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やむなくデジタル・マーケティング関連部署に配属されたら、まず何をすればよい?-iProspectが教示するデジタル人材教育[インタビュー]

新卒一括採用と頻繁に配置転換がある日本の一般企業では、誰もが望んでデジタル・マーケティング関連部署に配属されるわけではない。しかも関係者は意味不明なアルファベットを連発し、苦労して得た知識は早々と廃れ、上司の関心は薄い。そんな環境でまず何から手をつければよいのか。多様な職歴を有する大手広告代理店iProspectの的場啓年氏が、業界初心者向けにアドバイスを提供する。

(聞き手:ExchangeWire Japan 長野雅俊)

知識を実行に移すときに求められるのは経験則

― 自己紹介をお願い致します。

iProspectというグローバルに展開する広告代理店に所属しています。日本ではあまり聞き慣れない名前かもしれませんが、電通・イージスネットワークに属し、顧客の大半は外資系企業です。53カ国にオフィスを構え、総計4000人程度の社員が在籍。私は日本法人のチーフ・クライアント・オフィサー(COO)として、顧客に各種の提案を行っています。アパレルや旅行分野などeコマースのパフォーマンス領域に強みを持ち、またアウトバウンドやインバウンド施策でも豊富なノウハウを持っています。

― 現職に至るまでのキャリアを教えてください。

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高校を卒業後、まずは飲食業に従事しました。23歳で店長として新規店舗の立ち上げを経験し、26歳で独立。次に限られた初期費用と運転資金でも始められるだろうという安易な発想で、2005年にファッションeコマースの運営を始めました。BtoBオプションやチャットといった、当時としては目新しい機能を搭載しているとの自負がありましたが、同時に自営業の厳しさも十分に味わったことで、もっと違った社会経験を重ねたいと思うようになったのです。そこでeコマースの部署を持っていたサイバー・コミュニケーションズ(cci)に入社し、同社で広告営業も経験した後でプログラマティック領域にも関心を持つようになり、株式会社フリークアウトに1年間勤務。そこでiProspectを担当していたご縁もあり、現職に就きました。

― 新卒一括採用という日本独特の雇用慣行を踏まえた上で、デジタル・マーケティング関連部署としてはどのような素養を持つ人材を採用すべきと考えますか。

最終的には「コミュニケーションスキルが高い」など総合的な人間力が問われるとは思います。また若い人は既に必ず何かしらの形で受け手としてデジタル・マーケティングに接していますよね。そうした諸々のデジタル・マーケティングのあり方に対して興味や疑問を示す人の方がこの業界には向いているとは思います。与えられた情報だけで業界の動向に追いついていくのは難しい。まずは自分が納得するまで調べる。得た知識を具現化して、また新しい学びを得る。そうしたサイクルを持つ人であれば、新規のプラットフォームやソリューションをすぐに身につけるでしょう。

ちなみに弊社でも新卒採用を行っています。グローバル企業なので英語力が必須となるのですが、一方で面接ではデジタル・マーケティングに関する知識の深さを問うような質問はしていません。それよりも、例えば日常的にどのようなデジタル広告に触れ、何に興味を持ち、どう活用しているかをきちんと説明できる人を評価しています。

― 急速に進歩を遂げている分野においては、マニュアルの賞味期限が短くなり、また上司もノウハウを持ち合わせていないなどの理由で、人材育成が難しくなる傾向にあります。デジタル・マーケティング人材はどのように育成していくべきなのでしょうか。

まずデジタル・マーケティング関連の基本的な知識を得ることは必須です。そして、やる気次第でそうした関連知識を誰でも得ることができるという大前提がある一方で、その知識を実行に移す上ではやはり経験則が求められます。どれほど急速に変化を遂げている業界であったとしても、いくつもの試行錯誤に裏付けられた経験則であれば、上司が部下に伝えるべき材料は豊富にあるはずです。

またどんな優秀な人間であっても、苦手としたり、未経験の領域はあるでしょう。プレゼン資料をつくるのが下手な人には、あえて課題として投げてみる。Google AdWordsしか運用したことがない人には、あえてFacebook広告を経験させる。プラットフォームによって仕様は全く異なり、それぞれに対して詳細なマニュアルを用意するのは事実上無理です。だからこそ、業務を通じて経験則をしっかりと伝授していくことが必要になります。

運用型広告では失敗は避けられない

― デジタル・マーケティングの新規プラットフォームが次々と現れることに戸惑う声もよく聞かれます。

新しいプラットフォームが登場したときに大事なことは、試しにそして果敢に使ってみることです。結局のところ、実際に使ってみないと肝心なことは何も分かりません。デジタル・マーケティングを生業とする私たちでさえ、例えば「Amazon マーケティングサービス(AMS)」の説明を読んだだけでは勝手が分からないのです。だから弊社においては、案件として顧客から機会が提供されたら、まずは社内の複数人にチャレンジしてもらう。「複数人」というのが重要です。個々によって結果が大きく異なる可能性があるからです。先の例で言えば、最もAMSを効果的に利用している社員を今度はハブとして、社内全体へとノウハウを伝えていきます。

そうした試行錯誤を通じて、例えば「ファッション業界に強い」「このDSPは人材データを持っている」といった各プラットフォームの特性を理解さえすれば、あとはクライアントのKPIと照らし合わせながら、最適なものを取捨選択すれば良いと思います。

― ただビジネスにおいては「チャレンジしてみる」のが難しい場合もあるのではないでしょうか。

誤解を恐れずに申し上げるならば、運用型広告では失敗は避けられません。かつて「枠売り」と呼ばれる形態が主流であった時代には、関係者の誰もが「失敗は絶対に許されない」との思いを持っていました。ただし、運用型広告においては、例えば想定していた数値と10インプレッションの乖離があるからといって、広告代理店に損失補填を請求する顧客というのはまずいません。近年では顧客も運用型広告における試行錯誤の必要性を理解してくれるようになったのではないでしょうか。失敗しても、それを教訓として生かすことさえできれば、ノウハウの蓄積となります。

― 2018年1月時点で注目しているプラットフォームはありますか。

弊社では「マーケットプレイスオプティマイゼーション」というプラットフォームというか概念を積極的に取り入れようとしているところです。これは端的に言えば、楽天やAmazonを通じて出品されている商品のトラッキングを行い、在庫切れがあれば在庫を供給し、他社に対して価格が負けているのであれば価格を下げたりといったPDCAを回す仕組みです。

「デジタル・マーケティング」を特別視するのはよくない

― あまりよく分からないまま会社の方針でデジタル・マーケティング担当者になってしまった人は、まずどんなことに気をつけながら勉強していけばいいのですか。

飲食業者であれ、広告担当であれ、マーケティング部署であれ、ベースとして考えなければいけないことはそれほど変わらないと思います。ものを売るという行為自体は普遍的なものです。「デジタル・マーケティング」を特別視するのはよくないというのが私の考えです。

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そもそも自社にとってデジタル施策が必要なのか。自社のデジタル化がどこまで進んでいて、どのようなプランニングでどういうマーケティングを行おうとしているかを俯瞰的に捉えてみる。デジタル・マーケティング・ツールは、魔法の道具ではなく、あくまでも消費者とのコミュニケーション手段の一つに過ぎないということを忘れてはいけません。ユーザーはデジタルを通じていかに自社の商品やサービスにたどりつくのか。そのタッチポイントとして例えばSEMやInstagramがあるわけです。その他の業務と同じように、周囲に振り回されることなく、自分が必要であると感じたことを愚直に勉強していけば、デジタル・マーケティング担当者としてやっていけると私は思います。

理解が得られないときは話の内容が理解されていない

― 「デジタルに疎い上層部の理解が得られない」というのもよく聞く悩みです。

社内で上長の理解を得るのと、我々が顧客の理解を得る行為の間には多くの共通点があるように感じます。上長の「理解が得られない」ときは、その上長がそもそも「話の内容を理解していない」ということが往々にしてある。そうだとすれば、上長は何が分かっていないかを把握した上で、しっかりと時間をとってホワイトボード上に図式化して説明するなりして「下の者が上の者を教育する」という姿勢も絶対に必要だと思います。

― デジタル・マーケティング施策の高度化に対応するため、最高デジタル責任者(CDO)新設の必要性が叫ばれています。一方で、こうした新体制構想は、現場の実情とはあまりに乖離しているとの指摘もなされています。

CDOに相当する職務に就く人を外部から招聘してくるという傾向は今後ますます強まっていくでしょう。その方式が上手くいかないのは、そうした外部の人材が持つ知識と、社内に蓄積した知識にギャップがある場合です。その状況を放置したまま、CDOが構想を熱く語っても、現場は机上の空論として受け止めてしまう。CDOの責務の中には、そうした知識や文化背景のギャップを埋めるということまで含まれていると思います。

iProspectの見解としては内製化は大歓迎

― テクノロジーの進歩により、一般企業によるデジタル・マーケティングの内製化が進んでいけば、広告代理店の役割も見直しを迫られることになると思います。広告代理店は今後どのような役割を強化していくべきと考えますか。

海外と比較すると、日本の広告業界における代理店への依存度は確かに高い気がします。過去の新聞やテレビといったマスメディアの産業構造を受け継いでいるからでしょう。ただし、デジタル・マーケティングが進化すればするほど、代理店への依存度は低くなり、内製化も進んでいくのではないかと想像します。

iProspectとしては、内製化は大歓迎です。むしろそれがより適正な形であるとさえ思います。代理店を仲介せずとも広告の露出機会を購入できるメディアが増えてきているのだから当然です。ただし、広告の運用やプランニングの面においてはノウハウの蓄積が絶対的に必要なので、段階的な導入を進めていくというのが現実的でしょう。そのとき、代理店は内製化に当たっての教育、啓蒙、支援などでその存在価値を発揮していくことになると思います。

内製化するにしても、広告の運用からSEOまですべての領域で専門人材をそろえるのは実際のところかなり難しいのではないでしょうか。必ずしも自ら手を動かす必要はなく、知識やノウハウをきちんと内製化することが重要。逆に戦略立案やノウハウ・データの蓄積といった面まで外部機関に頼るというのは危険だと思います。

ABOUT 長野 雅俊

長野 雅俊

ExchangeWireJAPAN 副編集長
ウェストミンスター大学大学院ジャーナリズム学科修士課程修了。 ロンドンを拠点とする在欧邦人向けメディアの編集長を経て、2016年に調査・コンサルティング会社シード・プランニングに入社。 日本や東南アジアを中心としたデジタル広告市場の調査などを担当している。