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メディアのブランドセーフティを考える [インタビュー]

サイバーエージェントグループでメディア向けソリューションを提供する株式会社AJAは、2018年9月に、月間ユーザー数100万人以上のメディアで広告ビジネスに関わる関係者を対象に、メディアのブランドセーフティに関する調査を実施した。

ここでいうメディアのブランドセーフティとは、メディアが、アドネットワークやSSPなどを通して、第三者から自社メディアにとり不適切な広告配信を受けることによる、メディアとしてのブランド毀損を防ぐことを意味する。

この調査結果を受けて、日本経済新聞社 デジタル事業 メディアビジネスユニット 部長 國友康弘氏と、AJA取締役 小越崇広氏に、お話を伺った。

(聞き手:ExchangeWire JAPAN 野下 智之)

メディア側も感じているブランドリスク

AJAさんがこの調査を実施した背景についてお聞かせください

グラフ1:Q. 配信する広告に対してユーザーからクレームを受けたことがありますか?

 

小越氏 きっかけは2つあります。1つは常々思っていた課題として、私がAmebaブログのマネタイズを担当していたときのことです。

Amebaブログは、2015年頃から、外部アドネットワークからの広告配信を受けることになりました。それまで、広告を自社の考査基準で考査していたのですが、アドネットワークからの配信を受けるようになって以降、法に抵触する恐れのあるような表現をしたものや不快に感じてしまうようなクリエイティブを使った広告が掲載されそうになることがありました。そして、驚いたのが、それをアドネットワークの方に伝えても理解いただけず、「でもCTRとCPAもいいですよ。なぜ止めるのですか」ということを言われたことすらありました。このような経験がきっかけの1つ。最近では事業者側で止めていただけるようになりましたが、当時はとても苦労した覚えがあります。

グラフ2:Q. 不適切な広告やユーザーが不快に感じる恐れのある広告を配信することでユーザーが減少するなどのリスクがあると思いますか?

もう1つは、最近広告主側におけるアドベリフィリケーションの話題が盛り上がっていていることです。私自身とてもいいムーブメントだと思っています。このタイミングで改めてメディアサイドでのブランドセーフティについても議論するべきだと思い、他のメディアさんの実態把握を目的としてアンケート調査をすることになりました。

この調査をご覧になられて、國友さんはどのような第一印象でしたか?

國友氏 調査結果が肌感覚と近いと感じました。今、私はパブリッシャー・マネタイゼーション研究会という組織で、一次コンテンツをしっかりと作っているメディアのみなさんと収益化の方法を考え、議論する勉強会に参加しています。

広告であれ、イベントであれ、コンテンツコマースであれ、持続可能な収益向上には、まずユーザーが尊重されるべきという認識は参加者に共通していると感じます。一方でその姿勢が適正な利潤に繋がらないと、広告掲載可否はもとより、取材や事実確認、技術への投資など、価値のある情報を届ける体制を維持するのが難しい、という問題意識を参加者から聞きます。そもそも人数が少なく、必要な対策を検討・実施する余力がないと。

グラフ3:Q. 不適切な広告やユーザーが不快に感じる恐れのある広告を配信することでのリスクについて社内で協議したことはありますか?

人数が少ないゆえに、デジタル広告におけるマネタイズ手法の主流が「プラグ&プレイ」になっているのではないかと。SSPやアドネットワークに接続しました、あとは案件をよろしくお願いします、ということですね(プレイ=pray=祈るの意味)。

しかし、それで広告メディアとしての価値は伝わるでしょうか。コンテンツの価値はもちろん、どんなオーディエンスと、どのくらいの頻度で接触しているか、そして「どんな広告を掲載しないか」というブランドセーフティ―な環境をもとに、どんなコミュニケーション環境がご提供できるのかを説明する。そうすることでメディアの価値を理解していただけると考えます。

広告とは、ユーザーのメディアへの信頼を広告主にお分かちする商品

國友さんにお聞ききします。掲載する広告に関しては、日経さんはものすごく厳しい審査をされていると思いますが、それでも読者から意見を受けることはあるのでしょうか?

國友 康弘の写真

國友氏 はい、「自分はコンテンツを読むためにこれだけのお金を払っているのだから、動画広告などでチラチラ目線が奪われるとコンテンツに集中できない」という有料会員の方からのお叱りをいただくこともあります。

広告クリエイティブの表現だけでなく、広告がコンテンツの視聴を妨げることに対する声もあるということでしょうか。

國友氏 そうですね、残念ながらゼロではありません。このため、広告枠の設定にあたっては部門間でユーザビリティと広告収益のバランスを慎重に探り、上層部が決定します。

アプリに多いですが、「広告を見たくなければ有料版で」というビジネスモデルで出し方、内容ともに好ましくない広告をよく見ますよね。「価値のある情報です」と、ユーザーに胸を張って言えるような広告をお届けしなければならない、と先輩たちに教えられましたので、このようなモデルは広告ビジネスを侮辱していると感じます。 「悪貨は良貨を駆逐する」という言葉がありますが、デジタル広告がそうなってはいけないと考えます。

広告とは、ユーザーの貴重な時間とデータをお預かりして、メディアはそれに見合ったコンテンツを広告も含めてご提供するという信頼関係があって、その信頼関係の一部を広告主様にお分かちする商品であると考えています。

そうであれば、そこに掲載されるクリエイティブはユーザーとの信頼関係を損なわないことが、それぞれのメディアが持つべき広告掲載の基準ではないでしょうか。

日経電子版における広告掲載の審査のフローはどのようになっているのでしょうか、

國友氏 通常は2段階で、全て目視でおこなっています。まずは広告配信設定のチームで確認し、そこからエスカレーションされた、文言やクリエイティブの微妙な原稿を査閲経験の豊富な人間が確認、必要があれば上層部の判断を仰ぎます。

日経電子版は、業界で最も厳格であるという印象を受けます。一方で他のメディアはどのような状況なのでしょうか。

小越崇広氏の写真

小越氏 2種類に分かれます。1つは完全に第三者のベンダー、SSPやアドネットワーク、RTBでマネタイズされているメディアと、自社で純広告、自社広告をある程度出しながらあまりの枠を第三者のベンダーに出す、という2種類ですね。

RTBやアドネットワークのクリエイティブ考査のタイミングに関しては、事後なのか事前なのかはそれぞれのメディアによって異なります。

審査についての何らかのトレンドは見られますか?

小越氏 事前審査をするメディアが増えてきたという印象があります。特にアドネットワークからの配信において多くみられます。

このトレンドはこれまで審査の体制が整っていなかったメディアにとっては、担当者の作業負荷が大きく、大変な思いをしながらやっている状況です。

バイサイドのブランドセーフティは、ここ1、2年の間メディアでも大々的に取り上げられてきました。一方でメディアサイドのいわばブランドセーフティについては、議論がされているのでしょうか?

小越氏 残念ながら、まだあまり議論されていない状況ですね。しかし従来、メディアビジネスを考えてみると当たり前のように議論されてきた話なんですよね。メディアのブランドを守るということは、ひいてはメディアを利用するユーザーを守ることにつながります。影響力の増した今だからこそ、デジタルメディアが向き合うべき課題のひとつかと思います。

メディアからもしっかりと発信する体制を

もう少しメディア側からの声が上がってもいいのかなとも思いますが、何故あまり議論が聞かれないものなのでしょうか?

國友 康弘の写真

國友氏 一般論ですが、マスメディアの広告単価なら賄えた体制が、デジタル広告の販売単価では維持できず、ブランドセーフな環境づくりが単価の向上に必ずしもつながっていない、という現実があります。

メディア側でいうと、「短期的には掲載すれば売り上げが作れるが、長期的にメディアブランドのイメージが落ちるからこの広告は掲載しないほうがよいと思います。」と、社内で言える空気が議論の土台になります。ブランド側も一緒で、CPCやCPAだけで広告効果を見ていたら、どのようなところにでも広告を配信すればいいということになるのではないでしょうか。

小越氏 おっしゃる通りですね。デジタルは指標が見える化出来るので、定量的なデータのみに最適化される傾向が多少なりともあるように思います。しかし、そのままのスタンスでいれば長期的には損しかねないということを現場の担当者だけでなく経営層も含めて理解するべきではないでしょうか。また私たちは、良質なコンテンツを提供しているメディアがきちんと収益を得られる仕組みを形成することで支援していきたいと考えています。

AJAさんが、AJA GREENというメディア側のブランドセーフティをプロテクトするツールをリリースしたのは、今の市場環境の背景を受けての取り組みでしょうか?

小越崇広氏の写真

小越氏 その通りですね。これまで我々が感じていた問題意識への解決策として「AJA GREEN」というソリューションの提供に至りました。

これまでのソリューションですと、ブラックリストは収益性は担保されやすいですが、安全性は心もとない。一方、完全なホワイトリストは安全ですが、収益性が十分ではない事がある。我々はそのどちらでも無いアプローチでメディアのブランドを守りながら収益性を高める事に挑戦しています。「AJA GREEN」での審査にでは、AIを使ったフィルターを作っています。審査するクリエイティブの量は膨大になるため、人の目で1件1件見ていくのは難しい状況です。

最終的には人による判断は必要になります。ですが1から10までのうち、5ぐらいまではAIが判断できるようには出来るとは思っています。

我々はアドテクの事業者として、メディアの立場に立った意見をしつつもソリューションを提供することで、メディアの抱える課題を解決していきたいと考えています。

メディア側のブランドセーフティについての議論が今後メディア側で起こっていきそうでしょうか?

國友氏 「メディア」にもいろいろあります。繰り返しになりますが、私がお会いしている一次コンテンツメディアのみなさんはブランドセーフティへの課題意識をお持ちですので、議論は上層部でも、私たち現場でも進むと思います。広告主側のツールで選別されるのを待たず、メディア側が努力して、ブランドを毀損する広告のないページを作り、その価値を認めていただけるよう、議論が盛り上がるといいですね。

また、広告以外の多様な収益化の手法が持てれば、小越さんのおっしゃる6から10までにあたる広告審査の体制を充実させるメディアも増えるのではないかと考えます。 コンテンツとオーディエンスで競争しながらも、収益化の知見はメディア同士で共有することが望ましいですね。

ABOUT 野下 智之

野下 智之

ExchangeWire Japan 編集長   慶応義塾大学経済学部卒。 外資系消費財メーカーを経て、2006年に調査・コンサルティング会社シード・プランニングに入社。 国内外のインターネット広告業界をはじめとするデジタル領域の市場・サービスの調査研究を担当し、関連する調査レポートを多数企画・発刊。 2016年4月にデジタル領域を対象とする市場・サービス評価をおこなう調査会社 株式会社デジタルインファクトを設立。 2021年1月に、行政DXをテーマにしたWeb情報媒体「デジタル行政」の立ち上げをリード。