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アドレッサブルTVの可能性―TVCMはこれからどう変わるのか?| WireColumn

長い間、TVCMは消費者の認知を高めるのに最適な手段として存在してきました。そして近年の技術の発達により、自宅のTVでデジタルエンゲージメントが実現しようとしています。近年の調査では画面の大きいTVによるエンゲージメントの方が、小さいデバイスに比べて購買が多くなり、ブランドへの親しみも増えることが分かっています。それを実現するのが、「アドレッサブルTV」と呼ばれる広告手法です。アドレッサブルTVとは、インターネットTV端末などに、視聴者特性に合わせた広告を個別配信する「プログラマティックTV広告」のことを指します。本コラムでは、動画用広告配信プラットフォームを提供する米SpotXの日本のカントリーマネージャーの原田健が、アドレッサブルTVについてマーケッターが知っておくべきことを紹介します。

アドレッサブルTVはGoogleやFacebookにとり驚異的な存在

現代の視聴者は、動画をモバイル、セットトップボックス、ゲーム機、スマートテレビなどの端末で視聴することが可能です。そこで流れる広告について、広告主や広告代理店の多くのマーケティング担当者は、プログラマティックTV広告と従来型のTVCMとは別物として定義しています。TVCMでは、マーケティング担当者は前回の視聴率を基に「どのくらいの人数が番組を視聴するか」「視聴者はどんな人物像なのか」といったことを予想することしかできません。一方で、プログラマティックTV広告では、データを活用して個々の視聴者や世帯をターゲットに、それぞれに異なる広告を表示することが可能です。広告枠をただ購入するだけの従来型のTVCMとは対照的です。したがって、プログラマティックTV広告の普及はこの業界にとってとても大きな意味があります。双方向のスポットCMやABテスト、値下げされたCMを中小企業が購入できる機能などがプログラマティックTV広告によって実現できるためです。

図1

あるいは、もっと単純なことかもしれません。デジタル広告の世界でGoogleやFacebookがこの10年間業界を支配してきたのと同じ手法を、プログラマティックTV広告ではGoogleやFacebook の手を借りずに実行できるようになるのです。しかも透明性ははるかに高くなっています。つまり、プログラマティックTV広告が普及するということは、現在は優位的な立場にあるこの2社にとっては脅威でもあるのです。

さらに現在、プログラマティックTV広告が初期に抱えていた技術的な問題の多くは(もしくは、少なくとも課題とされたものは)解決され、対処されました。今のプログラマティックTV広告の技術では、「どの番組に自社の広告を配信するのか」ということをマーケティング担当者が自在にコントロールできるようになるのです。子供向けの番組で大人向けの広告が流れることを防いだり、似たような2つのスポットCMを同じタイミングで流さないようにしたりといった、厳密なコントロールが可能なのです。

それではなぜTV業界で、プログラマティックTV広告がなかなか採用されないのでしょうか―――この理由にはいくつかあります。TV業界関係者が「この広告はTV向けコンテンツではない」と認識してしまっているケースは多いです。また、TV局側にまだデジタルへの理解が浸透していないだけでなく、デジタル広告業界もTV側を理解していないケースも少なくありません。だからと言っても、モバイルやデスクトップ、そして昔ながらのTVがひとつのエクスペリエンスに統合される流れは止まりません。マーケティング担当者が、どのデバイスも同じ価値を持つものとして、全体を網羅した企画を立てるようになるのは時間の問題でしょう。

プログラマティックTV広告の6つの特長

それではここからは、プログラマティックTV広告の特長を具体的に見ていきましょう。

▽ 特長1:よりスマートなターゲティングのためのデータ利用

プログラマティックTV広告では、地域を指定して広告を打つことが可能です。つまり、視聴者がどこに住んでいるかを把握できるということです。たとえば、視聴者が立ち寄れる最寄りの販売店だけの広告を表示させることも可能なのです。

これは視聴者を地元の店へ誘導できるというメリットがあるだけではありません。全国で条件が変動する場合には、それをローカライズ、つまり地域ごとに異なるクリエイティブの広告を配信することができるようになったのです。すなわち、広告主や広告代理店は全国的な一大キャンペーンをプロデュースしながら、同時にローカルごとの異なる視聴者のセグメントに合わせることもできるようになったということです。しかも、これはリアルタイムに実現できます。たとえば、鼻炎薬のCMに花粉飛散情報を取り入れたり、日焼け止めのCMで紫外線指数を強調したりすることができるのです。

また、データはそのほかの用途にも利用でき、たとえばマーケティング担当者はリターゲティングや、ポジティブ(またはネガティブ)ターゲティングを活用できます。「このキャンペーンは、以前この広告を見たことがある人にフォーカスしよう」ということや「先週この広告を見なかった視聴者をターゲットにしよう」ということも可能です。データを活用し、広告キャンペーンを強化することができるのです。

▽ 特長2:有効性のテスト

プログラマティックTV広告では、マーケティング担当者が多数のオーディエンスに向けた大きな広告キャンペーンを行う前に、ABテストなどで異なる層に属する小さなグループに限定して広告の有効性をテストできます。事前にテストし、その結果を受けてプランをチューニングしたうえでキャンペーンを実施することにより、その広告効果を最大化させることが可能になります。これまでのTVCMのように、広告主が何億円も広告に費やし、その広告にどれほどの効果があるのか手遅れになるまで分からない、といったことをなくすことができるのです。

また、プログラマティックTV広告の場合は、ひとつひとつのTV広告の影響力の測定も可能です。測定後、編集や調整などの作業を実施して(テクノロジーの進歩によりこの作業も今は低コストでできます)、広告のパフォーマンスを大幅に向上させることも可能になったのです。これは将来的には、制作チームと媒体社や広告代理店などが連携して取り組んでいくようになるでしょう。

▽ 特長3:TVCMが中小企業と放送局へ開かれたものに

FacebookやGoogleを広告に利用する場合、広告主は非常に限定的な層をターゲットにでき、少額の予算でも広告を打つことが可能です。そのため、予算に乏しく、関連性のあるユーザーだけをターゲットにしたい中小企業や地方企業の広告主でも活用できます。

プログラマティックTV広告でも、TVを利用しながらも限定的な層をターゲットにできるようになります。これによりTVのマーケットは、今までは存在しなかったあらゆる種類のバイヤー、つまり中小企業や地方企業などへも開かれることになるのです。

なお、プログラマティックTV広告は、TV番組の制作方法を変える可能性も含んでいます。現在のTV局は大ヒット番組を切望し、低視聴率を恐れています。これに反して、プログラマティックTV広告では広告主のマーケティング担当者が限定的な視聴者層をターゲットにできるため、TV局は広告枠を適正な値段で売ることができ、低視聴率のニッチな番組も容認できるようになります。つまり、TV局は低視聴率だからといって、番組の制作予算を削らなくてもよくなるのです。その結果、放送局はNetflixなどの課金型のライバルたちのように、より実験的な番組を制作できるようになります。

▽ 特長4:スポーツ中継の課題を解決

従来型の放送では、スポーツ中継のTVCMは課題を抱えていました。試合の中断(審判による長い協議、乱闘、雨天休止など)に備えて、すぐに広告を準備し、放送できるようにしなければならなかったのです。

しかし、プログラマティックTV広告の技術の進展により2018年には、全てプラットフォーム上で事前処理できるようになりました。この夢のような話は、オーストラリアではすでに現実のものになっています。昨年10月、最大手メディアのセブンはラグビーリーグのワールドカップでマクドナルド、Coles、Telstraなど有名どころのクライアントのアドレッサブルコマーシャルを放送しました。この時は、初期バージョンのソフトウェアが視聴者の行動、ロケーション、年齢、性別によってターゲティングしました。今年1月には、テニスの全豪オープンでも同様にこの技術が利用されました。

図2

▽ 特長5:データ収集と共有

プログラマティックTV広告の世界では、Cookieを収集する従来のデスクトップウェブサイトとは異なり、TV局は認証された加入者データを収集することができます。

たとえばTV局は視聴者に対し、ユーザー登録時にアンケートを促し、サードパーティのデータと視聴した番組を通じたユーザープロフィールを構築できます。TV局は、その視聴者が経済番組をよく見ているかどうかを知ることももちろん有用ですが、そうした視聴者をさらに深く掘り下げて調査し、いつ、どのようにターゲットと設定するのか想定することができます。そうすることで、たとえば視聴者が同じ広告を3回見た後に、少しだけ違うバージョンの広告を表示することで、広告が視聴者の脳裏に焼き付いて、単なる背景のノイズになってしまうことを防ぐ、といった活用も可能です。

なお、TV局が得た視聴者データを、広告主の持つデータと匿名の形でリンクさせることも可能です。

図3

▽ 特長6:遅延とラグを最小化する機能

動画がスタートせず辛抱強く待たなければならなかったり、スマートフォンの画面が完全に真っ暗になってしまったりする経験はないでしょうか。考えられる原因のひとつは、プログラマティックTV広告の配信プラットフォームが、フラットで2Dなウェブサイト向けにデザインされていたからです。これは、多くのシステムが「ウォーターフォール」型と呼ばれる、どの広告主が広告を配信するか選択するシステムを採用しているために起こります。原則として、TV局が設定した金額に対して、最高値を付けた企業に広告枠が提供されますが、仮に取引が成立しなかった場合は、二番目の値段、三番目の値段と順繰りに入札が行われていきます。

つまり、入札が少ない場合は、視聴者は動画がなかなか始まらないことに耐えるしかありません。逆に、ユーザーがラッキーであれば、損をするのは放送局かもしれません。マーケティング担当者が、予算の大半を惜しみなく費やせるように、優先順位を低くすることは珍しくありません。

ウォーターフォール型の技術では、配信先を十分な速さで確保できません。もしバイヤー候補の選定にそれぞれ0.5秒かかったとすれば、NOと10回決定するまでに5秒遅延します。広告配信の遅延は、通常のウェブページでは問題になりません。なぜなら、コンテンツの配信は遅延していないからです。ところが動画配信の場合は、視聴者に広告の遅延が直接配信されてしまいます。そこで現在は、新しいプラットフォームが開発され、放送局は同時に複数の広告主にスロットを販売できるようになりました。これによりメディア運営者の利益は大きくなり、視聴者にとってもこれまで以上にスムーズな動画配信が実現されました。

最後に

プログラマティックTV広告の世界では、広告主が自動車メーカーであれば「異なる視聴者に異なる車体の色の広告を見せる」「子供がいる視聴者にだけ、後部座席の乗り降りがしやすいことをアピールする」「視聴者自身で車を回転させて車全体を見る」「視聴者にオフロードと都心のどちらにドライブに出かけたいかアンケートする」など、マーケティング担当者がかつて夢見ていたことの多くが実現できてしまいます。その世界がもうそこまで来ているのです。

ABOUT 原田 健

原田 健

SpotX inc.
カントリーマネージャー 日本

PCやモバイルなどのデバイスで広告収益を最大化する動画用広告配信プラットフォーム「SpotX」の日本のカントリーマネージャー。大手広告代理店と戦略的なパートナーシップを結び、国内パブリッシャーの在庫のマネタイズに取り組む。 デジタル広告業界で約20年の経験をもつ。黎明期のバナー広告を皮切りに、アフィリエイト、リスティングとキャリアを重ねた後、2012年からはオーストラリアの独立系トレーディングデスクSparc Media(日本マネージングディレクター)でプログラマティック分野に移行。その後も国内最大級のトレーディングデスクs1o interactive(海外事業戦略室シニアディレクター)やフィンランドのSSP企業Kiosked(日本カントリーマネージャー)で、広告サプライチェーンと広告代理店のニーズに関する知見を深めてきた。