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「デジタル化しない企業は生き残れない」-オプトホールディング鉢嶺社長が鳴らす警鐘

写真1:オプト 鉢嶺氏

GAFAの影響力が、インターネット広告業界の枠を越えてあらゆる産業にも及び始めている。全企業にとって、生き残りの鍵を握るのはデジタル化。デジタルに疎い経営者に警鐘を鳴らすため、「GAFAに克つデジタルシフト〜経営者のためのデジタル人材革命〜(日本経済新聞出版社)」を上梓した株式会社オプトホールディング代表取締役社長グループCEOの鉢嶺登氏に話を聞いた。

聞き手:ExchangeWireJapan 長野雅俊

「デジタルに疎い経営者」を動かす方法

新著「GAFAに克つデジタルシフト〜経営者のためのデジタル人材革命〜」は、デジタル動向に疎い経営者に警鐘を鳴らす内容となっていますね。

Amazonを単なるECサイトでしかなく、自分達とは関係ないと思っている経営者が多いのが実情です。例えば、Amazonは東京の品川シーサイドに世界最大級の撮影スタジオを既に完成させており、アパレル業界に参入するのはもはや時間の問題。実際に米国では「アマゾン・エフェクト」の影響を受けたアパレル/小売大手が次々と倒産に追い込まれています。

一方で、米国では、デジタル化を遂げたアパレル/小売企業による成功事例も生まれています。そうした先行事例を参考にしてデジタル武装をすることで生き残ることが、タイムラグのある日本市場にいれば、そして今というタイミングであればまだ間に合います。

著書では「大半の企業はデジタルシフトに失敗している」とも述べています。

一般的に「デジタルシフト」ないし「デジタル化」という概念は2種類に大別できるかと思います。一つ目は「守り」の要素で、AIやロボティクスを活用し、生産性向上やコスト削減を目的とするもの。一方の「攻め」は、デジタルシフトを通じた事業モデル自体の変革です。「GAFAが市場に参入してきても大丈夫な環境を整備すること」と言い換えてもいいかもしれません。

デジタルシフトへの失敗例の多くは、後者において起きています。事業変革というのは確かに簡単ではないですし、そこまでの覚悟を持つ企業が少ないことの証左とも言えるでしょう。実際に日本を代表するような大企業の経営者で、デジタルシフトを事業戦略の中核に据えている方はあまりいません。

逆にデジタル化に成功している企業に共通した傾向は見られますか。

やはり経営者が危機感を持っているということに尽きると思います。デジタル変革に2度も成功したリクルート社は、2000年ごろにYahoo! JAPAN、2005年前後にはGoogleが台頭してきて、これらのIT企業が求人情報を扱い始めたら潰されてしまう、と感じたそうです。「どうせ外部に壊されるぐらいであれば、自分たちで壊そう」との思いで事業変革を断行したと聞きました。

またあるテレビ局の経営者は、「新聞業界はGAFAにやられたので、同じ轍は踏むまい」と動画配信サービス事業を推進している真っ最中です。いずれも危機感を原点としている点で共通しています。

著書で紹介されている「経営者のデジタル力パーソナルチェックリスト」を見た若い世代の多くは、問われている「デジタル力」があまりに低いと感じるのではないでしょうか。

このチェックリストに〇をつけられない人が多くいるというのが現実なのです。60歳を超える方々の中で、Facebook、Twitter、Instagramを日常的に扱っている人は非常に少ない。いわゆるガラケーの利用者が一定数いる。大企業の経営者は名刺にメールアドレスが記載されていないことも多い。

一般論として、年齢とデジタル力は反比例します。若い人にとっての当たり前を、当たり前としていない人たちが大企業の経営者となっている例が本当にたくさんあるのです。

表:経営者のデジタル力パーソナルチェックリスト:基本編

資料: 「GAFAに克つデジタルシフト〜経営者のためのデジタル人材革命〜」
日本経済新聞出版社を基にして作成

デジタルに疎い経営者の下で働く若い世代はどのようにして理解を得るべきでしょうか。

30~40代の中堅幹部の方々から「経営陣がデジタルの重要性を理解していないので、デジタル化に関連した提案が一切通らない」との声をよく耳にします。そういった方々にお勧めするのが、デジタル化の最先端事例を学ぶことを目的とした海外視察の実施。海外視察であれば経営者自身をご案内しやすく、また最先端の現場を知るというのが理解を促進する上では一番手っ取り早い。

加えて、当社では「Digital Shift Academy(デジタルシフトアカデミー)」を運営しており、同校のカリキュラムの履修者には、所属企業のデジタル化戦略を経営者に対して提案することを課題として与えています。内部だけで物事が動かないのであれば、こうした外部の力をうまく利用することで経営陣を啓蒙していくことができるのではないでしょうか。

本当に海外視察を行っただけでデジタルに疎い経営陣の意識を変革できるのでしょうか。

写真1:オプト 鉢嶺氏

私の印象としては、経営者として活躍されている方々は総じて向上心が高く、吸収力もあります。自動車部品メーカーの方々とともに中国の深圳を視察した際には、タクシーもバスもすべて電気自動車という現地の事情を目の当たりにし、その場で日本の本社に電話をして指示を飛ばしていた経営者がいらっしゃいました。

ちょっとしたきっかけさえあれば、デジタルへの関心を急速に深めていく経営者は決して少なくないと想像します。

代理店の付加価値は中長期的には減っていく

著書ではオプト社自体のデジタル化事例についても書かれています。そもそもデジタルエージェンシーとして設立された貴社でさえもデジタル変革を必要としたのですね。

かつての当社は、営業担当者を中心とする営業会社でした。インターネット広告会社でありながら、広告プロダクトの開発作業は外部の委託先に頼っていたため、そのアップデートさえ自前で柔軟に行うことができなかったのです。つまり営業担当者が顧客の要望を汲み取ってきたところで、プロダクトに生かす術がないという課題を抱えていました。

そこで2015年から本格的な採用活動を開始し、その後わずか数年で200名のデジタルエンジニアを擁する体制を構築することに成功しました。当時はまだ私たち経営陣が、エンジニアの気持ちをよく理解できていなかったのだと思います。その反省を踏まえた上で、当初はある程度までデジタルエンジニアのチームに治外法権のような権限を与え、彼ら自身がやりたいと思う開発作業をどんどん進めてもらったのです。やがてエンジニアチームの方から顧客の要望を汲み取った提案が上がってくるようになり、それらの提案が商品化され、営業部門の売上が増える、という好循環が生まれました。

デジタルエンジニアに「治外法権」を与えてまでデジタル化を推進する必要があると考えたのはなぜですか。

やはり危機感を出発点としています。インターネット技術の本質は、売り手と買い手を直接つなぐ点にあります。インターネット技術が発展すればするほど、我々のような代理店は中長期的には付加価値が減っていく。

またGAFAの影響力が高まっていることに対しても当然ながら危機感を覚えています。当社がインターネット広告事業を始めて20年間が経ちましたが、その20年間で当社の取り扱いメディアのベスト5に入り続けているメディアはYahoo!JAPAN一社のみ。それぐらい、入れ替わりが激しい業界だったのです。ところが、今後少なくとも10年は、GAFAの地位が揺るぎないものになっていく見通しです。

つまりインターネットの普及により中間業者の存在意義が薄くなり、加えて特定メディアの影響力が高まったことで代理店の影響力が相対的に減っているというのが現状です。従来型の代理店業務を続けていくには相当に厳しい時代環境になっていくと認識しています。

実際にWPPグループを始めとする、世界規模で展開する大手広告代理店の収益力の凋落ぶりは看過できるレベルではありません。インターネット広告市場自体は今後も成長していくので、関連企業の多くは今後5~10年は持ちこたえるでしょうが、どこかでガタッと来るのは間違いない。当社では顧客のデジタル化支援事業が今後のメイン事業となっていくでしょう。

日本は次の領域に軸足を移すべき

大規模なデジタル化を遂行したことで、貴社ではいわゆる「働き方改革」も合わせて実現できたのでしょうか。

10年ほど前は私が出社すると、徹夜明けの社員が何人もいるという光景が珍しくない状況でした。2010年以前のインターネット企業は、どこも似たような状況だったと記憶しています。

このような状況をずっと続けるわけにはいかないと感じて、自動化や省力化ツールの導入を進めると同時に、オペレーション業務の沖縄オフィスへの集約や、中国にアウトソーシングセンターを設置するなどして、社員の残業時間を減らしていきました。よって、当社では2015年から大々的に実施したデジタル変革とは全く異なる時間軸と文脈において働き方改革を実現しています。

デジタル化を推進することで、どのような未来が築けると思いますか。

日本は1950年代から1990年代までの高度成長を経て、世界第2位の経済力を持つようになりました。経済成長を牽引したのは製造業界です。米国は貿易戦争を仕掛けたけれども、製造業での競争では勝てないとあきらめて、国家戦略としてITやインターネット事業に軸足を移し、覇権を握りました。この分野でGAFAに勝つのはもう無理でしょう。そうであるならば、日本企業はGAFAが提供するテクノロジーをインフラとして徹底的に使い倒し、日本政府は悪用を防ぐための規制と然るべき徴税を行えばよいと思っています。

写真2:鉢嶺氏

そして、日本はAI・ロボティクスという次の領域に軸足を移すべきではないでしょうか。とりわけ日本では労働力不足と人口減少という深刻な課題が「発明の母」として存在しています。先進的なAI・ロボティクスを導入した企業に対する減税措置などを実施すれば、新たな活路を見出すことができるのではないかと考えています。

施策を一つ実施しただけで済む問題ではない

著書では、デジタル化には痛みが伴うという点も強調されています。そうであるならば、中小企業がデジタル化を遂行するのは難しいのではないでしょうか。

現在、世界で起きているのは「デジタル産業革命」と呼ぶ次元での現象です。つまり、デジタル化は企業規模の大小に関わらず、不可避です。

私もかつてはFAX広告事業を運営していました。社員は10名前後で、売上は3億円、収支はとんとん。経営的な余裕は全くありませんでしたが、インターネットという大きな波が来ている中でFAX広告事業を続けることはどうしてもできないと感じていたので、赤字覚悟でインターネット広告事業へと切り替えた方がよいと判断しました。

ところが、いざインターネット広告を販売しようとなっても、現場の営業担当者は以前からの顧客がしっかりとついており、各担当者の売上と給与が連動していることもあって、FAX広告ばかりを販売している。そこである日を境にしてFAX広告の販売禁止を言い渡しました。このような強硬策に対する反発もあり、社員数人が退職しましたが、この判断があったからこそ当社はインターネット時代に対応できたと思っています。

「日銭を稼がないといけないからデジタル化できない」というのは言い訳に過ぎない。ジリ貧になるぐらいであれば、先手を打ってデジタル変革を遂行すべきです。

やはり覚悟が重要なのですね。

当社自体そして当社がデジタル支援している企業においても、デジタル変革においては失敗を繰り返しています。ただし、失敗してもあきらめない。そういう企業が、最終的にはデジタル化に成功しているわけです。施策を一つ実施しただけで済む問題ではない。失敗を基に学び、また次の手を打ってということを継続しなければ、物事は成功しません。その上でやはり重要なのは経営者の覚悟なのです。

ABOUT 長野 雅俊

長野 雅俊

ExchangeWireJAPAN 副編集長
ウェストミンスター大学大学院ジャーナリズム学科修士課程修了。 ロンドンを拠点とする在欧邦人向けメディアの編集長を経て、2016年に調査・コンサルティング会社シード・プランニングに入社。 日本や東南アジアを中心としたデジタル広告市場の調査などを担当している。