リテールメディア広告の未開拓領域とは―ATS Tokyo 2024に登壇したpHmediaが語る最新動向 [インタビュー]
![リテールメディア広告の未開拓領域とは―ATS Tokyo 2024に登壇したpHmediaが語る最新動向 [インタビュー]](https://cdn.exchangewire.com/wp-content/uploads/2025/07/462554234_1298742241300107_6472475496086151748_n-525x350.jpg)
日本市場が「リテールメディア元年」を迎えたとされる2023年から既に1年以上が経過した現在、市場はいかに発展しつつあるのか。昨年11月に開催されたATS Tokyo 2024のパネルディスカッション「リテールメディア広告の理想と現実」に登壇したpHmediaの松居達也氏に最新動向について聞いた。
(聞き手:ExchangeWire JAPAN 長野 雅俊)
商談で感じたリテールメディア広告市場の変化
―自己紹介をお願いします。
株式会社博報堂 コマースコンサルティング局 局長補佐の松居達也と申します。現在はドン・キホーテなどを展開する株式会社パン・パシフィック・インターナショナルホールディングスと博報堂がリテールメディア事業を運営するために2023年12月に設立した株式会社pHmediaに出向しており、同社のCOOを務めています。
―ATS Tokyo 2024へのご登壇を振り返ってください。
国内リテールメディアの市場課題を、当日会場にご来場いただいた幅広いオンライン広告市場関係者の皆様と共有できたことは良かったです。特にカゴメ株式会社様や株式会社コーセー様といった、リテールメディアに対して広告を出稿するメーカー企業様とご一緒して議論できたことをうれしく思います。
―2024年11月22日に開催されたATS Tokyo 2024の登壇時と比較して、リテールメディア市場の変化を感じますか。
一部の広告主様がリテールメディアに関する専門部署を立ち上げるなど組織的な取り組みを開始されています。正直なところ、リテールメディアに出稿する広告主様が劇的に増加しているという実感はまだないのですが、既に出稿している広告主様の出稿額は増えてきています。
また、これまでリテールメディアの活用は広告主の営業部門が中心でした。つまりドン・キホーテのような小売企業に対して卸す商品の売上や回転率を上げることを目的として、メーカー企業の営業担当者様が広告の出稿を含めた投資を行うという形式が多かったのです。しかしながら、最近では商談にメーカー企業様のマーケティング担当者や事業責任者といった方々がご同席いただく機会が増えてきました。
そうなると、いわゆる営業費ではなく、広告費やメディアプランニング全体にかかる費用をリテールメディアに投資していくということにつながるので、今後は広告投資金額がさらに増え、またリテールメディアの活用が本格化かつ多様化していくことになると思います。
SMのリテールメディア化はなぜ進まないのか
―ATS Tokyo 2024では、日本市場は小売企業が分散しているため、ドラッグストアなど一部の領域を除き、購買データがサイロ化されていて横断的なリテールメディア広告運用ができないとの課題を指摘していました。
購買データの活用や統合といった取り組みにおいては、ドラッグストアが最も先進的であり、コンビニエンスストアも様々な試みを行っていますが、スーパーマーケット領域での進捗がやや遅れているという状況に大きな変化はありません。
米国におけるリテールメディアの成功事例としてよく言及されるウォルマートのような巨大スーパーマーケットチェーンが日本市場には存在せず、各地域に根差したスーパーマーケットが大多数を占めるので、単一のスーパーマーケットだけでは、リテールメディアとして成立させるに十分な規模を確保できないというのが一因です。だからこそ、各小売企業のデータを束ねる立場にあるベンダー企業の役割が重視されているのだと思います。
このような市場環境においては、どこか特定の企業だけが先行優位を持つような仕組みになると、異なる企業同士の連携が進みません。もちろん競合企業同士がデータ連携する上では様々な課題があるのですが、現在は「得意分野を整理した上で一緒に手を取り合う」ことを実現するための設計図を描こうとしている段階にあります。
―リテールメディアの取り組みにおける日本のスーパーマーケットの苦戦は、大手ECプラットフォームを利することになりませんか。
どうでしょう。これはリテールメディア事業に限った話ではないのですが、ECプラットフォームがスーパーマーケットの市場を一方的に奪っていくのではないかとする見方に私は懐疑的です。例えばECで注文すると、一般的にはどんなに早くても翌日配送ですが、日常生活で多々発生する「今欲しい」を実現できるのはリアル店舗ならではです。
その他にも独自のサービスや機能がたくさんあるので、恐らく、少なくとも日本市場においては、リアル店舗は今後も引き続き一定の存在感を持ち続けます。そして、Amazonや楽天市場を始めとするECプラットフォームがリテールメディア事業を推進すればするほど、「なぜECができることがリアル店舗でできないのか」という機運が高まり、リアル店舗におけるリテールメディア市場の発展を後押しするはずです。
購買データをいかに使うか
―スマートフォンの普及によって位置情報が利用しやくなったように、リテールメディアが発展すれば購買データの活用が進んでいくと思いますか。
位置情報については、本来的な価値は広告に接触する適切なモーメントを捉えることができることであり、どの瞬間にどんな場所にいる人が何を欲しているかが推測でき、アプローチが可能になる、という点にあると考えています。こうしたメディアの新しい使い方の可能性を提示しているという点で特徴的なデータです。
同じように、購買データは、特定の商品を購入する可能性がある人たちと購入可能なタイミングで接触できることに価値があると思います。購買データをいかに活用すべきかについては引き続き様々な試行錯誤が繰り返されていくことになるでしょうが、購買データの活用法は今後、確実に進化していくはずです。
―本業となる小売販売業に悪影響を与えかねないとしてリテールメディア開発に否定的な見解を示す小売事業者は多いのでしょうか。
リテールメディアに対する理解が進んできたこともあり、恐らく最近では、収益性や効率性といった観点からリテールメディア開発の是非を検討することがあったとしても、開発自体を全否定する事業者様はあまりいらっしゃらないのではないでしょうか。
一方で、広告収益を得ることだけを目的としてリテールメディア開発を行う企業様はほぼいらっしゃらないと思います。リテールメディアの収益規模は、本業となる小売業の売上規模には遠く及びません。
世界最大級のリテール関連イベントと言われる全米小売業協会主催のNRF Retail's Big Showでも、リテールメディアの意義とは「自社のお客様に対して情報を正しく届けること」であるという見解が示されてきました。やはり「メディア」と称する以上、いかに自社の顧客に対して適切な情報を届けるかという点から各事業者様はリテールメディア開発及び運営を行っているのだと思います。
―今後の市場課題をどう捉えていますか。
まずスーパーマーケットを始めとする小売業のデータのサイロ化の解消には引き続き取り組むべきでしょう。
もう一つは、購買データを用いてお客様にどのような情報を届けるかという問題としっかりと向き合わなければいけません。広告運用に限定して一例を挙げると、「購買データを用いて広告配信する際に、どのような広告クリエイティブが最も売上増に貢献するのか」という研究がまだまだ不足しているように感じています。逆にこの辺りの研究が進めば、広告効果が一層高まり、市場はさらに成長していくと見込んでいます。
―「購買データを使うだけで満足するな」ということですね。
競合商品を購入したユーザーに対して広告を当ててみて、そのユーザーがコンバージョンしたかどうか、その後リピーターとなったか、といった分析を行っているメーカー企業様は多くいらっしゃいますが、購買データを使ったクリエイティブの勝ちパターンを見つけられている企業は多くないように思います。
―そもそも購買データを用いた広告配信規模が限定的だから、広告クリエイティブの種類をそれほど多く用意できないと考えられているのかもしれませんね。
その可能性はあります。でも、そうだとすると、そもそも本当に購買データに基づくセグメント配信が必要なのか、という話にもなるのではないでしょうか。購買セグメントごとのコミュニケーションを設計しようとする一方で、広告クリエイティブは全部同じで良いという考え方にはやはり違和感がありますね。これは自戒を込めてですが、店舗なりECに買い物に来たお客様がどういった体験をするとその商品をまた買いたいと思うのかということに対する想像力をめぐらすことが重要なんだと思います。
当社を含め、リテールメディア広告業界関係者はこの問題意識を既に持ち始めていて、研究や挑戦を続けているところなので、今後の展開を見守っていただけたらうれしいです。
ABOUT 長野 雅俊

ExchangeWireJAPAN 共同編集長
ウェストミンスター大学大学院ジャーナリズム学科修士課程修了。ロンドンを拠点とする在欧邦人向けメディアの編集長を経て、2016年に調査・コンサルティング会社シード・プランニングに入社。ExchangeWire主催の大型イベントであるATS Tokyoのモデレーターも務めている。