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「ぜんぶ議論しよう!」アプリマーケティング業界の課題と展望(前編) [インタビュー]

スマホの普及とともに成長を続けるアプリ業界。産業規模は一兆円を優に超えており、ここで生み出されるマーケティング需要も数千億円規模に達している。Webプロモーション領域とはやや異なる独自の業界エコシステムも見られるこの領域だが、どのような業界課題や可能性があるのか?

本稿では、長い間業界に深く関わっているベテランたちが、日々の業務の中で日々感じていることについて、アプリマーケッターが取り組んできたことや普段感じてきたことをフックにした議論を、2回に分けてお届けする。

なお今回は、日々の業務を通して感じることを、出来るだけ語っていただくために、会議室の場から環境を変えることにした。普段業界関係者がビールを片手に議論することが多いという、恵比寿界隈の居酒屋でお話を伺った。

(聞き手:ExchangeWire Japan 野下 智之)

■広告主:覆面アプリマーケッター
■バイサイド・DSP:天野 耕太氏(Liftoff Country Manager, Japan and Korea)
■セルサイド・SSP:池田 寛氏(Supership株式会社 サプライ事業部 事業部長(Ad Generation責任者))

※取材協力:十兵衛(東京 恵比寿 )

アプリマーケッターという仕事の現状

― まずは覆面さんのお仕事についてお聞かせください

覆面氏 私は、某デジタル系広告代理店を経て、現在スマホアプリのマーケッターをしています。多い時では月1億円程度の予算を運用しています。広告の出稿は代理店を通して行っています。

KPIとして普段追っているのは、短期的にはCPIですが中間ではCPA、本質的にはROASです。デジタル以外でも、CM等の制作などにも関わってきました。

媒体の買い付けは代理店を通して、基本的にはSNSやアドネットワーク全域を中心に行っています。あとは、アフィリエイトやゲーム系ではYouTuberを使った企画などですね。

天野氏 マーケッターの方は、日々どのような業務をしているのですか?

覆面氏 主にはレポートのチェック、効果状況のトラックや各種施策に伴うアクションの依頼を代理店に対して行います。また、バナーの掲載可否チェックをしたり、新しい媒体の提案を受けたときには、それに対するフィードバックをしたりというような事も行います。それに加えて、目標KPIや予算の提案、各種仕組みの実装依頼や提案、実装サポートなどゲームの開発陣とのコミュニケーションもありますね。

天野氏 クリエイティブは代理店が作るのでしょうか?

覆面氏 はい、そうです。プロダクトに対しての理解が深い内部で作るのが理想なのですが、リソースの問題や、他社の実績も持っている代理店に依頼するのがベターだと現状では思っています。サービスの顔となる広告ですので、私たちが代理店を評価する際には、クリエイティブは当然重要なポイントになります。それは開発チームも同じ認識です。なので何らかの要因で、中の人に対して見せられないクオリティーのモノが上がってきたりすると、どうしようってすごく困りますね。(苦笑)

天野氏 覆面氏は代理店が出身だから代理店のことをよくわかっていると思うのですが、そのうえで代理店の役割についてどのように感じていますか?

覆面氏 代理店の役割として期待しているのは、第一に人的リソースです。手数料やスピード感を考えると理想はインハウス運用なのですが、人材の確保と維持が難しいので代理店にその部分は担っていただいています。また、幅広いクライアントと、幅広い媒体さんのハブになっている代理店は、沢山のノウハウや情報を持っています。そのノウハウや情報の適切な提供と、活用支援を第二の役割として期待していますね。

天野氏 インハウスだと媒体のアップデートされた情報が入りづらくなることも、あるようですしね。

覆面氏 一定額以上の出稿をしているとか個人的な関係のある媒体だと、直接アップデート情報を貰うことが出来ますが、そうでないと難しいですね。

池田氏 まあ、飲みましょう。代理店は何社とお付き合いがあるのですか?

覆面氏 私の担当している範囲では5社ほどの代理店とお付き合いがあります。1広告主が2アカウント以上を持つことを禁止している媒体以外では、原則配信先のOSで担当代理店を分けさせてもらっています。

 

天野氏 OSで担当を割ると、各代理店は、OSごとにしか最適化がかけられなくなりますよね?

覆面氏 はい、そうです。指標を揃えればいいだけなので。全体予算の最適化は私たちの仕事だと思っています。

天野氏 そうすると、マーケティング全体のグランドデザインは広告主自らが行って、代理店をそこに巻き込むというよりは、簡素化したものをサポートしてもらうということですね。

覆面氏 はい、そんなイメージです。

天野氏 代理店側の何か課題として感じていることはありますか?

覆面氏 人材育成はどこの代理店も課題として認識されているのではないでしょうか。この界隈は広告主側のビジネス環境が変わるのがとても速く、現場を教える立場にいる、マネージャークラスの人が現場にいたときに成功したメソッドが、今の現場では通用しないということがあるのではないかと。ただ逆の言い方をすると、若手にとってはチャンスがたくさん転がっている業界だともいえますね。

池田氏 当時とは媒体も違うし、KPIも変わってきますよね。さあ、飲んで、飲んで。

覆面氏 はい。おっしゃる通りです。

単純ではない、媒体選定と予算配分における意思決定

― 広告予算はどのようにして決まるのですか?事業部から持ってくるのでしょうか?

覆面氏 私の場合は、予算というよりは、予算を投下する指標をあらかじめ決めて事業部と握っています。「ROAS何パーセントであれば投資していい。」という意思決定です。予算編成としては、ウチのようなパターンか、あるいは一定の期間内でいくらというように決まっているパターンのどちらかなんじゃないでしょうか。

天野氏 私たちのような媒体側に対する代理店からの見積もり依頼は、「おたくでは何件獲れますか?」という内容になるのですよね。そのとき、ROASを合わせるための中間KPIとしてCPIを置き、それに対して合うCPIで何件取れるかが、媒体側に問われます。

固定CPIで依頼を受けたDSPやアドネットワークは、それをもとに運用をします。その結果が良ければ予算の投下を受け続けられますが、悪ければ止められてしまいます。

代理店からすると、インストール数を獲る必要があります。クライアントに対して、「色々やりましたけど、目標のユーザー数を獲れませんでした」と言うことは当然避けたいのだと思います。

池田氏 最近は、「CPI、インストール数ではなく、ROASが重要だよね」という話が広がってきて、アプリやWEBのメディア側からすると、ユーザーは少なくても、(例えば、ゲームに課金してくれる)優良なユーザーが多いほうが媒体価値は高い、というような良い流れになっていると思ってました。

ですが、今の話を聞く限り、結局は短期的にCPI、インストール数が求められるということであれば、ROASが計測できるタイミングを待てずに配信を止められてしまう。ということは結果、ボリュームが取れる媒体に予算が寄ってしまうんですかね?

天野氏 代理店もリソースが割けないという状況の中では、大手媒体以外にも手を広げたいけれども広げられないという状況になりますよね。

池田氏 覆面さんは、やはり日常的にはCPIやインストール数に重きを置いているのですか?

覆面氏 一番重視するのはROASですが、新しい媒体を始める際にまずチェックするのは獲得件数と獲得単価です。Facebookで何件、LINEで何件というところを、やはり見てしまいます。なぜならば、一定の件数を獲得できないとROAS云々を言うまでの次元には至らないからです。あと、一点加えるとしたら代理店が売りたいと思っている媒体であるかどうかという点です。例えばアワードがある大型媒体などは、時期によって特に代理店さんがプッシュする印象があります。そういったケースだと、運用にかけるリソースも大きく割いている場合が多いと思いますね。

池田氏 仕入れ額があと1000万円でゴールドパートナーになれるか、シルバーかの瀬戸際なら、それは全力でプッシュするのが普通ですよね。わかりやすい称号は、クライアントへの印象として違いがありますしね。

覆面氏 私も代理店で仕事をしていた時、新規の営業資料には、必ずその情報は入れていましたね。(笑)

天野氏 ランキングの差だけでコンペの時に弱くなることもありますよね。媒体側が作るランキングによって情報格差が出来る可能性はあると思います。

覆面氏 代理店さんと媒体さんとがどのような力学で動いているのかを考える癖はマーケッターには必要だと思います。

池田氏 「大人の事情」。どの世界でもあるんですね。

天野氏 ですので、媒体側がコミットしていない成果を、代理店側がコミットすることもありますよね。例えば媒体側はCPIではないのに、代理店側がCPIで案件を受けるというようなことです。

天野氏 効率的に運用していく上では、やはり仮のKPIとしてCPIを重視するのでしょう。一方でマーケッターは、日々のレポートチェックにおいては、どこまで指標を深くみている感じなのでしょうか?

覆面氏 毎日見ているのはCPIと獲得件数(投下金額)です。そこでもしなにか異常があれば、どこの媒体、そしてどのキャンペーンで起こっているのかということを見ていきます。
ROASについては、1日単位で見ても意味はないので、1~2週間単位、あるいは何か異常があった時に見ています。配信面毎のパフォーマンスの確認は、特に問題がなければ通常は月次での確認です。
あと、媒体の予算を組み替えるタイミングや、どこまでを代理店さんに裁量を委ねているのかについては、ケースバイケースです。代理店にお任せしている場合にも、報告は都度戴くようにお願いしています。正直この頻度や粒度は代理店の担当の方との信頼度合いに応じてきますね。当然、全体予算を増やす提案を頂いた時は、増やす媒体とその理由、獲得見込や撤退ラインなども同時に提案いただきます。

バイサイドからみたアプリプロモーションの課題

池田氏 代理店も広告主も経験している覆面さんからみて、今のアプリのプロモーションにおいて何が足りていないと思いますか?課題として感じていることは? もっと飲んで、本当の話をしましょう。

覆面氏 目下自分の課題ではあるのですが、ユーザーのことをもっと深堀して考えなきゃいけないなと感じています。エクセル上の数字でプロモーションの効果を語れしまうからこそ、それ以外の情報量が相対的に少ないと思います。この数字の裏にはどういう人がいて、どういうモチベーションでいるのか、なぜこのゲームにお金を払っているのかというようなことですね。

私たちのようなデジタル畑のマーケッターの方で、株式のトレーダー業務をやっているような感覚になった瞬間がある方は多いのではないかなと。

天野氏 マーケッターがトレーダーになっているという話は、すごく面白い意見です。デジタルが悪いというわけではないでしょうが、一般的なブランドの広告の業界ではエンドユーザーのペルソナ分析をし、そこに対してマーケティング施策を考えて実行に落として行くのだと思いますが、ダイレクトレスポンスのマーケッターに関しては実行の部分が重いからか業務内容がトレーダーに徹するという状況になりえますよね。ことゲームの業界をはじめとするアプリも顕著かなと感じます。

池田氏 分かりやすく数字で見えてしまうからこそ、そこだけに頼ってしまって本質を見失う懸念もありますね。代理店の方から、自社のサービスについて意見を貰って、ハッと気づきを得ることはありますか?
私はサプライサイドですが、自分がそのアプリを使うことで、当然ですがマネタイズにも気持ちが入ります。ユーザー目線で広告位置、フォーマットを考え、ユーザーエクスペリエンスの低下を最小限にしなきゃな、と。
代理店の方も、そういう想いでいたら、クライアントが気づかないことを提案してくるのではないかなと。

覆面氏 もちろん、そういう提案をしていただける方もいます。そこは担当者により様々ですね。

池田氏 ともすれば、あまりにトレーダーに徹してしまうと、自社やクライアントの商品に対する思い入れの強いマーケッターが減ってしまうのでは、と心配です。
「CPIいくらでユーザー獲得しておけばいいんだよ。」というようなことだけで終ってしまうのは寂しい気がします。とりあえず、私、飲みますね。

覆面氏 確かに、少し前までは、そういう人もいたのではないかなと思います。ですが、個人的な感覚では、今はその状況も変わってきているのではないかと思っています。
ここ数年でスマホアプリプロモーションの業界は、市場環境が変わりました。例えばかつては、「リワードだけをやっておけば数字が上がる」というような状況でした。これはどこのメディアにどのタイミングでどの件数消化するように、という発注をするかという世界観です。ゲームのことが好きでなくても、リワードを使ったランキング上げのロジックを理解できていれば、マーケッターは務まったのです。

池田氏 「ROASが重要」と言いながらも、CPIやインストール数が分かりやすい最有力な指標として使われた瞬間に、一時的とはいえ「ROASが重要」ではなくなります。その数値が先走ってしまうことにより、色々なひずみを生んでいき、最後にはインストール数や、成果を偽装するような状況も誘発してしまうのです。

後編に続く)

ABOUT 野下 智之

野下 智之

ExchangeWire Japan 編集長   慶応義塾大学経済学部卒。 外資系消費財メーカーを経て、2006年に調査・コンサルティング会社シード・プランニングに入社。 国内外のインターネット広告業界をはじめとするデジタル領域の市場・サービスの調査研究を担当し、関連する調査レポートを多数企画・発刊。 2016年4月にデジタル領域を対象とする市場・サービス評価をおこなう調査会社 株式会社デジタルインファクトを設立。 2021年1月に、行政DXをテーマにしたWeb情報媒体「デジタル行政」の立ち上げをリード。