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プライバシー重視へのシフトがモバイル広告に与えた影響

アドテク業界に「流行語大賞」があるとしたら、「プライバシー」は少なくとも2016年以降、ずっとトップ10に入りつづけていると言っても良いだろう。EU一般データ保護規則(GDPR)とそれに続くプライバシー保護に関する各種法令によって、業界プレーヤーはみな、規制に違反することなく効果的にターゲティングする方法を見つけ出す、あるいは新たに開発することを迫られてきた。

 

プライバシーを尊重する動きは、消費者にとって喜ばしいものだ。しかし、それは日常生活の最もプライベートな部分を担うデバイスにどんな影響を与えてきたのだろうか?本記事では、プライバシー保護への転換がモバイル広告に与えた影響を、2つの主要OS、すなわちアップルの「iOS」とグーグルの「Android」に注目して見ていきたい。

 

 

アップル

創業以来、独自のハードウェアとOS(iOS)を提供してきたアップルは、Androidの開発元であるライバルのグーグルよりも、広告主がデバイスユーザーにアクセスする手段を細かくコントロールしてきた。2016~2020年にかけて、より厳格な法規制が施行され、「広告トラッキングを制限する」オプションを利用する米国のアップルユーザーが急増したこともあり、アップルがさらなる対応に打って出たのも驚くことではない。

 

アップルは2020年、「iOS14」のリリースと同時に、広告用識別子(IDFA)の仕様変更を発表し(ただし実装は2021年にずれ込んだ)、プライバシー重視に舵を切った。IDFAはモバイル広告識別子(MAID)の一つで、「iOS」、「tvOS」「iPadOS」アプリ上での広告のターゲティングや、測定、アトリビューション等に利用されている。IDFAはCookieとは異なり、ブラウザに依存しないため、永続性が非常に高い。すなわち、消去することはできず、手動でリセットするか、別のデバイスに乗り換えないかぎり、ユーザーと紐付いたままとなる。

 

アップルはiOS14から、IDFAを利用する方法を制限する新たなプライバシーフレームワークを導入した。それが「App Tracking Transparency(ATT)」だ。ATTの導入により、デバイスユーザーには、アプリが利用状況をトラッキングすることを許可するかどうかを尋ねる明示的なポップアップメッセージが提示されるようになった。選択肢は「はい」か「いいえ」の二者択一だ。ただし、このプロンプトはサードパーティデータを利用したターゲティングおよびトラッキングのみに適用されるもので、ユーザーが「いいえ」を選んだ場合でも、アプリはファーストパーティデータを取得し、それを基に広告の効果を測定できる。

 

アップルはIDFAへの変更によるダメージをある程度和らげる手段も講じている。SKAdNetworkのアップデートにより、広告アトリビューションの代替手段を提供したのだ。しかし、これは広告主にとっては万能ではないという指摘もある。キャンペーンIDは1アドネットワークにつき100個までに制限されており、また広告主はビュースルーアトリビューションだけでなく、インプレッション、LTV(生涯価値)、リテンションといったデータに関しても情報を一切受け取れないためだ。

 

 

結果

オプトイン率はわずか1%にとどまるのではないかと危惧した識者もいたが、ステティスタの調査によれば、月間のオプトイン率は2021年4月の11%から、2022年4月には25%にまで向上し、2022年3月には世界全体で46%を記録している。しかしそれでも、ATTの導入はデジタル広告業界にマイナスの影響を与えた。iOSにおける売り上げが30~40%下落した広告主もいる。2021年第3四半期までに、スナップ、ツイッター、フェイスブック、ユーチューブは合計で100億ドル(約1兆3080億円)の広告売上を失った

 

フェイスブックの親会社であるメタは、アップルが「デジタル経済において他社に損害を与えている」と非難している(同社がATTにより推定120億ドル[約1兆5700億円]の損失を被ったことを考えれば無理もない)。誰もがメタに同情しているわけではないが、ATTの導入後に「Apple Search Ads」の売り上げが急成長し、広告クリックからのアプリダウンロード数のシェアも、17%から58%に急増していることが判明し、疑問視する声も上がっている。こうした情報に規制当局も注目しており、一部の国では、規制当局が懸念を表明したり、ATTがデジタル広告市場に与える影響に関する調査の実施を発表したりしている。

 

アップルはこうした批判を否定しているが、ATTによって、本当にモバイルユーザーのプライバシーが向上したかどうかは不明瞭なままだ。2022年にオックスフォード大学の研究チームと米国の独立系研究者が共同で実施した調査によると、トラッキングモジュールの平均搭載数は減少しておらず、企業は依然として、同意なくユーザーをトラッキングできているという(アップルのフレームワークでは、ファーストパーティデータのトラッキングは引き続き許可されているため)。この調査ではさらに、一部のアプリはアップルのポリシーに違反する技術を使用しており、また「Privacy Nutrition Label」に記された情報もしばしば不正確で、間違いなく誤解を招くものだという。「アップルのポリシー変更は、確かに個々のユーザーのトラッキングを困難にしたが、一方で、これに反逆する動きを活性化させ、同時に大量のファーストパーティデータを保有するゲートキーパー企業の市場支配力も強化することになった」と、同報告書は結論付けている。

 

 

グーグル

モバイルのプライバシーについて、グーグルの対応はアップルより緩やかだった。アルファベット傘下の同社は、依然としてChromeブラウザでサードパーティCookieを廃止しておらず、アップルに後れを取っている。アップルの「Safari」ブラウザでは2020年からデフォルトでこの技術がブロックされている。

 

しかし、グーグルもユーザープライバシー保護の名目でいくつかの変更を実施してきた。2021年には「Google Play Services」のアップデートを発表し、グーグルのMAIDである「Android Advertising ID(AAID)」に対する広告主のアクセスを制限した。グーグルの声明によれば、これはパーソナライズド広告からのオプトアウトを選択したユーザーのAAIDをトラッキング対象から除外するもので、AAIDの代わりに広告主にはゼロが並んだ文字列が提示される。この変更は、2022年4月以降すべてのAndroidに適用された。

 

これに続き、グーグルはAndroid向けプライバシーサンドボックスを発表し、約1年後の2023年2月14日にベータ版をリリースした。公式発表によれば、この取り組みは「プライバシー保護を核に開発された」新たなAPIを利用しており、このAPIは「アプリやウェブサイトを横断してトラッキングをする識別子は使用しない」という。グーグルは、アプリ開発者からのフィードバックを取り入れてサンドボックスを開発したことや、「無配慮なアプローチ」で広告主を困惑させることなくプライバシー保護の強化を目指してきたことを、強調している。これらが、ライバルであるアップルのATTを意識していることは明らかだ。

 

 

結果

言うまでもないが、Android向けのプライバシーサンドボックスがモバイル広告のエコシステムに与える影響を知るには、時期尚早だ。グーグルのAAID利用に関する変更の影響もまだ十分に分かっていないが、ATTの場合と同様、広告パフォーマンスに負の影響を与えることは予想される。影響がどこまで深刻なものになるかは未知数だが、以前の調査では、Androidユーザーの方がトラッキングに対して寛容な態度を示しており、2021年段階では、パーソナライズド広告からのオプトアウトを選択したのはわずか2%程度だった。

 

 

プライバシーはもはや必須条件

プライバシー保護へと舵を切ったことで、アップルとグーグルの動きに拍車がかかった。しかし、IDFAおよびAAIDの仕様変更が、ユーザーのプライバシー保護を強化できたかどうかはまだはっきりとしない。確かなことは、MAIDの制限が従来のモバイル広告事業を大きく混乱させたということだけであり、大多数のモバイルユーザーがオプトインを選択しない限りこの混乱は続くということだ(この状況を変えるには、広告主とテクノロジー企業が、消費者の信頼回復に一丸となって取り組み、データ主導型広告と、アプリを無料で利用できる経済的メリットとの価値交換を、明確に示すことが重要となる)。

 

世界のアプリ売上が2025年までに6310億ドル(約82兆5300億円)に達すると予測されるなか、この活況を呈する市場へのアクセスを求める広告主の声は依然として根強い。テクノロジーベンダーには、(許容範囲ではあっても)規制を迂回するようないかがわしい手法ではなく、プライバシーを重視しつつ効果的にオーディエンスにリーチする、現状に適応した革新的な手法を開発することが期待されている。企業のデータ利用に関する規制がかつてないほど強化されている今、モバイル広告ソリューションは、その核心にプライバシーをおかなければ、持続可能な道筋を描くことはできないのだ。

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本記事は、ExchangeWire.comに掲載された記事の中から日本の読者向けにCARTA HOLDINGSが翻訳・編集し、ご提供しています。

株式会社CARTA HOLDINGS
2019年にCCIとVOYAGE GROUPの経営統合により設立。インターネット広告領域において自社プラットフォームを中心に幅広く事業を展開。電通グループとの協業によりテレビCMのデジタル化など新しい領域にも積極的に事業領域を拡大している。