×

デジタル活用で100倍返し!ソフトバンクのスピード経営に求められるデジタルCMOとは?[インタビュー]

Softbank logo、Mr.Takahashi

デジタルデバイスの進化により、企業と消費者との関係は大きく変化した。日々進化するアドテクノロジーは、企業が顧客に関する多くのデータを収集する環境をもたらしている。そこで新たに課題となっているのが、データを活用し、マーケティングと経営をつなぐマネジメント人材の不足だ。

(聞き手: ExchangeWire Japan編集長 大山忍)

 

 

 

 

本シリーズでは、企業の第一線でデジタルマーケティングを推進するリーダーを『デジタルCMO』と定義。デジタルCMOへのインタビューを通じて、組織の壁、人材と予算の確保、経営への橋渡し等、彼らが日々直面する課題を浮き彫りにしていく。読者に対して、データドリブンな(データに基づく)マーケティングと経営で成功するためのヒントを提供できれば幸いである。

 

シリーズ初回の今回は、ソフトバンクモバイル株式会社のマーケティング・コミュニケーション本部、Webコミュニケーション部の部長である高橋宏祐氏にお話を伺った。

 

 

新規契約者獲得数が100倍に

 

高橋氏はソフトバンク本社を含む、関連会社5社のWeb責任者だ。ソフトバンクで与えられた最大のミッションは、Web関連の全てにおいて1位を取ること。その為にさまざまな切磋琢磨を続けている。実際、同社のオンラインにおけるYahoo!BBの新規契約者獲得は、高橋氏が関わってから半年で100倍になったという。

 

既にソフトバンクの契約者である既存顧客には、契約情報やサポートの提供、新規顧客に対しては、製品、料金、キャンペーンなど細かい情報提供が求められ、日々膨大なページを作り込んでいる。ページビューが多く、メディアパワーのあるソフトバンクのオウンドメディアでは、広告テクノロジーを徹底的に活用することで、オンライン上でのビジネスチャンスを切り拓いてきた。コストコンシャスな人をターゲット据えて、新規獲得が見込まれるページにバナーを掲載し、メッセージの効果測定を行い、効果の高いものだけを残していくことを繰り返し、出稿コストをかけずに新規契約者の数を増やしていった。

 

課題は、新規ユーザーをいかに安い単価で獲得出来るかだ。1回線を獲得する単価は、あらゆるデジタル広告で算出されている。ソーシャルメディアも同様に、Facebook、LINE、Yahoo!といったメディアごとに獲得コストを出している。言い換えれば、獲得コストのゴールさえ達成できれば、新しいことにどんどんチャレンジできる環境にある。

 

 

「TVCMでおなじみの“つなカール”キャンペーンでは、オムニチャネルを活用しています。店舗でケータイを見せればつなカールが貰えるほか、LINEのマストバイというシステムを使った限定スタンプも配布しています。さらに、Yahoo!の動画サイトであるGyaO!では、ブランドチャネルで専用コンテンツと動画を配信して認知向上をはかっています。このようにオンライン、オフラインのあらゆるチャネルを駆使しています。」

 cm_campaign1_s

 図: 店舗への誘導を促すためにオムニチャネルを活用した“つなカール”キャンペーン

 

 

GyaO

図: オリジナルの動画広告の配信など、動画によるブランド啓蒙の可能性を探るGyaO!の特設サイト

 

 

超スピード重視のソフトバンク流に適用できるか

 

ソフトバンク流とは、さまざまなメディアで報道されているようなスピード経営についていけるかを指す。さまざまな事象を考慮して下される経営判断には方向転換がつきものだ。その変化を柔軟に受け入れる臨機応変な姿勢がソフトバンクで働く人間には必須だ、と高橋氏は語る。

 

Softbank_Mr.takahashi「採用する人材に求めるのは、そのWeb専門領域のスキルやノウハウは前提として、基本的なコンピテンシーとソフトバンク流に慣れていけるかということです」

 

同社には採用後のトレーニングなどは一切ない。入社当日から120%稼働することが求められるため、皆必死になってOJTで覚えていく。また、データ至上主義で動くのがソフトバンクの現場。何事にも数字が求められるため、全社員にとってデータ分析は当たり前なのだという。

 

「数字がないものはまず通りません。僕の隣にいる人間は、SPSS(IBM社の統計解析ソフトウェア)というBI(ビジネス・インテリジェンス)のツールを使って業務分析をしています。契約データとWebのアクセスデータ、その他の各種認知データをかけ合わせて、施策の裏付けとなる分析を日々現場で行っています。データ分析と施策策定、評価を日々の業務の中で回しています。」

 

オンラインマーケティングやデータの取得に欠かせないアドテクノロジーに関しては、DSP、DMPを含めて市場に存在するものを全て使っている。だが、これといって重きを置いているツールはなく、ベンダーに対する高橋氏の評価は厳しい。

 

「最近ではDSPというキーワードが先行しており、何をやるか中身の提案をいただけないがベンダーが多いです。事業会社として敢えて厳しい言い方をさせていただくと、アドテクの各種バズワードで騒ぎ立てて、肝心の中身の提案がない会社が目立ちます。例えば、獲得単価がいくらかを尋ねても、それに回答できる会社はごく一部なのが現状です」

 

高橋氏は、テクノロジー先行で、事業会社の現場の知識が不足したままのベンダーの営業スタイルには警鐘を鳴らすべきだと指摘する。日本のアドテク業界では、ベンダーなどのサービス提供側、そして事業会社側の双方で人材不足が指摘されて久しい。ベンダーにおいては、難解な技術提案だけでなく、事業運営者視点で事業に貢献するため提案。事業運営側は、利益に貢献するための、データに基づいた客観的な判断とテクノロジーを使いこなすスキルが求められる。

 

 

即断して有機的に動く組織体

 

日本の一般的な企業では、新しい企画の承認に何段階ものステップを要することも珍しくない。また日本的縦割り組織では、IT、マーケティング、デジタルといった異なる部門が連携するWeb関連プロジェクトの立ち上げには、事前の調整も一苦労だ。しかし、ほぼ全ての業務がプロジェクト制で進行するソフトバンクでは、明確なゴールさえあれば、現場のおける部門間の衝突はない。業務遂行のためなら、必要な人材を他部署から連れてくることもできる。グループ企業であるヤフーからの人材出向も、ゴール達成の為に柔軟な組織体を維持し続けるソフトバンクならではだ。

 

また、ソフトバンクの意思決定に必要なトップマネジメントの組織体は至ってシンプルだ。孫正義社長の下に副社長の宮内謙氏、さらに専務などから構成され、役員数は一般企業に比べて少数だ。その分、意思決定のスピードも速い。そのスピード感を現場マネジメントレベルにも反映させるため、高橋氏はWeb統括者として役員に直接プレゼンし、意思疎通できる体制を整えた。

 

「週に一度専務にプレゼンをして、専務の決断で物事がスピーディに決まっていきます。その後、必要に応じて副社長、社長にまで直接会ってプレゼンします」

 

デジタル施策に関してトップマネジメントに直接レポートし、事業とデジタルの橋渡しを徹底して行う。どちらかの一人歩きがない。この2つが連動することで全体的な底上げが実現し、半年でオンライン新規契約者数100倍という驚異的な成果に繋がっているのだろう。

 

 

マネジメントにとって デジタルやアドテクの理解は二の次

 

Softbank_Mr.takahashi企業の活動にはWebが必須だが、マネジメント立場の人間がテクノロジーに精通しているとは限らない。そもそも、マネジメントレベルの人材に、デジタルやアドテクの理解は必要なのだろうか。高橋氏はその必要はないと話す。

 

「極論を言えば、マネジメントの立場でデジタルやアドテクを理解する必要はないでしょう。一人のユーザーとして、iPhoneやiPad、Macなどを使っていれば十分だと思っています。むしろ、自分自身がユーザーであることの方が必須ではないでしょうか。」

 

マネジメント層にこそ、自身がユーザーであることが求められると指摘する。ソフトバンクの人材の多くは、自社が提供するツールを使いこなせるものの、IT企業の中にはパソコンすら満足に使えない人間もいるという。大事なことは、テクノロジー自体ではなく、ユーザー目線を重要視し、消費者の生活がどう変化していくかに常に目を向けること。これは、前職のIT企業社長に教えられた。

 

「デジタルの技術的な側面だけを見て、こんなことがしたいと提案したことがありました。その時、当時の社長に、お前は結局何がやりたいの?と質問で返されて。“生活者”の何を変えていくか、変えていきたいのか。その一言が、事業を行う本当の目的を見失っていたことに気づかせてくれました。デジタルが生活者にもたらす変化を、自らも一人の生活者として体験しながら世の中を見る。そうすれば、デジタルを事業にどう活用すべきかが必然と見えてくるのではないでしょうか。」

 

デジタルは、生活者の日常生活にどんな変化をもたらすのか。アドテク業界に限らず、テクノロジーに携わる業界関係者が見失いがちな、基本の視点に立ち返ることの重要性を教えてくれるインタビューだった。ソフトバンクの超スピード重視の経営に、デジタルという側面から貢献を続ける高橋氏。彼の言葉に、日本のデジタルCMOになるための必要要素を垣間見ることができた。

(編集:三橋 ゆか里)

 

 

ABOUT 大山 忍

大山 忍

ExchangeWire Japan 編集長 米国大学卒業。外資系企業を経て2000年にネット広告効果測定ツールを提供するベンチャーに創業メンバーとして参画。その後、バリューコマース株式会社と合併。 2007年1月にオムニチュア株式会社(現Adobe)に参加、コンサルティングサービスを立ち上げる。ビジネスコンサルタントとして米国のベスト プラクティスを日本の課題やニーズに合わせて提供、ウェブ解析やガバナンス(データ主導の組織・仕組化)に関する執筆・講演を行う。