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世界一コネクテッドな国シンガポール、デジタル広告市場の課題と今後の潜在性 [インタビュー]

シンガポールは世界でも、屈指のインターネットとスマートフォンの普及率を誇る国である。APACのハブとして、ASEANへのゲートウェイとして、多くのグローバル企業が進出する華やかなイメージを持つが、この国自身のデジタル広告市場について話題になることは、あまり多くはない。
そこで、ExchangeWireでは、シンガポールのデジタル広告市場の現状と問題点について、IAB Singaporeチェアマンで、デジタル広告会社APD Singapore CEO Tobias Wilson氏にインタビューを実施した。

(聞き手:Asia Plus 黒川賢吾)

―シンガポール国内のデジタル広告市場の特徴についてお聞かせください。

シンガポールは国としてデジタルハブを目指しています。シンガポールは世界中で最も高いインターネットの普及率、及びスマートフォンの所持率を有しています。しかしデジタル広告市場は発展途上です。シンガポールが英国や米国のような状態を目指すには、多くの課題を解決する必要があります。

―シンガポール国内のデジタル広告の市場規模について教えて下さい。

非公式な数字ではありますが、シンガポールのデジタル広告市場は広告市場全体の11%ほどで、英国・米国と比較するとかなり物足りない水準です。数字が伸びていない理由としては、人材の問題があります。シンガポールでマーケティングの決裁権を持つような人々が学生の時、インターネットは存在していませんでした。その為、彼らのデジタルへの順応は遅れています。彼らはテレビやプリント、ラジオなどへの投資を続け、消費者が向かう方向とずれてしまっています。人材の問題は広告の買い手、売り手の両方に当てはまります。

IAB Singapore はブランド企業のデジタル投資を促すような活動を行っています。例えば昨年は1500人もの人々にソーシャル、ビデオ、モバイル、コンテンツといったマーケティング活動のトレーニングを実施したりしました。しかしながら、まだギャップが埋まったとは言えません。

―シンガポールのデジタル広告市場の課題はどのようなものだとお考えですか?

知識のギャップが大きい点です。市場はもの凄いスピードで動いています。デジタルの世界にいれば、日々あらゆる話題に関して、仕事仲間などから新たな情報が入ってきます。一方、私たちのクライアントはそのような状態にはないでしょう。彼らはまだ伝統的な広告市場の中から抜けられていません。新たなデジタルの世界に踏み出せていないという現状には、実は買い手、売り手の両方にとって不満足に感じています。

人材の問題は少しずつ良くなってきており、クライアント側の人材も改善してきています。残る問題は投資決定を行うシニア人材のデジタル理解の向上なのですが、これはそう簡単にはいきません。私がシンガポールで仕事を始めて以来、状況は改善してきています。私がシンガポールに来た時は4%しかなかったデジタル市場が、現状11%まで上昇してきています。シンガポールのデジタルの割合が15%や20%といった数値まで伸びるのは、今までかかった時間よりもずっと少ないことでしょう。

シンガポールの巨大メディアであるSPH社やMediacorp社といった企業もデジタル時代にむけての準備を進めています。現状、彼らの伝統的な広告市場からの売上は莫大である一方で、デジタルは部分的です。彼らのような巨大メディアが動き出した際には、他の企業も後に続くことでしょう。

シンガポールのモバイルはものすごいスピードで成長しています。しかしながらブランド企業もエージェンシーも、未だにモバイルをデスクトップ戦略の一部と考えている点が間違いです。シンガポールでは、モバイルコンテンツがデスクトップ向けのクリエイティブをベースに、サイズ変更を加えただけのものである為、優れたユーザーエクスピリエンスが提供できていないケースが多く残っています。モバイルの伸びは、データ圧縮の技術の発展にも支えられ、コンテンツへのアクセスをより早くシームレスなものに変えていきます。

―シンガポールの大手クライアントや広告エージェンシーにはどのような企業がいるのでしょうか?

クライアントに関しては、他の国・地域と同様にP&GやUnileverのようなグローバル大手企業が中心です。シンガポールの特徴は、政府が広告に多く投資をする点でしょうか。一方で広告エージェンシーですが、90%が欧米のインターナショナル企業です。一方で優良なローカルエージェンシーも増えてきています。TSLA社やGOODSTUPH社といった企業のクリエイティブは秀逸ですし、メディア側ではThe Media Shop社などはクールな企業ですね。

クライアントもエージェンシーもグローバル企業である一方、シンガポールはアジア特有の問題点を抱えています。それは、面目を失うことを皆が非常に恐れていることであり、特にデジタルはその格好のツールなのです。
デジタルにおいては、プリントや他の伝統的な広告手法では得られなかった透明性が提供されます。シンガポールのマーケターは数億ドルものお金をテレビやプリント、ラジオなどに現在投資していますが、投資の費用対効果について質問を受けることはありません。一方で、デジタルは全てを知ることが出来てしまいます。私たちは現在がデジタルの時代で、デジタルがいかに成功の鍵を握っているかを理解しています。一方で、マーケターがデジタルを十分に理解していない為に、全ての結果が数字として表れるデジタルに対して恐れを抱いているのを感じています。

―シンガポールのプログラマティックの現状について教えて下さい。

シンガポールでもXaxis社、Mediamath社、AOL社のようにプログラマティックを開始している企業がいくつか存在します。人々がワントゥーワンマーケティングからディスプレイ広告に、そしてアドネットワークに移っていったように、プログラマティックへの移行は進んでいくでしょう。シンガポールは価格に敏感な市場ですので、無駄を省いてオーディエンスへのリーチが改善する、というコンセプトは受け入れやすいと感じています。

私はシンガポールのプログラマティックの将来は非常に明るいと感じています。一方で、私たちの顧客の知識不足という問題点が健在しているため、市場にプログラマティックの利点を正しく顧客に説明できる営業部員が必要となるでしょう。

―シンガポールで潜在性が高いと注目しているアドテクのサービスや企業はありますか?

位置情報サービスなどは非常に興味深く、当社もBlis Media社とともに位置情報を用いた知的なソリューションを顧客に提供しています。最近でも、ユーザーのクッキー情報を元に、ユーザーが予め設定しておいた場所に近づいた際に、クーポンを提供するような位置情報サービスを使った提案を行いました。位置情報については、ブランド企業の期待は非常に高いですが、ユーザーに懐疑心を与えすぎない為に、私たちが管理している情報をどの程度利用するべきなのかという問題が残っていると思います。バーチャルリアリティについては面白いテクノロジーだとは思いますが、如何にサービスに組み込んでいくのかについてまだ明確ではありません。

―シンガポールのデジタル広告市場で、今後成長していくと思われる分野はどこですか?

昨今の電通やPublicis社の動きに見えるように、市場における統合が進んでいくでしょう。市場のプレイヤーが統合し、簡潔になることで、より大きな発展が望めます。シンガポールの向こう5年間の成長は非常に大きなものになるはずです。デジタル投資に関して、シンガポールが他の国に劣るような理由は何一つ見つかりません。この国にはもっともコネクテッドな国民が住んでいるのです。

人材に関しても、世代間の交代が急ピッチで進んでいます。APACの80社以上に対して行ったAPD社の独自調査によると、デジタル時代に生まれた経営層は一握りしかいませんでした。現状これらの人々が、デジタルを理解しないままに意思決定をしています。この世代の人々がいなくなり、そしてデジタル環境の中で育った人々が決定権のあるパワーポジションに就くことでシンガポールは大きな変化を遂げるでしょう。

ABOUT 黒川 賢吾

黒川 賢吾

株式会社Asia Plus CEO/Founder

主にNTT、ソニー、ユニクロにて海外プロジェクトやマーケティングを担当した後、2014年にAsia Plusを創業。ベトナムにてスマートフォンを活用したマーケットリサーチ事業を手掛ける。