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「デジタル広告業界の課題はそう簡単には尽きない」―「広告主等向けガイダンス」を発表した総務省に聞く[インタビュー]

総務省が発表した「デジタル広告の適正かつ効果的な配信に向けた広告主等向けガイダンス」に対し、様々な市場関係者がプレスリリース等を通じて賛同を示し、また事あるごとに本ガイダンスに言及した上でさらなる問題提起を行っている。本ガイダンスを作成するに至った経緯や今後の展開について、総務省 情報流通行政局の寺本邦仁子参事官に話を聞いた。

(聞き手:ExchangeWire JAPAN 長野 雅俊)

 

ガイダンス発表の経緯

 

―総務省は今年6月に「デジタル広告の適正かつ効果的な配信に向けた広告主等向けガイダンス」を発表しました。デジタル広告取引には広告プラットフォーム、広告会社、媒体社を始めとして様々なステークホルダーが存在しますが、本ガイダンスを「広告主等向け」としたのはなぜですか。

 

まず大前提として、広告をどの媒体に掲載するかは表現の自由及び営業の自由の下で、広告主において判断されるべきです。しかしながら、デジタル広告においては、その仕組みを理解した上で適切な対策を実施しなければ、そもそもその広告主でさえも自ら出稿した広告がオンライン上のどの場所にどのように表示されているかを把握することができません。

 

その結果として、偽・誤情報が掲載または著作物が違法にアップロードされたウェブサイトやアプリに自社の広告が表示されることで、深刻なブランド毀損をもたらしたり、広告費が不正に詐取されるといった広告費の流出などのリスクにさらされる可能性があります。広告主には、こうした状況を経営上の課題として認識した上で然るべき対策を取ることの重要性を知ってもらい、既に対応を行っている広告主においては自らの対応状況を再確認する用途として、これから対応を開始したいと考えている広告主においては今後の対策を実行へと移すための参考となるよう、総務省が開催した「デジタル空間における情報流通の諸課題への対処に関する検討会」(諸課題検)の「デジタル広告ワーキンググループ」(デジタル広告WG)での検討内容を基に本ガイダンスを策定しました。

 

ただし、デジタル広告取引には、広告主や広告媒体社に加えて、従来型の広告代理店さらにはデジタルマーケティング事業者、電子商取引運営代行事業者、Webコンサルティング事業者を始めとする様々な関連事業者が関与しています。本ガイダンスにおいて「デジタル広告取扱事業者」と総称するこれらの事業者等にも、参考にしていただけたらと考えています。

 

―本ガイダンスの公表前にその案に対する意見募集を行ったところ、141件に及ぶ意見が提出されました。

 

本ガイダンスの中身や趣旨をご理解いただいた上で、これほど多くのご意見が寄せられ大変ありがたく思っています。また国内の広告主が多く加盟する団体から、「企業の経営層にも理解と関与を促す視点が盛り込まれている」と言及いただいたこともうれしく思いました。複数の事業者団体から、本ガイダンスの普及啓発に向けて取り組んでいきたいとのお言葉もいただいており、心強く感じています。

 

リスクを把握していない広告主はまだ多い

 

―本ガイダンスは、民間企業だけでなく、広告を出稿する官公庁に対しても注意を喚起しています。

 

本ガイダンスの内容を検討したデジタル広告WGで公表した調査によると、資本金規模が「5,000万円超」の広告主は8割以上がブランドセーフティ対策を実施しているのに対し、「5,000万円以下」では5割を切ります。

 

こうした現状に鑑みると、例えば、アドフラウドに関して調査を実施した自治体もあるとは聞いていますが、官公庁も含む大半の広告主が、デジタル広告に関する具体的なリスクや対処法を十分に認識していない可能性が高いため、本ガイダンスの周知を図ることで、デジタル広告を巡る課題について喚起していきたいと考えています。

 

またあわせて、総務省としては、今後、地方自治体を対象とした実態調査も進めていきながら状況把握に努め、本ガイダンスの普及啓発に向けた具体的な取り組みを実施していく予定です。

 

―日本全国に点在する中小企業や地方自治体に対して、具体的にはどのように本ガイダンスの普及啓発を行っていく予定ですか。

 

従来の広報活動の枠組みを通じてガイダンスを発表するだけでは、なかなか世間の目に届かないと思っています。総務省が各地方に設けている出先機関を活用したいとは思いますが、こうした拠点は、広告業界はもちろんのこと、広告主となりうる様々な幅広い業種の企業や地方自治体の担当部署とはこれまでお付き合いは少なかったというのが正直なところです。

 

 

他省庁や関係団体の協力に加えて、今回のようなメディア取材への対応やイベント・勉強会などにも積極的にお伺いし、広く世の中に知っていただけるよう働きかけていきたいと考えています。

 

―本ガイダンスは、広告主等に対し、CMO(チーフ・マーケティング・オフィサー)等の専門性の高い経営層の整備を含めた体制構築が望ましいと提議しています。一方で、CMOという職務を用意している日本企業は極めて少数ではないでしょうか。

 

CMOが象徴する専門性の高い経営層の関与は考え得る対策の一つとして示したに過ぎません。広告を出稿する企業の経営層が、デジタル広告に関わる諸課題を技術的な面も含めてすべて詳細に把握する必要は必ずしもないと思っていますが、特有のリスクと対策が存在するということについては本ガイダンス等を通じて理解を深めていただけたらと思います。そして残念ながら、このリスクについての認識自体が乏しいというのが現状であると受け止めています。

 

―本ガイダンスは企業の社会的責任(CSR)の観点からの配慮の必要性も指摘しています。

 

デジタル広告の広告費は、日本の広告費全体の約5割を占めるまでに市場規模が拡大しており、社会的な影響力が非常に強くなってきたと捉えています。つまり、単に広告を通じて商品が売れたかどうかや、広告単価が高いまたは安いというだけの話ではもはやなくなっているということです。それなりの広告費を通じて、それなりの社会的影響を及ぼしていることについて、デジタル広告を配信する主体としての広告主の経営者の意識改革につながっていくことを期待しています。

 

―CMOやCSRは大企業により馴染みがある制度なり概念だと思うのですが、中小企業には異なる対応が必要だと思いますか。

 

本ガイダンス自体は、事業規模や業態及び業種を限定せず、広く活用いただくことを想定しています。とりわけデジタル広告は個人単位でも気軽に出稿できることが特徴の一つでもありますので、多くの方にデジタル広告特有のリスクを認識していただきたいと思っています。

 

ただし、リスク対策については、ブランド毀損による被害そして周囲の社会環境に与える影響が比較的大きい大企業の方が総じて早く着手するでしょう。こうした大企業が先導的な役割を果たすことで、業界全体の認識が変化していくことを期待しています。

 

ガイダンス発表後の展開

 

―本ガイダンス(案)に対する意見募集結果の中には、「アテンション計測の有用性」への言及がありました。本ガイダンスの内容を議論した諸課題検またはデジタル広告WGで、アテンション計測を今後取り上げていく予定はありますか。

 

諸課題検は、9月10日に本ガイダンスの策定を含む検討内容をまとめた報告書を発表しました。報告書は、本ガイダンスの普及啓発や関連事業者のモニタリングを行っていくことを掲げています。

 

これを受け、総務省としては、こうした取り組みを通じて市場動向を注視しつつ、次の手を検討していく予定です。社会的状況の変化と技術の進歩に応じて、すべきこととできることが変わってくると思っています。

 

―デジタル広告の課題全般に関する総務省としての今後の活動予定をお聞かせください。

 

9月10日発表の報告書でも提言いただいたとおり、本ガイダンスの普及啓発活動を進めていくほか、今後もデジタル広告の流通を巡る諸課題に対応すべく事業者のモニタリングを進めていく予定です。

ABOUT 長野 雅俊

長野 雅俊

ExchangeWireJAPAN 共同編集長

ウェストミンスター大学大学院ジャーナリズム学科修士課程修了。ロンドンを拠点とする在欧邦人向けメディアの編集長を経て、2016年に調査・コンサルティング会社シード・プランニングに入社。ExchangeWire主催の大型イベントであるATS Tokyoのモデレーターも務めている。