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加藤順彦氏に聞く、最近のウミガメ事情 [インタビュー]

鉄板割烹 けん司

ネットビジネスで成功を収めた日本の事業家の中には、シンガポールに拠点を移して、グローバルな視点で事業を起こす若手起業家の支援をする投資家がいる。

その1人、加藤順彦氏はインターネット広告黎明期に、株式会社日広(現 GMO NIKKO)を創業。90年代から退任する2008年まで、日本のデジタル広告業界の成長にも貢献した。退任後シンガポールに拠点を移し、その後投資家として活躍。シンガポールから日本の若い起業家に向けたメッセージを込めた「若者よ、アジアのウミガメとなれ」という講演メッセージは、当時ITベンチャー界隈で働く関係者に当時広く共有された。

そんな加藤氏が、最近VoiStockというサービスに投資をしたらしいが、一体どのようなサービスなのか。同社ファウンダーのVoiStock代表取締役社長福井陽孝氏を交えてお話を伺った。

(聞き手:ExchangeWire JAPAN 野下智之)

※取材協力:鉄板割烹 けん司(シンガポール)

改めて、加藤さんが日本でデジタル界隈において取り組んでこられたことについて、少しお聞かせください。

加藤氏 日広という、もともとは雑誌広告を扱う広告会社の経営をスタートさせました。ただ成熟した雑誌広告の中には、知らないルールがたくさんあり、知れば知るほど若い会社に参入する障壁は高かったです。その現実に打ちひしがれている1996年頃、インターネット広告が現れました。黎明期のインターネット広告は、まだ誰もやっていなかったため、ルールがまだ未整備だった。そして、大手広告会社もまだ本気ではなかったのです。

写真:加藤順彦氏、福井陽孝氏

であれば自分がいち早く市場に参入し、未整備のルールを自分たちで整備する。「ルールメイカー」になれるデジタル広告の市場に参入しました。

そして、一気に市場のパイを取ることに専念し、会社や事業を急激に伸ばすことができました。

NIKKOの代表を譲られたのち、シンガポールに移られてからは、デジタル広告業界とどのように関わりを持たれてきましたか?

加藤氏 広告の商いはGMO NIKKOに置いてきました。シンガポールでのこれまでの11年間は、デジタルに限らず広告界隈のお金儲けには取り組んでいません。(笑)

ただこっちに移住してからも新しいイノベーティブな領域、チャレンジングな事業を探して資本と経営に参画を続けてきました。

デジタル広告にはむしろ広告を出稿する側としてさまざまな新しい手法、マーケティングのアイデアの試行錯誤を繰り返してきました。素直にいうとGAFAのプラットフォームにマーケ費を吸い取られ続けてきましたね(笑)。

可能性を感じた「声の検索」

直近で加藤さんが投資したVoiStockについて聞かせてください。どんなことをしている会社ですか?

福井氏:VoiStockは、声をインデックス化したサイトです。私は長年インターネットに携わるビジネスをしていますが、インターネットでは「声」はいまだに探すことができないのです。

「声」をインターネットの中にきちんとインデックス化させて、ネット上で検索しやすくすれば、自ずと人は集まってくる。そうすれば大きなプラットフォームになりビジネスを生み出すことができる、と考えました。

YouTubeはまさに動画においてそのような存在になった。私たちは「声」を集めるプラットフォームを目指しています。

また、もともとサブカルチャーが大好きだったので、アニメなどで「声」の仕事をする声優さんの価値を高めることにも貢献できるとも思いました。

日本にはオタク文化があり、日本が世界に誇る強力なコンテンツです。

フィギュアは世界でも売れているわけですが、そのフィギュアに「声」をつけることで、楽しみ方が変わると思っています。これまでの楽しみ方は眺めることが中心でしたが、話しかけてみたり、誕生日になればお祝いのメッセージをもらったりできます。

海外のコスプレイヤーが、スラスラと日本語で決め台詞を言いたい、それを声のデータベースが代わりに発声してくれたりする。そういった「声」サービスを生み出せば、一定のコアなユーザー層がサブスクリプションの会員にもなってくれると思っています。

「声」をインデックス化することによる法規制に関して質問を受けることがありますが、これについては15秒未満の音声には著作権利は発生しないので問題ありません。これは弁護士による見解でも裏付けられています。そうは言っても日本の商慣習ではなかなか進めにくい面も出るだろうと想定し、我々はシンガポール本社で展開することで世界に発信していくことを目的としており、その方がよりプラットフォームとして広がる可能性があると思っています。

あえて空気を読まないで取り組む

加藤さんは、VoiStockのどんな点にポテンシャルを感じたのでしょうか?

加藤氏 サービス開始2年前から関わっていますがビッグアイデア=「声のYouTube」を目指す、というビジョンに突き動かされています。僕を含め…ITで起業を志す者の多くが一度はプラットフォームを創る野望を抱いたことがあると思いますが、まさに其れで。ズバリ申し上げると、YouTubeもBilibiliも、クランチロール(世界最大のジャパニメーション配信プラットフォーム)もそうだったのですが、もし彼らが日本でそれらを起業したとしたら権利者への忖度…いや配慮が働いて事業化できなかったと思うんですよね。で!違法でないと確認ができたので、ならばシンガポールから堂々と空気は読まずに取り組もうよ、と。

どのようなビジネスモデルで運営されているのでしょうか?

福井氏 「声」や「音声」の広告サービスが展開できます。また、ユーザーが「声」を売ることもできる。アップロードされ、インデックス化されている声は4万を超えており、全ての声からキャラ、声優、作品、動画、アプリなどへ広告にもなりうるリンクが張られています。有名なセリフやキャラ名と合わせて「ボイス」や「声」で検索をするとVoiStockがすでにGoogleで1位や1ページ目に表示されるようになってきました。「声」が探せる世界が見えてきています。

ただまだVoiStockは未課金で広告ビジネスも展開していないため、どういうものかイメージを説明すると、プレイリスト機能は、自分の好みに合わせて好きなセリフや声優の声をカスタマイズできます。ここに音声広告を挿入することができます。またユーザーがどんなジャンルや作品に興味を持っているかも分かっています。その声のリストはカテゴリ分けができ、そのカテゴリに適したターゲティング広告を配信することができます。

また、ユーザー自らが自分の声を売れるようになります。自分の声を広く売ることのできるプラットフォームにもなれるでしょう。

また、応援したい声優に「投げ銭」することなど、声優や「声」を売る個人を応援する機能をつくることで別の収益モデルも生み出せるでしょう。

加藤順彦流、ウミガメの見つけ方

加藤さんは、企業への投資判断をどのようにされているのでしょうか?

写真:加藤順彦氏

加藤氏 これからは割り算のできない価値に企業は投資する。そういうスポンサーの在り方がますます増えていくと思います。

どういうことかと言うと、個人のその生き方を応援することがスポンサー価値になる。企業が一個人、スポーツ選手やタレントの生き方に共感を表すために、スポンサードという形で応援します。スポンサー企業は、その個人に目指す姿や伝えたいメッセージを投影する。その共感を生み出すことが、広告の価値を高めるのだと思います。

またスポンサー(企業)とスポンサーされる個人の関係性は変化していると思います。企業はスポンサーしたからといって売上の見返り(リターン)を求めている訳ではない。

VoiStockのビジネスも出資者を募り、プラットフォームの成長に投資をしてもらっている訳ですが、見返りとしてのリターンを直ぐに求めないようにしていただいています。それよりもプラットフォームとしての思想や姿勢に価値を感じてもらい、投資してもらう。そこに価値を見出してもらっています。そういった関係性がこれからもっと増えるのではないかと思います。

これからウミガメを目指す人達が持つべき視点についてお聞かせください

加藤氏 移住した11年前から昨年まで、アメリカのテクノロジーやファイナンス手法を取り入れた中国のITスタートアップ(中国ではアメリカ帰りの起業家たちをウミガメと呼んでいる)のようになろう、GDPが伸びていく東南アジアを事業の舞台にしよう、と唱えてきました。しかし現代の中国のテクノロジーはアメリカと肩を並べているし、AIやVRなどはむしろ世界をリードしていることを認識する必要があります。一方で世界の急成長軸は中国/東南アジアから、今やインド、アフリカへとスライドしています。変化していくメガトレンドを鳥瞰することがこれまで以上に重要になるでしょう。かたや大阪万博を迎える2025年までの6~7年はアジアからの訪日観光客は増え続けるので、インバウンドビジネスは発展の一途です。新しいチャンスを掴むには、日本の外のアジアの生活者に日々普通に使われているプラットフォームを理解把握し、インサイトを見抜くことがますます重要になると思います。

ABOUT 野下 智之

野下 智之

ExchangeWire Japan 編集長   慶応義塾大学経済学部卒。 外資系消費財メーカーを経て、2006年に調査・コンサルティング会社シード・プランニングに入社。 国内外のインターネット広告業界をはじめとするデジタル領域の市場・サービスの調査研究を担当し、関連する調査レポートを多数企画・発刊。 2016年4月にデジタル領域を対象とする市場・サービス評価をおこなう調査会社 株式会社デジタルインファクトを設立。 2021年1月に、行政DXをテーマにしたWeb情報媒体「デジタル行政」の立ち上げをリード。