交通広告とインターネット広告の分断を乗り越える―媒体を有する総合広告会社の挑戦、メトロ アド エージェンシー〔インタビュー〕
東京メトログループの広告会社であるメトロ アド エージェンシーが、駅デジタルサイネージとYahoo! JAPANへの動画広告の同時配信に乗り出した。デジタルサイネージの普及後も分断されていた交通広告とインターネット広告が今後は統合されていくのか。新型コロナウイルス感染症拡大の影響はどうなのか。オンライン取材を通じて話を聞いた。
(聞き手:ExchangeWire Japan長野雅俊)
交通広告専門から総合広告会社へ
―自己紹介及び貴社の事業紹介をお願いします。
井上氏:メトロ アド エージェンシー(以下:メトロアド)の営業企画局 アーバン ライフ メトロ事業部に所属する井上達也と申します。当社は、東京の生活に欠かせない交通インフラである「東京メトロ」の様々な広告媒体を有する広告会社です。その中でも、私たちが所属する営業企画局は特にマーティング・コミュニケーションの領域を支援しています。
高澤氏:同じく営業企画局デジタルソリューション部に所属する高澤邦宏と申します。私はもともとインターネット専業の広告会社におりました。デジタル部署の立ち上げに伴い、メトロアドに入社しました。
―主に東京メトロの交通広告を販売しているのですね。
井上氏:確かに事業会社として設立された十数年ほど前は東京メトロの交通広告販売が中心でした。交通広告には指定代理店制度があり、指定代理店だけが直接的に媒体の販売を行うことができます。東京メトロの指定代理店は当社を含めて13社ありますが、「東京メトロの交通広告を出すならその窓口となるのはメトロ アド エージェンシー」というご認識の下でお問い合わせをいただくことが多いというのも事実です。
またあくまでも一般論として、テレビなど広告予算の多いメディアを優先してプラニングしていくことが多いため、マスメディアやインターネットメディアばかりに注力し、交通広告にはプラニングに時間をほとんど割かないということが往々にして見られます。しかし、交通広告は路線や駅、駅でもどの出口で出稿するのかなど実際は細かなエリアマーケティングのノウハウが必要でプラニングにも時間がかかります。交通広告にもしっかりとしたメディアプランを求める広告主様には当社のように交通広告を得意としてきた広告会社にご依頼いただくことが多いです。
当社はこれまで東京メトロの交通広告の販売を中心にしてきましたが、地下でも携帯電話の電波が入るようになり、実際地下鉄車内でスマホをご覧になっているお客様も多く、東京メトロの媒体と組み合わせて相乗効果をもたらせることができるインターネット広告も販売しようという機運が数年前から高まってきたのです。また広告主様からも生活導線で日常利用している交通広告とスマホの相性が良いため、シナジーを生む「交通×デジタル」の提案が求められる機会が増えてきたこともあります。この数年は大手広告代理店やインターネット広告専業代理店、また広告主から経験者やスペシャリスト採用をするなどして、インターネット広告販売を強化しています。
Yahoo! JAPANとの同時配信が実現した経緯
―3月より東京メトロのデジタルサイネージとYahoo! JAPAN ブランドパネルの同時配信が開始されました。その概要をお聞かせいただけますでしょうか。
井上氏:Yahoo! JAPAN様では以前から同サイトのトップページに表示されるブランドパネルへの広告掲載と静止画データからの動画制作をパッケージ化した「チラシビジョン」というユニークなメニューを用意していました。今回の取り組みは、このメニューに東京メトロの主要駅に設置されたデジタルサイネージ動画広告配信を組み合わせた上で、130万円からという非常にお得な価格でご案内しているものです。
さらにYahoo! JAPAN様にはこれまでブランドパネルにはなかった「東京都23区限定のエリア配信」をご用意してもらい、また当社は通常よりお得な価格でかつ一般販売していない広告枠も含めて提供しています。
東京メトロとYahoo! JAPAN同時配信の仕組み
資料提供:メトロ アド エージェンシー
―本メニューに東京メトロの車両メディアは含まれていないのですね。
井上氏:車両メディアにおけるドア上のデジタルサイネージは含まれておりません。尚、車両メディアと駅メディアでは役割が大きく異なります。同じ交通広告でも、車両メディアは視認性が高い一方で、どの地点で動画広告が流れるか分からないという意味ではエリアごとのターゲティングができない。つまりマスメディアと同じような性質を持っているのです。小田急線やJR常磐線と相互乗り入れしている千代田線などは、よりこの傾向が強まります。
一方の駅メディアであれば、緻密なプラニングやターゲティングを行うことができます。例えばビジネスマンのみを対象とした広告であれば、大手町駅や新宿駅でのジャック広告を出稿するなどの手法があり得ます。Yahoo! JAPAN様のトップページと合わせたエリアごとの配信を実現する上では、駅メディアの方が適しているのです。
―130万円~という料金設定はどのように決定したのでしょうか。
井上氏:ヒアリングを通じて「動画広告を流したいが、動画素材が用意できず動画制作費も高くなりそうなので今までやったことがない。さらに動画制作費と媒体費の両方を合わせると予算オーバーしそうなので検討したことがない」という広告主様の状況を具体的に想定した上で料金設定をしました。例えば、地方自治体が物産展や観光PRを都心部で行いたいが、予算は200万円ほどしかない。この場合、場所代、人件費、その他雑費で50、60万円はかかるので、広告費は130万円以内に収めたいということになる。この130万円で最大効果を実現するためにパッケージ内容を検討及び様々な調整を行いました。
高澤氏:東京メトロは首都圏の沿線が強みのため、Yahoo! JAPAN様にも「予算内で、東京23区限定の配信が実現できないか」とお願いしました。同社のブランドパネルを通じた東京都23区の配信ではこれまで「一区につき60万円の最低出稿金額×23区」という配信手法しかなかったため、今回は23区限定という新たなセグメントを作成していただきました。
デジタルサイネージのプログラマティック配信の実現へ
―これまで多くのデジタルサイネージ広告はデジタル広告として扱われながらも、その他の配信システムと連携しておらず、プログラマティック連携が積極的には行われてきませんでした。
井上氏:今回の取り組みにおいても、Yahoo! JAPAN様を含む他の配信システムとの連携やプログラマティック配信は実現していませんが、プログラマティック配信を実施するための実証実験は既に終えています。ただ本パッケージの販売対象はそもそも動画広告のクリエイティブを持ち合わせていない事業者なので、その他のプラットフォームを通じて流している動画広告をそのまま流用したい、という需要は少ないと考えていることと、現在は東京メトロの各駅へのデジタルサイネージの設置作業がひとまず完了したばかりでもあり、時期尚早との判断です。
高澤氏:東京メトロには首都圏へ通勤するビジネスマンを中心に1日約760万人(関東交通広告協議会「乗降人員・通過人員・輸送人員」2018年度1日平均)の旅客が乗車します。他の路線やインターネット広告にはない価値があると自負しています。プログラマティック連携を進める上での課題もありますが、安易に膨大なネットワークと接続して、広告単価を下げていくことは避けたいと思っています。
ただ、時期や媒体によっては空き枠が生じることもあります。路線・立地・ターゲティングに伴い適正な広告単価で出稿が実現できるネットワークやパートナーとつながりたいと考えています。この辺りは慎重にかじ取りする必要があります。
―プログラマティック配信以外ではどのような先進的な取り組みがありますか。
井上氏:天気や花粉などの指数に応じて広告を出し分けることができるダイナミックデジタルOOHは実現していますし、Yahoo! JAPAN様に限らず、その他のインターネットメディアやタクシーなどの他メディアとの連携も進めています。今年度からは音声コンテンツや音声広告にも取り組むため、ラジオ局様と新たな音声広告商品の開発を進めています。
さらにはBeacon連携を通じた広告配信の最適化などにも着手しているのですが、新型コロナウイルスの感染拡大を受けて、こうした取り組みに向けての動きが鈍化しているというのが現状です。
―新型コロナウイルスの感染拡大の防止を目的とした外出の自粛は長期化する可能性があります。貴社では今後どのように対応していく見込みですか。
井上氏:テレワークへの移行に象徴される勤務形態の変化に応じて、広告プランニングのあり方も変えなければいけないと考えています。社会構造の変化に伴い、東京メトロの媒体だけでなく生活導線で利用するタッチポイント全体の設計の見直しが必要になります。この仕組みを構築するための取り組みの一つとしてはアプリ開発が挙げられます。
東京メトロには、交通インフラを担っているという大きな強みがあります。MaaS(モビリティ・アズ・ア・サービス)などの新しい概念の具現化が進むと、様々なアプリを通じて多くの人々に利用いただけるはずです。また公共交通機関としての信頼を得ていることから、厳重に管理した上で適切な手続きを取れば、位置情報や会員情報などの扱いにおいてもユーザーの理解を得ることができると考えています。
高澤氏:社会構造の変化に対応するべく媒体価値の維持・向上の取り組みもスタートしています。Yahoo! JAPAN様をはじめとした各メディアとの連携もその1つです。また最近ですと、広告主や広告に出演した著名人やインフルエンサーがSNSなどで「今、○○の広告がメトロで流れています」と自然に告知してくれています。その投稿やリリース記事がネットニュースに転載されるケースも出てきています。
交通広告とデジタル広告が分断されてきた理由
―デジタルサイネージ広告における現時点での最大の課題は何ですか。
高澤氏:インターネット広告と同じ要領で、定量的な効果測定ができないことは課題です。スマートフォンの捕捉データや連携アプリのアンケートで効果測定しているケースはあります。ただ、過去の捕捉データによる推計(≠出稿時のリアルタイムデータ)だったり、母集団に対して充分な捕捉データやアンケート回答数が得られない、広告接触後の実際の購入や態度変容につながったデータまで計測することが難しいなどの課題があり、一般化まで至っておりません。アイトラッキング(視線計測)や表情分析などの技術も出てきていますが、プライバシーの観点から懸念事項も多く、まだ実現しておりません。
そのため現状では、交通広告に強い会社とインターネット広告に強い会社が分かれています。また、経営層から定量データに基づいた報告を求められている企業の広告・宣伝担当者からも敬遠されがちです。交通広告は視認性も高く、ホワイトな掲載面なため、本来の価値を示していく必要性があります。
―いずれは交通広告とインターネット広告を同一指標で評価することができるようになるのでしょうか。
指標という点では、インターネット広告と交通広告の1インプレッションを同義に捉えられることに疑問を持っています。基本的にインターネット広告はPCやスマートフォンなどの利用者向けなので1インプレッションにつき届く相手は1人ですが、交通広告は1インプレッションで複数の乗客に届くため、1インプレッションで接触する「広告到達人数」が違います。
広告到達人数ベースでCPM換算をすると、東京メトロのデジタルサイネージ広告は一般的なDSPやアドネットワークに近い数値になります。インターネット広告では普通に使われている指標が、交通広告の提案や報告では漏れていることも多いです。クライアントとのコミュニケーションで、そういった改善の必要性を感じています。その一環として、インターネット広告や他メディアとの連携を今後も深めていきます。
DOOHPublisherYahoo! JAPANインタビューサイネージ媒体社
ABOUT 長野 雅俊
ExchangeWireJAPAN 副編集長
ウェストミンスター大学大学院ジャーナリズム学科修士課程修了。 ロンドンを拠点とする在欧邦人向けメディアの編集長を経て、2016年に調査・コンサルティング会社シード・プランニングに入社。 日本や東南アジアを中心としたデジタル広告市場の調査などを担当している。