スナックでも“ぜんぶ議論しよう” ー 危機感7割、ワクワク3割!? メディアはAI時代に何を守り、何を変えようとしているのか ー

氷鳴る トラストを問う 夏の宵
ExchangeWireJAPAN読者にはおなじみの対談企画「ぜんぶ議論しよう」。居酒屋からスナックへとスピンアウトした本シリーズも、早くも第2回を迎えた。会場は前回と同じ、恵比寿のスナック「支えあい」。前回から変わったのは、そこに座る人だけである。
ただし、その「だけ」が今回は大きい。栄えある第2回目のゲストは、朝日新聞社 代表取締役社長、角田 克氏。「AI全振り」を旗印に掲げ、新聞業界の内外から注目を集めてきた、あの方だ。
レギュラーは今回も健在。杉原 剛氏と池田 寛氏を交え、信頼、収益、記者の未来、AIエージェント時代の情報流通、そしてAIがすべてを最適化する時代に人間に残るものまで、グラスを傾けながら“ぜんぶ議論”した。
なお、本稿は当企画史上、かつてない長さである。AIに放り込んで要約したくなる分量であることは、重々承知している。だが、それだけはご勘弁いただきたい。要約が真っ先に削ぎ落とすもの——その正体こそが、この夜、三人が最後まで話し込んだテーマだからだ。どうか最後まで、じっくりとお付き合いいただきたい。
対談者
- 角田 克(朝日新聞社 代表取締役社長)
- 杉原 剛(APTI共同代表/ストラクチャー&シグナルズ株式会社 代表取締役)
- 池田 寛(株式会社HEWEGO(スナック「支えあい」)代表取締役)
※取材協力:スナック 支えあい(東京 恵比寿)
(聞き手:ExchangeWireJAPAN 野下 智之)
スナックは16年ぶり、出会いはとあるリフレッシュルーム

角田氏:僕、今日はイギリス大使館から来ました。
池田氏:いきなり格の違いを見せつけるのはやめてください(笑)。ちなみにExchangeWireって、ロンドンのメディアなんですよ。一応、広告業界でも世界的に格式が高いほうのメディアだと編集部は言ってます(?)。
それはさておき、本日はスナック対談シリーズの第二弾ということで、朝日新聞の角田さんをゲストにお迎えしました。聞き手は私と、「広告業界のスーパースター」と私が勝手に呼んでいる杉原 剛さんです。剛さん、今日もはりきって飲みましょう!
杉原 剛氏:飲み中心なんだね(笑)、よろしくお願いします。
池田氏:角田さん、あらためまして、ご来店いただきありがとうございます。本日2回目のご来店ということで、お忙しい中ご足労をお掛けして恐縮です。
角田氏:いや、楽しみでしたよ。お店の名前が「支えあい」でしょう。いい名前だと思います、これからの時代に。支えが足りないから、変な二極分化が進んでいく。そして、世の中の安定が壊れていく...。
池田氏:おっと、いきなり始まりそうですね(笑)。その前に、お飲み物、どうしましょう。うちの一番人気、奄美大島の黒糖焼酎「じょうご」がおすすめですよ。
角田氏:焼酎もいいですね、でも最初はビールから始めさせてください。僕は平成元年の入社で、初任地が山口、次が筑豊。麻生太郎さんが出られたところですね。ああいう時代と地域では、スナックには必ず行くものだと思っていました。そこから福岡、東京と来て、まあ、ギリギリ、カラオケボックスのようなところにはたまに行きましたけど。だから、こないだ、ここに来たのが、スナックとしては本当に16年ぶりぐらいです。
池田氏:え、そうなんですか。お顔的にスナック感が満載なので、毎晩行ってらっしゃると思ってました。
角田氏:いや、本当に好きでしてね、こういうコミュニケーションが。それが失われたというのは、日本社会にとって、本当は相当良くないことなんじゃないかと思っていたんです。そうしたら池田さんが「スナックをやってます」とおっしゃる。この人、本当にスナックを経営しているのかと最初は疑いました(笑)。「何ていう名前なの」と聞いたら「支えあい」と。余計に嘘っぽいじゃないですか(笑)。
池田氏:僕は嘘つかないです(キリッ)。
角田氏:そうしたら、本当だったという。
池田氏:そもそもの出会いが、国際文化会館でやったメディア向けイベントのリフレッシュルームですからね。僕が「今から行きますか?」と聞いたら、二つ返事で「行く。」と。
角田氏:このまま行こう、という話になって。あれ、3連休の日曜でしたよね。
池田氏:そうです、そうです。リフレッシュルームにスナックというAIとは程遠いご縁で本当に今日ここに座っていただいております。とりあえず、飲みましょう。乾杯です!
原動力は、危機感かワクワクか
池田氏:ではさっそく最初の質問です。角田さんの「AI全振り」。もうどのメディアでも発信されていて、そのワードが印象に残ってるわけですけれども。あれを発信されたとき、その原動力は危機感だったんですか、それともワクワク感だったんですか。
角田氏:僕は本当にハーフアンドハーフ——
池田氏:ハーフアンドハーフ。
角田氏:——と言いたいところですが。正直に申し上げると、危機感が7割。ワクワク感は3割です。
「全振り」というワードを使ったのは、新聞業界に、あるいは朝日新聞も全くそうですが、世の中のデジタル的な変化の大きさが、なかなか意識されない。これはまずいな、というのが半分、もしかしたらそちらのほうが半分以上かもしれません。
危機感の一番はやはり、AIテックに僕らのコンテンツがデータとして食べられていることです。手間暇をかけて、お金をかけて、記者が汗をかいてやっている。間違いもしますけれども(汗)、概ね裏付けのレベルは高い。僕らはオールドメディアとよく言われますが、オールドではなくエッセンシャルメディアだと申し上げています。
池田氏:エッセンシャルメディア?
角田氏:昔の大ヒット曲のようなものでね。紅白歌合戦を聴くと、老若男女みんなが「ああ、この歌は聴いたことがあるね」となるじゃないですか。あれと似ていて、情報も「これは知ってるよ」と。深さは別にして、うんと詳しい人がいて、ちょっと知ってるという人もいて、でも全体としてそのニュースのことは知っている。今はそういう基盤がどんどん崩れて、みんなニッチになって、関心のあるものだけになってしまっている。
朝日新聞はいろいろ言われますけれども、より自由で、より民主的で、より個人の尊厳が尊重される。それが僕らの求めるものですから。そういう社会が本当に壊れたらどうなるんですかと。
池田氏:(いきなりエンジン全開のため、黒糖焼酎「じょうご」に口をつけたまま止まっている)
角田氏:もう予兆はいろんなところに現れていますよね。選挙をめぐる状況も、かなり揺れているでしょう。誰を選んでいいか分からない。じゃあいいや、と投票率が落ちていく。それでは次世代に対して真っ当な情報が一定レベルで流通する世の中をバトンタッチできない。そういう危機感まで含めると、7割です。
池田氏:(まだグラスを口につけたまま)なるほど。では、残り3割のワクワク感は何ですか?
角田氏:新聞社というのは、販売店の皆さんが紙を売ってくださっているわけですよ。そこにデジタル版が入ると、自分たちとカニバって、自分たちの仕事が変わってしまうんじゃないかと思われる。だから、なかなかやっていただけなかった。それが今、かなり本格的に始めたら、数万くらいはすぐ増えました。有料会員が。
池田氏:(グラスを置く音)いいですね。
角田氏:日本新聞協会の統計では、2025年10月時点の新聞総発行部数は2500万部を切り、前年から6.6%減少しました。5000万部あったものが、15年ほどで半減しました。新聞広告費も、業界全体で3500億円を切っている。インターネット広告は皆さんのほうが圧倒的にお詳しいでしょうが、もう4兆円を超えているわけでしょう。別にライバル視しているのではなく、現実に表に出てきている数字です。
そうすると、販売店の皆さんは、新聞全体の発行部数がピークの1997年を最後に、ずっと落ち続けるものを売ってくださっているわけです。そこに「新しいデジタル版を、お客さんに勧めてみましょうよ」と。すると、営業の方々が「新しいものをお客さんに営業したのは何十年ぶりだろう」と。若い方ほどそうで、僕に個人的にメールが届いたりします。「落ちるまま、新しい商品を売ってこなかったんだな。今回はいい機会でした」と。
池田氏:売れることが実感できると営業は楽しいですもんね。
角田氏:私が3、4年前に「デジタルへ行くんだ」と言ったら、先輩たちがいっぱい来られて、公然と「紙は大事だよ」と。
紙は本当に大事です。売上から見たって、紙が中核ですよ。でも、40代以下はもう新聞だけでなく出版も含めて、完全にデジタルに移っている。その方々の生活習慣を、私たち新聞業界がこのままの状態で変えられますか、というのが僕の問題提起です。だから朝日新聞のようなところが、少し乱暴にでもフックを作らないと、エッセンシャルメディアとして死んでいってしまう。だから「全振り」と申し上げている。
池田氏:なるほど。(もうグラスにお酒がない)……剛さん、何か質問しますか。それとも次の一杯にしますか。
杉原 剛氏:いや、まず一杯で。(ハイボールを頼む)

社内利用率16%→39%、目指すは100%
池田氏:ワクワク感という意味では、社内はどうなんですか。
角田氏:私が「AI全振り」と言った1ヶ月後に社内アンケートをとりました。「ほぼ毎日AIを使っています」が16%ですよ。昨年6月の話です。それが今年5月は39%。週に3回まで含めれば、もう少しいきます。Copilotは全員が使える環境にしています。
池田氏:1年で倍以上増えてますね。ちなみに、何パーセントを目指してるんですか。
角田氏:100%ですよね。僕自身がワクワクしているというより、現場の方々が「やってみたら、こんなに面白いのか」となる割合が増えてきた。それが大きい。
ただ、新聞社というのは警戒感が強い。記者という仕事が中心でしたから。何か新しいことをすると——私は労働組合の委員長もやりましたし、社長の秘書もやりましたし、今は社長をやっているから分かるんですが——自分でやらない壁を高くしていく。「そこにリスクがあります。100うまくいって、1リスクがあるのなら、新聞社としてやってはいけないのではないですか」と。
池田氏:新聞社は世の中への影響力そのものですもんね。たった1%のリスクでも慎重になってしまう面もありそうです。
角田氏:でも、それでは世の中に追いつく、いや先に行かなければいけないのに、自分たちで壁を高くしてしまっているのです。
ただ、先頭が乗り越えていくと、「え、あの人がAIを使うの? AIエージェントを自分で作るの?」と、周りが興味を持ち始める。こうなると、次から次へと乗り越えていくのが早い。
池田氏:それを狙って「AI全振り」と言ってるんですね。角田さんのように企業のトップが思いっきり旗を振ったら、みんなすぐに動きだしそうですけど、そうでもないんですか?
角田氏:抵抗は今でもありますよ。特に年齢的な傾向は、正直あると思います。
池田氏:あ、この間、AIで初めて原稿を書いた方が「こんなに楽にできるのか」っていたく感動されてました。5時間かかってたのが10分の1で出来たと。たしか50代で、ExchangeWireというメディアの編集長だった気がします(笑)。
杉原 剛氏:社外からの反応はどうだったんですか。
角田氏:これが面白い。社外のメディア関係者からは、圧倒的にAI活用に対する批判が多かった。ところが、財界人も学者も、朝日新聞に直接関わりのない方のほうが、好意的な受け止めがすごく多い。2つに分けると、そういう感じですね。
ある経済紙のインタビュー記事に出たら、「もうこの道(AI)だよと思った。こうやってトップが旗を掲げることが大事なんだ」という意見が多かった。一方社内の一定の年齢層は「紙なんだよ、我々は」と。
池田氏:角田さんって、記者上がりで、思いっきり現場主義でやってこられたわけじゃないですか。AIから遠いというか...。その角田さんがAIと言い出したギャップは面白いですよね。
角田氏:正直に申し上げると、「AI全振り」と言ったとき、私自身はAIをそんなに使っているわけではありませんでした。
池田氏:ですよね。(←とても失礼)
角田氏:でも、やってみると、便利なわけです。
昨日も、誰もが知っている世界的な企業のCEOと食事をしましたが、彼もAIを相当使っていて、ここに来る前の車の中で「角田さんについて」と入れたら、こんなものが出てきていると、見せてくれました。昔は広報や秘書が「今日お会いする角田社長はどういう人か」という資料を用意したものですが、今は皆さんご自身で、車の中でやってしまう。
その方は、夏にアメリカの有名大学の、世界のCEO向けのAI講座に行かれるそうです。トップが自らやらないと、と。会食の4時間の半分ぐらいはAIの話で盛り上がりました。
池田氏:便利ですよね。僕もお店にくるまでの間に、AIから角田さんが高校時代に群馬で軟式野球に夢中だったことや、大学時代に登山に熱中してたことも教えてもらいました。なので必要であれば、閉店時間の午前2時まであと6時間はお付き合いさせていただきますよ(笑)。
AIが情報の入口になる時代、「朝日新聞」というブランドは残るのか
池田氏:長い夜になりそうですね。1つ目の質問だけでこれですからね。剛さん、どうします?いったん、松山千春でも歌いますか?
杉原 剛氏:歌いません。
AIが情報の入口になると、信頼はどうなるとお考えですか。朝日新聞の記事であるというブランドも含めAIに食べられて、要約されて出てくる。そうなった時に、朝日新聞であるという存在価値って薄れると思うんです。そこはどうお考えですか。
池田氏:本質ですね。
角田氏:本質です。まず、どちらに振るかを決めきっていません。
AIにたくさん食べていただいて、朝日新聞の露出が増えるというのも、一つの策だと思います。しかし、コモディティなニュースはどんどん出すとしても、朝日新聞の価値のど真ん中まで全部——裸になって全部お見せするのかと。それは本当に、どちらが今後のメディアとしてのサステナビリティに資するのか。まだ完全に決めきってはいません。
池田氏:難しいですね。
角田氏:難しいです。
池田氏:そこで思い出すのが、朝日新聞がAI時代の役割として掲げている「トラストアンカー(信頼の錨)」という考え方です。AIによって膨大な情報やコンテンツが生み出される時代だからこそ、社会にとって「ここに立ち返れば信頼できる」という情報の拠り所が必要になる。その役割を朝日新聞が担っていく、という考え方だと理解しています。
AIに朝日新聞の記事をたくさん使ってもらえば、AIの回答の中に朝日新聞の情報が出てくる機会が増える。それは朝日新聞の影響力・露出を維持する一つの戦略になる。
でも、一般的なニュースだけでなく、独自取材や調査報道など「朝日新聞だからこそ作れる価値の高いコンテンツ」まで全部AIに提供してしまったら、ユーザーは朝日新聞そのものに来る必要がなくなります。
AI時代になればなるほど、信頼できる一次情報を作る報道機関の価値はむしろ高まる。でも、その信頼をAIに提供しすぎると、ユーザーから見た「信頼される存在」が朝日新聞ではなくAIになってしまう可能性もある。
信頼の源泉ではあり続けるけれど、信頼の受け皿ではなくなってしまう。
情報の信頼性を作ったのは朝日新聞なのに、「信頼される主体」はAIになってしまう可能性があるということですもんね。
ある意味、今までの状況も少し似ていると思っています。Yahoo!ニュースに各メディアはコンテンツを提供していますが、Yahoo!ニュースを見ている読者——つまり国民は、それがどこのメディアの記事なのかは意識せず「Yahoo!でみた」になっていると思います。
それがAIでさらに分からなくなる。
剛さん、どうですか。松山千春は入れましたか?
杉原 剛氏:歌いません。(ハイボールを置く)
海外を見てみると、専門性とか権威性みたいなところがAIの非常に好物だとすると、そこに特化して囲っていくという戦略のメディアが結構あるんですよ。ただ朝日新聞は成り立ちとして、もともとジェネラルニュースなので、そこは大きく崩せないと思うんです。という意味で、専門性とか権威性をハイブリッドでやる、というのが現実的なんだろうな、とは思っています。
角田氏:そのハイブリッドの割合を、本当にどうするか。これがこの先の大きな経営判断の一つだと思っています。
ニッチならニッチ、バーティカルならバーティカルという可能性はあると思います。ただ、戦後も含めて、紙の新聞メディアはどんどん大きくなってきた。黙っていても世帯数が増え、人口が増え、部数が増え、情報を独占していたから広告も新聞にドンと来た。
例えば朝日新聞は社員が約3700人です。この2、3年で200人は減っていますが、それでも規模感からいくと、欧米メディアと比べて圧倒的に大きな組織です。他社さんでも、4000人以上が全国にいらっしゃるところがあると思います。
その規模感でやってきたものが、ニッチやバーティカルに、短い時間で移れるのか、という話です。今の規模感をもっと筋肉質にはするけれども、基本形は今の形態に据えるという考えもあるじゃないですか。
池田氏:(グラスの氷が溶ける音だけがする)
角田氏:技術革新と人の生活習慣を見ながら「どちらなんだろうか」と判断する分岐点が、遠くないうちに来ます。
私の役割は、その分岐点の手前で方向性を一定程度定めて、次世代の若い皆さんにバトンタッチをする。基本的には、それが私の考えです。
池田氏:地ならしをされると。でも、AIのスピードはめちゃめちゃ速いですよ。
角田氏:早すぎますね。1日3本ぐらい、AIの技術進展に関わるニュースが出るじゃないですか。悠長に構えている時間はありません。
水車は、熱が出なきゃダメなんです
池田氏:組織の話がでましたが、朝日新聞は外部の人材を登用したりと、組織についても積極的に動かれている印象です。
角田氏:デジタルはプロパーが頑張ってくれていて、有料会員数が今年3月時点で30.7万になりました。地方紙もブロック紙もデジタルを始めていますが、総合紙でここまで有料課金ユーザーを増やしている新聞メディアは、ほとんどないと思います。
ただ、「それで間に合いますか」と。
今頑張ってくれている人たちには本当に感謝していますし、彼らのせいではなく、最終的には全部、経営の責任です。でも、間に合わない。
例えば、紙のメディアで育ってきた私たちは、デジタル的な知識のレベルが仮に高くても、お客様の本当の動きをデータで分析するという構えが若干足りなかったのかもしれません。
僕は「経験資源」と呼んでいますが、データを見て、半日、1日でPDCAを回すことに手慣れた方や、CMOとして30代の外部人材をAmazonから招聘したり、Googleでの仕事を経験した方や商社のグループ企業の社長をやっていた方にも入っていただきました。この1年で4人ですね。こうやって、何とか先に進もうとしています。
池田氏:朝日新聞のような会社が、年齢にとらわれず積極的に外資を含めた外部人材を要職として積極的に登用していることはとても興味深いです。カルチャーギャップなどもあると思いますが、その方々はいきなり機能できる感じなんですか?
角田氏:その方々にまず点検してもらうと、「GoogleやAmazonの経験を踏まえると、全然データ分析が甘いんじゃないですか」と。そうすると、フリクションが当然起きるわけです。
僕はよく水車の話をします。ギーギーと水車が回ったとき、フリクションで熱が出るじゃないですか。この熱が出なきゃダメなんです。煙が出なきゃダメなんです。組織や意識を変えるには。
池田氏:燃えてますね。
角田氏:この1年で、15度か20度ぐらいは、うちのデジタルも回転したかな、と。でも、まだスピードが足りない。
池田氏:ということは、まだまだ外資企業からの登用も含めて積極的に動かれるのですね。でも、GoogleやAmazonといった名だたる外資企業の方のお給料はすごいですよね、どうやって朝日新聞に入ってもらうんですか?もっと払うんですか?
角田氏:(即答)志です。
僕らがGAFAMのように払えるはずもなく(笑)。でも、今日の最初の話に戻ると、皆さんそれを非常に懸念されているわけですよ。共通の情報の基盤がこのままなくなっていく日本社会の危うさ。それが、GAFAMにいらしたからこそ、より分かる。そういうところがあって、ディスカッションを重ねながら、「じゃあ、一緒にやってくださいよ」と。
池田氏:志ですね!(ここで「じょうご」を飲み干す)

スーパージャーナリストと、「プロダクション朝日新聞」
池田氏: そんな中で、角田さんは「10年から15年後には一般的な記者はいなくなる」とおっしゃっていますよね。では、どんな記者が残るんですか。
角田氏: 分かりやすく言うと、僕らのOBに、主筆をやっていた船橋洋一さんという方がいます。今は国際文化会館のチェアマンをされていますが、この方は英語ができる、中国語ができる。そして、とにかく人脈と取材力がすごい。
海外も含めてキーパーソンから、電話一本、メール一本でいろいろな情報が取れてしまうわけですよ。
彼はたぶん、AIをうんと使っているわけではないと思います。
池田氏: でも、その船橋さんがAIを使ったら。
角田氏: そう。個の記者として、ものすごく強い人脈と取材力を持っている。そういう人がAIを右腕として使えば、これが僕のイメージする「スーパージャーナリスト」じゃないですか。
そういう人が本当に出てくると思います。
池田氏: 1億円プレイヤー。出ますかね。
角田氏: 出ると思いますよ。
池田氏: でも、そうなったときに、一つ疑問が出てきます。その人が朝日新聞にいる必要ってあるんですか。
角田氏: そこなんです。
それでも、取材のバックヤードだったり、スーパージャーナリストになるまでの過程だったりは、朝日新聞が担う。
つまり朝日新聞が、今のように記者を雇用する会社というよりも、スーパージャーナリストたちを育て、支える「プロダクション」のようになっていく可能性はあると思います。
池田氏: お、それはまさに「プロダクション朝日新聞」ですね。「朝日新聞所属の杉原 剛です」みたいな。
杉原 剛氏: (コメントを避ける)
池田氏: それ、面白いかもしれないですね。「あの記者が移籍した」とか「あの人はいまどこに所属している」とか、それ自体が話題になる。そうなると、朝日新聞というアイデンティティの持ち方も変わってきますね。
角田氏: 船橋さんは定年までしっかりいらっしゃいましたし、出られた後も今もよくしてくださっています。
あるとき船橋さんと一緒にいたら、海外の首脳から直接電話がかかってきたんです。「はい、その件、訪日の日程は決まりましたか。じゃあメンバーはどうやって……」と。
電話が終わった後に、「え、訪日の日、決まったんですね」と言ったら、「お前、耳が早いな」と。
池田氏: 横で聞こえてますからね(笑)。
角田氏: 「横で漏れて聞こえてます」と(笑)。
その船橋さんに、あるとき聞いたことがあるんです。「今のご経験と力をそのまま持った状態で、仮に新卒の大学生に戻ったとしたら、どこのメディアを選びますか。忖度なしで」と。僕はもう息子のような年齢ですから。
そうしたら、こう言われた。
「朝日新聞ほど自分を育てようとしてくれたメディアはない」と。
「朝日新聞の社説と違う見解でも堂々と載せる。あの度量の広さは、どこのメディアにもない。だから私は、迷うことなく朝日新聞を選びます」と。
池田氏: グッときますね。(角田さんと共に「じょうご」を濃いめでおかわり)
角田氏: 彼はアメリカにも中国にもいましたから、当時の安全保障をめぐる議論でも、朝日新聞の社説とは正面から異なる主張を持っていた。
それでも、彼の論を堂々と載せる。
編集の会議では、「社説と違う論を載せていいのか」と言っていた中堅幹部もいたわけですよ。でも、載せる。
池田氏: お強い。
角田氏: それは僕は、あるべきメディアの姿だと思っています。
社説を頂点にピラミッドを作って、それに沿って若い人の記事を直していく。そういう組織のあり方もあるでしょう。
でも、僕らはそうではない。
だから僕らは、船橋さんレベルまでは届かなくとも、目指せる記者は出やすいんじゃないかという、多少の自負はあります。
池田氏: なるほど。そう考えると「プロダクション朝日新聞」って、単に有名記者を抱えるという話じゃないんですね。個として強いジャーナリストを育てて、その人たちが自由に力を発揮できる土壌そのものを提供する。
AIによって記者の仕事が変わるからこそ、逆に「このメディアに所属する意味は何なのか」が、今まで以上に問われるのかもしれませんね。
「プロダクション朝日新聞」、期待しちゃいますね。
ニューヨーク・タイムズのCEOは、広告出身だった
池田氏:角田さんご自身は、社長という立場になってどうですか?
角田氏:僕自身が記者出身ということもあって、新聞社というのは記者上がりの人間が社長を務めるものだと、どこかで思い込んでいたんです。
朝日新聞はニューヨーク・タイムズと提携しているので、歴代の社長もニューヨークへ行って意見交換をしてきました。僕は4代前の社長の秘書をしていましたから、その様子も見ていました。ただ、食事をしてワインを飲んで、「これまでお世話になりました。これからもよろしくお願いします」と挨拶をして終わる。もちろんそれも大事なんですが、僕はせっかく自分が社長になったのだから、もっと実質的な話を聞きたいと思ったんです。
池田氏:ご挨拶だけで終わらせなかったんですね。で、どうでした?
角田氏:そうです。ニューヨーク・タイムズはデジタルへの転換を進めていて、編集や記者だけではなく、デザイナーやエンジニアが一緒になってプロダクトを作っている。UXやUIまで含めて考えているわけです。
それを実際に学ばせたくて、こちらからデザイナーを連れて行ったり、今もエンジニアをニューヨーク・タイムズの周辺に置いたりしています。
そして向こうの経営トップと話をしたとき、僕は当然、その方も記者出身だと思っていたんです。そうしたら、「私は広告出身です」と。
池田氏: 角田さんとは違いますね。
角田氏: 驚きました。「日本は違うでしょう」と言われて、「違いますね」と。
そのときに言われたのが、ニューヨーク・タイムズのジャーナリズムのDNAは、経営トップが守るものではなく、記者一人ひとりにしっかり入っている、と。記者はジャーナリズムに責任を持つ。一方、それを持続可能な事業として支えるのはビジネスのプロの仕事だ。だから自分が経営をしているんだという話でした。
これは、膝を打ちましたね。
池田氏: なるほど。ジャーナリズムを守るために、経営まで記者がやらなければいけないわけではない。むしろ「餅は餅屋」で、ジャーナリズムとビジネス、それぞれのプロがそれぞれの役割を担うと。
ニューヨーク・タイムズも、インターネットによって従来の新聞ビジネスがかなり厳しくなった時期がありましたよね。そこからデジタル購読へ大きく舵を切って、今ではニュースだけでなく、ゲームや料理、スポーツなどにも広げている。「新聞を売る会社」というところから、かなり発想を変えていますよね。
一社でできることは、限られている
池田氏: 次に収益の話に行きましょう。AIがメディアのコンテンツを使って回答を生成する一方で、その対価がメディアに還元されていないという問題もあります。新聞社の収益モデルは、今後どう変わっていくと思いますか。
角田氏: イギリスにもオーストラリアにも、いろいろな動きがありますね。
根本的には、国家の関与を新聞社として声高に求めることは、厳に戒めるべきだと思っています。ただ、ここに至っては、ある程度の法律的な枠組みがないと、朝日新聞ということではなく、新聞業界そのものがエッセンシャルメディアとしての役割を果たしきれなくなるのではないか、という懸念はかなり持っています。
AIに「情報を提供してくれ」と言われることもなく、黙って使われてしまうことも現に起きるわけです。だからパープレキシティについては、他社さんと一緒に提訴という形をとりました。
池田氏:必要な対応だと思います。
角田氏: そうなんです。それでもダウントレンドはなかなか変わらない。どれだけ手を打ってもですよ。じゃあ、収益をどこで上げるんですかと。
これまではイメージで、新聞広告をドーンと出して、「私たちはこんな信頼に値する企業ですよ」と。それでやってきましたが、これからよりシビアになりますから。
情報を独占してきた新聞社は、「うちに載せなくていいんですか」という商売を、割と長らくやってきてしまった。情報を独占していたから、それで良かったんです。
でも、そこが壊れかけている。
だったら広告も含めて、収益モデルも我々がそちらに合わせていくしかない。人の習慣も、クライアントさんの発想も、新聞業界が変えられるわけがないじゃないですか。
池田氏: 広告の世界を長年見てきた剛さんは、いかがですか。
杉原剛氏: いろんなことをやっていかなければいけないという話はもちろんあって、社内でも検討されていることは多いと思います。
ただ、最近思うのは、一社でできることって結構限られているということなんです。
イギリスにはメディアの連合体があります。AIに対しても、一社一社ではなく、連合体として交渉力を持とうという動きがあります。
広告も同じです。デジタル広告は、なんだかんだ言ってもボリューム勝負なんですよ。
プラットフォーマーの広告は、管理画面一つで出稿から効果測定まで完結する利便性があって、しかも配信先のボリュームが大きい。そうなると広告主は、媒体社一社一社に出稿するよりも、「プラットフォーマーに出しておけばいい」となってしまう。
だからこそメディア側も、連合体として「これだけのボリュームをまとめて提供できます」と見せられることが必要だと思っています。
池田氏: 新聞社同士の連合を作るということですね。
杉原 剛氏: ただ、全国でいきなり連合を作るのは、政治的にも難しいと思います。
でも、例えば関西・近畿だけ、九州だけでもいい。新聞社だけではなく、地域の企業とも組んで、データクリーンルームのようなテクノロジーを使いながら、一定のボリュームを作る。アメリカにも事例があります。
これは真剣に考えなければいけないテーマだと思います。
池田氏: 角田さんも、新聞社同士でもっと共有できるものは共有すべきだ、という考えですよね。
角田氏: そうです。
皆さん、今までのビジネスモデルが大きすぎて、「まだ個社でやれる」「個社でやるべきだ」という意識が今も強く残っている。株主構成を見ても本当にさまざまで、オーナー一族経営という新聞社も結構ありますから、各個社の判断が圧倒的に優先されます。
でも、いつかは印刷も配達も集金も、インフラとして新聞業界全部で共有化してしまうくらいの発想が必要になってくるかもしれません。新聞の体裁は生かしながら、いわゆる下流工程はみんなで共有して、圧倒的にコストカットをする。その代わり、編集部門は競い合って、意見の違いをぶつけ合う、みたいなイメージでしょうか。
池田氏:踏み込みますね。
角田氏:皆さん「分かりますよ、分かりますけどね」というところで止まってしまいますけどね(笑)。
結局は、お互いの信頼の問題になりますから、なかなか難しいと思っています。

AIエージェントに読まれる報道
池田氏: 次はAIエージェントの話です。これはもう剛さんが得意な領域なので、お任せしますよ。
これからは人間自身が情報を探して判断するのではなく、AIエージェントが代わりに情報を探して、比較して、場合によっては予約や購入までしてくれるようになる。
そうなると新聞記事も、「人間に読まれる」だけではなく、「AIエージェントに読まれる」ことが前提になるんじゃないかと。そのとき、AIに選ばれることを意識するあまり、朝日新聞としての編集方針や信念が薄れてしまうことはないのか。
……剛さん、もうちょっとうまく説明してもらっていいですか(笑)。
杉原 剛氏: (お任せされてしまった)
僕も、AIエージェントが一般の人に届くのはもう少しかかるかなと思っていたんです。でも、毎年やっているGoogle I/Oを見ていると、検索自体がAIになってきているし、これからはさらにエージェント化していく。
定期的に情報を探してきて、場合によっては予約しておいて、買っておいて、というところまでGoogleでできるようになる。
歴史を見ていると、これは一般化するんだろうなと思っていて。1年なのか2年なのかは分かりませんが、そんなに先の話ではない。
そうなったときに、報道のあり方も変わりますよね。角田さんはどう見ていますか。
角田氏: 正直に申し上げると、きっとそうなると思いますし、そうなることへの懸念は結構強く持っています。
報道のコンテンツも、あらゆる人の生活の中で、完全にコモディティの一つになってきてしまう。
そのときに、独自性をどうやって保つのか。
訴求するためにAIに合わせるというか、AIとつながって、AIを道具のように使ったほうが僕らの考えが伝わりやすいのかどうか。
そこはね、AIテックとメディアの関係は、一メディアとしては、もうはっきり対抗できませんから。
池田氏: (杉原氏に任せたので、ただ飲んでいる)
角田氏: ポータルニュースのヤフーにも、実は対抗できてこなかった、この30年間ですからね。
まして外資の、特にAIジャイアントテックとの関係で、どういう法規制なり、ルールなり、ガイドラインが必要なのか。国の政策とも関係しますが、どこまでメディア側が自分たちのコンテンツや権利を守ることができて、どこから先はAIエージェントという新しい情報流通の仕組みの中に組み込まれていくことになるのか。
その中で、僕ら自身もAIにどこまでコンテンツを開いて、どこからを自分たちの価値として守るのか。本当にまだ、決められない。
「決めきれない」と言うと私に主体性があるようですが、「決められない」というか。それぐらい、自分たちだけでは決められない大きな変化が起きている。難しい、というのが率直なところです。
こういうことを社内で言うと、「それも決めきれていないで社長をやっているのか」と怒られてしまうので、きついんですけれども(笑)。
杉原 剛氏: 昨日リサーチしていたんですが、アメリカではAIを検索に使う人がもうかなりの割合に達していて、メインストリームになりつつあります。今後なくなるものでもないでしょうから、AIとは仲良くやっていかなければいけない。
ただ、それだけだとメディアの独自性がなくなってしまう。だからAIと付き合いながら、同時に独自性を出す別の方策もやっていく。両方必要なんじゃないかなと思います。
角田氏: そうなんですよ。
報道とか、自由とか、主義とか、そういう話の手前で、もうみんなチャッピーを普通に使いまくっているわけですよ。
この間、ある新聞社の方が書かれたコラムを読んで、「これは面白いな」と思ったんです。「これは実話である」と始まるんですけどね。
息子さん夫婦に赤ちゃんが生まれて、育児を手伝ってもらうために、お母さんを呼び寄せた。そうすると、赤ちゃんが生まれたことに加えて、家族が一人増えるわけですから、人間関係もいろいろ出てくるじゃないですか。
それで、お母さんは自分の置かれた状況を夜な夜なチャッピーに相談する。すると「それは大変ですね」と寄り添ってくれる。
一方で、お嫁さんも布団の中で、「私はこういう状況にあるの」とチャッピーに相談している。
そして、この2人の関係に気を病んでいる息子さんは、両方から愚痴を聞いているわけですよ。
杉原 剛氏: あるあるですね(笑)。
角田氏: みんな本当のコミュニケーションでは本音を出さないで、チャッピーにだけ本音を打ち明ける。つまり、それぐらいAIが心理的にも、精神的にも、日常生活の身近なところまで入ってきているんですよ。
そういう日常生活のレベルでもAIが入り込んできているので、仕組みとしても、「仲介」という業務はたぶん飛ばされていく。
旅行代理店もそうでしょうし、もしかしたら広告代理店もそうかもしれない。僕らメディアだって、一種の仲介じゃないですか。そう考えると、あらゆるところで「仲介」がAIに飲み込まれていく社会に、きっとなっていくんだろうと思う。
ただ、いつの時点で、何が、どこまで行くのか。そこは本当に読み切れない。
でも、方向性としてはそっちだと思います。

十行の原稿に、三時間かける
池田氏: そろそろ終盤ですが、AIであらゆることが便利になっていく中で、逆に人は何を失うと思いますか。
角田氏: (即答)本質的に、思い悩むことを失ってしまうんじゃないですか。
深く考えない。だから朝日新聞では、新入社員の記者職には一年間、原稿作成に限って、AIを使わせない。苦労しなければいけません。
最初はね、山火事の十行の原稿が書けないわけですよ。それをデスクという経験のある記者がチェックする。「お前、現場見たのか」「見てません」「見てないでよく書けるな」と。それで現場へ行く。
戻ってくると、今度は「警察はなんて言ったの」「消防からしか聞いてません」「じゃあ警察行ってこいよ」と。
地方の警察では副署長さんが記者対応をしますが、新人記者なんて眼中にないわけです。「どうせまた2、3年で去っていくんでしょ。すぐ鎮火した山火事なんて、いくら取材しても明日の新聞には載らないんだから、そんなことに僕の時間を取らせるなよ」と。
でも、そうやって人はどんなときに話してくれるのかということを、体で学んでくるわけじゃないですか。
僕らの頃はまだ刑事部屋に入れました。新人ですと入っていっても、最初は誰も目も合わせてくれない。でも、毎日そこへ通わないと仕事にならない。
この人たちと喋る糸口はどうしたらいいんだろう。当直のとき、非番のときを狙って行って、話し相手になってみよう。用がなくても顔を出す。そういう日が何日も続く。
そこで学ぶんです。この人にはこういう話を仕向けたら長く話してくれる、この話をしたらプツッと切られる、と。
山口にいた新人の頃、ある方が亡くなった事案がありました。分かっているのは、いつ、どこで、何歳の方が亡くなったか。それだけです。警察は事件性はないという見立てでした。
そういう事案は普通は記事になりませんし、ほかにも案件は山ほどありますから、僕も簡単に言えば、ほったらかしていた。
そうしたらデスクに、「お前、これ取材したのか」と言われた。
「いや、警察が事件性はないと言ってますよ」と答えたら、「なんでお前がそれで決めつけるんだ」「警察が言ってるもんで」「じゃあ警察は、なんでそう判断したんだよ」と。
それで、また副署長のところへ行くわけです。
向こうも分かっていますから、「どうせ記事にならないんだから、そんなこと聞くなよ。ちょっと焼き鳥でも行くか」と(笑)。「いや、そうは言っても上司から言われてますんで、頼みますよ」と。
そういうやり取りができる関係になっているかどうかなんですよ。
一度戻って報告したら、また「お前、警察の言うことを鵜呑みにするなら記者はいらないだろう。判断根拠を聞いてこい」と言われて、もう一度行く。
よくよく聞くと、ちゃんと根拠があるわけです。関係する方々の話が全部一致していて、その積み重ねで警察は判断していた。いい加減に言っているわけではなかった。
それをデスクに報告して、ようやく納得してもらえる。
これが教育なんです。
それで「一応、お前、書け」と言われる。名前は出さず、年齢と性別だけ。新聞でいちばん小さい扱いの、十行です。
※編集部注:新聞の「十行」は、およそ百数十字にあたる。
それを本当に苦労して、3時間ぐらいかけて書いて出したら、「オッケー」と。
そして、当然、記事にならない(笑)。
池田氏: そこまでやって、載らないんですか。
角田氏: 載らない。
そのまま今もやったら、いろいろ問題でしょうけれども(笑)。でも、ああいうことを通じて、記者として何を確かめなければいけないのかを学ぶわけです。
これがAIなら、発表された情報をぶち込めば、それっぽいものが出ます。
何月何日何時頃、どこそこで、こういうことがあった。警察はこう見ている、と。30秒でできてしまう。
しかも、出来上がった十行は、僕が3時間かけたものと、ほとんど同じ顔をしているはずです。
違うのは、その十行の裏側に、副署長のところへ二度足を運んだ時間があるかどうか。それだけです。
でも、その取材過程を経験しているから、次の取材ができる。人を見ることも、疑うことも、確かめることもできるようになるんです。
池田氏: これはすごく象徴的な話ですね。読者から見たら、AIが30秒で書いた十行と、記者が3時間かけて取材した十行は、同じように見えてしまう。でも実際には、その裏側にこれだけの取材と確認、人との関係がある。
そして、その過程は普段、読者には見えない。実はそこに、朝日新聞が「トラストアンカー」を目指すうえでの、信頼の根源がある気がしますね。
角田氏: そうですね。デジタルで言えば、今の話を全部書くかどうかは別として、取材過程もある程度、表に出していく。
僕らが言うところの「トラスト」ですよね。AIではない。そこにはトラストがあるんだということを加えていく必要が出てくる可能性はあると思います。
記事が長い、ということの価値
杉原 剛氏: 今の話を聞いてて、欧米メディアとの比較が正解だと思ってないんですけど、僕は結構向こうの記事を読んで、こっちに載せるとかしています。見てると、すっごい記事が長いんですよ。とにかく。何ページにもいってるようなやつが、ジェネラルなニュースにも結構あって。
ある経済紙でコラムを書かせていただくことがあって。業界専門の深掘りした記事なんで、自信があるから書くじゃないですか。すっごい削ぎ落とされるんですよ。
池田氏: あら、残念(笑)。
杉原 剛氏: 最初、びっくりしちゃって。「なぜですか」と聞いたら、「文字数の上限があります。可読性の問題です」と。そこはもうしょうがないですねという話で、それ以降は僕も短く書くようになりました。
でも欧米のものと対比で見てると、向こうのほうが内容はだいぶ深いんだよなと。それが今、AIの時代になって、有利に効いてるんじゃないかと思っていて。そのリミッターって、AI時代に見直す必要ってあるんじゃないかな。
角田氏: 海外報道については、僕が今、強めに申し上げていることの一つが、まさにそれです。
例えばワシントンで、トランプが何か言うたびにニュースになるじゃないですか。それを昼夜逆転で、東海岸にいる特派員が一生懸命記事にする。
でも、実際には「ニューヨーク・タイムズはこう報じた」「AP通信はこう報じた」「ワシントン・ポストはこう報じた」。それを総合すると、こういうことだ、と。
これがメディアを問わず今までのアメリカ東海岸の特派員の、主な仕事の一つだったわけです。
でも今は、ニューヨーク・タイムズの記事だって、英語が分かる方はもちろん、僕のように分からない者でも、AIで翻訳をかければ全部読めてしまうじゃないですか。
だから海外に出てもらっている記者には、現地報道の翻訳のようなことは、もうさせない方向で考えるようにと言っています。
その上で、向こうのメディアが報じていることを前提にして、日本との関係を中心にもっと深掘りする。そうすると、剛さんがおっしゃったような、深い、長い記事になります。
今、アメリカ総局長をやってもらっている記者を中心に、そういう流れの入り口にはいます。それでいいんです。レベルが高い。
池田氏: 長くてもいい。という意味では、この対談記事はとてつもなく長い気がします...
角田氏: いいんです(笑)。
日本の官邸の情報をニューヨーク・タイムズの記者が直接取るのが難しいのと同じで、うちの記者も含めて日本のメディアだってトランプに直接電話できるわけがないでしょう。
だったら、向こうのメディアが報じていることは、要約して朝日新聞デジタル版に載せればいい。
その上で、例えば「トランプ政権を支えている発想、哲学、主義の根源はどこにあるのか」を探っていく。
調べていくと、その思想に大きな影響を与えている人物がいる。だったら、その人に直接当たる。
長くなりますよ。でも、そこまでやる。
杉原 剛氏: それこそ特派員を置く意味ですよね。
角田氏: そうです。読者の方は、ちゃんと考えて、深い取材をしている記事や記者と、「こう報じた、こう報じた」とまとめているだけの記事との差を、めちゃめちゃ見ていらっしゃいます。
だからこの先、特派員はニューヨークやワシントンに拠点は構えるけれども、例えば中西部まで行って、今もトランプを支持している人たちを深掘りする。
そこには日本企業も進出しているじゃないですか。その企業は、こういう州の世論や社会の中で経営しているんだ、と。
そこまで取材すれば、当然、深くなるし、長くなる。
デジタルでは、そういう方向をこれからかなり強く進めていかなければいけないと思っています。
杉原 剛氏: そこまで深く取材して、朝日新聞でしか得られない情報が増えていくなら、読者は日本人だけじゃなくなりますよね。
サブスクリプションを日本国内だけで考えると市場は限られますが、少なくとも英語圏まで届けられる可能性があるんじゃないでしょうか。
角田氏: 方向性としては、射程に入れたいですね。まさにAI翻訳で、基本的なところまではできてしまう。
その先を編集者が、ちゃんと英語らしいものに、人の力で、人の目で書き直したり、表現を分かりやすくしたりする。
それが日常風景にならないとまずいなとは思っています。
杉原剛氏: ぜひやってほしいですね。

汗と、涙と、痛みと
池田氏:すごいですね、角田さん、ずっと話してる。AIじゃないですよね?(笑)
では、いよいよ最後の質問です。10年後の自分に、一つだけアドバイスを送れるとしたら、何を伝えますか。とりあえず、生きてることを前提でお願いします(笑)。
角田氏:(少し間があって)やはり、汗とか涙とか痛みとか、人間の肉体としての根源を感じられる人でありたいな。本当にそう思っています。
AIネイティブの子供たちを、我々はこれから本当にどうするんですかと。
ある著名な教育評論家の方と時々話しますが、こうおっしゃる。「うちの孫は、テレビ画面を見ながら一生懸命スクロールするの」と。本を見せても「じじ、変わらないよ、変わらないよ」と。これはね、と説明するんだけれども、もうそれしかしない。
そうしたら、同じような話を全く別の方から聞いたんです。今、YouTubeもNetflixも、もうテレビの画面で観るでしょう。そのお宅は、「YouTube」と言ったらYouTubeが自動的に起動するテレビらしいんです。3歳のお子さんが「YouTube、YouTube」と、それしか言わない。
もう、思い通りに何でも便利に出来てしまう環境が当たり前になっていくんだなと。
池田氏:これすら、しなくなる。(と、スマホをスクロールするしぐさをする)
角田氏:そうすると、人はこういうことを、こういう状況で言ったら不愉快になるんだよ、とか、さっきの一年生の記者教育ではありませんが、それが分からない人たちが、この先、人数の割合としてメジャーになっていく世の中になっていくのかもしれません。
これは、超怖いなと僕は思っています。
池田氏:スナックを増やすしかないですね(笑)。人と人が直接出会い、コミュニケーションできる世界を増やす必要がありますね。
角田氏:スナックは直接の出会いの場ですよね。だからスナックには、そういうことを含めて色々な教育効果があると思いますよ。子供は来られないですけれども(笑)。
僕のスナックデビューは、山口の、朝日新聞の巣窟のようなカウンターバーでした。着物を着たおばあちゃんが一人でやっていて。原稿が遅れて、遅い時間に。新人3日目ぐらいですよ。「何飲む」とママが言うから、周りの先輩が生ビールを飲んでいるので、「じゃあ私も同じものをください」と伝えたら「仕事も一人前にできなくて、給料泥棒みたいなことをやってるお前は、色のついた酒を飲んじゃダメだよ」と。
正直、むっとしましたよ。でも、「ああ、そうですね、わかりました。」と。そのときは嫌でしたが、後で考えると「ああ、あのときね」となるじゃないですか。
だからリアルな経験を、特に子供たちにどうしてもらうか。今日ちょうど、ある方と話しましたが、その方は、お子さんに何にしろスポーツをさせるとおっしゃる。勝つ喜び、負ける悔しさ、自分の責任で負ける、人の責任で負ける。チームスポーツでしか、そういう経験ができない世の中になってしまうのではないかと。だから何にしろスポーツをさせるんだ、と。
これは、膝を打ちましたね。
池田氏:チームスポーツかスナックの2択ですね(笑)。剛さんは当然スナックですよね。そろそろ本当に長い夜なので、松山千春でも歌いますか?
杉原 剛氏:歌わないよ。
※編集部注:
杉原氏はアタラ社代表を退任後、取材や登壇の依頼が殺到しており、その対応による疲労困憊により、今回の対談では言葉少なめであった。「松山千春」の歌声も含め、次回に期待したい。
池田氏:(水割りを作り直しながら)……というわけで、この後、ご予定はあるんですか。
角田氏:あるんですけど、もうちょっと大丈夫です。
池田氏:じゃあ、この後は普通に飲んでって感じでいきますか。いや、楽しいですね、こういうの。皆さん、本当にありがとうございました。飲みましょう!

十行に 汗も涙も 夏の宵
社員全員のAI活用を掲げる新聞社の社長が、十行の原稿に三時間かけた新人記者だった夜の話を、恵比寿のスナックで語る。トラストとは何かという問いへの答えは、案外、そういう場所にしか落ちていないのかもしれない。
ABOUT 野下 智之
ExchangeWire Japan 編集長
慶応義塾大学経済学部卒。
外資系消費財メーカーを経て、2006年に調査・コンサルティング会社シード・プランニングに入社。
国内外のインターネット広告業界をはじめとするデジタル領域の市場・サービスの調査研究を担当し、関連する調査レポートを多数企画・発刊。
2016年4月にデジタル領域を対象とする市場・サービス評価をおこなう調査会社 株式会社デジタルインファクトを設立。
2021年1月に、行政DXをテーマにしたWeb情報媒体「デジタル行政」の立ち上げをリード。





