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-デジタルを使い生活者を動かす-新体制のADK幹部が語る、総合代理店ならではのデジタルへの向き合い方と価値提供 [インタビュー]

大手総合広告代理店のADKは「2020年までに『コンシューマー・アクティベーション・カンパニー』へ変革を遂げる」と宣言し、今年1月に大規模な組織改編を行った。デジタルマーケティングへの取り組みは、市場環境や顧客の変化に合わせてどのように変わってきたのか。デジタル領域における、総合代理店ならではの価値やADKの戦略について、執行役員デジタル&データインサイトセンター統括 兼 子会社のアクシバルの代表取締役社長の沼田洋一氏にお話をうかがった。同氏はメディアプランニングの第一人者であり「メディアプランニングナビゲーション」(宣伝会議 14年2月)の著者としても知られている。

(聞き手: ExchangeWire Japan 野下 智之)

デジタル広告で消費者との対話が可能に

―自己紹介をお願いいたします。

沼田洋一氏

私は1988年に、旭通信社に入社しました。雑誌部に配属されたのですが、資料を作るのが面倒になって独学で雑誌のデータベースを作っていました。その後、雑誌だけでなくマス媒体全体のプランニングをやりたくてメディアプランニング室を設立しました。

1999年、第一企画との合併を機に研究開発部門を立ち上げ、3年ほどかけてテレビ広告投下の最適化システムなどのメディアプランニングサポートシステムの開発と、独自の生活者調査の設計や実査を行いました。当時はテレビのオプティマイザー、つまりテレビでどうやったら最適なリーチやフリークエンシ―をとれるのか、の分析がブームでしたので、オペレーションズリサーチの勉強を一からすることになりました。

2011年より大手消費財メーカーのプランニング責任者になり、2014年5月に広告主企業のコミュニケーション効率の改善をお手伝いする株式会社アクシバルを設立しました。それまでの広告会社は認知獲得重視でしたが、アクシバルではコンシューマーアクティベーション、つまり「いかに購買まで結び付くか」を重視します。インテージさんのSCI(全国消費者パネル調査:全国15歳~69歳の男女50,000人の消費者から、継続的に収集している日々の買い物データ*)と我々のデータを連携させて、ユーザーの購買までを追跡しています。

―企業のデジタルマーケティングへの取り組みは、この10年でどのような変遷をたどってきたのでしょうか?また、デジタルの位置づけはどのように変わってきましたか?

まず、デジタルマーケティングは「デジタル技術を使って取得できるデータ分析」と「デジタルメディアおよび技術を使った生活者とのコミュニケーション」の2種類に分けられると思います。

「デジタル技術を使って取得できるデータ分析」についてですが、オフィスにパソコンが登場した30年前から、「データ」を使った取り組みということ自体は変わっておりません。「データ」の粒度とスピードがアップしていますが、それまで一部の専門家にしかできなかったデータ分析を誰でもできる環境ができたのです。ただしデータは誰でも使えるわけではなく、特定の企業や部署の人しか扱えないものでした。
ところがWEBサイトが登場し、企業が自社サイトを持つようになるとデータ収集装置としてのWEBの側面がクローズアップされてきました。2003年頃にはGoogleAnalyticsをはじめとしたアクセス解析ツールの登場により、企業は直接生活者の反応を知ることができるようになったのです。それまではデータの収集期間は月次がほとんどでしたが、日次、週次で変化を追えるようになりました。

この間、広告主と広告会社の立ち位置も大きく変化したと思います。それまで生活者データを持っているのは広告会社だったのが、広告主の方がリッチなデータを持つようになったからです。特にサーバーデータは広告主が持っているので強いですね。それまでは広告会社が主導だったキャンペーンも、成果をクライアントに聞いて「全然(だめ)でしたね」なんて言われることもある。どうやってPDCAを回すかも変わって来ていて、クライアントによってはアクセス解析ツールで自分達で解析して結果を我々広告会社にお持ちになるところもあります。

一方、「デジタルメディアおよび技術を使った生活者とのコミュニケーション」の視点で捉えると、WEBの利用者が増えることにより、リーチが確保できるメディアとしてのデジタルメディアの価値が上がってきました。同時にここ10数年で「検索連動型広告」というこれまでにないフォーマットも登場してきました。

従来のメディアはどちらかと言えば、潜在需要を対象に新規顧客獲得を目指していました。しかし検索連動型広告は、個人の行動履歴を使ってコミュニケーションを変更するという顕在需要を対象にしているのでお作法が全く異なります。いかに顕在化した需要を取りこぼさずに刈り取るか、ということが目指すべきポイントになりました。

潜在需要と顕在需要が融合

―それと同時に予算もデジタルへとシフトしてきたということでしょうか。

そうだと思います。通販サイトなど、ダイレクトマーケティングをされるお客様もすごく増えています。ここ5年くらいは、大手のお客様も「店販中心だが社内にダイレクトマーケティング専門部署を設けた」というところも出てきました。店舗販売は潜在需要、ダイレクトで顕在需要といったように、両方が融合してきているということですね。

FacebookやTwitterが現れて、オウンドメディアの領域も広がってきています。従来は、企業側からの情報提供のみでしたが、今は消費者の反応が分かるようになってきています。これは企業にとって大きな変化です。

―過去10年間で、貴社の組織の在り方にも変化が見られますが、これまでの経緯と現状についてお聞かせください。

もともと旧旭通信社は1996年にDACの設立に参加し、デジタルメディアの普及と広告扱いに関しては先行して取り組んでいました。1999年に旭通信社と第一企画が合併して誕生したADKですが、サイト制作に強みのあった第一企画と一緒になった機会に、メディア×ソリューションのデジタルの総合的なソリューション体制の構築を目指しました。

その形をより具体化すべく、メディアバイイングだけでなくソリューションも一括して提供できるインタラクティブエージェンシーを目指して「ADKインタラクティブ」を設立しました。クリエイティブからメディアの運用まで垂直統合をしたい、という意図だったのですが、実務上の課題も見えてきました。現在よりも広告主のデジタル活用が多面的ではなく、デジタル広告枠の販売が中心であったため、本社との商流のありかた、ビジネスの広げ方など課題も多くありました。

その後の環境変化もあり、「ADDC(ADKデジタル・コミュニケーションズ)」というADKのためのメディアレップ機能をもつ会社を設立しました。メディアバイイングの効率化を図ることで利益を向上させ、ADK本体のデジタル売上の向上を図りました。同時に、ADK本体の各部署にデジタル経験のある人員を配置することで全体の底上げを試みました。

垂直統合、機能分化、それぞれにメリット、デメリットがあるので、競合の各社様も試行錯誤を繰り返していると思います。広告会社一社で全てを提供できるわけではありません。機能特化した優れたベンダー様が広告主企業と直接取り組まれるケースも多く、我々総合広告会社がどのような価値を提供するのがお客様にとってもっとも良いのか、毎日考えています。

データと経験の蓄積でマスとデジタルを統合的に扱うことが総合代理店最大の価値

―デジタルマーケティングの領域について、総合代理店だからこそクライアントに提供できる付加価値とはどのような点でしょうか。

私がメディアプランニングの出身だからかもしれませんが、やはり(従来の)マスメディアとデジタルメディアを統合的に扱うことができるということが最も大きな価値であると思っています。

デジタルメディアの効果検証がこれまでと異なる要因は、1対1の反応が見えること。従来は集計して相関を推測していましたが、現在は1人1人の行動履歴を追いかけられる。「カスタマージャーニー」という表現もありますが、相関関係ではなく因果関係を見つけ出すことも可能になったのが大きな変化です。

デジタルメディアではサーバーの全数データを使えば、反応があった数や行動は把握できますが、メディアをまたがったリーチや反応などは、あらかじめ第三者配信などの仕組みを導入しておかないと正確にはわかりません。また、反応があった人の性年齢などのデータもパネルデータを使うなどしないとなりません。マスメディアでは視聴率のようにパネルデータを使って接触率を計測してきました。デジタルで取得できる全数データと母集団の定義されたパネルデータを組み合わせることで接触と反応の関係を統合して扱うことができると思います。

また、これまで広告会社が得意としてきた「意識」の領域については、長年のデータと経験の蓄積がありますからデジタルマーケティングの領域でも活用できると考えています。

行動はアクション、意識はインサイト。我々はそれを組み合わせることでバリューを出そうとしています。2014年に設立したアクシバルは、まさにそのような課題に対応するために設立した会社です。ActionとInsightを掛け合わせることでValueを生み出そうというのがAxival(=アクシバル)の社名なのですが、デジタルマーケティングで指標とされることの多い行動のKPIと意識のKPIをシングルソースデータからご提供できるのが強みです。

*対象エリアは関東・京浜・京阪神エリア

ADK生活総合調査

たとえば、アクシバルのデータベースをつかえば、実際に商品を買っているユーザーはどんな意識・価値観を持っているのか、どんなメディアに接触しているのかをADKグループが利用している大規模調査(生活者総合調査:生活者をライフスタイル・消費行動・メディア接触など多面的側面から捉えることで、より深いターゲットインサイトを導き出すことを目的としたADKオリジナル調査)とインテージさんのi-SSP(インテージシングルソースパネル:クロスメディア環境下での「情報接触」と「消費行動(購買・意識)」の関係性を捉える、国内最大規模のクロスメディアシングルソースパネル*http://www.intage.co.jp/service/issp)データから分析することが可能です。通常の広告主企業の皆様の調査ではここまで詳細な調査はやっていないと思います。そのことで新しい価値を提供できると思っております。

クライアントの期待はマスとデジタルを融合させた効果検証

―デジタルマーケティングのプランニングに関して、近年どのような変化がみられますか?また、クライアントの期待するポイントはどのようなことでしょうか?

健在顧客を対象にしたダイレクト販売ではなく「店売り」を中心にしたお客様ではデジタルの成果を測ることがなかなかできませんでした。

テレビ広告は流通に対して強い訴求効果があります。テレビで「これだけのGRP投下します」と言えば通じることでも「デジタル広告これだけやります」と言われると分かりにくく通じにくい時もあります。何千万インプレッションと言われても、全体のパイが分かりにくいからです。若年層向けでは、テレビは響きにくいというのが分かってきているので、例えば動画を使ってこのようにやる、などと言えば通じるかもしれませんがまだ課題はあります。ですので、営業支援の意味でもマスメディアとデジタルをどのように融合させ、効果を検証していくのかが非常に大事なポイントになっていると思います。

沼田洋一氏

店売りだけでなくネットサービスの場合でも、新規顧客を獲得するためにデジタルメディアではなく、テレビ広告を使うことが増えています。ネットなら効果測定できる、と言われますがそんなに確実とまで言えません。インストール数はサーバーの情報からわかるものの、個々人のメディア接触まではわかりません。テレビの効果測定だと、例えばCM放映から5分以内に購入されたものはCMの効果、と定義して測定する手法がありますが、本当にその効果かは分からないのと同じことです。

サービス自体はデジタルで1to1で分析できるのに、コミュニケーションの領域は、従来型の効果検証に近いやり方になります。デジタルだけ、マスメディアだけではなく、全体の最適化を求められていることを強く感じます。

―それに対して、貴社はどのように取り組んでいかれるのでしょうか?

まず今年、組織としてマスメディア・デジタルメディア・メディアプランニング・データ解析の4つの機能を大きなセクターというくくりにまとめました。

これにより、
1.顧客の持つ情報、ADKの持つ生活者情報などのデータを分析する
2.ターゲットとする生活者のインサイトを見つけ出す
3.その生活者のコンテクスト(文脈)を明らかにする
4.その生活者をもっとも動かすことのできる「コンテンツ」(広告に限らず)を開発する
5.その生活者にふさわしいメディアを使ってコミュニケーションしていく
6.その成果を計測し、次のプランにつなげる

沼田洋一氏

という6つのステップがより連携してできるようになりました。

例えば化粧品について生活者が検索やサイト訪問などの行動を行っているときには、顕在化した需要があるので、コンテクストがはっきりわかりますから、その需要に対応したコンテンツを返してあげればいいわけです。一方、従来のマスメディアのプランニングでは、ターゲットがどんな意識・価値観・ライフスタイルを持っているのかというコンテクストの分析を行い、それにふさわしいコンテンツ(広告表現)とメディアを選定していたわけです。このふたつのアプローチを組み合わせていくことで、潜在需要と顕在需要の両方に対応できると考えています。

例えば化粧品に関していうと、デジタルメディアは口コミサイト、雑誌では美容専門誌という二つの情報源があります。生活者のコンテクストを分析すると口コミサイトの読者は他人がどうしているか、どう思っているのか知りたい人が多く、一方美容専門誌の読者はとにかく商品の情報を早く知りたい人が多いという違いがあります。同じ商品のコミュニケーションでも、口コミサイトの目的は口コミを増やすための施策、美容専門誌はいち早い情報提供が有効になるでしょう。メディアが持っているコンテクストを見つけて、最適なコンテンツを提供してあげることが大切です。

ADK生活者総合調査より

具体的には、アクシバルの持つ3Dデータベースをプランナーだけでなく、メディアの担当者も使えるようにしていきますし、これまでクリエイティブに頼っていたコンテンツ制作の部分もデジタルを起点に構築していくことができるようにしています。ある意味で、メディアを使った(または関係した)ソリューションに関しては垂直統合していくことを目指しています。

「生活者を動かす」ことが価値

―ADKのデジタルマーケティング領域における今後の戦略やお取組みについて、お聞かせください。

ADKが目指すコンシューマーアクティベーションビジネス=「生活者を動かす」を、デジタルを使って実現していきたいと思っています。前に述べた6つのステップを組織的、機能的にきちんと作り上げることが第一です。生活者の分析からしっかりと取り組み、仮説を作っていきます。

―今後ますます重要になるデータに関連するお取組みの今後についてお聞かせください。

我々の「生活価値観」というデータを企業データと紐づけていくことに、今後チャレンジしていきたいと思っています。DMPも、潜在化している需要を追いかけるならリターゲティングと変わりません。潜在的な需要が見込まれる人にもアプローチしたい、となったときに、その潜在需要層のコンテクストに合わせたタイトルやメッセージが必要になります。そこで我々が持っている生活者を分類する技術(TargetScope)をWeb上に展開したいと思います。

―広告主のファーストパーティーデータを広告会社に集めることも重要なのでしょうか。

それも重要ですが、広告主のほうが得意なこともあるので、それ以外の価値を作ることも大切だと思います。

例えばチョコレートだと、ある調査では「買いたいか」という質問に満点の10点を付けた人の2割しか購入していない、という結果が出ました。この8割のギャップを埋めにいきたいと考えています。今までは「購入意向をこれだけとれたらいいじゃないですか」としていたが、そうでなくて買ってもらわないとだめです。そのギャップを埋めるのが「コンシューマーアクティベート」で、それを埋めるのがコンテクスト×コンテンツ×メディアだと考えています。それが我々の提供する価値でもあります。

―ギャップが埋まったことについては、効果測定はどのようにするのでしょうか。

広告接触した人が、実際に購入したかまで追いかけられるようになっています。チョコ一つとっても、良く買う人と買わない人がいますよね。買わない人にいくら見せても効果は上がりません。やみくもに打つより、カテゴリユーザーに見せたほうが効果が高いのです。

アクシバルなら商品の購入履歴もとれます。インテージさんのデータを活用しているからなのですが、例えばビールでも年間10L以上買っている、とか細かく指定もできます。「ビールを飲む人」でも量や銘柄などで、カテゴリはかなり異なってきます。

―広告主の投資配分は変化していると感じますか。

投資配分の傾向として、テレビや紙媒体を減らしてデジタルに、という流れはあると思います。残念ながら、全体の広告予算はなかなか増えません。例えば動画広告をデジタルとテレビでどう使っていくか、というような話になります。コミュニケーション領域にカテゴリの概念を導入することで、投資配分を変えていけるような提案をしていきたいですね。

ABOUT 野下 智之

野下 智之

ExchangeWire Japan 編集長   慶応義塾大学経済学部卒。 外資系消費財メーカーを経て、2006年に調査・コンサルティング会社シード・プランニングに入社。 国内外のインターネット広告業界をはじめとするデジタル領域の市場・サービスの調査研究を担当し、関連する調査レポートを多数企画・発刊。 2016年4月にデジタル領域を対象とする市場・サービス評価をおこなう調査会社 株式会社デジタルインファクトを設立。 2021年1月に、行政DXをテーマにしたWeb情報媒体「デジタル行政」の立ち上げをリード。