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文藝春秋社が決断する、クッキーレス対策の道筋とは [インタビュー]

サードパーティCookie廃止を間近に控えて、「ファーストパーティデータ活用」と「コンテキスト・ターゲティング」が代替策として注目を集めている。多くの識者が実際には様々なソリューションの組み合わせが必要ではないかと予想している中で、コンテキスト・ターゲティング活用の比重を最大限に高めているのが文藝春秋社だ。同社デジタル戦略パートナーのフォーエムとIntegral Ad Science Japan (以下IAS)を交えた鼎談をお伝えする。

(Sponsored by IAS)

 

日本市場では「広告の質」が置き去りに

田畑氏:株式会社文藝春秋 オンライン広告部部長の田畑 亮と申します。今年で創業100年目を迎えた当社は、2017年に「文春オンライン」の立ち上げをきっかけとして、本格的にWebビジネスへと舵を切り始めました。私自身はその半年後にデジタル広告事業担当となり、現在はその責任者としてデジタル広告事業を統括しています。

竹井氏: Integral Ad Science Japan 株式会社でCustomer Success Directorを務める竹井 伸仁と申します。当社は2009年に米ニューヨークで設立し、日本の拠点は2015年に開設しました。「デジタル広告の効果検証」「広告不正の監視と防止」「ブランドセーフティの確保」を軸とした様々なソリューションやプロダクトを提供しており、近年では文章・文脈・感情解析技術に基づくコンテキスト・ターゲティング機能の普及にも努めています。

井上氏:AnyMind Group株式会社の子会社で、Web Publisherのメディアパートナー事業を展開する株式会社フォーエムのアカウントマネージャーチームにてシニアマネージャーを務める井上 正教です。

日本市場においてはWebメディアに対して、広告収益向上、SEO対策、プッシュ機能の装備といった事業成長に必要な支援を行っており、IAS社が提供するアドベリフィケーション関連ソリューションの販売及び実装支援も手掛けています。

 

まず私から、日本国内においてアドベリフィケーションに対する需要がどれほどあるかという点についてIAS様と文藝春秋様の見解を伺ってもいいでしょうか。

竹井氏:当社が日本市場に参入を果たした2015年ごろは、ちょうど「デジタル広告の透明性」が課題視され始めた時期でした。ただ当時は「透明性」という言葉が一人歩きし、具体的な取り組みはあまり見られなかったように思います。また透明性を高めることで、広告売上が減少してしまうのではないかという懸念を持つ広告関係者が多くいました。

それから市場は徐々に成熟し、広告の透明性に対する理解が深まってきたように感じます。2021年に一般社団法人 デジタル広告品質認証機構(JICDAQ)が設立されたことで、広告業界の意識はさらに高まったのではないでしょうか。

 

田畑氏:JICDAQの認証を受けるためには、IASのような第三者の広告検証ツールを導入していない場合、広告品質の向上に向けてどのような取り組みを行っているかを証明するのに苦労するんですよね。

ちなみに当社は広告収益向上策についてフォーエム様に相談した際に、コンテキスト・コントロール機能のご案内を受けて、IAS社提供のツール導入を決めました。つまりコンテキスト・ターゲティング機能を装備した副産物として、アドベリフィケーションも本格実装することになり、JICDAQの認証を受けるに至っています。

アドベリフィケーションと一口に言っても、その意味するところは様々です。媒体社関係者の間では、つい最近まで不快な広告クリエイティブや虚偽または誇大広告を排除することの方が、目で見て分かりやすいがゆえに、より高い関心が寄せられていたと思います。

一方で「ユーザーの目に全く触れていない広告に対して広告費が発生してしまう」「媒体社もアドネットワークも全く関知していない広告が違法なルートを通じて表示される」といった広告不正の話は分かりにくい。今でもその構造について自分の言葉できっちりと説明できる人は少ないのではないでしょうか。

竹井氏:
日本市場は他の市場と比較して、広告不正の発生率が高く、ブランドリスクが高く、ビューアビリティは悪い傾向にあります。広告在庫を安価に買い付けることを追い求めるがあまり、広告の質が置き去りになっているケースもあるのでは、と考えます。その一方で、「デジタル広告の透明性」の本質を理解し、業界全体の健全化と真摯に向き合っている広告主様も多数いらっしゃいます。

田畑氏:ただし、どの広告主も「広告をしっかりと見るユーザーをできる限り多くかつ効率的に確保する」ことを重視しています。そして有効リーチの確保と不正広告の防止が表裏一体であることは確かです。

 

ファーストパーティデータ活用にまつわる本質的な問題

井上氏:つまり広告効果を追求すれば、自ずと広告不正の課題に取り組まざるを得ないということですね。最近ではアドベリフィケーション関連ツールを導入しなければ、PMP(プライベート・マーケット・プレイス:限られた媒体社と広告主によるクローズドな広告取引市場)配信の仕組みに入れてもらえないという事例も聞かれるようになりました。

田畑氏:有効リーチにまつわる課題は、昨今話題のサードパーティCookie廃止の影響とも密接に関連しています。プライバシーを保護するという目的の下でサードパーティCookieが今後利用できなくなったとしても、「有効リーチをできるだけ多く効率的に確保したい」という需要がなくなることはありません。

サードパーティCookieは、汗をかかずにユーザーを特定してターゲティングができるという意味で非常に便利な代物でした。その代替手段の一つとしてファーストパーティデータ活用が謳われています。当社もファーストパーティデータの有効活用について本格的な検討を行った時期もありましたが、現在では有効な選択肢としては見なしていません。

まずファーストパーティデータを取得するために、ログイン機能を整備し、さらにログインしたユーザーごとに最適化したサービスを提供するためには多大な投資が必要になります。仮にそこまでの整備を行ったとしても、実際にログインするユーザー数は限定的です。

またユーザーから収集した個人情報が万が一にも漏洩した場合はどうするのか。週刊文春では様々な社会問題を扱っているがゆえに、自社がスキャンダルを起こすような事態は絶対に避けなければいけない。数年ほどかけて様々な角度から検討を行った末に、「ファーストパーティデータを集めなければ良い」という結論に至りました。

そもそも広告配信をする上で、「30代の女性ユーザー」といった属性情報は本当に必要なのか。広告主にとっては、自社商品やサービスに興味や関心を持ち得るユーザーが、きちんと広告を目にしてくれることが最も重要なのではないか。このような考えに基づき、今ではビューアビリティが保証された環境下でのコンテキスト・ターゲティングに注力しています。

井上氏:サードパーティCookieの代替手段として、ファーストパーティデータ活用とコンテキスト・ターゲティングのどちらが有効であるかについては、媒体の特性によって大きく違いが出てきそうですね。


田畑氏:
例えば特定の趣味・趣向に沿った比較的小規模なバーティカルメディアであれば、ファンイベント開催のためにユーザーのメールアドレスを取得できれば重宝するでしょう。また仮に個人情報が漏れたとしても、コミュニティ形成を通じてユーザー同士が既に関係構築をしていれば、その影響は限定的かもしれません。

しかしながら、当社が個人情報を漏洩した場合の企業リスクはあまりに甚大です。例えば「週刊文春購読者」という事もプライバシーの範疇に入ります。「絶対に漏れない」という保証がない以上、ファーストパーティデータ活用はリスクが高い割にはリターンが少ないと判断しました。

正直なところ、サードパーティCookieの代替ソリューションをめぐる議論については随分と振り回されたのですが、ログインを必須とせずとも、アンスキッパブルで動画広告を流す動画広告プラットフォームが高く評価されている事実を目の当たりしたことが決断するきっかけの一つにはなりました。

本来であれば、若者なのか高齢者なのか、個人視聴か世帯視聴なのかといった視聴データを取り揃えるためにログインを必須とすべきでしょう。ところが実際には、ログインなしで大量のユーザーを確保した上で、ビューアビリティを事実上100%確保した動画広告が配信されるCTVなどが多大な広告収益を得ています。当社がそれまで実施してきたような、サードパーティCookieに基づき、ユーザーを細かいセグメントに切り分けた上で、PMPを通じた広告配信を細々と行うことにもはや意味を見出せなくなってしまったのです。

 

コンテキスト・ターゲティングの最先端事情

井上氏:そのような試行錯誤を経て、文藝春秋社のオンライン広告事業においては、IASのコンテキスト・コントロール機能を用いて、コンテキストに基づくユーザーセグメントを生成した上での広告配信を行うようになったのですよね。

竹井氏:当社ツールで得られるデータを活用してコンテキストに基づくユーザーセグメントの生成を行っている媒体社様は私の知る限り他にはいらっしゃらないので、世界的にも希少な活用事例だと思います。当社のツールをそのように使っていただけるのかと、正直驚いています。ただし、コンテキストに合致した広告配信は広告効果が圧倒的に高いというのは世界中で証明されていますので、納得もしています。

田畑氏:コンテキスト解析は、広告配信以外の目的でも活用できます。例えば関連記事のレコメンドです。SEOを通じて最初の記事にたどり着くまでの流れは比較的分析できているのですが、2本目にどの記事が読まれるかについては編集者が勘と経験に基づき手動で設定している部分もあり、途端に関連性の精度が落ちてしまうのです。

この目的において、コンテキスト解析機能は非常に有用です。「この記事を読んだ人は、こういう記事にも興味を持つはず」ということを推測する上で、属性情報は一切必要ありません。当社は編集部を中心にコンテンツの価値を重要視する会社なので、こうした編集作業に役立つ機能は社内で高く評価されます。

井上氏:コンテキスト解析技術を活用することで今後どのようなことが可能になると期待していますか。

田畑氏:例えば当社が運営する「Number Web」では今夏の甲子園で優勝した慶応高校の髪型自由主義に関する記事が大量のトラフィックを集めました。この記事はカテゴリ登録としては「高校野球」になるものの、実際には「教育」や「日本の文化」といったより広い興味や関心に沿うテーマだと思います。

このようにカテゴリやジャンルといった区分だけでは可視化されない興味関心にどのようにアプローチするか、記事と広告をより効果的に関連付ける余地はまだまだ残されていると思います。将来的には記事ID別にどのような興味関心を持つユーザーが読んだのかを分析することでスポーツ媒体というセグメントを超えたコンテンツの価値を広告主に提示できると考えています。

井上氏:コンテキスト・ターゲティングという言葉を耳にしたことがある人は多くいると思いますが、その言葉をここまで独自に解釈して活用している事例は本当に稀有なのではないでしょうか。

竹井氏:得られたデータを広告配信の最適化に活かすだけでなく、読み手にとってより面白い記事の構成にも用いて、読者/広告主にとって価値あるメディア作りを行ってらっしゃる文藝春秋社様の取り組みは、弊社のソリューション開発に対しても、新たな可能性を与えてくれるものです。

田畑氏:コンテキスト・ターゲティングの良いところは、どれだけ使い込んでも良いことです。ファーストパーティデータ活用については、プライバシー保護の観点から、必ずどこかの段階で利用制限にぶち当たります。

プライバシーの保護を理由にサードパーティCookieが廃止されたことを鑑みれば、プライバシーに抵触し得ない代替策を検討するのが正攻法でしょう。またサードパーティCookieによるターゲティングが瞬発力とするなら、コンテキスト・ターゲティングは持久力での勝負です。サイトの価値向上に向けて、中長期的な推進力の柱として位置付けた上で、今後もコンテキスト・ターゲティングを徹底的に使い倒していきたいと思っています。

 

今回は文藝春秋社のポストCookie対策を紹介したが、老舗出版社である同社の取り組みは、コンテンツビジネスに携わるあらゆるメディアから今後ますます注目を集めそうだ。

ABOUT 野下 智之

野下 智之

ExchangeWire Japan 編集長   慶応義塾大学経済学部卒。 外資系消費財メーカーを経て、2006年に調査・コンサルティング会社シード・プランニングに入社。 国内外のインターネット広告業界をはじめとするデジタル領域の市場・サービスの調査研究を担当し、関連する調査レポートを多数企画・発刊。 2016年4月にデジタル領域を対象とする市場・サービス評価をおこなう調査会社 株式会社デジタルインファクトを設立。 2021年1月に、行政DXをテーマにしたWeb情報媒体「デジタル行政」の立ち上げをリード。