客を獲得するのに成功しました。その理由は単純で、ホテルの近辺でF1の世界選手権が開催されたため、需要が急激に高まったからです。それを事前に知っているのと知らないのでは、売上に大きな差が生じる結果になったことでしょう。

オープンデータには、このようなイベントにまつわるデータも含まれています。下記はラスベガスの例ですが、開催が予定されているビジネスイベントの日時、場所、規模(参加人数)をWebサイトで事前に知ることができます。

www.vegasmeansbusiness.com - 2013-09-09ラスベガスのビジネスイベント情報サイト「Vegas Means Business」

www.vegasmeansbusiness.com

 

現在多くのホテルチェーンは、独自の料金設定アルゴリズムを用いて宿泊料を決めていますので、オープンデータをアルゴリズムに投入し、その結果をオンライン予約システムに反映すれば、イベント開催などの外部要因も踏まえ、需要と供給のバランスを自動的に調整したうえで料金を設定してくれる仕組みが成り立つでしょう

F1の世界選手権が開催されるからといって、法外に高い料金を設定しても宿泊客は獲得できないので、Super8の成功は、オープンデータと独自のアルゴリズムを連動させた仕組みがもたらしたものだと推測できます。

このような事例は、他にも報告されています。例えば、シアトル周辺のホテルでは、通常150ドルの宿泊料金を、2013年1月のポール・マッカートニーのコンサートや大規模なカンファレンスにあわせて300ドルに引き上げ、宿泊客を獲得するのに成功しています。

 

 

事例2:キャンペーン期間を決める時に使う

 

キャンペーン期間の決定にも、オープンデータが利用できます。今回は、新学期キャンペーンの例を取り上げてみましょう。

アメリカでは新学期の始業日が、地域によって大きく異なります。例えば、ロサンゼルスでは64万人の学生が8月13日に新学期が始まるのに対し、ニューヨークでは110万人の学生が9月9日に学校へ行き始めます。

つまり、新学期キャンペーンを打つ場合、地域によって時期を変えなければいけません。アメリカには1500以上の学区があり、各学区の始業日がオープンデータとして公表されています。6月後半から9月までに続々と新学期が始まる様子は、MCH Strategic Data(アメリカのデータ編集企業)が公開している始業日と学生数を可視化したマップからもわかります。

searchenginewatch.com - 2013.9.9アメリカ全土における始業日の可視化マップ

http://searchenginewatch.com/article/2281444/How-to-Use-Data-to-Build-a-Well-Timed-Marketing-Campaign

 

では、始業日のどれくらい前からキャンペーンを始めるのがよいでしょうか?

これもオープンデータを見ることで明らかになります。全米小売業協会NRFが発表した、子どもの新学期準備に向けて親が買い物をした時期の調査(2012年)によると、約半数の親は、学校が始まる1か月前に買い物をしています。続いて、1~2週間前が24%、2か月前が22%となっており、学校が始まる2か月前から1週間前までの間にキャンペーンを行うことが効果的であることがわかります。

searchenginewatch.com_2

子どもの新学期準備に向けて親が買い物をした時期

http://searchenginewatch.com/article/2281444/How-to-Use-Data-to-Build-a-Well-Timed-Marketing-Campaign

 

このように、2つのオープンデータを掛け合わせて見ることで、地域ごとの効果的なキャンペーン期間が浮き彫りになってきます。

複数のデータから新たな示唆を見つけ出すことは、特に目新しさはないかもしれません。しかしながら、信憑性の高いオープンデータを掛け合せることで、それは揺るぎないファクトとなり、より大胆な施策に踏み切れるきっかけになるのかもしれません。

 

 

事例3:オンライン広告の出し方を決める時に使う

 

現在、「Data.gov」で提供されているデータセットの大半を占めるのが「地理情報データ」です。Trulia(不動産企業)は、複数の地理情報データを組み合わせ、不動産情報が検索できるアプリを開発しました。物件の情報はもちろん、周辺施設や災害・犯罪リスクなど、不動産に関する多角的な情報を取得することができます。

www.trulia.com

Truliaの不動産検索アプリケーション

www.trulia.com

 

備わっている機能から想像するに、メインユーザーは不動産の検討客であると考えられますが、実はまったく業態の異なるデリバリーサービス企業も、積極的に活用しているようです。

このアプリには、通学・通勤にかかる時間を調べる機能も実装されています。デリバリーサービス企業は、この機能をうまく使って、サービスを提供できる範囲(例えば30分以内で配達できる範囲)を調べて、その結果に応じたオンライン広告を配信しています。

おそらく、モバイル端末であればGPS、PC端末であればIPアドレスや検索クエリなどから、顧客の位置を把握して、広告配信の有無、もしくは配信する内容(30分以内 or 1時間以内に配達)を切り替えているのだと推測できます(ただし、PCの場合、精度がどこまで担保できるのかは少し疑問が残ります)。

このように、「政府が企業にオープンデータを提供し、企業がそれを使う」というケースだけでなく、「企業がオープンデータを媒介(編集・統合)して、それを他の企業が使う」といったオープンデータの活用方法もあるようです。

 

 

日本のオープンデータ活用

 

日本でのオープンデータ活用も加速しつつあります。

2013年1月28日、経済産業省は、オープンデータの実証用Webサイト「Open DATA METI」(β版)を公開しました。データセット数は201種類(2013年9月6日時点)と、アメリカの「Data.gov」にはまだおよびませんが、2013年6月14日には「世界最先端IT国家創造宣言」が閣議決定され、 2014年度には、オープンデータの本格運用が開始される計画になっているので、今後は充実してくるでしょう。

日本のオープンデータ提供サイト「Open DATA METI」(β版)

日本のオープンデータ提供サイト「Open DATA METI」(β版)
datameti.go.jp/data

 

 

また、オープンデータの利用普及には、データセットの量を増やすだけでなく、それをどう活用するかを考える人材(データサイエンティスト)の育成も欠かせません。最近、データ分析を得意とする民間企業が、データサイエンティスト育成に力を入れ始めていることが話題になっていますが、今後データと人材の両面をどう充実させていくのか?これからの官民の動向に注目していきたいです。

 

 

 

ABOUT 荒井勇人、 前田衣里奈

荒井勇人、 前田衣里奈

株式会社シンクジャム プランナー 【荒井】2009年にシンクジャムを共同設立。WebサイトのIAプランニングをコアスキルに、構築ディレクションや戦略プランニングなどの面でも、大手企業のマーケティング支援を行っています。 【前田】国立の理系大学院を卒業後、シンクジャムに入社。Webプランナー兼アナリストとして従事する傍ら、定期的に国内外のWebマーケティング動向などを調査し、Web上などで発信中。