新世代のシゴト観―“媒体支援”から“自社の仕組みづくり”へ:朝日新聞社 小祝 結佳氏

異業種からデジタル広告業界へ、そして新聞社のデジタル事業部門へ――さまざまなフィールドで経験を重ねながら、データ活用の可能性を追い続けてきた人物がいる。朝日新聞社メディア事業本部 プランニング部データドリブンチームで、データを活用した広告商品の設計や運用に携わる、小祝 結佳氏だ。
朝日新聞グループ横断のデータ基盤を活かし、営業や企画部門と連携しながら、メディアの新しい価値づくりに取り組んでいる。
デジタル広告業界で培った経験をもとに、媒体側でデータ活用に取り組む。そこには、変化を前向きに捉え、社内外の関係者と協働しながら成果を積み重ねてきた実務家としての姿がある。本稿では、小祝氏のこれまでのキャリアを起点に、働くことや業界との関わり方についての視点を紹介する。
異業種から広告の世界へ──変化を恐れず踏み出したキャリア

大学卒業後、小祝氏はエネルギー関連商社に入社した。LPガスや産業ガスを扱う企業で、家庭用および業務用機器の仕入れや販促企画を担当していた。
「全くアドテクとは関係ない会社にいました」と振り返る。当時から「より新しい分野に挑戦したい」という思いがあり、3年間の勤務を経てIT業界への転職を決めた。
転職先では、ネイティブ広告ネットワークを手がける企業で媒体営業を担当。広告商品の導入支援や運用を通じて、デジタル広告の仕組みを実務として学んだ。
広告運用の成果を数値として確認できる点に、デジタル広告ならではの面白さを感じたという。
その後、女性向けメディアを運営する企業へ移り、広告収益化業務を担当。「媒体側の目線に立って携わりたいと思った」と話すように、広告配信の最適化や分析を通して、メディアの収益構造に深く関わる経験を積んだ。
前職では自社メディアの広告収益化を担当していたが、会員組織やファーストパーティデータのような基盤は保有していなかった。「ファーストパーティデータは持っていなかったので」と本人も語るように、データを活かした広告展開への関心が次第に強まっていった。
その後、ファーストパーティデータを持つ大規模媒体での取り組みに関心を持ち、朝日新聞社への転職を決意した。
メディアの収益を支えるデータ活用の取り組み
朝日新聞社入社後、小祝氏はメディア事業本部で、ファーストパーティデータの活用を軸とした広告プランニング業務を担当している。
その基盤となるのが、グループのデータプラットフォーム「A-TANK」だ。朝日ID会員の属性情報、行動データ、記事閲覧データ、オフラインイベントの参加情報などを統合し、広告設計や分析に活用している。
広告実施時のターゲティング設計から、実施後の効果測定・レポーティングまで、データをもとにした運用を担当している。
データを扱う業務には技術的な知識だけでなく、周囲との調整や理解を合わせる力が求められると小祝氏は語る。
新しい仕組みを社内外に浸透させるためには、丁寧な説明と信頼関係の構築が欠かせない。データ活用は単なるテクノロジーの話ではなく、組織や人とのつながりを前提とした取り組みでもある。
オープンな組織で育つ、挑戦を支える文化
朝日新聞社という伝統ある企業において、デジタル領域の職場はどのような環境なのか。
「入社する前は雰囲気がつかみにくかったのですが、実際に働いてみると、とてもフラットで意見交換がしやすい職場でした」と小祝氏は語る。
チームには若手メンバーも多く、議論や情報共有が活発だ。「ジャーナリズム精神がある会社なので、納得いくまで議論して進める文化があります。その点はデジタル領域でも変わりません」と話す。
大きな組織でありながら、部署をまたいだ協力体制が整っており、課題があればすぐに相談して動けるスピード感があるという。
こうしたオープンな職場環境が、新しい領域に挑むモチベーションを支えている。
コミュニケーションを軸にした仕事観
日々の業務では、社内外の多様な関係者と連携する場面が多い。
「ミーティングお化けになりつつあるんですけど」と笑う小祝氏だが、会議の多さはそれだけ関係者との調整が多いことの裏返しでもある。
「知識が先行してしまうと相手に伝わらないことがある。だからこそ、相手の立場に立って話すことを意識しています」と語る。
その姿勢を表す比喩として、「自分の魂を口から出して相手の体に入れて考える」という印象的な言葉も残した。
勤務形態は週3日の出社と週2日の在宅勤務を組み合わせるハイブリッド型。
「長時間働くよりも、メリハリをつけて働きたい」と話すように、効率的で柔軟な働き方を実践している。
キャリアを通じて描く、業界のこれから

アドテク業界に関わってきた年月の中で、小祝氏が最も感じるのは「変化の速さ」だ。
「最近は明るいニュースばかりではないけれど、逆風が吹くなかでも新しいソリューションが次々と出てきている」と語る。
プライバシー規制や広告単価の変動など、業界が直面する課題は多いが、それを前向きに捉えて挑戦を続ける企業が多い点に希望を見いだしている。
また、業界の横のつながりの強さにも言及する。「競合同士でも情報交換をする空気があります。イベントや勉強会で自然に知見を共有する場面も多い」と話す。
今後のキャリアについては、「これまでとは異なる領域やフォーマットにも関心があります」と展望を述べる。データ、メディア、テクノロジーが交わる場所で、自身の経験を活かして新しい価値を生み出していきたいという。
地元・横浜で過ごす時間は、仕事の切り替えにもなり、日々のエネルギー源となっている。野毛の小さな店での会話や交流が、日常のリズムを整える大切な時間になっているという。
異業種からデジタル広告業界に飛び込み、複数の企業で経験を重ねた小祝氏。変化を前向きに受け止め、関わる人々と共に課題を解決していく姿勢が、彼女のキャリアを形づくっている。
データと人をつなぐその仕事観は、これからのメディア産業における新しい可能性を示している。
ABOUT 野下 智之
ExchangeWire Japan 編集長
慶応義塾大学経済学部卒。
外資系消費財メーカーを経て、2006年に調査・コンサルティング会社シード・プランニングに入社。
国内外のインターネット広告業界をはじめとするデジタル領域の市場・サービスの調査研究を担当し、関連する調査レポートを多数企画・発刊。
2016年4月にデジタル領域を対象とする市場・サービス評価をおこなう調査会社 株式会社デジタルインファクトを設立。
2021年1月に、行政DXをテーマにしたWeb情報媒体「デジタル行政」の立ち上げをリード。




