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「誠実さ」が広告業界のゲームチェンジャーに? 宮一良彦氏が語るオープンインターネット再生への道

オープンインターネットは、消費者が最も多く時間を費やす場でありながら、広告費はごく一部にしか投下されていない。複雑化する広告取引経路やブランドセーフティの課題も未解決のまま残る中、開催された「Open Internet Revival〜広告主・パブリッシャーが共に創る広告の未来〜」では、業界関係者が一堂に会し、広告の未来を考える議論が行われた。

登壇した株式会社PIER1 代表取締役 宮一良彦氏は、オープンインターネットをより誠実なものにするための鍵として、「誠実さ」という概念を提示した。透明性、責任感、持続可能性の三本柱を軸に、日々の意思決定がオープンインターネットの健全性を支え、広告主と媒体社双方の信頼構築につながると説いた。宮一氏の話は単なる理念論ではなく、具体的な行動指針として現場に落とし込める内容であった。

 

広告費はどこへ? オープンインターネットの現状に迫る

宮一氏は講演の冒頭で、「今日は皆さんの距離を縮めるテーマを考えたい。そのキーワードとして誠実さが適している」と述べた。広告枠やクリエイティブの問題は日常的に議論されるが、宮一氏は技術的義務や規制だけではなく、「私たちはどうありたいか」を考えることが何より重要だと指摘した。

「広告枠が汚いとか、出ているクリエイティブが良くないとか、そういう話はたくさんある。しかし、そこで解決策を探すとき、まず大切なのは誠実さだと思う」と宮一氏は語る。

実際のデータをもとに説明したところ、一般ユーザーが滞在する時間の約60%はオープンインターネット上で過ごされているにもかかわらず、広告費はわずか20%しか投下されていない。この乖離は、オープンインターネットの価値が十分に評価されていないことを示している。宮一氏は「昔は代理店に聞けばすぐに解決できた。今は誰がどこで広告を買っているのか分からない」と述べ、取引経路の複雑化による透明性の欠如が大きな課題であることを強調した。

さらに、「複雑だからと言って諦めるのではなく、私たちは今日から始められることを考えなければならない」と語り、具体的なアクションへの意欲を聴衆に促した。

 

信頼なくして未来なし:誠実さの三本柱

 

 

この状況を踏まえ、宮一氏は誠実さの三つの柱を紹介した。透明性は「自分たちの活動を外部から見えるようにすること」、責任感は「広告費が社会に与える影響まで考えること」、持続可能性は「短期的利益だけでなく、長期的な信頼関係を重視すること」である。

「広告主の皆さんも、パブリッシャーの方々もよくご存知だと思いますが、それよりも大切なのは、長期的に信頼関係を結んでいくことじゃないでしょうか」と宮一氏は語り、広告主と媒体社双方にとっての信頼構築の重要性を強調した。

宮一氏はまた、「今日からできる具体的なことは、透明性を高めるために自分たちの行動を見える化すること、責任感を持って広告の影響を考えること、そして長期的な関係を意識することです」と述べ、抽象的な理念だけでなく、日常の業務に落とし込む重要性を説明した。

 

政府も注目、広告業界の見えないリスク

 

 

宮一氏は、総務省が公表した「デジタル広告の適正かつ効果的な配信に向けた広告主等向けガイダンス」にも触れた。デジタル広告費は4マス媒体を超える規模に達しており、広告の社会的影響力は大きくなっている。そのため政府は、業界の自律的改善を促す目的でガイダンスを発表した。さらに宮一氏は、デジタル広告が政治的情報など民主主義の基盤に影響を及ぼす可能性があることも指摘した。

ガイダンスに記された調査結果は業界の現実を明確に示す。広告主の30%がブランドセーフティ被害を経験し、ユーザーの92%が問題媒体の広告主に否定的な印象を持つ。また35%が「広告主が対応すべき」と回答している。宮一氏は「これは単なる技術課題ではなく、信頼の問題です。私たちはまず、信頼を損なわないように考え行動する必要があります」と語った。

さらにガイダンスでは、リスク要因として四つを挙げている。ブランドセーフティは広告がブランドイメージを損なう場所に掲載されるリスク、アドフラウドは不正な相手と取引してしまうリスク、不健全エコシステムは社会に悪影響を与える広告活動のリスク、ユーザーへの配慮は広告がユーザーに不快な体験を与えるリスクである。宮一氏は「広告は人々に楽しさや新しい体験を提供するものだ。ユーザーへの配慮も含め、誠実さが求められる」と語った。

 

技術だけでは足りない、誠実さを日常に落とす方法

宮一氏は、誠実さを広告運用に反映させる具体的手段として、SupplyChain Object(サプライチェーンオブジェクト)とOpenSincera(オープンシンセラ)を紹介した。SupplyChain Objectは広告取引経路を可視化し、透明性を確保する仕組みである。OpenSinceraは、媒体の現状評価や改善点を確認でき、広告主に誠実な運営を示すことができる。

「技術は手段であり、目的は誠実さです。道具を使うだけで問題が解決するわけではありません」と宮一氏は強調した。さらに、誠実さを組織文化として根付かせるには、現場だけでなく経営層も含めた取り組みが必要だと語った。「現場だけに任せるのではなく、経営層も含めて、利益と誠実さの両立を意識することが大切です」と述べた。

また、KPIに成果だけでなく誠実さを反映させることも有効であると説明し、「我々の媒体はこういう誠実さを持っています、我々広告主はこういう誠実な態度で広告を出します、と示すことが競争力になります」と語った。

 

誠実さは競争力になる:日々の選択が未来を変える

 

 

宮一氏は、誠実さを単なる理念ではなく、業界の競争力に変える可能性についても言及した。「広告主は誠実な媒体を評価します。媒体はその誠実さを示すことで、価格やリーチ以外の競争軸を生み出せます」と述べ、短期利益偏重に陥りがちな現状に対する具体的な指針を示した。

さらに宮一氏は、「誠実な選択は日々の積み重ねであり、オープンインターネットを誠実にするのは、一人ひとりの判断から始まります」と語った。講演の最後には聴衆に問いかけ、「日々の選択の中でオープンインターネットの誠実さを実現できる。あなたは明日からどんな選択をしますか」と呼びかけた。

宮一氏の示した「誠実さ」を軸にした判断は、業界全体の信頼を底上げし、オープンインターネットの価値を最大化する具体的行動指針となる。技術だけでは解決できない課題に対して、個々の意識と判断が変化の原動力となることを、参加者に強く印象づけた。

ABOUT 野下 智之

野下 智之

ExchangeWire Japan 編集長  

慶応義塾大学経済学部卒。
外資系消費財メーカーを経て、2006年に調査・コンサルティング会社シード・プランニングに入社。

国内外のインターネット広告業界をはじめとするデジタル領域の市場・サービスの調査研究を担当し、関連する調査レポートを多数企画・発刊。

2016年4月にデジタル領域を対象とする市場・サービス評価をおこなう調査会社 株式会社デジタルインファクトを設立。
2021年1月に、行政DXをテーマにしたWeb情報媒体「デジタル行政」の立ち上げをリード。